8 / 37
第2章 旅行は突然に
2. なぜか旅行
しおりを挟む
駅を出るとすぐに、私を見つけた片桐課長がこっちだと片手を上げた。
黒のカットソーに同じく黒のスキニー、それに濃紺のマフラーという普通と言えば普通の格好だったが、片桐課長が着ると格好良く見える。
……服、買いにいって正解。
スモークピンクのニットワンピースはそこまで甘くなく、上にカーキのコートを羽織ったから大人可愛さを演出してくれている……はず。
「荷物、それだけか」
「あっ、はい」
私の手からボストンバッグを奪い、さっさと歩いていく。
後を追いながら、あのバッグを持たれているのが恥ずかしい。
別に、中身を見られているわけじゃないのに。
片桐課長から連絡をもらった後、慌てて買い物に行った。
旅行に着ていく服はもちろんだが、――一応、勝負下着も。
そうなることを期待しているわけではないが、そうなったときに恥ずかしい思いはしたくない。
ただそれだけだと、下着を選びながら何度も言い訳をしたが。
近くの送迎用コインパーキングに停めてあったのは漆黒の、国産ハイブランドスポーツセダンだった。
ロックを解除して、助手席のドアを開けてくれる。
「……」
「どうした、乗らないのか」
「いえ……」
戸惑いながらも私がシートに座ると、片桐課長はドアを閉めた。
後ろに回ってトランクに荷物を載せ、運転席に座る。
「シートベルト、締めてもらえるか?
やり方がわからないなら俺がしてやるが」
ニヤリ、と意地悪く唇が歪む。
「結構です!」
一気に熱くなった顔でシートベルトを締めた。
「どこ、行くんですか」
「温泉」
片桐課長の運転は車に乗っているのを忘れそうになるくらい、揺れがなかった。
そのせいか、昨晩よく眠れなかったのもあってうとうとしてくる。
「寒くないか」
「……あ、いえ!」
瞼が半分、落ちていたところに声をかけられ、慌ててしまう。
さらにくすりと笑われ、顔に熱がのぼった。
「眠いのなら寝てていい」
「いえ……」
そう言いながらも結局、眠ってしまった……。
目が覚た頃には、窓の外では雪が降っていた。
「もう着く」
寝不足だったからって、グーグー隣で寝ていた自分が恥ずかしくて顔を上げられない。
温泉街の入口らしきところの駐車場に片桐課長は車を停めた。
「寒くないなら少し歩こうと思うが、どうする?」
「あ、歩きます」
「わかった」
私が車を降りたときにはすでに、片桐課長の手にはふたり分の荷物が持たれていた。
「自分で持ちますので」
「かまわない」
歩きだした片桐課長を追い、隣に並んで歩く。
少し寒かったが雪はやんでいた。
「うわぁーっ」
すぐに目に入ってきたのは、レトロな建物たち。
それが川を挟んで両側に立っている。
こんなところに来てわくわくしないはずがない。
「気に入ったか」
私がこくこくと頷くと、なぜか片桐課長はふぃっと視線を逸らした。
悪いことをした気になってきて、みるみるうちに気分は萎んでいく。
十分ほど歩いて片桐課長が入っていったのは、周囲の雰囲気を壊さないように建てられた新しい旅館だった。
「さっさとしろ」
「あ、はい!」
少し入ったところでイラついた片桐課長が振り返り、我に返る。
和モダンなその旅館はあきらかに、私が泊まるには分不相応だ。
チェックインが済み、カフェテリアに案内された。
「すみません、メニューをいただけますか」
「かしこまりました」
ウェルカムドリンクを聞いていた従業員はすぐに、メニューを手に戻ってきた。
渡されたメニューを開きながら、ちらちらと片桐課長をうかがってしまう。
「途中で昼食をとろうと思っていたが、誰かがグーグー寝ていたからな」
「す、すみません」
……ううっ、穴があったら入りたい。
「あまり食うと夕食が入らなくなるからな。
軽く食っとけ」
「……はい」
ふっ、少しだけ目尻を下げて、片桐課長が笑った。
その笑顔にとくんと心臓が跳ねる。
メニューに視線を向けながらもドキドキと心臓は落ち着かない。
注文を済ませ、気持ちを落ち着けようとちびちびと水を飲む。
ふと窓の外を見ると、温泉街の街並みが見えた。
「その、素敵なところですね」
「ああ、だから笹岡を連れてきたかった」
思わず首が、かくんと横に倒れる。
普通だったら彼女を連れてくるんじゃないだろうか。
「俺は……」
「お待たせいたしました、クランベリーパンケーキです」
言いかけたところに従業員がパンケーキを運んできて、片桐課長は黙ってしまった。
「ハムとチーズと玉子のガレットです」
すぐに片桐課長の分も運んでこられ、無言で食べはじめる。
「その」
「昼食代わりがそんな甘いものでいいのか」
――さっきはなにを言いかけたんですか。
そんな言葉は片桐課長に遮られた。
まるで、その話はするなとでもいうように。
「……時間的におやつの時間だからいいんですよ」
「そうか」
気になる、けれどそれ以上、聞けなかった。
黒のカットソーに同じく黒のスキニー、それに濃紺のマフラーという普通と言えば普通の格好だったが、片桐課長が着ると格好良く見える。
