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第四章 家族にとっての私
4-3
彪夏さんの家で一週間ほど過ごし次の週末、私と実家の部屋にホームセキュリティの契約をした。
「こんなにしてもらって悪いわ」
真由さんは恐縮しているが、ゆるゆるふわふわな真由さんだからこそ、ホームセキュリティが必要なのだ。
「母上はお美しいですので、なにがあるかわからないので心配ですから」
「まあ……」
彪夏さんに手を取られ、真由さんがぽっと頬を赤らめる。
恋愛小説ならこれから恋が始まるんだろうが、このふたりはどうだろう?
始まってしまったら家庭内ダブル不倫だから困るけれど。
それにしても自分と同じ歳の女性を〝母〟と呼ぶのに彪夏さんは抵抗ないのかな。
これで今日から私もようやく自分の家で過ごせるとうきうきで帰ろうとしたら、買い物があるから付き合えと彪夏さんに街へ連れ出された。
「私が付き合わなきゃいけない買い物ってなんですか?」
できれば、仕事以外で彪夏さんと出かけたくない。
だって、疲れるんだもん。
「まあ、そう言わずに付き合えよ」
「えー」
彪夏さんはああだこうだと悩むから、買い物がとにかく長いのだ。
そして最終的に全部買う。
なら悩まずに最初から全部買えばいいじゃないとか思ってはダメだろうか。
「……大トロ」
ぼそりと落とされた言葉でぴくりと耳が反応した。
「せっかく家族全員分、土産に寿司を持たせてやろうと思ったんだけどな。
そうか、いらないか」
「付き合います!」
はぁっと諦め気味に彪夏さんがため息をついた瞬間、噛みつくように返事をしていた。
特別な日に、それでもスーパーで半額になっているお寿司を買うが、彪夏さんのいうお寿司はきっと高級寿司だ。
大トロなんて食べたことない弟たちに食べさせてやりたい。
「現金なヤツだな」
「悪いですか?」
弟たちのためなら私は、いくらでも図々しくなる。
「いや?
清子のそういうところ、いいと思う」
彪夏さんは笑っているが、お寿司で言うことを聞くような女のどこがいいのだろう?
彪夏さんが私を連れてきたのは、――ハイブランドの宝飾店だった。
「どなたかにプレゼントでもされるんですか?」
「まあな」
もう連絡してあったのか、それとも顔パスなのか、彪夏さんの顔を見ただけで個室へ通されお茶が出された。
これで私が連れてこられた理由がわかった。
きっと女性にプレゼントするのに、私の意見を参考にしたいのだろう。
店長の挨拶のあと、目の前に指環が並べられていく。
だいたいどれも中央に大きめの一粒ダイヤが付いているが、これっていわゆる婚約指環というヤツじゃないんだろうか。
「どれがいい?
いいのがないのならもっと持ってこさせるし、それでもダメなら別の店にするが」
膝の上に肘をつき、頬杖をして彪夏さんは私を見てくるけれど。
「これを渡す方がいるのなら、私などと嘘の婚約なんてしなくていいのでは?」
もしかして言っていた、心に決めた人とやらに渡すつもりなんだろうか。
まったく相手にしてもらえないので気を惹くのも疲れたとか言っていたが、思い切ってトライする気になったとか?
だったらますます、私と婚約する意味がわからない。
「なにを言ってるんだ?
これは清子に渡すに決まってるだろ」
「私に……?」
もしかしてこの人は、嘘婚約者の私に本気の婚約指環を買おうとしている……?
「ええーっ!
それはもったいないのでやめてください!
それに無駄なお金は払いたくないんじゃなかったんですか?」
理解すると同時に全力で拒否した。
こんなすぐにいらなくなるものに、云百万円もかける人の気がしれない。
この指環一個でたぶん、我が家なら二年は暮らせる。
いや、うまくやれば三年いけるかも?
