5 / 17
5. 忘れてた
しおりを挟むだから、忘れていた。
いや、忘れるなんて、なんて恩知らずなんだと自己嫌悪する。
入学式の後、じいちゃんとばあちゃんに、友達と一緒に撮った入学式の写真を送った。すごく感動してくれたから、それで伝えることは終わりだと思ってしまっていた。
終わってない……。
俺、引っ越したこと、言ってない……。
「ごめんって! 色々あって伝え忘れてたんだよっ」
電話口でばあちゃんがギャンギャン怒る。
心配してくれてるんだし、こんな大事なことを伝え忘れた俺が悪いのも分かる。事故物件だと知らなかったことまで言っちゃったから、仲介業者に対する怒りもプラスされてしまった。
全面的に俺が悪い。でもばあちゃん、最近ちょっと血圧が上がってきたって言ってたから、そんなに怒ると心配なんだけど!
「今は大丈夫だって! 大学の先輩とルームシェアしてて、いっぱい助けて貰ってるから!」
そう言ったら、今度は別の心配をさせてしまう。どこの誰で何歳で実家はどこで……と続いて、電話を代わりなさいと言われた。
「えっ? それはさすがに迷惑だって!」
これ以上鴫野さんに迷惑はかけられないよっ……。
そう思っていたら、部屋のドアがノックされた。
「ごめん、部屋の前通ったら聞こえた。俺、話そうか?」
「え……でも、そこまで迷惑は……」
スマホを離してても、あきちゃん!? と言うばあちゃんの声が聞こえる。
「別に迷惑じゃない。心配して当然だし。スピーカーでもいいけど」
押して、と言われるままにボタンを押すと、大音量でばあちゃんの声が響き渡った。
「お電話代わりました。由井君とルームシェアしています、鴫野 聖凪と申します」
『えっ、あら~っ! 初めまして、由井 明良の祖母です~』
ばあちゃんの声が急に可愛くなった。
鴫野さん、声もイケメンだからなぁ。話し方も落ち着いてるし、挨拶だけでしっかりした大人だと思って貰えたみたいだ。
それから鴫野さんは、鴫野さんのせいじゃないのに、伝えるのが遅くなったことを謝罪してくれて、仲介業者のミスで知らずに事故物件に住んでいたこと、それを心配してルームシェアを提案したことを説明してくれた。
どこで出逢ったのかという質問には、俺がオープンキャンパスで大学を訪れた日だと答えてくれた。それなら大分前からの知り合いだと思って貰えるし、ばあちゃんも安心してくれたようだった。
『可愛い孫のことだから、つい心配になっちゃって。ごめんなさいね』
「いえ。由井君は純粋なので、俺も心配になってつい世話を焼いてしまっています。迷惑と思われてなければいいんですが」
「迷惑じゃないです! 迷惑かけてるの俺です!」
咄嗟に返したら、ばあちゃんと、後ろのじいちゃんも同意する声が聞こえた。いや、本当に俺、どれだけ迷惑かけてるんだよ……。
『鴫野さん、しっかりした人じゃないの~』
「だからそう言ったじゃん」
『あきちゃんはぼんやりしてるところがあるでしょう? 都会で騙されないか心配だったのよ。鴫野さんみたいな人が一緒に住んでくれているなら、安心ね』
それからしばらく、ばあちゃんと鴫野さんの会話は続いて、最初の頃とは打って変わって上機嫌になったばあちゃんとの通話は終わった。
「……誠に申し訳ございませんでした」
「武士? おもしろ」
床に正座して頭を下げた俺に、鴫野さんはそう言って笑う。
「むしろ挨拶する機会を貰えて良かった。ルームシェアって初めてだから、挨拶するとか考えてなかったし」
「鴫野さんが優しすぎる……すみません、俺も考えてなかったです。鴫野さんのご家族にもご挨拶を……」
「うちはいいよ。放任主義というか、みんな自由に生きてるから。今度会った時に話すよ」
「そうなんですね。なんかかっこいい生き方ですね」
「ありがと。自由すぎて、父さんは衝動的にアマゾンに行って遭難しかけたり、母さんは買い物に行ったきり帰って来ないと思ったら北海道でカニ食ってる写真が送られてきたけど」
その翌日にタラバガニが送られてきて、お兄さんたちとカニ鍋をしたという。鴫野さん、お兄さんいたんだ……というか、自由の度合いが強すぎない?