……服、買いにいって正解。
スモークピンクのニットワンピースはそこまで甘くなく、上にカーキのコートを羽織ったから大人可愛さを演出してくれている……はず。
「荷物、それだけか」
「あっ、はい」
私の手からボストンバッグを奪い、さっさと歩いていく。
後を追いながら、あのバッグを持たれているのが恥ずかしい。
別に、中身を見られているわけじゃないのに。
片桐課長から連絡をもらった後、慌てて買い物に行った。
旅行に着ていく服はもちろんだが、――一応、勝負下着も。
そうなることを期待しているわけではないが、そうなったときに恥ずかしい思いはしたくない。
ただそれだけだと、下着を選びながら何度も言い訳をしたが。
近くの送迎用コインパーキングに停めてあったのは漆黒の、国産ハイブランドスポーツセダンだった。
ロックを解除して、助手席のドアを開けてくれる。
「……」
「どうした、乗らないのか」
「いえ……」
戸惑いながらも私がシートに座ると、片桐課長はドアを閉めた。
後ろに回ってトランクに荷物を載せ、運転席に座る。
「シートベルト、締めてもらえるか?
やり方がわからないなら俺がしてやるが」
ニヤリ、と意地悪く唇が歪む。
「結構です!」
一気に熱くなった顔でシートベルトを締めた。
「どこ、行くんですか」
「温泉」
片桐課長の運転は車に乗っているのを忘れそうになるくらい、揺れがなかった。
そのせいか、昨晩よく眠れなかったのもあってうとうとしてくる。
「寒くないか」
「……あ、いえ!」
瞼が半分、落ちていたところに声をかけられ、慌ててしまう。
さらにくすりと笑われ、顔に熱がのぼった。
「眠いのなら寝てていい」
「いえ……」
そう言いながらも結局、眠ってしまった……。
目が覚た頃には、窓の外では雪が降っていた。
「もう着く」
寝不足だったからって、グーグー隣で寝ていた自分が恥ずかしくて顔を上げられない。
温泉街の入口らしきところの駐車場に片桐課長は車を停めた。
「寒くないなら少し歩こうと思うが、どうする?」
「あ、歩きます」
「わかった」
私が車を降りたときにはすでに、片桐課長の手にはふたり分の荷物が持たれていた。
「自分で持ちますので」
「かまわない」
歩きだした片桐課長を追い、隣に並んで歩く。
少し寒かったが雪はやんでいた。
「うわぁーっ」
すぐに目に入ってきたのは、レトロな建物たち。
それが川を挟んで両側に立っている。
こんなところに来てわくわくしないはずがない。
「気に入ったか」
私がこくこくと頷くと、なぜか片桐課長はふぃっと視線を逸らした。
悪いことをした気になってきて、みるみるうちに気分は萎んでいく。
十分ほど歩いて片桐課長が入っていったのは、周囲の雰囲気を壊さないように建てられた新しい旅館だった。
「さっさとしろ」
「あ、はい!」
少し入ったところでイラついた片桐課長が振り返り、我に返る。
和モダンなその旅館はあきらかに、私が泊まるには分不相応だ。
チェックインが済み、カフェテリアに案内された。
「すみません、メニューをいただけますか」
「かしこまりました」
ウェルカムドリンクを聞いていた従業員はすぐに、メニューを手に戻ってきた。
渡されたメニューを開きながら、ちらちらと片桐課長をうかがってしまう。
「途中で昼食をとろうと思っていたが、誰かがグーグー寝ていたからな」
「す、すみません」
……ううっ、穴があったら入りたい。
「あまり食うと夕食が入らなくなるからな。
軽く食っとけ」
「……はい」
ふっ、少しだけ目尻を下げて、片桐課長が笑った。
その笑顔にとくんと心臓が跳ねる。
メニューに視線を向けながらもドキドキと心臓は落ち着かない。
注文を済ませ、気持ちを落ち着けようとちびちびと水を飲む。
ふと窓の外を見ると、温泉街の街並みが見えた。
「その、素敵なところですね」
「ああ、だから笹岡を連れてきたかった」
思わず首が、かくんと横に倒れる。
普通だったら彼女を連れてくるんじゃないだろうか。
「俺は……」
「お待たせいたしました、クランベリーパンケーキです」
言いかけたところに従業員がパンケーキを運んできて、片桐課長は黙ってしまった。
「ハムとチーズと玉子のガレットです」
すぐに片桐課長の分も運んでこられ、無言で食べはじめる。
「その」
「昼食代わりがそんな甘いものでいいのか」
――さっきはなにを言いかけたんですか。
そんな言葉は片桐課長に遮られた。
まるで、その話はするなとでもいうように。
「……時間的におやつの時間だからいいんですよ」
「そうか」
気になる、けれどそれ以上、聞けなかった。
10
あなたにおすすめの小説
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
Perverse second
伊吹美香
恋愛
人生、なんの不自由もなく、のらりくらりと生きてきた。
大学三年生の就活で彼女に出会うまでは。
