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第2章 旅行は突然に
2. なぜか旅行
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駅を出るとすぐに、私を見つけた片桐課長がこっちだと片手を上げた。
黒のカットソーに同じく黒のスキニー、それに濃紺のマフラーという普通と言えば普通の格好だったが、片桐課長が着ると格好良く見える。
……服、買いにいって正解。
スモークピンクのニットワンピースはそこまで甘くなく、上にカーキのコートを羽織ったから大人可愛さを演出してくれている……はず。
「荷物、それだけか」
「あっ、はい」
私の手からボストンバッグを奪い、さっさと歩いていく。
後を追いながら、あのバッグを持たれているのが恥ずかしい。
別に、中身を見られているわけじゃないのに。
片桐課長から連絡をもらった後、慌てて買い物に行った。
旅行に着ていく服はもちろんだが、――一応、勝負下着も。
そうなることを期待しているわけではないが、そうなったときに恥ずかしい思いはしたくない。
ただそれだけだと、下着を選びながら何度も言い訳をしたが。
近くの送迎用コインパーキングに停めてあったのは漆黒の、国産ハイブランドスポーツセダンだった。
ロックを解除して、助手席のドアを開けてくれる。
「……」
「どうした、乗らないのか」
「いえ……」
戸惑いながらも私がシートに座ると、片桐課長はドアを閉めた。
後ろに回ってトランクに荷物を載せ、運転席に座る。
「シートベルト、締めてもらえるか?
やり方がわからないなら俺がしてやるが」
ニヤリ、と意地悪く唇が歪む。
「結構です!」
一気に熱くなった顔でシートベルトを締めた。
「どこ、行くんですか」
「温泉」
片桐課長の運転は車に乗っているのを忘れそうになるくらい、揺れがなかった。
そのせいか、昨晩よく眠れなかったのもあってうとうとしてくる。
「寒くないか」
「……あ、いえ!」
瞼が半分、落ちていたところに声をかけられ、慌ててしまう。
さらにくすりと笑われ、顔に熱がのぼった。
「眠いのなら寝てていい」
「いえ……」
そう言いながらも結局、眠ってしまった……。
目が覚た頃には、窓の外では雪が降っていた。
「もう着く」
寝不足だったからって、グーグー隣で寝ていた自分が恥ずかしくて顔を上げられない。
温泉街の入口らしきところの駐車場に片桐課長は車を停めた。
「寒くないなら少し歩こうと思うが、どうする?」
「あ、歩きます」
「わかった」
私が車を降りたときにはすでに、片桐課長の手にはふたり分の荷物が持たれていた。
「自分で持ちますので」
「かまわない」
歩きだした片桐課長を追い、隣に並んで歩く。
少し寒かったが雪はやんでいた。
「うわぁーっ」
すぐに目に入ってきたのは、レトロな建物たち。
それが川を挟んで両側に立っている。
こんなところに来てわくわくしないはずがない。
「気に入ったか」
私がこくこくと頷くと、なぜか片桐課長はふぃっと視線を逸らした。
悪いことをした気になってきて、みるみるうちに気分は萎んでいく。
十分ほど歩いて片桐課長が入っていったのは、周囲の雰囲気を壊さないように建てられた新しい旅館だった。
「さっさとしろ」
「あ、はい!」
少し入ったところでイラついた片桐課長が振り返り、我に返る。
和モダンなその旅館はあきらかに、私が泊まるには分不相応だ。
チェックインが済み、カフェテリアに案内された。
「すみません、メニューをいただけますか」
「かしこまりました」
ウェルカムドリンクを聞いていた従業員はすぐに、メニューを手に戻ってきた。
渡されたメニューを開きながら、ちらちらと片桐課長をうかがってしまう。
「途中で昼食をとろうと思っていたが、誰かがグーグー寝ていたからな」
「す、すみません」
……ううっ、穴があったら入りたい。
「あまり食うと夕食が入らなくなるからな。
軽く食っとけ」
「……はい」
ふっ、少しだけ目尻を下げて、片桐課長が笑った。
その笑顔にとくんと心臓が跳ねる。
メニューに視線を向けながらもドキドキと心臓は落ち着かない。
注文を済ませ、気持ちを落ち着けようとちびちびと水を飲む。
ふと窓の外を見ると、温泉街の街並みが見えた。
「その、素敵なところですね」
「ああ、だから笹岡を連れてきたかった」
思わず首が、かくんと横に倒れる。
普通だったら彼女を連れてくるんじゃないだろうか。
「俺は……」
「お待たせいたしました、クランベリーパンケーキです」
言いかけたところに従業員がパンケーキを運んできて、片桐課長は黙ってしまった。
「ハムとチーズと玉子のガレットです」
すぐに片桐課長の分も運んでこられ、無言で食べはじめる。
「その」
「昼食代わりがそんな甘いものでいいのか」
――さっきはなにを言いかけたんですか。
そんな言葉は片桐課長に遮られた。
まるで、その話はするなとでもいうように。
「……時間的におやつの時間だからいいんですよ」
「そうか」
気になる、けれどそれ以上、聞けなかった。
黒のカットソーに同じく黒のスキニー、それに濃紺のマフラーという普通と言えば普通の格好だったが、片桐課長が着ると格好良く見える。
……服、買いにいって正解。
スモークピンクのニットワンピースはそこまで甘くなく、上にカーキのコートを羽織ったから大人可愛さを演出してくれている……はず。
「荷物、それだけか」
「あっ、はい」
私の手からボストンバッグを奪い、さっさと歩いていく。
後を追いながら、あのバッグを持たれているのが恥ずかしい。
別に、中身を見られているわけじゃないのに。
片桐課長から連絡をもらった後、慌てて買い物に行った。
旅行に着ていく服はもちろんだが、――一応、勝負下着も。
そうなることを期待しているわけではないが、そうなったときに恥ずかしい思いはしたくない。
ただそれだけだと、下着を選びながら何度も言い訳をしたが。
近くの送迎用コインパーキングに停めてあったのは漆黒の、国産ハイブランドスポーツセダンだった。
ロックを解除して、助手席のドアを開けてくれる。
「……」
「どうした、乗らないのか」
「いえ……」
戸惑いながらも私がシートに座ると、片桐課長はドアを閉めた。
後ろに回ってトランクに荷物を載せ、運転席に座る。
「シートベルト、締めてもらえるか?
