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4. 入学祝いに
しおりを挟む「……後ろ」
「!?」
ビャッと跳ねて、思わず鴫野さんに飛びついた。
「どうした?」
「うしっ……」
「牛? 牛はいないけど。他に何もいないよ」
「何もっ……本当ですよね!?」
「本当。俺がいれば大丈夫だって」
「ううっ、信じてますよっ」
そう言ったものの、心臓がドキドキしすぎて鴫野さんから離れられない。むしろ鴫野さんの近くにいるほど安心感が増す。
「ごめん。後ろにバナナあるから、小腹が空いてたら食べてもいいよって言おうとしただけ」
「ありがとうございます……でもあのタイミングは、紛らわしいです……」
「ごめんって。思い出した時に言っておこうと思って」
鴫野さんって、こういうところあるんだよな……自由というか、器が大きいというか。
「由井君ってあったかいね。子供体温?」
「わっ! そうだ俺っ、お風呂入ってないのにすみません!」
「お風呂?」
「鴫野さん、もうお風呂入ったんですよね? 俺、外から帰って来たばかりですし」
「俺は別に気しないけど、由井君のそういう真面目なところ好きだな」
好き……もしかして、こういう言動で勘違いされて変な噂が立っただけじゃない? 勝手な想像だけど、まったくの間違いでもない気がした。
離れようとした俺は、逆にぎゅうぎゅうと抱き締められる。そういえば、テーブルの上にビールの缶が三本くらいあった。鴫野さん、酔ってるのかな? そうじゃないとさすがに俺をこんな風に抱き締めたりしないよな。
「由井君はすぐに他人を信じるし、疑いもしないし、騙されて大変なことになるんじゃないかって、心配」
「否定できなくて申し訳ないです」
「今度その友達連れて来なよ。噂のこともあるし、由井君が俺と一緒に住んでるのを心配してるかも。まあ、心配もしないような友達だったら俺は認めないけど」
鴫野さんって、なんかお兄ちゃんみたいだな。俺に兄弟はいないけど、いたらこんな感じじゃないかなと思う。
胸がぽかぽかして、くすぐったい。まだ一緒に住み始めたばかりだけど、俺、鴫野さんと出逢えて本当に幸運だったよなぁ……。
感動に浸っていたら、鴫野さんは俺から離れる。なんだか寂しいと思ってしまって、もう子供じゃないのにと少し恥ずかしくなった。
「言っておくけど、俺は彼女も彼氏もいないし、男は恋愛対象外だから安心して」
「え。そうなんですか?」
「男女問わずは、さすがに噂に尾ひれが付きすぎだから」
「そうだったんですね……でも鴫野さんかっこいいし、性別超えてモテても不思議じゃないから尾ひれがついたんだろうなって思ってました」
「純粋すぎて、本当に心配。なんでも好意的に捉えない方がいいよ」
「気を付けます」
「本当に分かってんのかな……」
そう言ってぼやく姿は初めてで、心配かけて申し訳ないのに、鴫野さんの新たな一面を知れてちょっと嬉しかった。
◇◇◇
翌朝。バイトの面接のために早起きしたら、鴫野さんが出かけるところだった。
でも肩にかけた大きなバッグを下ろして、ちょっと待ってて、と言って部屋に戻る。それからすぐに、銀色の英字の書かれた黒い紙袋を持って戻って来た。
「昨日渡し忘れてたけど、これ。入学祝い」
「えっ! ありがとうございますっ! 出逢ったばかりなのにすみませんっ」
思わず紙袋を恭しく掲げてしまう。鴫野さんは楽しそうに笑って、開けてみて、と言ってソファに座った。
俺も隣に座って、綺麗にラッピングされた箱を取り出す。袋を見た時も思ったけど、めちゃくちゃ高そうな店だな……。
丁寧にリボンを解いて、箱を開けると、中身はシルバーのピアスだった。菱形をしたツヤ消しの銀色だ。鈍角になった角に、小さな赤い石が付いている。
「かっこいいっ……」
大きすぎないのに存在感があって、雑誌のモデルが着けていそうなデザインだ。
ピアス穴は、高校を卒業した日に地元の友達と空けた。じいちゃんとばあちゃんには前もって相談しなさいと怒られたけど、こんなにかっこいいピアスをプレゼントして貰えるなんて、空けてて良かったと興奮してしまう。
「気に入って貰えて良かった。それ、俺の誕生石だから、悪いものを弾いてくれるかも」
「付加価値もすごい! 嬉しいですっ、ありがとうございます!」
「そんなに嬉しそうにされると、プレゼントのし甲斐があるな」
そう言って笑った鴫野さんが自ら、俺にピアスを着けてくれる。こういうの、映画のワンシーンにありそうだ。相手が俺じゃなかったらすごく絵になるんだろうなぁ。
スマホの画面に耳を映すと、頬が緩んでしまう。鴫野さんに似合いそうなピアスだから、俺も鴫野さんみたいにかっこいい大学生に近づけた気がした。
鴫野さんは俺の頭をポンポンと撫でて立ち上がる。本当にお兄ちゃんみたいだ。
「面接頑張って」
「はい! ありがとうございます!」
元気に返して、俺もお見送りのために立つと、その元気さならきっとすぐに採用だよ、と優しく笑って言ってくれた。
ピアスと言葉に勇気を貰って受けた面接は、鴫野さんが言った通りに、翌日には採用の連絡を貰った。鴫野さんに伝えたら、その日の夜はご飯に連れて行ってくれた。それも、おごりで。
恐縮する俺に鴫野さんは「こういう先輩っぽいことしてみたかったんだよね」と言って笑う。
本当に……こんなに恵まれてて、俺、明日死んだりしないよな?
そんな心配をしてしまうくらいに、俺の新生活は順風満帆だった。
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