極度の怖がりな俺、ド派手な先輩とルームシェアが決まる

雪 いつき

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8. オープンキャンパス

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 俺が聖凪せなさんと初めて出逢ったのは、大学のオープンキャンパスの日だったらしい。

 その日のこと自体は、俺も覚えている。
 講堂で高校生向けの説明会があった。その後は在学生が学食に案内してくれて、色々話しながらチキン南蛮を食べた。

 先輩は明るくて楽しい人で、大学について気になっていたことも訊けて、とても勉強になった。
 留学実績が多いし、短期から選べるプログラムがある大学だし、学食も美味しかったし、絶対にこの大学に入るのだと気合いが入った。

 でも、あの時の先輩は、聖凪さんじゃなかった。

「会ったのは、夕方だったよ」

 夕方……自由行動の時間だ。
 キャンパスは高校と違ってとにかく広くて、楽しくなって色々見て回っているうちに、俺は迷子になった。
 うろついていた時に聖凪さんに会った記憶はない。聖凪さんくらいかっこよかったら、絶対に覚えてると思うんだけど……。

「……あっ!」

 記憶を辿り、突然その時のことを鮮明に思い出した。



 一号館、二号館を通り過ぎて、三号館にいるつもりだった。でも、地図とまったく違う。

「ここ、どこだ?」

 ゼミ室のプレートがあったけど、中からは人の声がしない。今日は休みだろうか。それに……やけに古びたプレートで、文字が消えそうになっている。
 廊下はシンと静まり返っていて、嫌な汗が流れた。

 どうしてこんな場所に来ちゃったんだろう……俺が一番苦手なシチュエーションじゃん……。

「どっちから来たっけ……えっ、こっちって、行き止まりだった……?」

 元来たように右に曲がって、引き返したつもりだった。それなのに、そこには階段がない。
 また引き返して別の角を曲がったら、今度は薄暗い廊下に出た。


 もしかして……俺、別の次元に……?


「おい」
「!?」

 突然背後から声をかけられて、心臓が飛び出るかと思った。
 振り向くと、背の高い、黒髪の男性が立っていた。足は……あるっ。良かった、人間だ!
 駆け寄りたいのに、さっきの驚きで足が竦んで動かない。なんてことだ。動かない俺に、その人の方から近づいて来てくれる。
 薄暗い廊下でも、顔が見えるくらいに近づいた。大学生にもなると、こんなにかっこよくなるんだ……そう思っていたら。

「その先、心霊スポットって言われてるけど」
「心、霊…………ひいぃぃっ!!」
「は? ちょっ……!」

 焦った声が聞こえた。その後の記憶が……ない……。
 気づいた時にはベッドの上にいた。オープンキャンパスに来て、あろうことか医務室のお世話になってしまったのだ。



 あの時の男性は、気絶した俺を運んでくれて、頭を打っていないかをとても心配してくれたらしい。お礼を言いたかったのに、名前も学年も名乗らずにいなくなってしまったと聞いた。
 ……その男性が、聖凪さんだったらしい。

「二度も命を助けていただいたのに忘れるなど……大変申し訳ございません……」

 深々と頭を下げると、おもしろ、と聖凪さんは小さく噴き出した。どうやら俺の丁寧な仕草が、聖凪さんには面白いらしい。

「気にしなくていいよ。薄暗かったし。怖くて思い出したくない記憶だろうから、忘れたままの方が良かったよね」
「いえっ、俺が聞きたいって言いましたし、聞けて良かったです」

 俺が苦手なシチュエーションだったけど、聖凪さんとの大事な初対面の思い出だ。
 それに、その時からやっぱり聖凪さんは親切だった。どっちにしろ迷惑を掛けてしまってるけど……二度も助けて貰ったなんて、運命的なものすら感じる。


「でも俺、聖凪さんの髪が赤くなかったのは覚えてます」
「この髪ってそんなに印象に残るんだ」
「はいっ、それはもうっ」

 あの時から一年くらいしか経ってないのに、黒髪全体にド派手な赤のメッシュが入っていて、服装もオーバーサイズめの派手な感じになっているから、聖凪さんだと気づかなかった。前はもっとシンプルな服だった気がする。

「染めたのは半年くらい前だったかな。服は同じ時期に友達がブランドを立ち上げたから、それを買ってる。結構着心地がいいんだよ」
「聖凪さんの周りの方って、すごい人が多いんですね……」

 友達が立ち上げたブランド、ってサラッと言えるところがすごい。お父さんのアマゾンといい、聖凪さんの周りにはパワーワードが多いな……。


「まあ、経済学部だから。起業する人は多いよ」
「そうなんですね。聖凪さんも起業を考えてるんですか?」
「俺は、起業した人の補佐をする方が好き。前に出るよりも裏方やってる方が性に合ってるんだと思う」

 だから動画編集のバイトも上手くいっていると言った。どう編集すればその人の良さを引き出せるか考えるのが好き。そう言って笑う聖凪さんは、本当に誰かをサポートするのが好きなんだと伝わってきた。

「俺が明良の世話を焼くのも好きでやってることだし、申し訳ないとか思わないでいいから」
「善処します……俺がかけてる迷惑の度合いがすごいので……」

 オープンキャンパスで気絶に始まり、ルームシェア、ばあちゃんからの電話……俺だし、きっとこれからも色々とご迷惑をおかけしてしまうんだろう……。


「これは謝罪じゃなく、ずっと言いたかったお礼なんですけど、オープンキャンパスの際は誠にありがとうございました」

 深々と頭を下げる。命の恩人とも言える彼に、やっとお礼を言うことができたのだ。これだけはきっちりとお礼をしたかった。

「どういたしまして。俺も咄嗟に受け止められて良かったよ。後ろ向きに倒れたからさ、頭を打たなくて本当に良かった」
「聖凪さんのおかげで怪我ひとつありませんでした」

 そう言ったら、嬉しそうに笑って俺の頭を撫でた。
 聖凪さんって本当に優しいよなぁ。気づかなかったけど、俺って撫でられるの好きみたいだ。


「そういえば、あの校舎って老朽化で半分閉鎖されてて、オープンキャンパスの資料にも載ってなかったはずなんだけど。何であんなところに?」
「…………迷子に、なりまして」

 恥を忍んで真実を明かすと、聖凪さんはいつも通りにおもしろ、と笑う……こともなく、深刻な顔をした。

 え、これってもしかして、そういう七不思議的なものがあるとか?
 俺はそれに巻き込まれた?
 ゾワッとして泣きそうになったけど、そうじゃなかった。

「留学先で初めて歩く場所は、絶対に友達と一緒に行って。そうじゃないと、ばあちゃんの代理として留学は許可できない」
「分かりましたっ!」

 俺としては方向音痴のつもりはなかったんだけど、その件を思い出したから全力で頷く。海外で迷子になったら本当にシャレにならない。

 いつの間にかばあちゃんの代理になった聖凪さんは、俺の全力を出した返事に満足そうに笑った。


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