清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第一章 令嬢秘書の正体

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目が覚めたら知らない部屋だった。
しかも私は下着姿で、隣には御子神社長が眠っている。

……これはヤってしまったってヤツですか?

しかし、いくら考えても記憶がまったくない。
あれって、……わからないものなんだろうか。
けれど、経験のない私がいくら考えようと、わかるわけがないのだ。

悩むだけ無駄なのでそろりとベッドを出て、服を探す。
それはきちんとハンガーに通し、近くの扉にかけてあった。
そういうのはやはり、育ちなんだろうか。
手早く着替え、社長を起こさないように部屋を出た。
リビングは何度か来た見覚えのある場所で、やはりここは御子神社長のマンションらしい。

ソファーの上に置いてあったバッグを掴み、部屋を出る。
あとのことは今考えない。
今日明日は休日だし、二日休みを挟めば忘れてくれる……とかはないか。

駅から十五分歩いて古い二階建てアパートが見えてくる。
その一階の角部屋が私の住んでいる部屋だ。

――そう。

会社ではご令嬢などと噂されている私だが、実は〝超〟がつく貧乏。
会社でのあれは周囲の期待に応えて、そう演じているだけなのだ。

「えっ、あっ、あれ?
鍵が、ない」

部屋の前で鞄の中を探るがいくら探しても鍵が見つからない。
どこかで落とした?
どうしよう。

さやねぇ、朝帰りかよ」

焦っていたら中からドアが開いた。
顔を出した一番上の弟、健太けんたが呆れ気味にため息を落とす。
健太には……というか、実家には合い鍵を渡してある。

「あっ、えっと、ほら、姉ちゃんだって一応、大人だしぃ?」

言い訳をしながら、十も年下の弟相手に語尾が不自然に裏返る。

「まあ、いいけどよ。
それにそのほうが返って安心するし」

高校生の弟に朝帰りを咎められるどころか安心されるって、私ってどういう姉なんだ?

部屋の中では一番下の妹がすやすやと眠っており、横ではその上の弟が絵を描いていた。

「悪いけど清ねぇ、のぞみ美妃みき、預かっててくれない?
母さん、風邪気味みたいだから休ませたいし」

「了解」

健太がインスタントコーヒーを入れて渡してくれる。
本当によくできた弟だ。
義母の真由まゆさんは身体があまり強くなく、季節の変わり目などはよく体調を崩していた。
ここ二、三日、急に温かくなったし、身体がついていっていないのだろう。

「健太はどうするの?」

流しに寄りかかり、渡されたコーヒーを飲む。

「俺は学校行って作業してくる」

ちらっと健太が視線を向けた先には、大きな袋が置いてあった。

「いつもすまないねぇ」

「それは言わない約束だろ」

ふざけたら、笑いながらバンバン健太が背中を叩いてくる。
健太の特技は服作りで、いつも安く古着を仕入れては私たちに服を作ってくれた。
ちなみにこのスーツも健太が古着を改造してくれたものだ。

たくみまことは?」

巧は健太の下の弟。
真はさらにその下の弟だ。

「巧は図書館で勉強するって。
真は学童のあと、友達とサッカーするって張り切ってたな」

「なら、いいけど。
……これでお昼、なんか食べな」

財布から千円札を引き抜き、健太へ渡す。
けれどそれは、押し返された。

「清ねぇ、いつも言ってるだろ?
毎月入れてくれるお金だけで十分だって。
清ねぇだってカツカツなの、わかってるんだからさ」

この春に高校生になったばかりの弟に気を遣わせてしまい、返す言葉がない。
給料は最低限の生活費を残し、あとは実家の生活費と健太たちの将来への貯蓄へ回していた。

「……いいから、もらって。
健太だってたまには、友達とハンバーガー食べたりしたいでしょ?」

それでも無理矢理、健太にお金を握らせる。
実家が貧乏なのは父のせいだ。
父の特技は行方不明になることで、ほとんど家に帰ってこない。
当然、お金だって滅多に入れてくれなかった。
それは私の母の生前からそうで、なのに真由さんとの結婚を阻止できなかった自分を、ずっと責めていた。

「清ねぇ……。
わかった、もらっとく」

お金を受け取り、健太が笑ってくれてほっとした。
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