「衝動的にアマゾンは、すごいですね……」
買い物に行ったはずが北海道にいたのもすごいのに、霞んでしまう。
「子供の頃からそうだから、それが普通だと思ってたんだよね。あまり一緒にいた記憶がないけど、家族仲はいいよ」
「そうなんですね……」
衝動的にアマゾンというパワーワードが後を引いて、他の情報がいまいち入ってこない。でも、家族仲がいいのは安心した。
「由井君のご両親は?」
「両親は……ずっと海外勤務で」
この話をしたら、近所の人やクラスメイトに可哀想だと言われてきた。
でも、じいちゃんとばあちゃんがいっぱい可愛がってくれたし、両親が生活費を送ってくれていたから困ったこともなかったし、友達もいたし、俺は自分が可哀想だと思ったことは一度もなかった。
「小学校高学年の頃だったかな。両親が日本に戻って来た時に、一年間だけこういうマンションで一緒に暮らしたことがあるんです。でも仕事が忙しかったみたいで全然会えないし、一緒に暮らしてる感じがしなかったです」
一緒に暮らしてから、両親に会えないことは寂しいんだと知った。可哀想じゃなくて、ただ、寂しかった。
「だから今、帰ったらおかえりって言って貰えるのがすごく嬉しいんです」
鴫野さんの方が帰宅が早い日は、部屋に電気がついてて、マンションの下から窓を見て嬉しくなった。
素直な気持ちを伝えたら、鴫野さんは、弟がいたらこんな感じなのかなと言って、俺の頭をポンポンと撫でた。
「せっかく一緒に住んでるんだし、時間が合う日は一緒にご飯食べようか」
「いいんですかっ? 嬉しいですっ」
こうして、特に干渉しない生活に、一緒にご飯という温かい内容が追加された。
これからも鴫野さんのことをいっぱい知っていけたらいいな。
◇◇◇
その日のうちに、俺には決めたいことがあった。
オリエンテーションで貰った学生要項を見ながら、胸を躍らせる。
「大学の授業って、必須以外は好きなものを組み合わせていいんですよね。考えるのがすごく楽しいです」
履修登録という初めての経験は失敗への不安もあるけど、それ以上にワクワクする。シラバスを読みながら、これとこれと、とノートに書き出していった。友達と一緒に取ろうと話していた授業には赤で丸をつける。
「学科とまったく関係ない授業も選べるのは、俺も好き」
鴫野さんはそう言って、俺がノートにざっとメモした内容に視線を向けた。
「居酒屋のバイト、多分遅番だと帰る頃には日付変わるだろうから、一限取る予定のこことここ、前日はバイト入れないか早番にした方がいいかも」
「えっ、そうですねっ。ありがとうございますっ」
そういうの、全然考えてなかった。
居酒屋の店長がいい人で、バイトのシフトを出すのは履修登録が終わってからでいいと言ってくれた。先輩にも大学生が多いらしくて、そういう気遣いだったのかと今更ながら知った。
「それとここ、校舎が離れてるから移動がギリギリだと思う。二週目と三週目のを入れ替えた方がいいんじゃないかな」
「勉強になります!」
バイトの予定だけじゃなく、移動時間も考えて組まないといけないのか。履修登録、奥深いな……。
「これ、俺も同じ授業取っていい? 一緒に受けたい」
こういう言動なんだよなぁ……。俺が女性だったら絶対勘違いしてた。もちろんです、と言いながら思わず胸を押えてしまう。
「西洋文学史、俺の周りで取ってる奴聞いたことないんだよね」
「学部が違うと選ぶ授業も違うんですね」
「全然違うと思う。多分由井君の周りだと、金融市場論とか経済学説史とか取る奴いないだろうし」
「名前聞いただけで眠くなりそうです」
文系頭の俺にはまったく理解できないだろうな。鴫野さんが書いてるレポートみたいなのを目にしたことがあるけど、全然分からなかったし。
それ以外にもアドバイスを受けながら、履修登録は完成した。友達と一緒に取ろうと話していた授業もきっちり入っている。
アドバイスがなかったら、毎日バタバタの生活になってたんだろうな……先輩は偉大である。
「授業受けてみて変更したいとこがあったら教えて。期間内なら変更できるから」
「何から何までありがとうございますっ」
偉大すぎて崇めたい。鴫野聖凪様。最高神様。
思わず両手を合わせて頭を下げたら、おもしろ、と笑われる。無気力っぽいゆるっとした鴫野さんからこの笑顔が出ると、なんか嬉しいって思うようになっちゃったな。
43
あなたにおすすめの小説
ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために
ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話
