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第13話 花嫁修業
3.続きは帰ってから
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尚一郎の出発の日まで、ばたばたとしていた。
急な出張なのでいま抱えている仕事の指示など多く、帰ってくるのは毎日夜遅く。
いちゃいちゃする暇もない。
……それ以前に。
いまからこんなに忙しくて大丈夫なのか不安になった。
尚恭曰く、尚一郎の向こうでの仕事は最低でも半年ほどはかかるという。
なのに、尚一郎は一ヶ月で片付けると朋香に宣言した。
無理をして身体を壊したりしたりしないが、心配でしょうがない。
「絶対に無理はしないでくださいね。
少しくらい長くなったって、私は待っていられますから」
出発の日。
頑張って早く起きて、尚一郎と一緒にロッテの散歩に出た。
これを逃すと、しばらく尚一郎と話すことはできなくなるから。
「朋香の方こそ、無理しないで。
我慢なんてしなくていいから、なにかあったらすぐ連絡して。
それに来週から一週間ほど侑岐が帰国するらしいから、侑岐にも頼って」
「私は大丈夫ですから。
多少のことは耐えられますし。
尚一郎さんの方が心配です」
手を繋いで、夜明け前の薄暗い庭をふたりと一匹で歩く。
ロッテも、しばらくふたりともいなくなるのがわかっているのか、どことなく淋しそうだ。
「早く仕事を片付けないとね、朋香にふれられない禁断症状が出て、発狂してしまうかもしれないんだ。
だから、多少の無理はするよ」
「尚一郎さん……」
見上げると、レンズ越しに視線があった。
少しずつ傾きながら近づいてきた顔に、唇が重なる。
短く、長く。
深く、浅く……。
「……Nicht genuegend(足りない)」
唇が離れると、そっと尚一郎の手が頬を撫でた。
熱を帯びる瞳で見つめられ、心臓がばくばくと早く鼓動する。
……けれど。
「いま朋香を抱いたらきっと、フランスなんか行きたくなくなっちゃうからね。
だから、我慢するよ」
困ったように笑う尚一郎に笑い返す。
そんなふたりをロッテが不思議そうに見ていた。
いつも通りの朝食をとり、尚一郎を送り出す。
「できるだけ早く帰ってくるから。
なにかあったらすぐに連絡して。
文字通り飛んで帰ってくるから」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
「心配に決まってるだろ。
あのCEOと一緒に暮らすんだよ?
ああ、やっぱり無理矢理でも朋香も一緒に……」
「尚一郎さん!」
朋香の声に、尚一郎の背中がびくんと揺れた。
上目遣いでおそるおそる、といった感じで窺ってくると、苦笑いしかできない。
「そんなに私は頼りないですか?」
「……ごめん、朋香」
くぅーん、そんな声が聞こえてきそうな顔で、尚一郎はうなだれている。
「でも、くれぐれも無理はしないで。
これだけは約束してくれるかい?」
「はい、約束します」
思いっきり背伸びをして、その唇に自分の唇をふれさせる。
離れると満面の笑みになった尚一郎から抱きしめられた。
「じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい」
今度は、尚一郎の方から唇が重なる。
散歩の最中にも深いキスをしたというのに、今度のキスも深く長かった。
「……続きは帰ってきてから、だよ」
「……」
崩れ落ちそうになる身体を支えたまま、耳元で小さくくすりと笑われると、身体中を熱が駆け回った。
急な出張なのでいま抱えている仕事の指示など多く、帰ってくるのは毎日夜遅く。
いちゃいちゃする暇もない。
……それ以前に。
いまからこんなに忙しくて大丈夫なのか不安になった。
尚恭曰く、尚一郎の向こうでの仕事は最低でも半年ほどはかかるという。
なのに、尚一郎は一ヶ月で片付けると朋香に宣言した。
無理をして身体を壊したりしたりしないが、心配でしょうがない。
「絶対に無理はしないでくださいね。
少しくらい長くなったって、私は待っていられますから」
出発の日。
頑張って早く起きて、尚一郎と一緒にロッテの散歩に出た。
これを逃すと、しばらく尚一郎と話すことはできなくなるから。
「朋香の方こそ、無理しないで。
我慢なんてしなくていいから、なにかあったらすぐ連絡して。
それに来週から一週間ほど侑岐が帰国するらしいから、侑岐にも頼って」
「私は大丈夫ですから。
多少のことは耐えられますし。
尚一郎さんの方が心配です」
手を繋いで、夜明け前の薄暗い庭をふたりと一匹で歩く。
ロッテも、しばらくふたりともいなくなるのがわかっているのか、どことなく淋しそうだ。
「早く仕事を片付けないとね、朋香にふれられない禁断症状が出て、発狂してしまうかもしれないんだ。
だから、多少の無理はするよ」
「尚一郎さん……」
見上げると、レンズ越しに視線があった。
少しずつ傾きながら近づいてきた顔に、唇が重なる。
短く、長く。
深く、浅く……。
「……Nicht genuegend(足りない)」
唇が離れると、そっと尚一郎の手が頬を撫でた。
熱を帯びる瞳で見つめられ、心臓がばくばくと早く鼓動する。
……けれど。
「いま朋香を抱いたらきっと、フランスなんか行きたくなくなっちゃうからね。
だから、我慢するよ」
困ったように笑う尚一郎に笑い返す。
そんなふたりをロッテが不思議そうに見ていた。
いつも通りの朝食をとり、尚一郎を送り出す。
「できるだけ早く帰ってくるから。
なにかあったらすぐに連絡して。
文字通り飛んで帰ってくるから」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
「心配に決まってるだろ。
あのCEOと一緒に暮らすんだよ?
ああ、やっぱり無理矢理でも朋香も一緒に……」
「尚一郎さん!」
朋香の声に、尚一郎の背中がびくんと揺れた。
上目遣いでおそるおそる、といった感じで窺ってくると、苦笑いしかできない。
「そんなに私は頼りないですか?」
「……ごめん、朋香」
くぅーん、そんな声が聞こえてきそうな顔で、尚一郎はうなだれている。
「でも、くれぐれも無理はしないで。
これだけは約束してくれるかい?」
「はい、約束します」
思いっきり背伸びをして、その唇に自分の唇をふれさせる。
離れると満面の笑みになった尚一郎から抱きしめられた。
「じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい」
今度は、尚一郎の方から唇が重なる。
散歩の最中にも深いキスをしたというのに、今度のキスも深く長かった。
「……続きは帰ってきてから、だよ」
「……」
崩れ落ちそうになる身体を支えたまま、耳元で小さくくすりと笑われると、身体中を熱が駆け回った。
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