16 / 17
16. 暗雲と光明
しおりを挟む幸せすぎて、聖凪さんたちが人気者だということを忘れていた。
動画サイトの登録者数は一万を超えて、二万に近づいたところだった。雑談動画に聖凪さんとソラさんが長く出て話したことがきっかけだ。
『セナは、ゲイ』
『私たちを騙してた。最低』
ある日突然、聖凪さんたちの動画に、そんなコメントがついた。
SNSには、ぼかしてあるけど、大学での写真が載せられていた。……聖凪さんと俺がキスしてるように見える写真だった。
その件について話があるからと、ロアさんは俺たちのマンションを訪れた。その前に、聖凪さんと一通り話をした。
「このコメント、アカウントを変えてるけど、同じ人物っぽいよね。心当たりある?」
「……あるといえばある」
「だよね。聖凪は別に、恋愛営業してないのになぁ」
聖凪さんが言うには、毎回ライブに来る人の中に、付き合って欲しいと言ってしつこい女性が三人ほどいるらしい。ソラさんが言うには、しつこくないけど恋愛的な好意を持ってる女性は他にもたくさんいるという。
「辞めるとか言い出すなよ?」
ソラさんが静かに言った。
「言わない。……さっき言ったら、明良に怒られた」
「さすが明良君。ありがとう」
ロアさんが優しく俺の頭を撫でてくれた。
「じゃあ、生配信するかっ」
ライトさんが三脚とスマホを取り出して、カメラのレンズを、リビングの白い壁に向けて設置する。
「謝罪会見じゃないぞ? 聖凪の気持ちを素直に話していい。俺たちがフォローするから」
「……俺、多分キレるから、よろしく」
聖凪さんの言葉に、ライトさんはいつものようにニッと明るく笑った。
◇◇◇
俺は自分の部屋で、配信される動画を祈るような気持ちで見守った。
生配信の予告は朝に済ませていたらしく、視聴者数が二万人以上いる。SNSで拡散されていたから、登録者じゃない人たちも見ているんだと思う。
「今流れている噂について、みなさんにお伝えしたいことがあります」
ロアさんが静かな声で言った。視線を向けられて、聖凪さんが口を開く。
「俺がゲイという噂が流れていますが、俺はゲイじゃなくて……区分するとしたら、バイです」
そう言った瞬間、書き込まれたコメントの一つが、聖凪さんの怒りに火をつけた。
「は? もっと悪いって何? お前がバイの何を知ってんの?」
「こらこら、喧嘩しない。でもバイが悪いと言うのは、今の時代にそぐわないよね。そもそも誰を好きになるかは、個人の自由なんだし」
ロアさんが聖凪さんを物理的に押さえ付けた。
「俺たちは恋愛営業をしているわけじゃないし、趣味でバンドをやっている一般人だから、メンバーの恋愛に関しては個人の自由に任せているよ」
趣味でバンドをやっている一般人。その言葉で、批判的なコメントが一度ピタリと止んだ。その中で、目を疑うようなコメントが現れる。
「ん? ああ、セナが高校の頃に、男女問わず食い散らかしてたって噂ね。あれって、実際はストーカーしてた女が広めたやつだったよな?」
「そうそう。その件で、当時付き合ってた女の子に突然別れ話を切り出して、頬に手形つけられちゃったよね。セナはその子を守るためだったのに」
「不器用だもんなぁ」
ライトさんとロアさんが話した途端、聖凪さんに対する擁護のコメントが流れ出した。
元彼女さんが広めたと聞いたけど、さっきの短時間で打ち合わせをしたのかな……SNSで拡散されたら、その彼女さんが特定されるかもしれない。そんなのは聖凪さんが許さないはずだ。
「セナは、すごく一途だよ。付き合った人数も少ないし、浮気もせずに一心に愛するタイプだよね」
それがつまらないと言われてフラれてばかりだった。
一番付き合いの長いソラさんの言葉が、コメント欄を落ち着かせた。
「俺たちはそんなセナが大好きだし、信頼もしている。だから、これ以上セナを傷つけるつもりなら、俺たちも、許さないと言わざるを得ない」
ロアさんの真剣な眼差しが、法的手段も辞さないのだと暗に伝えてきた。
『私はセナたちの音楽が好きだから、ずっと応援するよ』
『セナはステージでも動画でも、メンバーを本当に大切にしてるよね。私は、私が見てきたセナを信じるよ』
