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第7話 雪が溶けるときっと花が咲く
9.Ich hab' dich lieb.
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帰りの車の中でも、尚一郎はずっとご機嫌だった。
夜、ベッドに入った朋香の枕元に、いつものように尚一郎が座る。
「今日はぐっすり眠れそうかい?」
「はい」
ゆっくりと尚一郎の手が髪を撫で、朋香は目を閉じる。
「Gute Nacht,Traum was Schones.(おやすみ、よい夢を)」
尚一郎が出ていき、ぱたんとドアが閉まった途端……朋香はぱちっと目を開けた。
耳を澄ませて、外の音をよく聞く。
隣の部屋のドアが開いてしまった音を確認すると、枕を抱いて部屋を出た。
隣の、尚一郎の部屋の前に立つと一回、深呼吸。
コンコンコンとノックすると、すぐに中からはい、と返事があった。
「野々村?
どうしたの、こんな夜遅く……朋香?」
ドアを開けるとさっき眠ったはずの朋香が立っていて、尚一郎はなんで? とでもいうように大きくぱちくりと瞬きをした。
「その、……入れてもらっていいですか」
「いいけど……」
初めて入る尚一郎の部屋は、基調とする色が違うだけで、まるで朋香と同じ部屋に見えた。
朋香の部屋は落ち着いたワインレッドが基調だが、尚一郎の部屋はナイトブルーが基調になっている。
というか、色違いの全く同じ調度に一瞬めまいがしたが、気付かないことにした。
「どうしたんだい?
眠れなかったのかい?」
「あの、……一緒に寝てもいいですか」
「ん?
怖い夢でも見たのかい?」
困った子だね、とでもいうかのように尚一郎が笑って、ちょっとだけむっとした。
「そうじゃなくて。
……これからは尚一郎さんと一緒に寝たいです」
袖を引いて上目遣いで窺うと、右手で口元を覆った尚一郎がすぅーっと視線を逸らす。
「朋香がいいなら大歓迎だけど。
……Danke,MeinSchatz(ありがとう、マインシャッツ)」
ちゅっ、ふれた唇は、そのまま朋香の唇の感触を楽しむかのように二、三度ついばんで離れた。
目が合うと、眼鏡の奥の目が嬉しそうに笑っている。
一緒にベッドに入ると、ぎゅーっと抱き枕のように抱きしめられた。
そのまま、ちゅっ、ちゅっと、つむじに、額に、瞼に口付けを落としてくる。
けれど、そればかりでそれ以上はない。
「あのー、尚一郎さん?
その、……しないんですか?」
処女じゃないんだし、恥ずかしがる必要はないとは思うが、尚一郎はその気じゃないのに、こんなことを聞くのは自分だけやりたいみたいで恥ずかしい。
それに、朋香自身、積極的に尚一郎に抱かれたい訳じゃない。
夫婦の営みとしては普通だし、たぶん、いまなら嫌悪感なく尚一郎を受け入れられそうな気がする。
ただ、それだけ。
「んー、朋香は僕にきっと、Ich hab' dich lieb.だけど、Ich liebe dich.ではないだろう?」
「えっと……」
癖、なのか尚一郎はちょいちょいドイツ語を挟んでくるが、朋香には全く意味がわからない。
やはり、勉強した方がいいのかなと、ふと思った。
「えっとね。
……家族のようには好きだけど、恋人のようには愛してはないだろう?」
「……たぶん」
朋香の答えに、尚一郎は少しだけ淋しそうに笑った。
正直、尚一郎のことは好きだと思う。
意外と優しいことも知った。
明夫や洋太、有森や工場の人たち程度には間違いなく好きだ。
雪也とした深いキスはなんとも思わなかったが、尚一郎から軽くふれるキスをされるだけでこのごろは嬉しくなる。
でも、これが愛なのかといわれるとわからない。
……まだ、認めたくない。
「僕は、朋香が嫌なことはしたくないからね。
朋香がIch liebe dich.になるまで待つよ。
いまは、一緒に寝てくれるだけで十分」
ちゅっ、ふれる唇がくすぐったい。
……ゆっくり、ゆっくり。
もっと、もっと尚一郎さんを好きになろう。
そしてそのときは――。
夜、ベッドに入った朋香の枕元に、いつものように尚一郎が座る。
「今日はぐっすり眠れそうかい?」
「はい」
ゆっくりと尚一郎の手が髪を撫で、朋香は目を閉じる。
「Gute Nacht,Traum was Schones.(おやすみ、よい夢を)」
尚一郎が出ていき、ぱたんとドアが閉まった途端……朋香はぱちっと目を開けた。
耳を澄ませて、外の音をよく聞く。
隣の部屋のドアが開いてしまった音を確認すると、枕を抱いて部屋を出た。
隣の、尚一郎の部屋の前に立つと一回、深呼吸。
コンコンコンとノックすると、すぐに中からはい、と返事があった。
「野々村?
