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第13話 花嫁修業
4.ひとりで本邸
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尚一郎が出て行くとすぐに、用意した荷物を持って本邸へと向かう。
尚一郎には何度も大丈夫だ、心配ないと強がってはいたものの、不安がないどころか不安だらけだった。
「本日からお世話になります、朋香です。
ふつつかものですがよろしくお願いいたします」
本邸で朋香を待っていたのは、自子ひとりだった。
達之助は仕事で出ているらしい。
花を活けていた自子は挨拶を返さないどころか、朋香の方などちっとも見ない。
けれどここではこれが普通らしく、すぐに朋香を案内してきた、執事らしき男の連れられて別の部屋へと移動した。
「これに着替えてください」
渡された衣装盆に入っているのは、たとう紙に包まれた……着物。
「あの、ひとりで着るんですか」
「もちろんです。
ああ、お持ちになった荷物はこちらですべてお預かりします。
携帯も、その指環も」
「……はい」
渋々、持ってきたスーツケースと携帯を渡す。
結婚指環を外すことには躊躇われたが、仕方ない。
外して男に渡すと、急に尚一郎の守りがなくなった気がして、心細くなった。
「私は少し外しますので、その間に着替えておいてください」
「……はい」
男が出て行くと、はぁっと小さくため息が漏れた。
……野々村さんに着付け習っておいて正解。
本邸に来ることが決まってから、無駄に心配だけをしていたわけじゃない。
仕事が忙しいのに尚一郎は、ありとあらゆることを考えて手を打ってくれた。
朋香だって尚一郎にばかり手を煩わせず、自分にできることはすべて。
野々村には無茶ぶりともいえるほどいろいろお願いしたが、いつも通り無表情ですべてこなしてくれた。
……野々村さんって案外、いい人なのかも。
短時間で叩き込まれた着付けを思い出しながら、着物を着ていく。
用意された着物は本邸の使用人たちが着ているのと同じものだった。
……結局、そういうことだよね。
嫁として再教育、といいながらも実際は使用人扱い。
想像できていたことだけに絶望したりしない。
「着替えられましたか」
「はい」
男が戻ってきたときにはすでに、着替え終わっていた。
「では、着いてきてください」
「はい」
廊下を進む、男のあとについて歩く。
「自己紹介が遅れました。
私はこの家のいっさいを取り仕切っている、#杉谷__すぎや__と申します。
よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
杉谷という男は、尚恭と同じくらいの年頃に見えた。
ただ、痩せぎすでどことなく神経質そうで、朋香は苦手意識を抱いていた。
杉谷の話によると、朋香のここでの生活はやはり、使用人と同じだという。
「お昼までに庭の掃除を終わらせておいてください。
終わるまで、食事はありません」
「はい」
一応、笑顔で答えたものの顔がひきつる。
任されたのは中庭とはいえ、軽く学校の運動場ほどあった。
しかも、山ほどの落ち葉。
……これを昼までに?
朋香が本邸に着いたのは十時頃だった。
時計は確認してないが少なくともすでに、十一時に近いはず。
できないと泣きつくのを待っているだろうが、しゃくに障る。
箒を握ると朋香は、黙々と掃除を始めた。
「おわっ、たー」
落ち葉を詰め込んだ、最後の袋の口を結び、額に浮く汗を拭う。
あたりはすでに、とっぷりと日が暮れていた。
「うん、きれいになった。
これなら文句ないでしょ」
チリひとつない庭を見回し、ひとり満足して頷くと、ぐーっ、おなかが派手な音を立てて苦笑する。
「……まだやっていたのですか」
聞こえてきた声に振り返ると、杉谷が呆れ気味に立っていた。
「だってこれが、私に命じられた仕事ですから」
すました顔で云い返してやったが、杉谷の反応は薄い。
「旦那様がお帰りになりました。
挨拶に行きますので取り急ぎ、その酷い身なりをなんとしてください」
「はい」
……必死で掃除をしていたせいか、朋香の身体にはあちこち落ち葉が引っ付いていた。
身体に付いた落ち葉をはたき落とし、汗も拭うと、座敷に連れて行かれた。
黙々と自子と向かい合って食事をしていた達之助だが、朋香を視界の隅に確認したとたん、箸を置く。
「食欲がなくなった。
下げろ」
「ただいま」
すぐに使用人が呼ばれて食事が下げられる。
自子は早々に箸を置いてすでに部屋から出て行っている。
「本日からしばらく、こちらでお世話になることになった朋香です。
よろしくお願いいたします」
「ふん。
卑しいおまえなど屋敷に置いたら穢れるわ。
まあいい、どうせ早々に尻尾を巻いて逃げ出すだろうがな」
笑顔を作って黙って聞いていたものの、ひくひくと口の端が痙攣する。
せいぜい、莫迦にしているといいと思う。
絶対にそっちから、参りましたと云わせてやる。
