清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第四章 家族にとっての私

4-2

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いつもどおり仕事をこなし、彪夏さんと一緒に彼の部屋に帰る。
今日の夕食は接待だった。
大浴場でゆっくりと手足を伸ばしてリラックスする。
彪夏さんとの同居生活で、唯一これだけがよかった点だ。

「じゃあ、私はゲストルームで寝ますので……」

今日はハウスキーパーさんが来る日だと聞いていたので、ゲストルームも掃除をしてくれるように手紙を書いて置いておいた。
これで埃っぽいなんて言い訳はできないはず。

「ああ。
ゲストルーム、掃除してないぞ」

「は?」

なにを言われたのかわからなくて、まじまじと彪夏さんの顔を見ていた。

「業務外だからな。
追加料金払うの、嫌だし」

「は?」

やはり、彪夏さんがなにを言っているのか理解できない。
年収億の社長が、部屋掃除の追加料金を払うのが嫌?
必要なのに?

「……彪夏さんってそんなにケチだったんですね」

はぁっとため息をつき、寝室へ向かう。
後ろから彪夏さんがついてきた。

「ケチじゃないぞ。
無駄なものに金を払わない主義だ」

これは、無駄なんですかね?
なんて口から出かかったが、かろうじて飲み込んだ。

ベッドから枕を抱き上げ、踵を返す。

「どこ行く気だ?」

「ソファーで寝ます」

ここの家のソファーは無駄に大きいので、彪夏さんでも楽に脚を伸ばして寝られる。
もっと小柄な私ならさらに楽々だ。
しかも座り心地も最高なので、寝心地も悪くないに違いない。

「身体が痛くなるぞ」

「けっこうです」

リビングへ向かう私に、また彪夏さんがついてくる。

「そんなに俺と寝るのは嫌か」

「嫌ですね」

男性と同じベッドなんて、なにがあるかわかったもんじゃない。

「警戒しているのか?
昨晩はなにもしなかっただろ?」

「だって前科がありますし」

この関係が始まるきっかけになった、酔い潰れた翌日。
下着姿で彼と同衾していたではないか。
これで警戒しないでくれとか言われても、無理に決まっている。

ソファーに枕を置き、感触を確認する。
うん、これならやっぱり身体は痛くなりそうにない。

「あれは酔い潰れている清子をひとりにするのは危ないと思って部屋に連れてきただけだし、服はしわになるといけないと思って脱がしただけでなにもしてないぞ」

「へ?」

意外な告白につい、彼の顔を見上げていた。
だったらなんで、〝内緒〟なんて言って誤魔化したんだろう?

「だから一緒に寝よーなー」

「えっ、うわっ!」

いきなり抱き上げられ、慌てて彪夏さんの首に掴まる。
そのままベッドへUターンさせられた。

「大人しく寝ないとキスするぞ」

「なにもしないんじゃなかったんですか」

迫ってくる顔を手で押したら、あっさりと彪夏さんは引き下がった。

「枕取ってくるからちょっと待ってろ」

私を残し、彪夏さんが寝室を出ていく。
ひとりになってため息が出た。
なんであんなに、あの人は一緒に寝ることにこだわるのだろう。
私には理解できない。

「あ」

「どうかしたのか?」

私がひと声発したタイミングで彪夏さんが私がソファーに置いた枕を手に戻ってくる。

「なんでもないです、なんでも。
ほら、さっさと寝ましょう?」

慌てて笑って、考えを悟られないように誤魔化した。

「そうだな。
おやすみ、清子」

彪夏さんが私の隣に潜り込み、電気がダウンライトだけになる。
すぐに彼は規則正しく寝息を立てだした。
寝付きは羨ましいくらい、凄くいいらしい。

「……本気にさせなきゃいけないんだった」

彪夏さんに背を向け、態勢を整え直す。

――彪夏さんを本気にさせて本当に結婚し、玉の輿に。

忘れかけていたがそれが私の目標なのだ。
彼のお望みどおり一緒に寝れば、少しくらいその気になるかもしれない。
これも家族のためだと割り切ろう。

それから次の週末まで、同じような同じような日々を繰り返した。
彪夏さんは給料の相談をしようと言っていたが、忘れているだろうと思っていた。
しかし会社としては弟たちを私のみなし扶養としてくれ、扶養手当が出るようになった。
彪夏さんはこれは私が婚約者だから特別なのではなく、皆も困っているなら相談するようにと通達を出すのも忘れない。
本当にいい経営者だと思う。
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