『本当のことを話してくれてありがとう』
荒れていたコメント欄に、応援コメントが増えていく。聖凪さんはそのコメントを追っているようで、しばらくしてから頭を下げた。
「……ありがとう。心配かけて、ごめん」
『責任取って辞めるとかじゃなくて良かった!』
『メンバー全員仲良しで嬉しい……泣いた……』
昔からのファンの人たちなのか、優しいコメントに俺も少しだけホッとして緊張が解けた。
「って、俺たちが答える形になっちゃったね」
「リーダーは、セナに過保護だから」
「みんなも俺のこと言えないよね?」
『メンバーも全員、セナの彼氏なんじゃない?』
同じ文面が何度も続く。
きっとこの人が、最初に悪意のあるコメントを書いた人だと思えた。
「やめろ。俺にも選ぶ権利がある。お前は、男なら誰でも恋人にするってタイプか? そういう見境ないの人間か?」
「こらこら、キレない」
ロアさんが止めてくれる。コメント欄では、『セナのキレ芸爆誕』『ウケる、最高』と好意的なコメントで溢れている。それに加えて、投げ銭も合計するとすごい額が投げられた。
「まあ、セナの言う通り、俺たちはお互いに恋愛以上の絆で結ばれてるよね」
「言ってない」
「だからこそ、セナに限らず、恋愛には発展しないな」
「俺は綺麗なお姉さんが好き」
最後のライトさんの言葉に、『それっぽい!』と明るいコメントが増えた。
『セナ。付き合ってる人が男性って、本当?』
「付き合ってるのは嘘だけど、好きな人が男なのは本当。俺が唯一好きになった男だよ」
唯一好きになった男。
そのワードがぶわっと画面を流れる。
聖凪さんが、唯一好きになった男性……? 聖凪さん、好きな人がいたの? もしかして……ロアさんかな……。
「その人が、俺が責任取って辞めようとした時に止めてくれたんだ。何も悪いことしてないんだから堂々としてろって。ファンの人たちに本当の気持ちを話すのが、今の俺がやるべきことだって」
『未来の彼氏さん!! 止めてくれてありがとう!!』
『素敵な人なんだね!』
「そう、素敵な人。俺の、世界一大切な人だよ」
聖凪さんがそう告げた途端、コメント欄がものすごい勢いで流れる。批判的なコメントじゃなくて、黄色い悲鳴というか、大半が意味を成さない文字列だった。
……今の幸せそうな笑顔、心臓に効いたもんな。
でも……聖凪さんの好きな人って……。心臓がドッと速くなる。さっき聖凪さんが話した条件の人、は……。
『お幸せに!』
ハッとして見ると、そんなコメントが溢れている。中にはやっぱり批判的なものもあるけど、すぐにお祝いコメントに埋もれていった。
配信が終わり、部屋の扉がノックされる。扉を開けると、聖凪さんが迎えに来てくれていた。
「このコメントが最後かな?」
「こっちじゃないか?」
リビングに戻ると、ロアさんとソラさんがパソコンを覗き込んでいた。
制止された画面には……。
『セナ、ダサい。二度と応援しない』
『勝手に恋する男やってれば?』
そんなコメントが表示されていた。
「ああ、あの、聖凪に夢見てた子かぁ」
「孤高の不良に憧れる年齢ってあるよな!」
「聖凪は、孤高でも不良でもないが」
「憧れてるくせに攻撃してくるなよ……今度こそキレていいだろ?」
いつも通りの四人の姿に、やっと息をつけた。
俺、配信が終わってからもずっと緊張してたんだな……。ずっと、聖凪さんが傷つけられるのが怖かった。
「明良、おいで」
泣きそうになった俺の手を引いて、聖凪さんは俺を抱き締めてくれる。宥めるように背中をポンポンと叩く手に、安堵のあまり目の前が滲んだ。
「さっき、配信でも言ったけど」
聖凪さんの言葉に、こぼれそうだった涙が止まった。
さっき言っていた、聖凪さんの好きな人。……もしかしたら、ロアさんかもしれない。それを聖凪さんの口から聞きたくなかった。
「あの、俺……」
「最後まで言わせて」
聖凪さんの指が俺の唇に触れる。
駄目だ、怖い。でも、そう思った気持ちは、すぐに消えて行った。
だって、聖凪さんの顔が、すごく優しい。俺を映す瞳が、そっと細められた。
「明良が俺の、世界一大切な人だよ」
「っ……」
聖凪さんの好きな人、ロアさんじゃなくて、俺……?
本当に……?
