契約書は婚姻届

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第8話 焼き肉デート

6.お楽しみは長く続かない

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店を出ると連絡もしてないのに高橋の運転するベンツが近くで停まった。
どうなっているのかは気になるが、知らない方がいい気がするので、気にしないことにする。

「今日は楽しかったよ。
また、連れてきてくれるかい?
朋香お勧めのお店」

酒が入っているせいか、尚一郎は酷く上機嫌だ。

「いいですけど、あんなお店ばかりですよ?
個室じゃないですし、今日みたいに、予約できないお店だって」

「いいんだよ。
普通の日本って知りたかったし、なにより、朋香の好きなお店に連れて行ってくれるのが嬉しい」

指を絡めて握られた手が、楽しそうに上下に揺れる。

こんなに喜んでもらえるなんて思ってなかった。
嫌でも付き合ってはくれるだろうとは予想していたが。

歓迎会に誘われなかったといまだに根に持ってるみたいだから、今度はカラオケとかにも誘ってみようかなどと考えていた。


せっかく、いい気分で屋敷に帰ったのに、待っていたのは嫌な知らせ。

「本邸からの使いがございました。
明日、昼食を一緒にせよ、とのことです」

帰ったとたんに野々村に告げられてげんなりした。
また、あの祖父母に会わなきゃいけないとか。

「あー、そろそろくるとは思ってたんだよねー」

ははははっ、力なく笑うと、尚一郎はがっくりと肩を落とした。

「朋香は来なくていいよ。
僕ひとりで行くから」

いい子いい子とあたまを撫でられると悲しくなる。

本邸に行くということは、尚一郎が酷く傷つけられるということだ。

「私も行きますよ。
……なにもできないですけど」

尚一郎を傷つけられるのは嫌だ。
なにもできなくても傍にいれば、少しは痛みを負担できるかもしれない。

「朋香まで嫌な思いをする必要はないよ。
それにこれは、かなり自業自得というか……」

「尚一郎さん?」

ちらりと悪戯がバレた子供のような視線を向けると、誤魔化すようにあたまを撫でてくる。
少ししてはぁっと小さくため息を漏らすと、尚一郎が云いにくそうに口を開いた。

「……CEOに贈り物をしたんだよね、このあいだは僕の妻が大変お世話になりました、って」

はぁっ、今度は朋香の口からため息が漏れる。

なんで、そんな感情を逆撫でするようなことをするんだろう。

「なにを送ったんですか」

「……ビーフジャーキー。
最高級の」

火に油を注ぐような贈り物に、頭痛がしてくる。
それでなくても歯が弱くなっている老人に、さらには高血圧を悪化させる塩気のもの。

「どうしてそんなことをするんですか!
怒らせて当然ですよ!」

「だって、このあいだの件はだいたい、CEOが悪いんじゃないか!
わざわざあんな男を探してきて!
許せるわけないだろう!」

子供のように怒っている尚一郎に頭痛はさらに酷くなった。
いい年してむくれられても困る。

「確かにあのくそじ……じゃなくてお祖父さんには腹が立ちましたけど」

「朋香いま、くそじじぃって云ったね」

揚げ足をとって、おかしそうにくすくす笑う尚一郎をギロンと睨むと、ひぃっと小さく悲鳴を上げて小さく背中を丸めてしまった。

……はぁーっ、大きなため息が出る。
呆れてものも云えないというか。

「とにかく。
わざわざ怒らせるようなことをしないでください。
ああいう人は相手にしないのが一番なんですから」

「……朋香、まだ怒ってるかい?」

くぅーん、そんな声が聞こえてきそうな顔で、さらには上目遣いでおそるおそる見上げられると、怒りも半減する。
つくづく自分は、わんこモードの尚一郎に弱いと思う。

「もうしないって約束してくれるんだったら、許してあげます」

「約束するよ、もうしない。
……たぶん」

「たぶんってなんですかー?」

「ひぃっ」

地を這うような朋香の声に再び小さく悲鳴を上げた尚一郎は、クッションを抱いてがたがた震えている。

はぁっ、本日何度目かのため息を小さく落とすと、朋香は苦笑いを浮かべた。

「とにかく、もうしないでくださいね。
……それに、ちょっとだけ嬉しかったのも事実ですし」

機嫌を取るようにちゅっと尚一郎の頬に口付けすると、みるみる顔が輝いていく。

「しないしない、約束するよ」

朋香をぎゅーっと抱きしめると、ちゅっ、ちゅっとキスを落とし続ける尚一郎に、またこんなことになったら面倒だから、このあいだのような墓穴を掘るようなことはできるだけ避けようと誓った朋香だった。
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