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第14話 お姉ちゃん?
4.押部家の内情
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「そういえば侑岐さん、こっちの野々村さんって……」
途中、野々村がティーセットをワゴンで運んできてくれた。
ケーキスタンドの上の、色とりどりのプチケーキについ、顔がゆるんでしまう。
「やっぱりその話は気になるわよね……」
紅茶を一口飲んだ侑岐が、困ったように笑った。
野々村は結局、あとはやるからと侑岐に追い出されている。
「その、野々村さんにお子さんがいるんだったら、跡取りを尚一郎さんにって、こだわらなくていいんじゃないかって思うんですけど」
「それはそうなんだけど。
……野々村は彼女と子供、達之助おじいさまに殺されたから」
「え?」
侑岐の云っている意味がわからない。
いや、わかるからこそ理解したくない。
「野々村の彼女は本邸の使用人だったの。
でも、ある日、達之助おじいさまが」
「……」
かたかたとカップを持つ手が震える。
きっと昨晩、尚恭が助けてくれなければ、自分も同じ目に遭っていた。
「朋香?
大丈夫?」
「あ、……はい」
隣に座る侑岐の眉が心配そうに寄り、そっと肩を抱かれた。
温かい侑岐に、震えが治まる。
「やっぱりこの話、やめましょう?」
「続けて、ください。
きっと私が、知らなきゃいけないことだから」
ふるふると首を振り、侑岐の顔を見つめると、はぁっと小さくため息をつかれた。
「そうね。
当事者である朋香には、押部の複雑な事情を知る権利があるわ。
続けるけど、つらかったら云って。
すぐにやめるから」
「はい」
侑岐に手を握られると安心できる。
甘えるように肩に寄りかかると、ふふっと侑岐が苦笑いした。
「それでね。
何度も達之助おじいさまから陵辱された彼女は、妊娠してることに気付いたの。
思い悩んだ彼女は、その」
「……なんとなくわかります」
達之助はどれだけの人間を不幸にすれば気が済むのだろう。
腹が立つよりも、そんなことを簡単にしてしまう、達之助が恐ろしい。
「結局、達之助おじいさまが彼女に手を出し始めた時期と妊娠した時期に少しだけズレがあって、子供は野々村の子供なのか達之助おじいさまの子供かはわからない。
それでも、野々村は自分の子供だって信じてたみたい」
「……はい」
「これが、尚一郎が引き取られた年にあったこと。
達之助おじいさまは彼女が子供を産んでいれば、尚一郎をドイツに追い返せたって激怒していたらしいけど」
「酷い……」
血の通った人間なのだろうか、達之助は。
どうやったらあんな人間になるのだろう。
「でも、だったら野々村さんはお祖父さんを恨んでるんじゃ。
そもそも、野々村さん……えっと、うちの野々村さんだって、お祖父さんを恨んでるんじゃ」
「両方野々村じゃ、ややこしいわよねー。
本邸では野々村親、野々村子って呼び分けてるらしいけど、あんまりよね。
名前で呼べばいいんじゃない?
昌子と優希」
本邸の呼び方はさすがに酷いと思う。
いや、あの達之助の支配下にあるのだから当たり前といえば当たり前かもしれないが。
「じゃあ。
だいたい、お祖父さんにそんなことされて、どうして昌子さんはまだ、押部家に仕えているんですか?」
そもそもそこから謎なのだ。
達之助に暴行されてなお、押部家に仕え続けるなどと。
優希を押部家当主にするなどと、野心でもあるのだろうか。
日頃の昌子を見ていると、全くそんなことは想像できないが。
「そこはよくわかんないのよねー。
優希も達之助おじいさまは認知してないみたいだし。
それに対して昌子もなにも云わないみたいなのよね」
「どうしてなんでしょう?」
「ただいえるのは、野々村の家はそれこそ、押部が公家だった頃から仕えてきたってこと。
そういう因習とかしがらみとか?
そんなのに囚われてるのかも」
「……複雑なんですね」
祖先がそうだった、ってだけで恨みがある家に仕え続けるなんて理解できない。
それともなにか、自分には理解できないよっぽどの事情があるのだろうか。
「でも、尚恭おじさまは優希を、実の弟として可愛がっているわ。
そこだけは救いかも」
「そうですね」
笑う侑岐に笑って答える。
押部家の複雑怪奇な人間関係は、朋香には理解できない。
セレブがそうなのか、押部家が特殊なのか。
とにかく、そんな中で生きていくには、尚一郎に守れるだけではダメだと思う。
自分ももっと、強くならなければ。
途中、野々村がティーセットをワゴンで運んできてくれた。
ケーキスタンドの上の、色とりどりのプチケーキについ、顔がゆるんでしまう。
「やっぱりその話は気になるわよね……」
紅茶を一口飲んだ侑岐が、困ったように笑った。
野々村は結局、あとはやるからと侑岐に追い出されている。
「その、野々村さんにお子さんがいるんだったら、跡取りを尚一郎さんにって、こだわらなくていいんじゃないかって思うんですけど」
「それはそうなんだけど。
……野々村は彼女と子供、達之助おじいさまに殺されたから」
「え?」
侑岐の云っている意味がわからない。
いや、わかるからこそ理解したくない。
「野々村の彼女は本邸の使用人だったの。
でも、ある日、達之助おじいさまが」
「……」
かたかたとカップを持つ手が震える。
きっと昨晩、尚恭が助けてくれなければ、自分も同じ目に遭っていた。
「朋香?
大丈夫?」
「あ、……はい」
隣に座る侑岐の眉が心配そうに寄り、そっと肩を抱かれた。
温かい侑岐に、震えが治まる。
「やっぱりこの話、やめましょう?」
「続けて、ください。
きっと私が、知らなきゃいけないことだから」
ふるふると首を振り、侑岐の顔を見つめると、はぁっと小さくため息をつかれた。
「そうね。
当事者である朋香には、押部の複雑な事情を知る権利があるわ。
続けるけど、つらかったら云って。
すぐにやめるから」
「はい」
侑岐に手を握られると安心できる。
甘えるように肩に寄りかかると、ふふっと侑岐が苦笑いした。
「それでね。
何度も達之助おじいさまから陵辱された彼女は、妊娠してることに気付いたの。
思い悩んだ彼女は、その」
「……なんとなくわかります」
達之助はどれだけの人間を不幸にすれば気が済むのだろう。
腹が立つよりも、そんなことを簡単にしてしまう、達之助が恐ろしい。
「結局、達之助おじいさまが彼女に手を出し始めた時期と妊娠した時期に少しだけズレがあって、子供は野々村の子供なのか達之助おじいさまの子供かはわからない。
それでも、野々村は自分の子供だって信じてたみたい」
「……はい」
「これが、尚一郎が引き取られた年にあったこと。
達之助おじいさまは彼女が子供を産んでいれば、尚一郎をドイツに追い返せたって激怒していたらしいけど」
「酷い……」
血の通った人間なのだろうか、達之助は。
どうやったらあんな人間になるのだろう。
「でも、だったら野々村さんはお祖父さんを恨んでるんじゃ。
そもそも、野々村さん……えっと、うちの野々村さんだって、お祖父さんを恨んでるんじゃ」
「両方野々村じゃ、ややこしいわよねー。
本邸では野々村親、野々村子って呼び分けてるらしいけど、あんまりよね。
名前で呼べばいいんじゃない?
昌子と優希」
本邸の呼び方はさすがに酷いと思う。
いや、あの達之助の支配下にあるのだから当たり前といえば当たり前かもしれないが。
「じゃあ。
だいたい、お祖父さんにそんなことされて、どうして昌子さんはまだ、押部家に仕えているんですか?」
そもそもそこから謎なのだ。
達之助に暴行されてなお、押部家に仕え続けるなどと。
優希を押部家当主にするなどと、野心でもあるのだろうか。
日頃の昌子を見ていると、全くそんなことは想像できないが。
「そこはよくわかんないのよねー。
優希も達之助おじいさまは認知してないみたいだし。
それに対して昌子もなにも云わないみたいなのよね」
「どうしてなんでしょう?」
「ただいえるのは、野々村の家はそれこそ、押部が公家だった頃から仕えてきたってこと。
そういう因習とかしがらみとか?
そんなのに囚われてるのかも」
「……複雑なんですね」
祖先がそうだった、ってだけで恨みがある家に仕え続けるなんて理解できない。
それともなにか、自分には理解できないよっぽどの事情があるのだろうか。
「でも、尚恭おじさまは優希を、実の弟として可愛がっているわ。
そこだけは救いかも」
「そうですね」
笑う侑岐に笑って答える。
押部家の複雑怪奇な人間関係は、朋香には理解できない。
セレブがそうなのか、押部家が特殊なのか。
とにかく、そんな中で生きていくには、尚一郎に守れるだけではダメだと思う。
自分ももっと、強くならなければ。
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