まだ信じられない俺の頬に、聖凪さんの唇が触れた。
「だから、未来じゃなくて、今から俺の恋人になって」
聖凪さんの指が、俺の涙を拭う。
聖凪さんの、恋人になれる……。
好きな人が、俺を好きになってくれた……。
「はいっ……なりますっ」
今度こそ涙がこぼれる。
喜びと安堵でボロボロに泣いてしまった俺を、聖凪さんはきつく抱き締めて、いつものように優しく背を撫でて宥めてくれた。
……その後、落ち着いた俺は、ロアさんたちの前で一部始終を見せてしまったことに気づく。
でも、たくさんお祝いの言葉を貰って、恥ずかしいよりも幸せな気持ちでいっぱいになってしまった。
それでも、お見せしてしまったからと、みなさんの前で頬や髪に何度もキスをされるのは、恋人になったばかりの俺にはとてもとてもハードルが高いので……甘えた顔をしても、駄目です。
31
あなたにおすすめの小説
ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために
ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話
※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。
【8話完結】帰ってきた勇者様が褒美に私を所望している件について。
キノア9g
BL
異世界召喚されたのは、
ブラック企業で心身ボロボロになった陰キャ勇者。
国王が用意した褒美は、金、地位、そして姫との結婚――
だが、彼が望んだのは「何の能力もない第三王子」だった。
顔だけ王子と蔑まれ、周囲から期待されなかったリュシアン。
過労で倒れた勇者に、ただ優しく手を伸ばしただけの彼は、
気づかぬうちに勇者の心を奪っていた。
「それでも俺は、あなたがいいんです」
だけど――勇者は彼を「姫」だと誤解していた。
切なさとすれ違い、
それでも惹かれ合う二人の、
優しくて不器用な恋の物語。
全8話。
告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
親に虐げられてきたβが、Ωと偽ってαと婚約してしまった話
さるやま
BL
◆瑞希(受け)語り
□アキ(攻め)語り
攻め→→→→←←受け
眞鍋秋人(攻め)
優秀なα。真鍋家の次期当主。本質は狡くて狡猾だが、それを上手く隠して好青年を演じている。瑞希にはアキさんと呼ばれている。
高宮瑞希(受け)
Ωと偽っている平凡なβ。幼少期の経験からか自己肯定感が低く、自分に自信がない。自己犠牲的。
有栖蕾
花の精のように美しいと名高い美少年のΩ。アキさんの元婚約者(と言っても、正式な婚約関係になく、幼少期の口約束程度)であり、アキさんのことをまだ好いている。瑞希のことを秋人の婚約者として紹介され、許せない相手になった。
姉の男友達に恋をした僕(番外編更新)
turarin
BL
侯爵家嫡男のポールは姉のユリアが大好き。身体が弱くて小さかったポールは、文武両道で、美しくて優しい一つ年上の姉に、ずっと憧れている。
徐々に体も丈夫になり、少しずつ自分に自信を持てるようになった頃、姉が同級生を家に連れて来た。公爵家の次男マークである。
彼も姉同様、何でも出来て、その上性格までいい、美しい男だ。
一目彼を見た時からポールは彼に惹かれた。初恋だった。
ただマークの傍にいたくて、勉強も頑張り、生徒会に入った。一緒にいる時間が増える。マークもまんざらでもない様子で、ポールを構い倒す。ポールは嬉しくてしかたない。
その様子を苛立たし気に見ているのがポールと同級の親友アンドルー。学力でも剣でも実力が拮抗する2人は一緒に行動することが多い。
そんなある日、転入して来た男爵令嬢にアンドルーがしつこくつきまとわれる。その姿がポールの心に激しい怒りを巻き起こす。自分の心に沸き上がる激しい気持に驚くポール。
時が経ち、マークは遂にユリアにプロポーズをする。ユリアの答えは?
ポールが気になって仕方ないアンドルー。実は、ユリアにもポールにも両方に気持が向いているマーク。初恋のマークと、いつも傍にいてくれるアンドルー。ポールが本当に幸せになるにはどちらを選ぶ?
読んでくださった方ありがとうございます😊
♥もすごく嬉しいです。
不定期ですが番外編更新していきます!
ランドセルの王子様(仮)
万里
BL
大学生の森下優太(20)は、ある日の夕暮れ、ひったくり犯に襲われ絶体絶命のピンチに陥る。そんな彼を救ったのは、鮮やかなシュートで犯人を撃退した小学生の少年、日向蒼だった。
ランドセルを背負いながらも、大人顔負けの冷徹さと圧倒的なカリスマ性を持つ蒼。その姿に、優太はあろうことか「一目惚れ」をしてしまう。「相手は小学生、これはただの尊敬だ」と自分に言い聞かせる優太だったが、蒼のクールな瞳と救われた手の温もりが頭から離れない。
親友には「自首しろ」と呆れられながらも、理性と本能(ときめき)の狭間で葛藤する。禁断(?)のドキドキが止まらない、20歳男子による「かっこよすぎるヒーロー(小学生)」への片思い(自認はリスペクト)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる