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スフィーリス国
しおりを挟む雲を抜けると、そこはもうスフィーリス国だった。
海の側には獰猛な獣がうろついている為、そこを抜けた先の安全な平地へと降りる。
「すごい……」
目の前の光景に、暖人は感嘆の溜め息をついた。
見渡す限りの真っ白な雪原。
舞い落ちる雪はキラキラと虹色に輝き、空には淡い紫や青の雲が、オーロラのように揺らめいている。足元の雪も、光の加減で虹色に輝いていた。
「異世界だね……」
「うん、異世界だ……」
暖人と涼佑は手を繋いだまま空を見上げ、その光景に見惚れた。
ウィリアムとオスカーも初めて見る光景だ。この感動は、形容しがたいものがある。
スフィーリスは恐ろしい場所だと想像していたが、まさかこんなにも神秘的で美しい国だったとは。
四人が景色を堪能するまで見守ってから、エヴァンは口を開いた。
「まずは知り合いのところで情報収集をしようと考えていますが、よろしいですか?」
ウィリアムたちは頷き、背後の森へと歩を進めるエヴァンの後に続いた。
・
・
・
「……エヴァンさん。もしかして、木の陰からこちらを見ているのは」
「エルフ族だな」
エヴァンの言葉に、暖人は目を輝かせる。
金の長い髪に、真っ白な肌。長い耳と色素の薄い瞳。さらりとした白い布を纏った神秘的な姿だった。
元の世界で見たエルフと同じ姿をしている。暖人はついそちらを見つめてしまう。
「エルフ族は、好奇心旺盛で知的探求心が強く友好的な者も多いが、縄張りを荒らす者や敵と見なした者には容赦がないんだ。弓の名手で、仲間と連携して罠に追い込むような戦略に長けた種族でもある。見た目には騙されないようにな、ハルト君」
「気を付けますっ」
知っている知識と同じだ、と思っても、実際に出会うと危機感が違う。
だがノーマンの言った通り、彼らは遠巻きにこちらを見るだけだ。
そのまま歩き続けると、遠くに違う姿も見えてくる。
「もしかして、あれは……狼……?」
「人狼族だな。人の姿をしてるのが父親で、足元の狼が子供だろう」
暖人はまたパッと笑顔になった。
「人狼族は群れの意識が強い。仲間が攻撃されたら全員で攻撃してくるから、犬と間違えて抱き上げないように気を付けような、ハルト君」
「気を付けますっ」
もふもふ、とうっかり触ってしまう恐れが一番あるのは自分だ。
やはり人狼族も、こちらを警戒しているだけで近付いては来ない。
「お二人のおかげで、暖人が喜ぶ伝説の生き物鑑賞ツアーになってます。ありがとうございます」
「っ、リョウが俺に礼をっ……」
「お二人、です」
「リョウもちゃんと感謝を口に出来たんだなっ」
「普段から言ってますけど?」
人を冷血漢みたいに、と溜め息をついた。
「ハルト様。他にご覧になられたいものはございますか?」
「えっ? えっと……妖精と、ユニコーンと、人魚と、ドラゴンと、ドワーフと……」
あれもこれもと挙げる暖人を、ノーマンは内心で驚きながらも微笑ましく見つめる。この世界の者でさえ知らない種族を幾つも挙げたからだ。
伝説の生き物と言っていたが、別世界には遥か昔はスフィーリスと同じ生物が存在していたのではないだろうか。
「危険なものは難しいですが、道中で幾つかの種族には出逢えるやもしれませんよ」
「本当ですかっ?」
キラキラと目を輝かせる暖人に、この件が片付いたらまた改めてこの国を案内するとノーマンは約束した。
「うーん……いくらはるでも、ユニコーンは無理かなぁ」
「うん、そうだね……。純潔の乙女って、いっこも合ってない」
残念がる暖人に、涼佑ですら頷いた。