どうしたの、こんな夜遅く……朋香?」
ドアを開けるとさっき眠ったはずの朋香が立っていて、尚一郎はなんで? とでもいうように大きくぱちくりと瞬きをした。
「その、……入れてもらっていいですか」
「いいけど……」
初めて入る尚一郎の部屋は、基調とする色が違うだけで、まるで朋香と同じ部屋に見えた。
朋香の部屋は落ち着いたワインレッドが基調だが、尚一郎の部屋はナイトブルーが基調になっている。
というか、色違いの全く同じ調度に一瞬めまいがしたが、気付かないことにした。
「どうしたんだい?
眠れなかったのかい?」
「あの、……一緒に寝てもいいですか」
「ん?
怖い夢でも見たのかい?」
困った子だね、とでもいうかのように尚一郎が笑って、ちょっとだけむっとした。
「そうじゃなくて。
……これからは尚一郎さんと一緒に寝たいです」
袖を引いて上目遣いで窺うと、右手で口元を覆った尚一郎がすぅーっと視線を逸らす。
「朋香がいいなら大歓迎だけど。
……Danke,MeinSchatz(ありがとう、マインシャッツ)」
ちゅっ、ふれた唇は、そのまま朋香の唇の感触を楽しむかのように二、三度ついばんで離れた。
目が合うと、眼鏡の奥の目が嬉しそうに笑っている。
一緒にベッドに入ると、ぎゅーっと抱き枕のように抱きしめられた。
そのまま、ちゅっ、ちゅっと、つむじに、額に、瞼に口付けを落としてくる。
けれど、そればかりでそれ以上はない。
「あのー、尚一郎さん?
その、……しないんですか?」
処女じゃないんだし、恥ずかしがる必要はないとは思うが、尚一郎はその気じゃないのに、こんなことを聞くのは自分だけやりたいみたいで恥ずかしい。
それに、朋香自身、積極的に尚一郎に抱かれたい訳じゃない。
夫婦の営みとしては普通だし、たぶん、いまなら嫌悪感なく尚一郎を受け入れられそうな気がする。
ただ、それだけ。
「んー、朋香は僕にきっと、Ich hab' dich lieb.だけど、Ich liebe dich.ではないだろう?」
「えっと……」
癖、なのか尚一郎はちょいちょいドイツ語を挟んでくるが、朋香には全く意味がわからない。
やはり、勉強した方がいいのかなと、ふと思った。
「えっとね。
……家族のようには好きだけど、恋人のようには愛してはないだろう?」
「……たぶん」
朋香の答えに、尚一郎は少しだけ淋しそうに笑った。
正直、尚一郎のことは好きだと思う。
意外と優しいことも知った。
明夫や洋太、有森や工場の人たち程度には間違いなく好きだ。
雪也とした深いキスはなんとも思わなかったが、尚一郎から軽くふれるキスをされるだけでこのごろは嬉しくなる。
でも、これが愛なのかといわれるとわからない。
……まだ、認めたくない。
「僕は、朋香が嫌なことはしたくないからね。
朋香がIch liebe dich.になるまで待つよ。
いまは、一緒に寝てくれるだけで十分」
ちゅっ、ふれる唇がくすぐったい。
……ゆっくり、ゆっくり。
もっと、もっと尚一郎さんを好きになろう。
そしてそのときは――。
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