19時、駅前~俺様上司の振り回しラブ!?~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第2章 旅行は突然に

3. 一緒のベッドで寝るんですか!?

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遅いランチの後、案内されたのはとても広い和洋室だった。

「あの。
……本当にいいんですが」

「なにが?」

いままでだって私が行くよりも高級なお店に連れていってもらったりしていたけれど。
ここ、はあきらかにそんなレベルじゃない。

「だって、その」

「俺の勝手だろ」

ぷいっ、と片桐課長が視線を逸らす。
いつものことながらはぁーっと大きなため息を心の中でついた。

部屋の中を見渡す。
目についたのはダブルサイズ……よりも大きなベッド。
いや、ベッドが大きいとか小さいとかそんなのは問題じゃない。
ひとつしか置かれていないのが問題なのだ。

「その、これって」

ベッドに座った片桐課長を立ったまま見下ろす。

「一緒に寝るしかないよな」

ニヤリ、と片桐課長の右の口端が上がった。
からかわれている、わかっているのに顔に熱がのぼってくる。

「なにか期待でもしてるのか」

片桐課長に片手を引かれ、バランスを崩した。
気がついたときは背中はベッドにつき彼の顔を見上げている。

「な、なにを!?」

みっともなく声は裏返り、じわじわと涙が浮いてくる。

「こういうこと」

耳もとに湿った吐息がかかり、ぶるりと身体が震えた。
ちゅっ、耳に口付けを落として片桐課長が離れる。
じっと私を見つめる黒く艶やかな瞳を、レンズ越しに見つめ返した。

「その服、俺のために準備してくれたのか」

そっと片桐課長の手が、私の髪を一房持ち上げる。

「そ、そんなこと、あるわけないじゃないですか」
さらさらと髪は流れ落ち、片桐課長はするりと私の頬を撫でた。

「ふーん。
どっちにしても」

人差し指がそのまま私の首筋を撫で、服の襟首へとかかる。

「――いまからこれを脱がすから、なに着てようと関係ないけどな」

眼鏡の奥から熱を孕んだ瞳が私を見ている。
その熱が移ったかのように、私の吐息も熱を帯びてくる。
 
「まっ、まだ時間が早いからな。
風呂でも入ってくるか。
ここ、貸し切りだから一緒に入るか」

意地悪くニヤリと笑って片桐課長が立ち上がり、枕を思いっきり投げつけていた。



「だから、そんな期待なんてしてないし……」

広い浴室に自分の声が響いて虚しくなってくる。
言葉とは裏腹に、せっせと身体を磨いている自分が理解できない。

手足を伸ばして檜の大きな湯船に浸かる。
ひとりで貸し切り風呂なんて贅沢なことをしていいのか気が引けたが、部屋についているユニットバスか複数ある貸し切り風呂を使うしかないらしく、片桐課長の勧めもあってひとりで広いお風呂の湯船に浸かっている。

「それに、彼女持ちの片桐課長とそんなことがある方が困るし!」

バシッ、と気持ちを切り替えるように両手で頬を叩き、勢いよく湯船から上がる。
身体を拭いて下着を着けた。

「恥ずかしすぎる……」

白をベースに淡いピンクで刺繍の入った、一見清楚な下着だが、総レースでほとんどが透けている。

「やっぱりやめる?
……でも」

思い出はいいものにしたい。
少しでもその雰囲気を盛り上げるためなら、これくらい。

決心が緩まないようにきゅっと浴衣の帯を締め、湯上がり用の化粧をした。


「上がったか」

部屋に戻ったら、すでに片桐課長は帰ってきていた。
お風呂上がりで浴衣の片桐課長はその、……目のやり場に困る。

「……はい」

なんとなく、片桐課長から距離を取って座ってしまう。
けれどすぐに彼は距離を詰めてきた。

「ん、いい匂いがする」

片手で私のあたまを抱き寄せるようにして匂いを嗅がないでほしい。

「その、片桐課長はどうして私を旅行に誘ったんですか。
か、彼女がいるのに」

「……」

聞いてすぐ、片桐課長は黙ってしまい、しまったと後悔した。

だって前回、同じような内容を聞いて怒らせた。
そしてその後、今日の旅行までほぼ一ヶ月半、無視されたも同然だった。

「あの、なんでも」

「彼女って誰のことだ?」

キスするような相手がいるのに、彼女じゃないとか言い張るんだろうか。
それとも、片桐課長って誰とでもキスして、誰とでも寝るような軽い男だったの?

一気に幻滅したし、自分もそんな軽い女だと思われているんだと気づくと、胸がムカムカしてくる。

「キス、してましたよね?
経理の関根さんと」

片桐課長を睨みつける。
けれど彼は反対に、すーっと目を細めて冷ややかな視線で私を見てきた。

「経理の、関根?
……ああ、だいぶ前の話だろ」

前の話だからいいとかいうんだったら、さらに軽蔑するが。

「歯に口紅がついてたの、こそっと教えてやったんだ。
反対に聞くがどうしてそれだけで、キスしていたとか思うんだ?」

「それは……」

確かに、片桐課長に言うとおりだ。
会社で、しかもあんなところで、キスする人間なんているはずもない。
でも、私は……。

いつの間にか立場が完全に逆転していた。
親指を添え、顎を持ち上げられる。
眼鏡の奥から責めるように細められた目に見つめられ、視線を逸らしてしまう。

「もしかしてお前、ヤキモチでも妬いていたのが」

どこを見ていいのかわからない。
心臓はばくばくと速く鼓動し、せっかくきれいにしてきたのに汗がだらだら流れ落ちる。

「どうなんだ、笹岡」

聞かないでほしい。
聞かれても私には答えられない。

――ヤキモチを妬いていました、などと。

「ん?」

少しだけ片桐課長の声に愉悦が混ざっている気がした。
どういうことか視線を向けると。

「ちゃんと答えない悪い子にはお仕置きが必要だな」

「ひぃっ」

顎から外れた手がするりと頬を撫でる。

「……あとでたっぷり、その身体に教え込んでやるよ」

耳もとで囁かれた重低音で、へなへなと片桐課長の腕の中へ崩れ落ちていた。
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