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一泊二日5

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 海の幸山の幸に舌鼓を打ち、完食して満腹になった優斗ゆうとは、座椅子の背にもたれ掛かった。

「はーー、もう食べれません」
「お前って小さいわりにマジで良く食うよな」
「一般的には小さくありませんけど」

 これでも170cmは越えている。隆晴りゅうせいに比べれば大体の人間が小さいだろうが。

「この体のどこに入ってんだ?」
「っ! 今押したらさすがに出ますからっ」

 腹の辺りに触れると、優斗は慌てて隆晴の手を掴んだ。

「出るまで食ったわりに、腹ぺたんこじゃね? どこに入ってんだよ」
「ちょっ、くすぐったいですっ」
「腰とか細いよな。あんだけのカロリー、どこ行ってんだ?」
「そんなの知らな、っ……ふあっ、はははっ、ちょっ、もうっ……」

 さすさすと撫でる手に身を震わせる。優斗が掴んだ程度では何の制止にもならないらしい。
 脇腹は特に弱いのだ。くすぐったさに身を捩り、体を横向けて隆晴の手から逃れた。

「悪い。これ以上はさすがに出るか」
「すでに危なかったですけどね」

 実はそこまでではないのだが、悪ふざけをする隆晴にムッとした顔をして見せた。
 悪い、と隆晴は笑いながら、さりげなく優斗の浴衣の裾を整える。そして何事もなかったように優斗の湯呑みにも緑茶を注いだ。

 注がれたお茶を飲みながら、優斗はハッとした。
 あまりにスマートに整えてくれたが、この柔らかさも艶やかさもない脚でもきっと隆晴はその気になるのだ。

 ――呆れられてなければだけど……。

 浮かれ過ぎて取ってしまった子供っぽい行動の数々思い出し、顔から火が出そうになった。


「そういや、次の旅行どうする?」

 隆晴がスマホを開き、問いかける。
 コテージタイプやグランピングの候補もあったのだが、今日の優斗の様子を見る限り、温泉中心で考えた方が良さそうだ。

 優斗はそこでまたハッとした。そしてバツが悪そうに視線を伏せる。

「その……考えたんですけど、泊まりの旅行は、あまり良くないのかなと……」
「今日、無理させたか? つらかったなら……」
「いえっ、とても楽しかったです!」

 優斗は慌てて首を横に振った。

「楽しかったですけど、……今の俺って、思わせぶりな態度を取って相手から搾取する悪女みたい、というか……」

 まだ返事も保留にしている身で、と視線を伏せモゴモゴと言葉にする。
 隆晴は、思わず吹き出した。

「そんなの、どこで覚えてきたんだ?」
「えっと、昨日あってたドラマで……」

 と言うと、隆晴はますます笑った。
 昨日の夜のドラマは確かにそんなストーリーだった。それに自分を重ねる優斗が素直で真面目で可愛いというか、悪女というには無欲過ぎるというか。

 優斗は隆晴たちを利用しているのではなく、断りきれずに二人の要求を流されるままに叶えてくれているだけだ。根本的に違う。

「ってか、いつも俺が付き合わせてるだけだし。搾取なら、俺がしてる方な。お前から何か要求してきたことねぇだろ?」

 複雑な顔をする優斗に、特売日の手伝いとかはノーカンな、と笑う。

「もしお前のことが好きだって気付いてなくても、旅行に連れてきて腹いっぱい食わせてたっての。可愛い後輩でもあるんだからさ」

 そう言ってわしゃわしゃと頭を撫でた。

「いっぱい食って、笑って、幸せだって顔してるお前を見るのが好きなんだよ」
「っ……」
「だから、余計なこと考えずに楽しんでろ」
「っ……、はい。ありがとうございます……」

 頬を染め花が咲くように笑う優斗に、そっと目を細める。こんな顔が見られるなら、例え騙されていても喜んで全てを差し出してしまいそうだ。

「あの……、夜食も24時まで大丈夫なんですよね?」
「マジで面白いな、お前」

 なんでですか? とキョトンとして首を傾げる優斗に、隆晴は何とか笑いを堪えた。
 見事に色気より食い気というか、雰囲気も何もない。それに満腹だと言ったそばから夜食の話。面白すぎる。

