平民男子と騎士団長の行く末

きわ

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 王都を縦横に貫く大通りを南に向かって騎士団が隊列を組んで進んで行く。
 よく訓練された馬は左右から上がる民衆の声にも怯えずに、その背中に乗せた騎士と同じように堂々とした姿だった。列の後方には荷物を積んだ幌馬車が幾台も続いている。
 そして、全体から見て中央近くにジルがいた。
 遠くからでもすぐに分かってしまう。
 兜を小脇に抱え、片手で馬の手綱を操っている。真剣な表情でまっすぐに前を見据えている。
 俺はそれを自分が働くパン屋が一階に入っている建物の屋上から、他の大勢の人達と一緒に見ていた。
 皆それぞれ思い思いに喋っている。

「最近は大きな戦いもなかったし、静かだったのにな」
「ああ。南のアルゲニア王国から追い出された少数部族のヤツらが、国境付近で暴れてるんだとよ」
「少数部族相手にここまでやるか? まるで戦争しに行くみたいじゃないか」
「さてねえ。国境を守ってる兵だけじゃ手に負えないのか、なにか別の意図があるのか……」
「別の意図?」
「もとはアルゲニアに住んでたヤツらだろ? そっちに対する牽制とか」
「それはないだろ。うちの第二王女様がアルゲニアに嫁いでまだ二年くらいだろ」
「上のやることは平民には分からねーよ」
「確かにな。争いに巻き込まないでくれれば、それでいい」

 そんな声を聞き流しながら、演習じゃなくて実戦だったのかとぼんやり思っていた。

 あれからジルには会っていない。城に行かないから当たり前だけど。
 距離はあってもこうして姿を見るとまだ胸が苦しくなる。心のどこかにジルに言われたことに期待している自分がいる。
 いつか、隣にいられる日が来るのじゃないかって。
 そんな日は永遠に訪れないと言う自分もいる。
 ジルのことを忘れるにはまだまだ時間がいる。

 周りに聞こえないようにそっと息を吐く。

 そして、国同士の戦いではないにせよジルが戦いの場に赴くことが、さらに俺の心を重くさせた。

 なぜ今回、王都にいる騎士団が動いたのかは分からないけど、騎士団長のジルが出るということは何か重要な意味があるんだろう。
 団長とか、上の位の人は指示を出すだけで前線へはほとんど出ないと聞いたことがある。でも戦場には変わりないわけで。だから、怪我をしたり最悪命を脅かされる可能性もある。ジルがどんなに強くても不測の事態があるかもしれない。国を守るのために戦うのが騎士の仕事だと理解している。
 でもそれと心配するのとは別だ。
 ジルへの気持ちと戦いに赴くことへの心配と、つい最悪の事態を想像してしまう思考とで、心だけでなく体も重たく感じる。
 時間の許す限り騎士団の、ジルの姿を見送る。

 きっと気のせいだと思うけど、ジルがチラリとこっちを見た気がした。





 新しい職場で俺はパンを焼いてる。
 入ったばかりの頃に店舗販売も手伝ってくれないかと言われたが、人前に出るのは苦手だからと断った。
 本当はそこまで苦手じゃない。表に出ないのには理由がふたつある。ひとつはもちろん、ジルと会ってしまう可能性をなくすためだ。王都には警邏隊がいて街中を定期巡回しているが、たまに騎士団の見回りがあったりする。パン屋は大通りに面してるから売り場にいたら鉢合わせするかもしれない。
 もうひとつは、元同僚のレオンを避けるためだ。
 前の職場の人達に送別会をやってもらったのだが、時間が遅くなってもレオンと一緒にいた。いい加減酔っぱらって、ふたりでふらふらと歩いて帰っていると突然レオンに腕を掴まれて、路地裏に連れ込まれた。
 酔っている俺はレオンが冗談で悪戯をしかけてきたと思って、その時はまだヘラヘラ笑っていた。
 壁に背中を押し付けられて、それが結構痛かったから文句を言おうとレオンの顔を見て、俺は何も言えなくなってしまった。
 月明りで見るレオンの表情とその両目に宿った熱の異常さに、普通ではないと感じたから。

「レオン?」

 呼びかけても返事はなく、レオンはなにか興奮したように肩で大きく呼吸していた。
 俺の腕にくいこむレオンの指。
 俺はこの、レオンの瞳に宿る熱がどういった種類のものか知っている。

 欲情だ。

 いつからそんな目で見られていたのか。全然気づかなかった。
 俺としては仕事仲間としか思ってなかったし、レオンも隠してたんだろう。
 それとも俺が鈍いだけとか?

「……レオン、放してくれ」

 ジルと出会う前の俺はわりと軽かったから、昔だったらノリでヤッてたかもしれない。けど、ジルと別れたばかりで、それを忘れるために人肌を求める気には全然なれない。
 だから、レオンに応えることは出来ない。

「……別れたんだろ? 俺にしろよ」
「え?」

 レオンの言葉に俺はドキリとした。
 もしかして、ジルとの関係を知ってた?

「バレてないと思ったか? あの部屋に行くと、なかなか戻って来ねえし。帰ってきたら嬉しそうな顔して機嫌良いし。騎士団のヤツらは全員知ってるみたいだぞ?」
「うえ? みんな!?」

 予想外の内容に声が裏返ってしまった。
 あの部屋って、執務室のことだよな。え? 騎士団の人が知ってるって、何してるかも分かってるってこと?

「お前があの部屋に行くたびに周りが気を使ってるんだよ。うちの団長がスミマセンって、騎士が俺に頭下げたこともあるぞ」
「……」

 二の句が継げないとはこのことで。
 全部筒抜けだった? 俺たちの関係も、あの部屋でのことも……。

「気持ち良かったか?」
「え……え?」

 そこで始めてレオンがニタリと笑った。

「舐められて、震えてたな。手で口押さえて声我慢してたけど、我慢できてなくて。可愛いなぁ」
「見て……」
「少しだけな。すぐに従者に引っ張り離された。可愛かったなぁ、本当に。気持ち良くてたまんねえって顔して」
「……」

 背筋にゾクッと冷たいものが走った。

「あいつも俺が見てるのを分かってて止めなかったな。見せつけてたんだな、ありゃ。だったらもっと堂々と見せてくれればいいのによぅ」
「は?」

 ジルが見せつけてたかどうかは知らないが、さっきからレオンが気持ち悪い。言ってる内容もおかしい。

「あんなヤツより俺にしとけよ。もっと気持ち良いことたっぷりしてやる。身分差もない。どうせあいつはどっかの貴族の女と結婚するんだよ。お前が手酷く捨てられないように、必死に情報集めたんだぜ? お前を、守るために……」

 腕にくい込むほど力の入っていたレオンの手は、いつの間にか俺の肩を撫で回す手になっていた。

 いや、それよりもこいつ、何を言っている?
 俺を守るため?
 頼んでねーよ。

 確かにレオンからの情報でジルと別れる決心をしたけど、それはいつか来る決断が早まっただけのこと。
 これは、俺とジルの問題。
 なのにこいつは、自分の手柄のように、自分が正義のように話している。

 すっげームカつく!

「なあ、エリー。後悔はさせない」
「!!」

 俺のことをエリーと呼んでいいのはジルだけだ!

「ごふっ」

 そう思うと手が勝手にレオンを殴りつけていた。それでも腹の虫がおさまらないので、尻もち着いたレオンの肩口目がげて蹴り倒す。

「ぐえ!!」
「もう二度と、俺の前に現れるな!!」




 とまあ、そんな感じで絶縁を言い渡したけど、あいつの顔を見ると胸糞が悪くなるので、なるべく人前に出ないことにした。どこかで覗いているかもしれないと思うと、悪寒を通り越して殺意がわいてくる。
 相手が客だと殴れないからな。

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