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6. 鴫野さんとの大学生活
しおりを挟むそうこうするうちに授業が始まり、三日間は快適なまま終わった。そして、四日目。
うん……この授業、前の席で受けるべきだな……。
一番後ろに座ったことを後悔する。先生が黒板に書いた文字が小さくて、見づらかった。
一緒に授業を受けた大津君も、視力がいいのにスマホのカメラで拡大していた。でも、そういう方法があると知れたのは大きな収穫だった。
授業が終わり、教科書をリュックにしまっていると、通常のざわめきに混ざって黄色い声がする。何だろうと思っていると、背後から聞き慣れた声がした。
「由井君、学食行こう」
「えっ、鴫野さんっ?」
通り過ぎる女子たちが、かっこいい、とざわつく。やっぱり鴫野さん目立つよなぁ。
そんな鴫野さんは、今日は一限のゼミだけだと言っていた。
「もしかして、終わるの待っててくれたんですか?」
「うん。由井君と一緒に食べたくて」
「えっ、嬉しいっ」
学部も違ってゼミの校舎は遠かったはずなのに、わざわざ迎えに来てくれたんだ。こういうのも仲良しな先輩後輩って感じがする。
感動していると、鴫野さんの視線は俺の隣に向けられていた。
「あ。前に話してた、バスケ部の大津君です」
「ああ、君が。うちの由井君がお世話になってるそうで」
「いえ……」
大津君は気まずそうに返事をする。そういえば、噂のこと誤解したままだったよな。
「大津君も一緒に行かない?」
「由井、それはさすがに……」
そう言った瞬間、スマホが震えた。
「佐伯君と三根君が、一緒に食べようって」
メッセージ内容を声に出してから、ハッとした。鴫野さんはみんなと一緒は嫌かな……。
「俺も一緒に行っていい? 一度話してみたかったし」
「ぜひ!」
俺の心中を察してくれた言葉に、思わず大きく頷く。
そういえば、友達を一度連れておいでって言われていた。誘っても三人は噂を気にして来てくれないかもしれないし、今日誤解を解いてしまった方がいいよな。
大津君も連れて学食に向かう。キャンパス内にいくつかある中で、定食やがっつりしたメニューを扱う学食にいると連絡があった。
まだ人もまばらな広い室内。その窓際に、二人の姿を見つけた。
「え、鴫野先輩……?」
「なんで?」
俺の隣にいる鴫野さんを見て、佐伯君と三根君は戸惑った顔をする。
「鴫野さんが、みんなと話してみたいって。それと前に言ってたあの噂、本当じゃなかったみたいだよ」
「え? まじ?」
「由井君、混む前に買ってからにしようか」
「あっ、そうですね。ちょっと待ってて!」
「その話すごい気になるんだけどっ……」
三根君の声を聞きながら、俺は椅子に荷物を置いて、鴫野さんの後をついて行った。
カレーと迷ったけど、今日はからあげ定食にした。鴫野さんはカツ丼だ。細身に見えるけど結構がっつり食べるんだよな。
ちなみに大津君は牛丼とチャンポンで、どうりで逞しいはずだよと思ってしまう。俺もあれくらい食べたらああなれるかな?