やり方がわからないなら俺がしてやるが」
ニヤリ、と意地悪く唇が歪む。
「結構です!」
一気に熱くなった顔でシートベルトを締めた。
「どこ、行くんですか」
「温泉」
片桐課長の運転は車に乗っているのを忘れそうになるくらい、揺れがなかった。
そのせいか、昨晩よく眠れなかったのもあってうとうとしてくる。
「寒くないか」
「……あ、いえ!」
瞼が半分、落ちていたところに声をかけられ、慌ててしまう。
さらにくすりと笑われ、顔に熱がのぼった。
「眠いのなら寝てていい」
「いえ……」
そう言いながらも結局、眠ってしまった……。
目が覚た頃には、窓の外では雪が降っていた。
「もう着く」
寝不足だったからって、グーグー隣で寝ていた自分が恥ずかしくて顔を上げられない。
温泉街の入口らしきところの駐車場に片桐課長は車を停めた。
「寒くないなら少し歩こうと思うが、どうする?」
「あ、歩きます」
「わかった」
私が車を降りたときにはすでに、片桐課長の手にはふたり分の荷物が持たれていた。
「自分で持ちますので」
「かまわない」
歩きだした片桐課長を追い、隣に並んで歩く。
少し寒かったが雪はやんでいた。
「うわぁーっ」
すぐに目に入ってきたのは、レトロな建物たち。
それが川を挟んで両側に立っている。
こんなところに来てわくわくしないはずがない。
「気に入ったか」
私がこくこくと頷くと、なぜか片桐課長はふぃっと視線を逸らした。
悪いことをした気になってきて、みるみるうちに気分は萎んでいく。
十分ほど歩いて片桐課長が入っていったのは、周囲の雰囲気を壊さないように建てられた新しい旅館だった。
「さっさとしろ」
「あ、はい!」
少し入ったところでイラついた片桐課長が振り返り、我に返る。
和モダンなその旅館はあきらかに、私が泊まるには分不相応だ。
チェックインが済み、カフェテリアに案内された。
「すみません、メニューをいただけますか」
「かしこまりました」
ウェルカムドリンクを聞いていた従業員はすぐに、メニューを手に戻ってきた。
渡されたメニューを開きながら、ちらちらと片桐課長をうかがってしまう。
「途中で昼食をとろうと思っていたが、誰かがグーグー寝ていたからな」
「す、すみません」
……ううっ、穴があったら入りたい。
「あまり食うと夕食が入らなくなるからな。
軽く食っとけ」
「……はい」
ふっ、少しだけ目尻を下げて、片桐課長が笑った。
その笑顔にとくんと心臓が跳ねる。
メニューに視線を向けながらもドキドキと心臓は落ち着かない。
注文を済ませ、気持ちを落ち着けようとちびちびと水を飲む。
ふと窓の外を見ると、温泉街の街並みが見えた。
「その、素敵なところですね」
「ああ、だから笹岡を連れてきたかった」
思わず首が、かくんと横に倒れる。
普通だったら彼女を連れてくるんじゃないだろうか。
「俺は……」
「お待たせいたしました、クランベリーパンケーキです」
言いかけたところに従業員がパンケーキを運んできて、片桐課長は黙ってしまった。
「ハムとチーズと玉子のガレットです」
すぐに片桐課長の分も運んでこられ、無言で食べはじめる。
「その」
「昼食代わりがそんな甘いものでいいのか」
――さっきはなにを言いかけたんですか。
そんな言葉は片桐課長に遮られた。
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