達之助との対面のあと、やっと食事にありつけた。
ただし、冷やご飯と漬け物、冷めた味噌汁のみ。
嫌がらせにものほどがある。
尚一郎には何度も大丈夫だ、心配ないと強がってはいたものの、不安がないどころか不安だらけだった。
「本日からお世話になります、朋香です。
ふつつかものですがよろしくお願いいたします」
本邸で朋香を待っていたのは、自子ひとりだった。
達之助は仕事で出ているらしい。
花を活けていた自子は挨拶を返さないどころか、朋香の方などちっとも見ない。
けれどここではこれが普通らしく、すぐに朋香を案内してきた、執事らしき男の連れられて別の部屋へと移動した。
「これに着替えてください」
渡された衣装盆に入っているのは、たとう紙に包まれた……着物。
「あの、ひとりで着るんですか」
「もちろんです。
ああ、お持ちになった荷物はこちらですべてお預かりします。
携帯も、その指環も」
「……はい」
渋々、持ってきたスーツケースと携帯を渡す。
結婚指環を外すことには躊躇われたが、仕方ない。
外して男に渡すと、急に尚一郎の守りがなくなった気がして、心細くなった。
「私は少し外しますので、その間に着替えておいてください」
「……はい」
男が出て行くと、はぁっと小さくため息が漏れた。
……野々村さんに着付け習っておいて正解。
本邸に来ることが決まってから、無駄に心配だけをしていたわけじゃない。
仕事が忙しいのに尚一郎は、ありとあらゆることを考えて手を打ってくれた。
朋香だって尚一郎にばかり手を煩わせず、自分にできることはすべて。
野々村には無茶ぶりともいえるほどいろいろお願いしたが、いつも通り無表情ですべてこなしてくれた。
……野々村さんって案外、いい人なのかも。
短時間で叩き込まれた着付けを思い出しながら、着物を着ていく。
用意された着物は本邸の使用人たちが着ているのと同じものだった。
……結局、そういうことだよね。
嫁として再教育、といいながらも実際は使用人扱い。
想像できていたことだけに絶望したりしない。
「着替えられましたか」
「はい」
男が戻ってきたときにはすでに、着替え終わっていた。
「では、着いてきてください」
「はい」
廊下を進む、男のあとについて歩く。
「自己紹介が遅れました。
私はこの家のいっさいを取り仕切っている、#杉谷__すぎや__と申します。
よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
杉谷という男は、尚恭と同じくらいの年頃に見えた。
ただ、痩せぎすでどことなく神経質そうで、朋香は苦手意識を抱いていた。
杉谷の話によると、朋香のここでの生活はやはり、使用人と同じだという。
「お昼までに庭の掃除を終わらせておいてください。
終わるまで、食事はありません」
「はい」
一応、笑顔で答えたものの顔がひきつる。
任されたのは中庭とはいえ、軽く学校の運動場ほどあった。
しかも、山ほどの落ち葉。
……これを昼までに?
朋香が本邸に着いたのは十時頃だった。
時計は確認してないが少なくともすでに、十一時に近いはず。
できないと泣きつくのを待っているだろうが、しゃくに障る。
箒を握ると朋香は、黙々と掃除を始めた。
「おわっ、たー」
落ち葉を詰め込んだ、最後の袋の口を結び、額に浮く汗を拭う。
あたりはすでに、とっぷりと日が暮れていた。
「うん、きれいになった。
これなら文句ないでしょ」
チリひとつない庭を見回し、ひとり満足して頷くと、ぐーっ、おなかが派手な音を立てて苦笑する。
「……まだやっていたのですか」
聞こえてきた声に振り返ると、杉谷が呆れ気味に立っていた。
「だってこれが、私に命じられた仕事ですから」
すました顔で云い返してやったが、杉谷の反応は薄い。
「旦那様がお帰りになりました。
挨拶に行きますので取り急ぎ、その酷い身なりをなんとしてください」
「はい」
……必死で掃除をしていたせいか、朋香の身体にはあちこち落ち葉が引っ付いていた。
身体に付いた落ち葉をはたき落とし、汗も拭うと、座敷に連れて行かれた。
黙々と自子と向かい合って食事をしていた達之助だが、朋香を視界の隅に確認したとたん、箸を置く。
「食欲がなくなった。
下げろ」
「ただいま」
すぐに使用人が呼ばれて食事が下げられる。
自子は早々に箸を置いてすでに部屋から出て行っている。
「本日からしばらく、こちらでお世話になることになった朋香です。
よろしくお願いいたします」
「ふん。
卑しいおまえなど屋敷に置いたら穢れるわ。
まあいい、どうせ早々に尻尾を巻いて逃げ出すだろうがな」
笑顔を作って黙って聞いていたものの、ひくひくと口の端が痙攣する。
せいぜい、莫迦にしているといいと思う。
絶対にそっちから、参りましたと云わせてやる。
達之助との対面のあと、やっと食事にありつけた。
ただし、冷やご飯と漬け物、冷めた味噌汁のみ。
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