ユニコーンは穢れのない純潔の乙女の前にしか姿を現わさないというのが定番だ。
いくら暖人が純粋無垢でも、純潔はとっくの昔に散っているし、ユニコーンが逃げ出す程のあれこれをついこの間大公領でやってしまったばかりだ。
ウィリアムとオスカーも思案し、純潔でなければ会えない生物なら会わせてあげられないなと眉を下げる。
その誰もが、乙女という部分は頭から抜け落ちていた。
「わっ……」
突然、暖人の目の前を光が通り過ぎる。
そして、フードの毛やマフラーをツンツンと引っ張られる感覚。
「え? あの、なんか引っ張られてるんですけど」
「妖精に懐かれたな」
エヴァンは楽しげに笑った。
「ほら、これだ。こっちが花で、こっちが森の妖精だな」
「か……かわいい……」
ツイ、と指先で宙を掴むと、エヴァンの手には小さな生き物がいた。
ピンク色のふわふわとした長い髪と、花びらで出来たドレス。深い緑のサラサラの髪と、緑の葉で出来たドレス。どちらも透明の羽が生えている。
捕まえられた彼らは、不満そうに手足をばたつかせていた。
暖人がそっと手を出すと、その上へと置かれる。
「かわ……かわ、いい……」
両手の上で、ちょこんと正座をして暖人を見上げる妖精たち。
ジッと見つめてから、ニコッと笑い、手のひらの上で大の字になったり手袋を引っ張ったりして遊び始めた。
「かわいいっ……」
もはや同じ事しか言えない。初めて見る妖精が、自分の手の上でこんなにも寛いでくれている。感動のあまりぷるぷると震えた。
「連れて帰りたい……」
「さすがに駄目だなぁ」
「ですよね……」
と言っている間に、暖人の側に妖精が増えていく。色とりどりの髪とドレス。ファンタジーな光景に暖人は口が開いてしまう程に見入ってしまった。
その光景を、ウィリアムとオスカーは真剣に目に焼き付ける。森の中で妖精と戯れる暖人。出来る事なら肖像画にして寝室と執務室と王宮の執務室に飾りたい。
「森の方はリョウの事もお気に入りみたいだな」
「昔からよく森で遊んでたからでしょうか」
自ら手の上に乗ってきた妖精の頬を、つんつんとつつく。
ぷっくりとした頬と、つつくと嬉しそうにする顔。どこか幼い頃の暖人に似ている。
顎の下を撫でるとくすぐったそうにして、頭を撫でると、もっとして、と擦り寄ってくる。
「……可愛い」
もはや手のひらサイズの暖人だ。
暖人とは違うけれど、暖人の概念というか。
「こらこら」
「あ、無意識に」
つい鞄の中に入れようとして、涼佑はハッとする。
「リョウも可愛いもん好きだったか?」
「いえ。ぷくぷくして昔の暖人に似てたので」
「俺ぷくぷくしてたっ?」
「頬が、って意味だよ」
くすりと笑う涼佑に、暖人は胸を撫で下ろした。
「妖精が竜を怖がらないのは、暖人だからでしょうか」
「ん? ちょっと言ってる意味が分かんないぞ~?」
「はるはちょっと緩いところありますし」
「ん、ん~」
「見た目に騙されないところがあるんですよ」
「あ、なるほどな」
暖人の事になると時々分かりづらい事を言い出す涼佑に苦笑する。
「妖精もそういうとこあるな。純粋だから本能で危険なものが分かるんだろうな」
「……へぇ」
低く呟き、ウィリアムたちへと視線を向ける。
花の妖精に頬を染められているウィリアムと、森の妖精に頭や肩に乗られているオスカー。あの二人も妖精の本能では危険がないらしい。
大丈夫だと思って暖人を預けたが、妖精の本能でも間違いはなかったという事か。
……だからと言って、暖人の全てを預ける気はないけれど。
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