「あのさ、さっきの続き……」
半分くらい食べたところで、三根君が痺れを切らしたようにそう言った。
俺が口を開く前に、鴫野さんが答えてくれる。
「俺、男は恋愛対象外。噂は、当時付き合ってた彼女が言いふらしてたらしい。卒業の時に本人から言われたから本当だと思う」
「え、待って鴫野さん、それは俺も聞いてないです」
「言ってなかった?」
「聞いてないです」
思い返せば、俺が勝手にこうだろうと予想して、勝手に今の鴫野さんを知ってればいいよなって自己完結した。男が恋愛対象外だとは聞いたけど、彼女さんのせいとか聞いてない。
もしかしたら俺が自己完結したから、鴫野さんもそれ以上話しづらかったのかもしれない。
「食い散らかしてたんじゃなくて、先輩の彼女さんが振られた腹いせにって悪評を広めたということですか?」
佐伯君がズバッと言った。
「いや、俺が振られた側。それなのに復縁を迫らずに、すぐに別の子から告白されて付き合ったから、プライドが許さなかったって」
「その彼女、えぐ……鴫野先輩、普通に被害者じゃないっすか」
「まあそうなるのかな」
「そうなるのかなって……」
「高校の頃は噂とかどうでも良かったけど、今は由井君が困るといけないからこうして訂正してる」
鴫野さんはそう言って、大きなカツを一口で食べた。
みんなと話したいと言ったのも、俺のため……? どうしよう、それってものすごく嬉しい。
「……由井のこと、狙ってるとかじゃないですよね?」
「狙っていいなら狙うけど?」
その言葉で、全員の視線が俺に向く。からあげで口がいっぱいの時に限って話題を振られるのは困る。
「まあ……由井が変な女に引っかかるよりは……」
「鴫野先輩が彼氏なら、変な男も避けられるだろうし……」
「由井のこの、保護しなきゃ、みたいな雰囲気なんなんだろうな……」
別に俺、保護動物じゃないけど。
ゴクンとからあげを飲み込んで、話す前にウーロン茶で口の中を流す。
「こういう行儀のいいところも好きだな」
「鴫野さんが言うと冗談に聞こえないです。みんな困惑してるじゃないですか」
三人とも本気にして、反応に困っている。
「冗談? 先輩、本気トーンじゃなかった?」
「本気だったらどうする?」
「だから、鴫野さんが言うと冗談に聞こえないんですって」
三人ともますます困惑した顔をしてる。そんな三人を見て、鴫野さんは「からかい甲斐がある」と笑った。
「えー……先輩の印象、一八〇度変わったんだけど……」
「先輩って笑うんだ……」
「クズ男のイメージだったけど違うじゃん……」
「噂を鵜呑みにしすぎだろ」
散々な言われようにも怒ることなく、また笑い飛ばす。みんなはやっと安心したらしくて、表情から緊張の色が消えた。
「じゃあ、裏の筋と繋がってて、怪しいバイトしてたって噂も嘘ですか?」
「なんだそれ。ファミレスの裏方だよ」
「裏しか合ってない」
ドッと笑いが起きる。本当に高校時代の噂、むちゃくちゃだったんだな。
「今もファミレスですか?」
「今は、動画編集してる」
え、知らなかった……。だから家でパソコン開いてる時が多かったんだ。
「有名配信者の動画とか?」
「依頼主が誰かは言えない」
「守秘義務しっかりしてるーっ」
「当たり前だろ」
素っ気ない返答をして、残りのカツ丼を食べ終える。こういうギャップに女の子は弱いんだろうな……って思う俺も、相当かっこいいなって思ってるけど。
「じゃあ、呪われたみたいな生首を持って歩いてたって噂は?」
「ああ、それは本当」
呪われた……何……?
「長くて乱れた黒髪を振り回してたんですよね?」
「別に、振り回してはない」
長くて乱れた、黒髪……?
「由井君」
「……えっ、あっ、はいっ」
「怖い話嫌いなのに、ごめん」
「いえっ、大丈夫ですっ」
やっぱり怖い話なんだっ。ぶるっと震えたら、鴫野さんが背中を撫でてくれる。
「本物じゃなくて、前に話した父親がアマゾンで遭難した時に、助けてくれた部族からお土産にって貰ったやつだよ。髪に見えたのは木の繊維を細く裂いて乾かしたもので、首は木彫り」
「あ……お父さんの……そうだったんですね……」
良かった……いや、良かったって、冷静に考えたら鴫野さんが本物の生首を持ち歩くわけないんだけど。
「どうやって知ったのか、突然ゼミ室に現れて渡されたんだ。大きい鞄を持ってなかったから、仕方なく手持ちで帰ったんだよ。それは実家に置いてきたから、部屋にはないよ」
「そうなんですね」
ホッとすると、背中をトントンと叩いて手は離れていった。
木彫りだと分かればもう怖くない。でも、首と間違うくらいの木彫り、ちょっと見てみたかった気もする。でもそれで夜に寝られなくなったら困るから、やっぱり見たいって言うのはやめよう。
「待って。先輩の親父さん、アマゾンで遭難したって?」
「企業の倉庫とかじゃなくて、本物の密林のアマゾンですか?」
「袋、購買で売ってますよっ」
三人がそれぞれに言う。最後の佐伯君だけちょっと違った。
「そっか。購買で買えば良かった」
鴫野さんもそっちを拾って、ビニール袋なら入ったかな、と真剣な顔をした。
みんなと鴫野さんはすっかり打ち解けて、連絡先の交換までしていた。お兄ちゃんみたいな鴫野さんが、みんなを俺の友達として認めてくれたってことだろう。
……嬉しいことなのに、なんだか少しだけモヤッとしてしまう。俺に優しいならみんなにも優しいなんて、当たり前のことなのに。
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