※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。
【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。
キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、
ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。
国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚――
だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。
顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。
過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、
気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。
「それでも俺は、あなたがいいんです」
だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。
切なさとすれ違い、
それでも惹かれ合う二人の、
優しくて不器用な恋の物語。
全8話。
告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
親に虐げられてきたβが、Ωと偽ってαと婚約してしまった話
さるやま
BL
◆瑞希(受け)語り
□アキ(攻め)語り
攻め→→→→←←受け
眞鍋秋人(攻め)
優秀なα。真鍋家の次期当主。本質は狡くて狡猾だが、それを上手く隠して好青年を演じている。瑞希にはアキさんと呼ばれている。
高宮瑞希(受け)
Ωと偽っている平凡なβ。幼少期の経験からか自己肯定感が低く、自分に自信がない。自己犠牲的。
有栖蕾
花の精のように美しいと名高い美少年のΩ。アキさんの元婚約者(と言っても、正式な婚約関係になく、幼少期の口約束程度)であり、アキさんのことをまだ好いている。瑞希のことを秋人の婚約者として紹介され、許せない相手になった。
姉の男友達に恋をした僕(番外編更新)
turarin
BL
侯爵家嫡男のポールは姉のユリアが大好き。身体が弱くて小さかったポールは、文武両道で、美しくて優しい一つ年上の姉に、ずっと憧れている。
徐々に体も丈夫になり、少しずつ自分に自信を持てるようになった頃、姉が同級生を家に連れて来た。公爵家の次男マークである。
彼も姉同様、何でも出来て、その上性格までいい、美しい男だ。
一目彼を見た時からポールは彼に惹かれた。初恋だった。
ただマークの傍にいたくて、勉強も頑張り、生徒会に入った。一緒にいる時間が増える。マークもまんざらでもない様子で、ポールを構い倒す。ポールは嬉しくてしかたない。
その様子を苛立たし気に見ているのがポールと同級の親友アンドルー。学力でも剣でも実力が拮抗する2人は一緒に行動することが多い。
そんなある日、転入して来た男爵令嬢にアンドルーがしつこくつきまとわれる。その姿がポールの心に激しい怒りを巻き起こす。自分の心に沸き上がる激しい気持に驚くポール。
時が経ち、マークは遂にユリアにプロポーズをする。ユリアの答えは?
ポールが気になって仕方ないアンドルー。実は、ユリアにもポールにも両方に気持が向いているマーク。初恋のマークと、いつも傍にいてくれるアンドルー。ポールが本当に幸せになるにはどちらを選ぶ?
読んでくださった方ありがとうございます😊
♥もすごく嬉しいです。
不定期ですが番外編更新していきます!
ランドセルの王子様(仮)
万里
BL
大学生の森下優太(20)は、ある日の夕暮れ、ひったくり犯に襲われ絶体絶命のピンチに陥る。そんな彼を救ったのは、鮮やかなシュートで犯人を撃退した小学生の少年、日向蒼だった。
ランドセルを背負いながらも、大人顔負けの冷徹さと圧倒的なカリスマ性を持つ蒼。その姿に、優太はあろうことか「一目惚れ」をしてしまう。「相手は小学生、これはただの尊敬だ」と自分に言い聞かせる優太だったが、蒼のクールな瞳と救われた手の温もりが頭から離れない。
親友には「自首しろ」と呆れられながらも、理性と本能(ときめき)の狭間で葛藤する。禁断(?)のドキドキが止まらない、20歳男子による「かっこよすぎるヒーロー(小学生)」への片思い(自認はリスペクト)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる