契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
53 / 129
第8話 焼き肉デート

3.変わった映画の楽しみ方

しおりを挟む
次の土曜、焼き肉を食べに行くことになり、ついでに映画を観ようと昼食後に連れ出された。

ちなみに、今日は高橋の運転でベンツ。
焼き肉だったら飲むだろうし、そうなると尚一郎の運転でも朋香の運転でも困る。

 
シネコンに連れてこられたまではよかったが……まさかの貸し切りだった。
いちいち、貸し切りにしないと気が済まないのだろうか。

……はぁーっ、もう、ため息しか出ない。

「朋香、ポップコーンは食べるかい?
飲み物は?」

劇場内ど真ん中の席に座った尚一郎とまだ突っ立ている朋香の前には、メニューを手にした係員。
買いに行くわけではなく、もちろん買ってきてもらう。

「……。
じゃあ、コーラで」

「わかった。
……コーラを二つと、ポップコーンを」

諦めて、尚一郎の隣に座る。

すぐにコーラとポップコーンを運んできた係員はしきりに、寒くないかだとか気を使ってきてなんとなく居心地が悪い。
けれど、上映が始まるとさすがに係員も傍を離れた。
そっと行方を追うと離れたところで控えていて、苦笑いしか出てこない。


観たい映画を聞かれて思わず、海賊シリーズものの最新作を答えていたが、これでよかったのか自信がない。

最初のうちは尚一郎にはつまらなかったんじゃないかとか気にしていたが、そのうちストーリーに引き込まれて笑ったり泣いたりしていた。


終わると、近くのカフェに連れてきてくれた。
さすがに貸し切りではなかったが、やはり個室。

仕方ないといえば仕方ない気もする。

尚一郎が少し歩き回るだけで視線が集まった。

金髪でイケメン、今日は黒縁眼鏡とラフな格好でセレブオーラは抑えめとはいえ、やはり目立つ。

目を引くのは仕方ないが、物珍しそうにじろじろ見られるとむっとした。

「朋香、なにか怒ってるのかい?」

「……だって、みんな尚一郎さんを見てるから」

「自分以外の人間が、僕を見ているのが嫌かい?
そんなに嫉妬してくれるなんて嬉しいな」

「そうじゃなくて!」

怒っている朋香になぜか嬉しそうに尚一郎は微笑んでいる。

「やっぱり朋香は素敵な女性だね」

なにがやっぱりなのかわからない。
でも、素敵だとか云われてうっとりと頬を撫でられると恥ずかしくなってくる。


黙ってしまった朋香の手を取ると、ちゅっとそのはまっている薬指の指環に口付けを尚一郎は落とした。

「わかってるよ、朋香がなにに怒ってるのか。
仕方ないと云えば仕方ないよね、だって僕は目立つから」

ぱちんと悪戯っぽくウィンクされるとなにも云えなくて、黙って紅茶のカップを口に運ぶ。

朋香が尚一郎の家のティータイムにがっかりしたのを知っているのか、今日は本格的なアフタヌーンティにしてくれた。

「あのときも朋香は怒ってて、それが嬉しかったんだよね」

「あのときって?」

いつの話だろう?

尚一郎の口振りからいって最近の話ではない気がする。
けれど、尚一郎に会ったのは、あの、尚一郎の会社ですれ違ったのがはじめてだと思う。

「んー、いまはまだ、内緒だよ。
……映画はどうだったかい?
ずいぶん楽しんでるように見えたけど」

急に話を変えて尚一郎が誤魔化してきた。
聞かれるとなにか困ることでもあるのだろうか。

「私は楽しかったですけど、……尚一郎さんはつまらなかったんじゃなかったのかなって」

「僕もあのシリーズは好きだからね。
もちろん、楽しんだよ。
それに」

「それに?」

朋香が首を傾げると、楽しそうに尚一郎がふふっと笑った。

「朋香が泣いたり笑ったりしている顔を間近でずっと見てられたからね」

嬉しそうな尚一郎に、一気に恥ずかしくなった。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

わたしの愉快な旦那さん

川上桃園
恋愛
 あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。  あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。 「何かお探しですか」  その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。  店員のお兄さんを前にてんぱった私は。 「旦那さんが欲しいです……」  と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。 「どんな旦那さんをお望みですか」 「え、えっと……愉快な、旦那さん?」  そしてお兄さんは自分を指差した。 「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」  そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜

ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。 そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、 理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。 しかも理樹には婚約者がいたのである。 全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。 二人は結婚出来るのであろうか。

思い出のチョコレートエッグ

ライヒェル
恋愛
失恋傷心旅行に出た花音は、思い出の地、オランダでの出会いをきっかけに、ワーキングホリデー制度を利用し、ドイツの首都、ベルリンに1年限定で住むことを決意する。 慣れない海外生活に戸惑い、異国ならではの苦労もするが、やがて、日々の生活がリズムに乗り始めたころ、とてつもなく魅力的な男性と出会う。 秘密の多い彼との恋愛、彼を取り巻く複雑な人間関係、初めて経験するセレブの世界。 主人公、花音の人生パズルが、紆余曲折を経て、ついに最後のピースがぴったりはまり完成するまでを追う、胸キュン&溺愛系ラブストーリーです。 * ドイツ在住の作者がお届けする、ヨーロッパを舞台にした、喜怒哀楽満載のラブストーリー。 * 外国での生活や、外国人との恋愛の様子をリアルに感じて、主人公の日々を間近に見ているような気分になれる内容となっています。 * 実在する場所と人物を一部モデルにした、リアリティ感の溢れる長編小説です。

俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛

ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。 そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う これが桂木廉也との出会いである。 廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。 みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。 以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。 二人の恋の行方は……

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~

けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。 ただ… トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。 誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。 いや…もう女子と言える年齢ではない。 キラキラドキドキした恋愛はしたい… 結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。 最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。 彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して… そんな人が、 『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』 だなんて、私を指名してくれて… そして… スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、 『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』 って、誘われた… いったい私に何が起こっているの? パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子… たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。 誰かを思いっきり好きになって… 甘えてみても…いいですか? ※after story別作品で公開中(同じタイトル)

処理中です...