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第3章 友情婚と恋愛婚
2.仲良くなんてないですが?
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片付けは一緒にし、そして一緒に家を出る。
「いってきます」
「……」
「いってらっしゃい」
「……」
なんのこだわりなのかわからないが、一緒に家を出るときは必ず、二回キスをする。
そういうのはもう全部、……諦めた。
だって、どんなに拒んだってやろうとするんだもん!
ジツリョクコウシに出られるときもあるしさ!
諦めるしかない。
一緒に家を出たということは、乗る電車も当然ながら一緒だ。
「……」
吊革……ではなく、それが下がるバーに掴まる楠木さんを無言で見上げる。
彼はいつも、なるべく私を壁側にした。
さらに揺れたときはすかさず支えてくれる。
さしずめナイトにでも守られている気分だ。
「……?」
視線に気づいたのか、僅かに首を傾けて唇だけで小さく笑う。
目があっただけだというのに幸せそうなそれに耐えられなくて、視線を逸らした。
博多駅から会社まで徒歩十分程度の距離も、並んで歩く羽目になる。
最初の頃、さすがにそれは……とゆっくり歩いて距離を離し、人混みに紛れて巻いたつもりだった。
しかし私がいないと気づいた瞬間に人の迷惑顧みず、凄い勢いで引き返してきたのを目の当たりにしたら、諦めるしかなかった。
「おはよ。
今日も仲良くご出勤だな」
席に着いたら、コーヒー片手に熊田さんが寄ってくる。
「お隣だからたまたま、ですよ」
楠木さんと一緒に出勤をはじめて早半月。
そろそろこの言い訳も苦しくなってきた。
嫌なら時間をずらして出勤すれば、とか言われそうだが、……私が家を出るまで待っているのだ、あの人は。
会社に着くまではひたすら私にかまいたがる彼だが、課長席に座った瞬間、スイッチでも入るのか別人になる。
「熊田さん」
仕事がはじまってすぐ、楠木さんが熊田さんを呼んだ。
「今日の現場ですが、同行お願いできますか?」
「えっ、香坂じゃなくていいんですか?」
なぜか熊田さんの口から私の名前が出て、思わず課長席を見ていた。
「……どうして香坂さんなんですか?」
熊田さんの陰になって楠木さんは見えないが、額に怒りマークが浮いているんじゃないかと思う。
「楠木課長は香坂と一緒に通勤するくらい一番打ち解けているみたいなので、案内には彼女のほうがいいんじゃないかと思っただけですよ」
しかし熊田さんは気にすることなく、さらにしれっとそんなことを言い放つ。
意地悪くニヤニヤ笑っているのにコンビニコーヒー一杯、賭けていい。
「……こちらの施工業者さんとは熊田さんが一番、付き合いが長いと聞いてのお願いだったんですが。
そんなに私の同行が嫌ならひとりで行きます」
けれど楠木さんのほうが一枚上だった。
ピシャッと切り捨てられたら、さすがの熊田さんも堪らない。
「あ、いや、俺は別に、楠木課長の同行が嫌だとか一言も……!」
どうにか取り繕うと慌てる熊田さんは気の毒だが、いい気味だ。
仕事だというのにこんなことを言ってからかう人が悪い。
「ひとりで行きますので、けっこうです」
これで話は終わり、とばかりに楠木さんはキーを打ちだした。
「ちーっと、気を回してやっただけじゃないですか……。
そんなに怒らなくても……」
俯き気味に熊田さんはぼやいている。
「余計なお世話だっていうんです」
それには激しく同意して、うんうんと何度も頷いた。
キーを打つ音はカタカタと続いている。
「次、こんなことを言ったら、セクハラで問題にしますから気をつけてください」
楠木さんが手を止めたのか、音がやんだ。
「すみませんでした!」
勢いよく、熊田さんがあたまを下げる。
自分に非があると認めたときは潔く謝罪できる彼を、私は尊敬していた。
「それで。
同行、お願いできますか?」
「はい、喜んで!」
「では、出るときにまた、声をかけます」
「はい」
熊田さんがいなくなり、楠木さんと目があった。
なんだか大好きなご主人様を見つけたわんこみたいにぱーっと顔が輝いた、が。
「楠木課長」
「はい」
女性社員から声をかけられた瞬間に、真顔に戻った。
あれはちょっと、面白くもあるけどね。
「いってきます」
「……」
「いってらっしゃい」
「……」
なんのこだわりなのかわからないが、一緒に家を出るときは必ず、二回キスをする。
そういうのはもう全部、……諦めた。
だって、どんなに拒んだってやろうとするんだもん!
ジツリョクコウシに出られるときもあるしさ!
諦めるしかない。
一緒に家を出たということは、乗る電車も当然ながら一緒だ。
「……」
吊革……ではなく、それが下がるバーに掴まる楠木さんを無言で見上げる。
彼はいつも、なるべく私を壁側にした。
さらに揺れたときはすかさず支えてくれる。
さしずめナイトにでも守られている気分だ。
「……?」
視線に気づいたのか、僅かに首を傾けて唇だけで小さく笑う。
目があっただけだというのに幸せそうなそれに耐えられなくて、視線を逸らした。
博多駅から会社まで徒歩十分程度の距離も、並んで歩く羽目になる。
最初の頃、さすがにそれは……とゆっくり歩いて距離を離し、人混みに紛れて巻いたつもりだった。
しかし私がいないと気づいた瞬間に人の迷惑顧みず、凄い勢いで引き返してきたのを目の当たりにしたら、諦めるしかなかった。
「おはよ。
今日も仲良くご出勤だな」
席に着いたら、コーヒー片手に熊田さんが寄ってくる。
「お隣だからたまたま、ですよ」
楠木さんと一緒に出勤をはじめて早半月。
そろそろこの言い訳も苦しくなってきた。
嫌なら時間をずらして出勤すれば、とか言われそうだが、……私が家を出るまで待っているのだ、あの人は。
会社に着くまではひたすら私にかまいたがる彼だが、課長席に座った瞬間、スイッチでも入るのか別人になる。
「熊田さん」
仕事がはじまってすぐ、楠木さんが熊田さんを呼んだ。
「今日の現場ですが、同行お願いできますか?」
「えっ、香坂じゃなくていいんですか?」
なぜか熊田さんの口から私の名前が出て、思わず課長席を見ていた。
「……どうして香坂さんなんですか?」
熊田さんの陰になって楠木さんは見えないが、額に怒りマークが浮いているんじゃないかと思う。
「楠木課長は香坂と一緒に通勤するくらい一番打ち解けているみたいなので、案内には彼女のほうがいいんじゃないかと思っただけですよ」
しかし熊田さんは気にすることなく、さらにしれっとそんなことを言い放つ。
意地悪くニヤニヤ笑っているのにコンビニコーヒー一杯、賭けていい。
「……こちらの施工業者さんとは熊田さんが一番、付き合いが長いと聞いてのお願いだったんですが。
そんなに私の同行が嫌ならひとりで行きます」
けれど楠木さんのほうが一枚上だった。
ピシャッと切り捨てられたら、さすがの熊田さんも堪らない。
「あ、いや、俺は別に、楠木課長の同行が嫌だとか一言も……!」
どうにか取り繕うと慌てる熊田さんは気の毒だが、いい気味だ。
仕事だというのにこんなことを言ってからかう人が悪い。
「ひとりで行きますので、けっこうです」
これで話は終わり、とばかりに楠木さんはキーを打ちだした。
「ちーっと、気を回してやっただけじゃないですか……。
そんなに怒らなくても……」
俯き気味に熊田さんはぼやいている。
「余計なお世話だっていうんです」
それには激しく同意して、うんうんと何度も頷いた。
キーを打つ音はカタカタと続いている。
「次、こんなことを言ったら、セクハラで問題にしますから気をつけてください」
楠木さんが手を止めたのか、音がやんだ。
「すみませんでした!」
勢いよく、熊田さんがあたまを下げる。
自分に非があると認めたときは潔く謝罪できる彼を、私は尊敬していた。
「それで。
同行、お願いできますか?」
「はい、喜んで!」
「では、出るときにまた、声をかけます」
「はい」
熊田さんがいなくなり、楠木さんと目があった。
なんだか大好きなご主人様を見つけたわんこみたいにぱーっと顔が輝いた、が。
「楠木課長」
「はい」
女性社員から声をかけられた瞬間に、真顔に戻った。
あれはちょっと、面白くもあるけどね。
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