彼女と出会って俺の人生は大きく変化していった。
彼女と結ばれた今、やっと冷静に俺の長かった六年間を振り返ることができる……。
柴垣義人×三崎結菜
ヤキモキした二人の、もう一つの物語……。
恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~
泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の
元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳
×
敏腕だけど冷徹と噂されている
俺様部長 木沢彰吾34歳
ある朝、花梨が出社すると
異動の辞令が張り出されていた。
異動先は木沢部長率いる
〝ブランディング戦略部〟
なんでこんな時期に……
あまりの〝異例〟の辞令に
戸惑いを隠せない花梨。
しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!
花梨の前途多難な日々が、今始まる……
***
元気いっぱい、はりきりガール花梨と
ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。
誘惑の延長線上、君を囲う。
桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には
"恋"も"愛"も存在しない。
高校の同級生が上司となって
私の前に現れただけの話。
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
Иatural+ 企画開発部部長
日下部 郁弥(30)
×
転職したてのエリアマネージャー
佐藤 琴葉(30)
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の
貴方を見つけて…
高校時代の面影がない私は…
弱っていそうな貴方を誘惑した。
:
:
♡o。+..:*
:
「本当は大好きだった……」
───そんな気持ちを隠したままに
欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。
【誘惑の延長線上、君を囲う。】
Catch hold of your Love
天野斜己
恋愛
入社してからずっと片思いしていた男性(ひと)には、彼にお似合いの婚約者がいらっしゃる。あたしもそろそろ不毛な片思いから卒業して、親戚のオバサマの勧めるお見合いなんぞしてみようかな、うん、そうしよう。
決心して、お見合いに臨もうとしていた矢先。
当の上司から、よりにもよって職場で押し倒された。
なぜだ!?
あの美しいオジョーサマは、どーするの!?
※2016年01月08日 完結済。
Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ
慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。
その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは
仕事上でしか接点のない上司だった。
思っていることを口にするのが苦手
地味で大人しい司書
木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)
×
真面目で優しい千紗子の上司
知的で容姿端麗な課長
雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29)
胸を締め付ける切ない想いを
抱えているのはいったいどちらなのか———
「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」
「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」
「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」
真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。
**********
►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
○と□~丸い課長と四角い私~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
佐々鳴海。
会社員。
職場の上司、蔵田課長とは犬猿の仲。
水と油。
まあ、そんな感じ。
けれどそんな私たちには秘密があるのです……。
******
6話完結。
毎日21時更新。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる