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第一章 令嬢秘書の正体
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「清子。
明日のゴルフ、キャンセルお願いできるか」
「はい、承知いたしました」
二歩前を歩く御子神社長に返事をし、頭の中に言われたことを書き留める。
「御子神社長と河守さんよ」
「河守さん、今日もお美しい」
社内を私たちふたりが歩けば、視線を集めた。
まあそれも、仕方ないと思う。
少し前にある御子神社長の顔をちらり。
軽くパーマをかけてラフに掻き上げたビジネスショート。
細面な顔には切れ長な目がよくあっている。
さらに黒メタルの縁なし眼鏡がその顔面偏差値を爆上がりさせていた。
しかもスーツが彼のために作られたものかのように似合っている。
細身ではあるが、ほどよく筋肉のついたしなやかな身体なのは知っていた。
そんな彼が、女子スタッフの憧れの的なのは当たり前だろう。
一方の私はといえば、長い茶髪を僅かに甘さを感じさせるお団子にし、淡いピンクのスーツ姿。
メイクは薄く、ナチュラルに見えるように。
他人からは。
「河守さん、どこかのご令嬢って噂、本当なのかな?」
「もう、御子神社長と河守さんてお似合いのふたりよね」
……などと見られ、噂されていた。
「それから。
……少し、顔色が悪いぞ。
調子が悪いんじゃないか」
急に足を止めた社長が、振り返って私の顔をのぞき込む。
そのかけている眼鏡の向こうを、ついまじまじと見ていた。
「いたって通常どおりですが」
とか答えつつも、昨晩はとある事情で少々寝不足だった。
誰にも悟られていないのに、御子神社長は気づくなんて。
「なら、いいが。
清子に倒れられると困るからな。
無理をするなよ」
指先で軽く私の額を弾いた瞬間、周囲から小さな悲鳴が上がった。
僅かに痛む額を少しだけ押さえ、再び歩きだした彼を追う。
……ああいうのがいいんだ。
悲鳴の意味はわかっていたが、これがそれほどまでのこととは私にはまったく理解できなかった。
私、河守清子はLCC航空会社、『チェリーエアライン』で社長付の秘書をしている。
上司であり社長の御子神彪夏さんは、親会社である『桜花ホールディングス』社長の息子だったりする。
ちなみに桜花ホールディングスとは、国内第二位の『桜花航空』を中心とした企業グループだ。
今日は訪問先から直帰だった。
「どこかで食事して帰るか」
普通は秘書か、お抱えの運転手が運転するところなんだろうが、御子神社長は大抵自分で運転する。
運転自体が好きなんだそうだ。
「よろしいんですか」
「ああ。
清子はちゃんと食事してるのか心配になるほど細いからな。
いっぱい食べさせて太らせないといけない」
意味深に私側の目を社長がつぶってみせる。
それにどきどきしたかといえば、食費が浮いて助かるなくらいしか考えていなかった。
御子神社長が連れてきてくれたのは、天ぷら屋だった。
正直に言えばフレンチがいいが、奢ってもらうんだから文句は言わない。
サクサク揚げたて天ぷらをつまみに、日本酒を飲む。
「うまいか?」
「はい、美味しいです」
眼鏡の向こうでうっとりと目を細め、さらにお猪口へ社長がお酒を注いでくれる。
「そうか。
ならよかった」
ふふっと嬉しそうに小さく笑い、御子神社長がお猪口を口に運ぶ。
帰りはいつものように、実家から誰か来てもらうんだろう。
それにしても、先程からまるで恋人同士のような感じだが、私たちは断じてそんな関係ではない。
あくまでも社長と秘書、なのだ。
それ以上の感情なんてまったく、ない。
きっと私と同じく御子神社長も、周囲の期待に応えてそういうふうに振る舞うのが楽しいだけなんだと思う。
「おい、大丈夫か?」
「あ、……すみません」
いつもと同じくらいしか飲んでいないはずなのに、店を出る頃には足下がふらついていた。
寝不足に日本酒がまずかったのかもしれない。
「送っていく」
「……いえ、ご心配はご無用ですので……。
タクシーに乗せてもらえれば……ひとりで帰れます……から……」
とか言いつつも、頭がふわふわして意識が飛びそうになる。
「そんな状態なのにひとりでタクシーとか乗せられるわけないだろ。
送るから……って、おい!」
ふらりとよろけた私を御子神社長が支えてくれる。