 夜食はまた後でな、と頭を撫で、窓際の椅子に座り景色を見ながら次の予定を立てた。
 月明かりに照らされる海がキラキラと輝き、今度は夜の海にも行きたいと思った。


 それから大浴場の方に行き、広々とした岩風呂と檜風呂を堪能した。
 帰り道で卓球台を見つけ、隆晴に教わり初めての卓球に挑戦したのだが、器用な優斗はすぐに上達して。卓球なら隆晴に勝てるかもと思ったのだが、そうでもなかった。やはり運動全般は特に強い。ただ、一勝取れて気分が良く、優斗は上機嫌で部屋に戻った。

 そして寝る前にまた露天風呂に入り、優斗は夜空一面の星を見上げてそっと目を細める。

「綺麗ですね……」

 ほぅ、と溜め息を零すと、隆晴もそうだなと頷く。

「今日は本当にありがとうございました」
「こっちこそ。すっげー楽しかった」
「俺もです」

 二人で星空を見上げ、ぽつりぽつりと言葉を交わす。ゆったりとした時間が心地よかった。

「あの、先輩」
「名前」
「は、……あ、の………………隆晴、さん……」
「ん。優斗」

 そっと隆晴の方へと視線を向ければ、パチリと視線が重なる。そして。

「新婚旅行みたいだな」

 甘く優しい笑みで、そう言った。

「っ……!」

 バシャン! と大きな音を立て、優斗は湯に顔を浸ける。後頭部までしっかり沈んだ。

「は? おい、優斗?」

 どうしよう。コントみたい。引き起こされながら優斗は両手で顔を覆う。でも、堪えられなかったのだ。壁があったら壁に頭を打ち付けていた。

「無理……。イケメン自覚してください……あと筋肉も自重してください……」
「どう自重すんだよ」

 堪えきれずに笑いながら、びしょ濡れになった優斗の髪と顔をタオルで拭く。

「まだお前には早かったな」
「色々なものを飛ばし過ぎですよね……というか、突然恋人仕様みたいになるのやめてください……」

 心臓止まる、と胸を押さえて深く息を吐いた。

 さすがに止まられては困る。隆晴はポンと優斗の頭を撫で、本当に恋人になってもしばらくは控えるか、と考える。
 その後は優斗の言う通りに先輩後輩仕様で接して、元の通りの塩対応まで戻ったのだった。



「おやすみ」
「はい、おやすみなさい。…………??」
「どうした?」
「……なんの疑問も持たずに寝そうになってしまいました」

 消すぞ、と言って隆晴が電気を消して、あまりにも自然に優斗の布団に入ってきたものだから。
 一度閉じた目をパチリと開けると、隆晴の視線と間近でぶつかった。

「流されやすい自分が心配になりました」
「だな。他の奴の前では気を付けろよ?」
「先輩の前でこそ気を付けたいです」
「そうだな、頑張れ頑張れ」
「それ絶対思ってないでしょ」

 頬を膨らませる優斗に小さく笑って、腕を伸ばして優斗を抱き寄せた。

「っ、せんぱ……」
「ただ寝るだけ。な」

 子供をあやすように背を撫でられ、うっ、と優斗は動きを止める。
 隆晴がそう言うなら本当にただ寝るだけだろうし。温泉で温まった体はぽかぽかとして、抱き締められる心地よさを知った体は人肌恋しいと訴えてくる。

 ――……これは流されたわけじゃなくて、俺の意思だから……。

 ふっ、と体の力を抜くと、褒めるように背を撫でられた。

「おやすみ、優斗」
「はい。おやすみなさい、せんぱ……、…………隆晴さん」

 名前、と言われ、小さく呟く。
 名前で呼ぶと優斗の方にダメージが来る。だが今は顔は見えないから。そう言い聞かせて、頑張って寝てしまおうと目を閉じた。

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