清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第四章 家族にとっての私

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目が覚めたら彪夏さんが隣で、気持ちよさそうに眠っていた。
昨晩、一緒のベッドで寝たのだからそうなる。
埃っぽくてもいいのでゲストルームがいいなんて私の意見は当然、却下された。

『あんまりギャンギャンうるさいと、キスしてその口塞ぐぞ』

と、脅されたら承知するしかない。

「……ん、起きたのか……」

私が起き上がったからか、ゆっくりと彪夏さんの目が開いた。

「おはよう、清子」

「おはようっ、ございっ、ますっ!」

迫ってくる彼の顔を必死で押さえ、キスを阻止する。

「おはようのキスとかただの挨拶だろ」

ふぁーっとあくびをしながら大きく伸びをし、彪夏さんは眼鏡をかけてベッドを出た。

「挨拶だろうとなんだろうと、嫌なものは嫌! です!」

力一杯言い切り、私もベッドを出る。

「可愛いな、清子は」

またしても彪夏さんの顔が迫ってきて、今度は身体ごと一歩避けた。
だいたい、こんな私のどこが可愛いというのか、理解できない。

身支度を済ませたあと、一緒に部屋を出た。

「朝食は……?」

昨日は会社近くのコーヒーショップで取ったが、まさか毎朝外食なんだろうか。

「昨日のコーヒーショップで取るが。
なんだ、別の店がいいのか」

「いえ、別に」

これでひとつ、謎が解けた。
コーヒーなんて会社ではタダで飲めるのに、毎朝わざわざ同じコーヒーショップで買って出社する彪夏さんが理解できなかったのだ。
しかも、私の分まで。
なんでコーヒーショップのほうがいいのかまでは理解できないが、朝食を取るついでに買っているのだというのはわかった。

車の中では意外にも、Jロックが流れている。
健太が好きなバンドだし、話があうかもしれない。

会社の駐車場に車を停め、コーヒーショップへ向かう彪夏さんについて歩く。
すぐに、一軒隣のコンビニに差しかかった。

「じゃあ、私はここで」

昨日は素直に奢られたが、毎日なんて無理。
それにコーヒーショップでコーヒーを買うことすら、プライベートではしないのだ。

「は?
なに言ってんだ?」

怪訝そうに彪夏さんが私を見下ろす。

「私はコンビニコーヒーとパンでいいので……」

「心配しないでも奢ってやる。
こい」

「あっ」

曖昧に笑った私の腕を、強引に彼は引っ張った。

奢ってくれると言ったので、遠慮なくコーヒーとサンドイッチを頼む。

「なんかすみません」

「清子は俺の婚約者なんだから、黙って奢られておけばいいの」

それが当たり前だとばかりに彪夏さんは笑っているけれど。

「嫌ですよ」

包みを開け、サンドイッチに噛みつく。
サーモンとクリームチーズのサンドイッチとか豪華なもの、初めて食べるな。

「それは、俺との婚約が嘘だからか」

大きな口を開けて彪夏さんもサンドイッチを食べた。

「それもありますけど。
男性から奢ってもらうのが当たり前っておかしくないですか?
今は男女平等なんですし。
あ、でも、奢ってくれるって言うならありがたく奢られますけど」

給料の面ではまだまだ男女格差があるから、多少は男性側に負担してもらいたいのはわかる。
でも、全部はやっぱり、おかしくないかなと私は思う。

「ふぅん、そうか。
でもうちにいるあいだの食事は俺に付き合わせるんだから、奢られておけ。
清子は貧乏だから金が足りなくなるだろ」

「あいたっ」

軽く額を弾かれ、上目でじとっと彪夏さんを睨む。

「ありがたいですが、ひと言多いんですよ」

「そうか?」

涼しい顔をして彪夏さんはコーヒーを啜っている。
彼がこんなに意地悪だなんて、この偽の婚約関係が始まって初めて知った。
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