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フィンレー

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 目的の場所は、すぐ近くだった。
 雪に覆われた大地と緑の木々に囲まれた場所に、一軒の家があった。黄色い壁と三角屋根の、教会のような建物。

 木の扉をノックすると、暫しの間の後、足音が聞こえた。


「はーい、どちらさま………………は? エッセヴァル……?」
「久しぶりだな、フィン」
「久しぶり……いや、お前、生きてたのか?」
「生きてる……けど?」

 エヴァンは首を傾げた。

「親父さんが、死んだって言ってたぞ?」
「…………あー……、しばらく帰ってなかったからか……」
「しばらくって」
「五十年くらい?」
「……親父さん、心配性なところあるからな」

 たった五十年で。
 二人は溜め息をつく。
 竜にとっては長くない時間。それに、なかなか死なない竜を心配するとは、竜らしくない父親だとばかりに。

「用事終わったら寄って帰るわ」
「そうしてやれ」

 二人して苦笑した。


「……エッセヴァル、って」
「ああ、エヴァンとヴァレンタインは貰った名前なんだ」

 話が終わったところで声をかけた涼佑りょうすけに、エヴァンは困ったように答える。

「エッセヴァルが名前で良かったんだけどな。ミドルネームに丁度いいからって、分けられたんだよ」
「誰にですか?」
「その話はまた今度な」

 長くなるから、とエヴァンは笑う。
 涼佑は、分かりました、と言って話を終わらせた。本当は話したくない過去なら、無理に聞き出す事はしない。全く気にならないとは言わないが……聞いたところで、自分に何か影響がある訳でもないのだから。


 フィンことフィンレーは、村から離れて暮らしていた。
 だからといって他のエルフと仲が悪い事もない。研究の為に一人で暮らし家にこもるのは、良くある事だった。

 金に近い銀糸の髪は腰まであり、分けた前髪と一緒に後ろで一つに縛っている。
 顔立ちは身震いする程に美しいが、研究に没頭するあまり髪は乱れ、服もヨレヨレだ。

 人間が一緒にいると知り、彼は暖炉に火を起こし、暖かい飲み物を用意する。
 大きな一枚板のテーブルにそれを並べ、絨毯の上に座る皆をぐるりと見回した。

「あれ、まだ寒い?」
「っ、いえ、その……」
「ハルト君。この国では取っても大丈夫だ」

 屋敷を出る前にも言われた。この国でも救世主は特別だと。他の国との違いは、他の種族に救世主が現れたところで、それを脅威と思わないところだ。
 長く生きる彼らは、救世主はその種族や国全体を救う為の存在だと正しく理解している。それを侵略の為に使っても意味がないという事も。
 だから攻撃対象にはならないのだ。


 暖人はるとは躊躇いながらもそっとコートを脱ぐ。すると。

「漆黒の髪!?」
「っ……!」
「こら、おどかすなよ」
「えっ、だって、瞳まで漆黒なんだぞ? 初めて見るんだ、こんな純粋な色……光彩まで漆黒だろ? どうなってるんだ?」

 ズイッと顔を近付けるフィンレーを、エヴァンは苦笑しながら引き離す。

「ハルト君、すまんな。悪気はないんだ。未知のものを解明したいのはエルフの本能でな」
「せめて髪を一本っ……」
「こら、この子は髪一本まで彼らのものでもあるからな?」
「な、なんだと……? この華奢な体で三人もの大男を相手に……?」

 大男。
 暖人は三人を見る。確かに線の細いエルフから見れば、屈強な大男に見えなくもない。

「別世界の人間は頑丈に出来てるのか? だが、人間だろ? 皮膚か筋肉が固いのか?」

 エヴァンに羽交い締めされたまま、暖人を観察する。
 そんなフィンレーの前に、暖人はそっと腕を差し出した。

「はる?」
「知りたそうだから……。俺はただの人間ですよ」

 どうぞ、と差し出すと、フィンレーは目を見開く。そして、おずおずと暖人の腕に触れた。


「っ……、柔らかい……筋肉も普通だ……だがこの肌の色は、きめ細かさはどうなってるんだ……?」
「多分そういう人種なのと、適度に雨の多い国で育ったので、乾燥しないことでこういう肌質になったのかと」
「なるほど……」
「それと、お米というものが主食で、肉や魚、貝類、野菜や果物など、様々な物を食べていました。お米は、この世界ではスイというものです」
「モッルの一部地域で育つというあれか?」
「はい。お米は肌が白くもちもちになる、なんて言われてました」

 真偽の程は確かめた事はないが、そう聞いた事がある。暖人の話に、フィンレーは真剣な顔で肌を撫でた。

「湿度と栄養か……一理あるな……」
「髪と瞳の色は、遺伝的に色素が濃いとしか言えませんけど」
「……良く見ると光彩は濃い茶色をしてるんだな」
「光の加減みたいです。元の世界には、もっと黒い人もいました」
「そうか、色素……。何色もが重なっているのか、元が黒なのか……」

 今度は髪へと視線を向ける。
 暖人は髪を指で梳き、グイグイと引っ張って何本か取れたそれをフィンレーへと差し出した。

「いいのかっ?」
「はい、どうぞ」
「はる、駄目だよ」
「大丈夫だよ、ただの髪だから」
「クローンを作られたらどうするの」
「……救世主の力がないクローンだったら、何の得もないと思う」
「ハルトは、まだ自分の魅力が分かっていないようだね」
「えっ」
「使い道などいくらでもあるだろ」
「オスカーさんが言うとなんか……」

 シャレにならない。
 真顔で言わないで欲しい。


「昔、複雑な生物の複製を作り出そうとした者がいたが、生み出したそれに取り込まれて絶命したらしい。それから何人もが挑戦しても、同じ結果にしかならなかった」

 フィンレーは暖人の髪をガラス瓶に大事に入れながら語る。

「まともな研究者なら、自分が長い年月をかけて得てきた知識全てと引き替えにしてまで、失敗すると分かっている研究に手を出そうとは思わない。俺もそうだ」

 命を扱うのは、植物までだ。

「この髪は、色素と構成物を確かめる為にしか使わない。ただ、知りたいだけだからな」

 瓶を鍵の付いた引き出しへとしまった。


「さて。貴重なものを貰ったから、なんでも答えよう。その為に来たんだろ?」

 今までの重々しい雰囲気から一転して、明るく笑った。

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