……なんて考えていたが、あとで想定の倍はすると知って急に指が重くなった。
「あのなー、婚約したのに婚約指環がなければ不審に思われるだろうが」
「まあ……それはそうですが」
それでも一時しのぎにこんな高価なもの、なんて考えられない。
「二、三万くらいのファッションリングで妥協しませんか……?」
それでもまだ胃が痛いが、でもこれより何万倍もマシだ。
「あのな。
桜花ホールディングスの御曹司の婚約者が安物の婚約指環とかしてたら、笑われるに決まってるだろうか」
はぁっと呆れるように彪夏さんが短くため息をつく。
「それはそう……ですが。
でも、ぱっと見わかりませんよね?」
こういうお店で彪夏さんの要望だから、目の前に並んでいるダイヤの指環が数百万円するものだというのはわかるが、そういうバックグランドがなければ数万円の指環と言われても私は信じそうだ。
再びはぁっと彪夏さんがため息をつく。
「わかる人間が見れば一発でわかるの。
それで清子はこれから、そういう人間ばかりがいるところへ行く機会が増えるの。
だからこれは俺にとって必要経費。
オーケー?」
「オ、オーケー」
納得させるがごとく目の前に人差し指を突きつけられ、背中が反った。
「不要になったら売り払って生活費の足しにでもしろ。
……まあ、そうならないように祈っているが」
「え、なんですか?」
後半は口の中でごにょごにょと話すものだからよく聞き取れず、聞き返してしまう。
「なんでもない!」
なぜか逆ギレされたけれど、私はなにもしていないぞ?
「私、こういうののセンスはまったくないんですが、どういうのがいいんですかね?」
ダイヤの回りにさらにダイヤがあるデザインはゴテゴテしていて遠慮したいし、リング部分にもダイヤが埋め込んであるものも指がごわごわしそうだから遠慮したい。
「そうだな……。
普段使いできるほうがいいから、ダイヤが大きいのは避けたほうがいいかもな。
これとかどうだ?」
緩くウェーブを描いたリングの中央にダイヤを抱いた指環を、彪夏さんが私の指に嵌めてくる。
「そうですね、これならいいと思います」
これくらいシンプルなら、仕事でも邪魔になりそうにない。
「そうか、気に入ったんならこれにするか」
これで決定だと彪夏さんが購入の手続きに入る。
のはいいが、サイズがぴったりだったのはなんでだろう?
「こんなにしてもらって悪いわ」
真由さんは恐縮しているが、ゆるゆるふわふわな真由さんだからこそ、ホームセキュリティが必要なのだ。
「母上はお美しいですので、なにがあるかわからないので心配ですから」
「まあ……」
彪夏さんに手を取られ、真由さんがぽっと頬を赤らめる。
恋愛小説ならこれから恋が始まるんだろうが、このふたりはどうだろう?
始まってしまったら家庭内ダブル不倫だから困るけれど。
それにしても自分と同じ歳の女性を〝母〟と呼ぶのに彪夏さんは抵抗ないのかな。
これで今日から私もようやく自分の家で過ごせるとうきうきで帰ろうとしたら、買い物があるから付き合えと彪夏さんに街へ連れ出された。
「私が付き合わなきゃいけない買い物ってなんですか?」
できれば、仕事以外で彪夏さんと出かけたくない。
だって、疲れるんだもん。
「まあ、そう言わずに付き合えよ」
「えー」
彪夏さんはああだこうだと悩むから、買い物がとにかく長いのだ。
そして最終的に全部買う。
なら悩まずに最初から全部買えばいいじゃないとか思ってはダメだろうか。
「……大トロ」
ぼそりと落とされた言葉でぴくりと耳が反応した。
「せっかく家族全員分、土産に寿司を持たせてやろうと思ったんだけどな。
そうか、いらないか」
「付き合います!」
はぁっと諦め気味に彪夏さんがため息をついた瞬間、噛みつくように返事をしていた。
特別な日に、それでもスーパーで半額になっているお寿司を買うが、彪夏さんのいうお寿司はきっと高級寿司だ。
大トロなんて食べたことない弟たちに食べさせてやりたい。
「現金なヤツだな」
「悪いですか?」
弟たちのためなら私は、いくらでも図々しくなる。
「いや?
清子のそういうところ、いいと思う」
彪夏さんは笑っているが、お寿司で言うことを聞くような女のどこがいいのだろう?
彪夏さんが私を連れてきたのは、――ハイブランドの宝飾店だった。
「どなたかにプレゼントでもされるんですか?」
「まあな」
もう連絡してあったのか、それとも顔パスなのか、彪夏さんの顔を見ただけで個室へ通されお茶が出された。
これで私が連れてこられた理由がわかった。
きっと女性にプレゼントするのに、私の意見を参考にしたいのだろう。
店長の挨拶のあと、目の前に指環が並べられていく。
だいたいどれも中央に大きめの一粒ダイヤが付いているが、これっていわゆる婚約指環というヤツじゃないんだろうか。
「どれがいい?
いいのがないのならもっと持ってこさせるし、それでもダメなら別の店にするが」
膝の上に肘をつき、頬杖をして彪夏さんは私を見てくるけれど。
「これを渡す方がいるのなら、私などと嘘の婚約なんてしなくていいのでは?」
もしかして言っていた、心に決めた人とやらに渡すつもりなんだろうか。
まったく相手にしてもらえないので気を惹くのも疲れたとか言っていたが、思い切ってトライする気になったとか?
だったらますます、私と婚約する意味がわからない。
「なにを言ってるんだ?
これは清子に渡すに決まってるだろ」
「私に……?」
もしかしてこの人は、嘘婚約者の私に本気の婚約指環を買おうとしている……?
「ええーっ!
それはもったいないのでやめてください!
それに無駄なお金は払いたくないんじゃなかったんですか?」
理解すると同時に全力で拒否した。
こんなすぐにいらなくなるものに、云百万円もかける人の気がしれない。
この指環一個でたぶん、我が家なら二年は暮らせる。
いや、うまくやれば三年いけるかも?
……なんて考えていたが、あとで想定の倍はすると知って急に指が重くなった。
「あのなー、婚約したのに婚約指環がなければ不審に思われるだろうが」
「まあ……それはそうですが」
それでも一時しのぎにこんな高価なもの、なんて考えられない。
「二、三万くらいのファッションリングで妥協しませんか……?」
それでもまだ胃が痛いが、でもこれより何万倍もマシだ。
「あのな。
桜花ホールディングスの御曹司の婚約者が安物の婚約指環とかしてたら、笑われるに決まってるだろうか」
はぁっと呆れるように彪夏さんが短くため息をつく。
「それはそう……ですが。
でも、ぱっと見わかりませんよね?」
こういうお店で彪夏さんの要望だから、目の前に並んでいるダイヤの指環が数百万円するものだというのはわかるが、そういうバックグランドがなければ数万円の指環と言われても私は信じそうだ。
再びはぁっと彪夏さんがため息をつく。
「わかる人間が見れば一発でわかるの。
それで清子はこれから、そういう人間ばかりがいるところへ行く機会が増えるの。
だからこれは俺にとって必要経費。
オーケー?」
「オ、オーケー」
納得させるがごとく目の前に人差し指を突きつけられ、背中が反った。
「不要になったら売り払って生活費の足しにでもしろ。
……まあ、そうならないように祈っているが」
「え、なんですか?」
後半は口の中でごにょごにょと話すものだからよく聞き取れず、聞き返してしまう。
「なんでもない!」
なぜか逆ギレされたけれど、私はなにもしていないぞ?
「私、こういうののセンスはまったくないんですが、どういうのがいいんですかね?」
ダイヤの回りにさらにダイヤがあるデザインはゴテゴテしていて遠慮したいし、リング部分にもダイヤが埋め込んであるものも指がごわごわしそうだから遠慮したい。
「そうだな……。
普段使いできるほうがいいから、ダイヤが大きいのは避けたほうがいいかもな。
これとかどうだ?」
緩くウェーブを描いたリングの中央にダイヤを抱いた指環を、彪夏さんが私の指に嵌めてくる。
「そうですね、これならいいと思います」
これくらいシンプルなら、仕事でも邪魔になりそうにない。
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