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7. ある日
しおりを挟むそれから一ヶ月が経った。
ゴールデンウィークに入って、俺は毎日バイトに勤しんでいた。どうせ遊びに行ってもどこも混んでるからと、佐伯君たちも同じようにバイトを入れると言っていた。その代わりにゴールデンウィーク明けにみんなで出かける予定だ。
夕方から日付が変わるまで働いて、帰った頃には疲れすぎてベッドに直行。昼前に起きてシャワーを浴びる生活。それも大学生らしくて、毎日が充実していた。
そんなある日。シャワーを浴びてリビングに入ると、鴫野さんがコーヒーを淹れているところだった。
「おはよう。飲む?」
「はい。ありがとうございます」
俺用のマグカップにコーヒーを注いでくれている間に、冷蔵庫から牛乳を出した。まだ鴫野さんみたいにブラックでは飲めないんだよな。
カップを受け取るとふわっといい香りがして、誘われるようにそのまま口を付ける。香ばしくていい香りだ。美味しい、と一瞬思ったのに、後から苦味に呻いてしまう。
「無理しないで牛乳入れなよ」
「はい……鴫野さんみたいにかっこよくブラックで飲めるようになりたいです」
「ありがと。でも別にそのままでいいんじゃない? こういうのは味の好みの問題だし」
さらっと言って、表情も変えずにブラックコーヒーを飲む。
「ずっと思ってたんですけど、鴫野さんって言動が素でかっこいいですよね」
「普通に照れるんだけど」
「俺が女の子だったら惚れてます」
「男でも惚れていいよ」
またさらっと言って、笑いながらソファに移動した。こういうところが余裕のある大人って感じでかっこいいんだよな。
今日は鴫野さんはパソコンじゃなくて教科書を開いていたから、動画編集中じゃないみたいだ。
俺も隣に座って、牛乳たっぷりのコーヒーを飲む。朝ごはん用のコーンフレークをもりもり食べながら、どうして俺は背が伸びないんだろうと疑問に思った。
……いや、一七三センチあるから、そこまで低くはない。高校でも大学でも、周りの友達が大きかっただけだ。
佐伯君も三根君も一八〇センチくらいだと思うし、大津君は一九〇センチあると言っていた。
「鴫野さんって、身長何センチですか?」
「ん? 最後に計った時は、一八〇……三くらいだったと思う」
「十センチも差が……」
どうりで隣に並んでても差を感じるはずだ。イケメンで理系で身長も高いとか、鴫野さんって本当に少女漫画のヒーローだよな。
「何食べたらそんなに逞しくなれますか」
「肉かな。後は運動」
「正論!」
結局はそうなんだよ……良質なたんぱく質と運動と睡眠。
それが揃ってるはずなのに、背もそこそこで、筋肉も付きにくい。もう体質としか思えないよなぁ……。
「由井君は運動部だったんだし、悲観するほど細くはないんじゃない? 重い筋肉より柔軟性のある筋肉の方が怪我しにくいし、運動向きだと思うけど」
「そういえば、いくら練習しても滅多に怪我しなかったです。あれ? 俺、運動部だったって言いましたっけ?」
「言ってなかった? ……それっぽいと思ってただけかも」
鴫野さんはそう言って、コーヒーに口を付ける。
ルームシェアを決める時もだったけど、鴫野さんって時々勘違いするんだよな。ルームシェア以外は些細なことだけど、今後はそこから変な誤解に発展しないように、あれ? って思ったらしっかり話し合うようにしよう。
「大学では何か運動サークル入らないの?」
「はい。運動じゃなくて、英文サークルにしようかなと。在学中に留学するのが夢なんです」
「留学?」
「はい……あっ、その間の家賃とかはちゃんと払いますのでっ」
「それは別にいいんだけど、留学の話は初めて聞いたから驚いた」
珍しく動揺してるみたいで、口元に手を当てて視線を落としていた。家賃の心配じゃなかったら、何がそんなに気になってるんだろう。
「由井君がいる生活に馴染んじゃったから、いなくなると寂しいな」
「っ……」
突然弱みを見せられて、胸が感じたことないくらいにぎゅうっとなった。
なんだろ……可愛いというか、愛しいというか……そう、それこそ保護動物を前にしたみたいな感覚だ。
「あの、でも、留学といってもこの大学は一週間からの短期プログラムがあるので……夏休みの間とか、長くても一ヶ月くらいです」
同じ国に数ヶ月じゃなくて、大学生のうちに何ヶ国か行きたいと考えていた。それが出来るのがこの大学だったから、偏差値が高かったけど必死に勉強したんだよな。受験からまだあんまり経ってないのに、もう懐かしい。
「寂しいのもあるけど、由井君が海外で生活するってすごく心配なんだけど」
「それは大丈夫です。佐伯君たちも留学希望なんで、一緒に行こうって話してて」
「そっか。絶対に一緒に行きなよ。部屋も同じとこにして貰うと俺が安心」
「鴫野さん、お兄ちゃんみたいです」
お父さんと言うには、俺は普通のお父さんを知らない。でも、近所に住んでたお兄さんがこんな風に心配してくれた。
「由井君のおばあちゃんにお願いされたから、兄でも間違いじゃないね」
「鴫野さんが本当にお兄ちゃんだったら良かったなぁ」
子供の頃から一緒なら、きっと毎日がもっと楽しかった。両親と住んでいた時も、寂しいなんて感じなかったはず。
「名前で呼んでよ」
「え?」
「一緒に住んでるのに他人行儀だなって思ってた。俺も明良って呼ぶから」
ただ名前を呼ばれただけなのに、鴫野さんに呼ばれると特別感があるな。心臓がドキッとした。
「じゃあ俺は、聖凪さんで」
「聖凪でいいよ」
「呼び捨てはまだ色々とハードルが高いです」
鴫野さ……聖凪さんは、年上だし、命の恩人だし、派手めのイケメンだし、俺がもうちょっと自分に自信が持てた時に呼ばせていただきたい。
ん? 命の恩人?
ふと何かが引っかかる。その理由に辿り着いて、急に気まずくなった。
「あの、ずっと言おうと思ってたんですけど……俺、以前に聖凪さんと会ったことありますか?」
初対面の時に、「あの時の」と言われた。ずっと自力で思い出そうとしていたのに、結局何も思い出せなかった。
緊張と申し訳なさで萎縮しながら訊いたのに、聖凪さんはあまりにもあっさりと俺の疑問を肯定した。
「あるよ。思い出したくないだろうから、今まで言わなかったんだけど」
「俺っ、忘れててすみませんっ!」
思い出したくないこと? それって、悪いことだよな?
何かやらかしたとか? もしかして、ショックで記憶喪失になった?
「無理に思い出す必要はないよ。それでも、聞きたい?」
聖凪さんの深刻な表情におじけづきそうになる。でも聖凪さんとの思い出なら、全部覚えておきたかった。
そう伝えると、聖凪さんは少し困ったように眉を下げて、ゆっくりと口を開いた。
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