ぽすっと額が彼の胸につき、セクシーだけれどどこか甘い香りに包まれた。
そこで記憶が途絶えている。
明日のゴルフ、キャンセルお願いできるか」
「はい、承知いたしました」
二歩前を歩く御子神社長に返事をし、頭の中に言われたことを書き留める。
「御子神社長と河守さんよ」
「河守さん、今日もお美しい」
社内を私たちふたりが歩けば、視線を集めた。
まあそれも、仕方ないと思う。
少し前にある御子神社長の顔をちらり。
軽くパーマをかけてラフに掻き上げたビジネスショート。
細面な顔には切れ長な目がよくあっている。
さらに黒メタルの縁なし眼鏡がその顔面偏差値を爆上がりさせていた。
しかもスーツが彼のために作られたものかのように似合っている。
細身ではあるが、ほどよく筋肉のついたしなやかな身体なのは知っていた。
そんな彼が、女子スタッフの憧れの的なのは当たり前だろう。
一方の私はといえば、長い茶髪を僅かに甘さを感じさせるお団子にし、淡いピンクのスーツ姿。
メイクは薄く、ナチュラルに見えるように。
他人からは。
「河守さん、どこかのご令嬢って噂、本当なのかな?」
「もう、御子神社長と河守さんてお似合いのふたりよね」
……などと見られ、噂されていた。
「それから。
……少し、顔色が悪いぞ。
調子が悪いんじゃないか」
急に足を止めた社長が、振り返って私の顔をのぞき込む。
そのかけている眼鏡の向こうを、ついまじまじと見ていた。
「いたって通常どおりですが」
とか答えつつも、昨晩はとある事情で少々寝不足だった。
誰にも悟られていないのに、御子神社長は気づくなんて。
「なら、いいが。
清子に倒れられると困るからな。
無理をするなよ」
指先で軽く私の額を弾いた瞬間、周囲から小さな悲鳴が上がった。
僅かに痛む額を少しだけ押さえ、再び歩きだした彼を追う。
……ああいうのがいいんだ。
悲鳴の意味はわかっていたが、これがそれほどまでのこととは私にはまったく理解できなかった。
私、河守清子はLCC航空会社、『チェリーエアライン』で社長付の秘書をしている。
上司であり社長の御子神彪夏さんは、親会社である『桜花ホールディングス』社長の息子だったりする。
ちなみに桜花ホールディングスとは、国内第二位の『桜花航空』を中心とした企業グループだ。
今日は訪問先から直帰だった。
「どこかで食事して帰るか」
普通は秘書か、お抱えの運転手が運転するところなんだろうが、御子神社長は大抵自分で運転する。
運転自体が好きなんだそうだ。
「よろしいんですか」
「ああ。
清子はちゃんと食事してるのか心配になるほど細いからな。
いっぱい食べさせて太らせないといけない」
意味深に私側の目を社長がつぶってみせる。
それにどきどきしたかといえば、食費が浮いて助かるなくらいしか考えていなかった。
御子神社長が連れてきてくれたのは、天ぷら屋だった。
正直に言えばフレンチがいいが、奢ってもらうんだから文句は言わない。
サクサク揚げたて天ぷらをつまみに、日本酒を飲む。
「うまいか?」
「はい、美味しいです」
眼鏡の向こうでうっとりと目を細め、さらにお猪口へ社長がお酒を注いでくれる。
「そうか。
ならよかった」
ふふっと嬉しそうに小さく笑い、御子神社長がお猪口を口に運ぶ。
帰りはいつものように、実家から誰か来てもらうんだろう。
それにしても、先程からまるで恋人同士のような感じだが、私たちは断じてそんな関係ではない。
あくまでも社長と秘書、なのだ。
それ以上の感情なんてまったく、ない。
きっと私と同じく御子神社長も、周囲の期待に応えてそういうふうに振る舞うのが楽しいだけなんだと思う。
「おい、大丈夫か?」
「あ、……すみません」
いつもと同じくらいしか飲んでいないはずなのに、店を出る頃には足下がふらついていた。
寝不足に日本酒がまずかったのかもしれない。
「送っていく」
「……いえ、ご心配はご無用ですので……。
タクシーに乗せてもらえれば……ひとりで帰れます……から……」
とか言いつつも、頭がふわふわして意識が飛びそうになる。
「そんな状態なのにひとりでタクシーとか乗せられるわけないだろ。
送るから……って、おい!」
ふらりとよろけた私を御子神社長が支えてくれる。
ぽすっと額が彼の胸につき、セクシーだけれどどこか甘い香りに包まれた。
そこで記憶が途絶えている。
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