清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
23 / 64
第四章 家族にとっての私

4-6

しおりを挟む
歩いて帰れるというのに、彪夏さんはわざわざ送ってくれた。

「なあ。
ほんとに帰るのか」

「帰りますけど?」

五分もかからない距離とはいえ、ずっとこれを繰り返されるのはいい加減うんざりする。
さらに。

「やっぱり俺んちに住んだほうがいいと思うけど」

着いてシートベルトを外そうとしたら、手を押さえて阻止してきた。

「い、や、で、す!」

わざとひと文字ずつ区切って強調し、全力で拒否する。

「何度も言いますけど、私と彪夏さんは嘘の婚約者なんです。
愛とか恋とかない相手と理由もなく一緒に住むなんて、嫌に決まってます」

「愛とか恋とかって……。
意外と古風なのな、清子」

くすくすとおかしそうに笑われ、カッと頬が熱くなった。

「でも、間違ったことは言ってないはずです」

キッ、と力一杯睨みつけたら、ようやく彪夏さんは笑うのをやめた。

「そうだな。
だったら愛とか恋とかあれはいいんだろ?」

彪夏さんの手が私の顎にかかる。
ゆっくりと傾きながら近づいてくる顔を間抜けにもぼーっと見ていた。
あの、薄く形のいい唇が私の唇に触れ、離れる。

「清子のサードキス、いただき」

「えっ、あっ。
な、なにを……!」

みるみる全身が熱くなっていく。
彪夏さんの手がシートベルトを解除し、シュルシュルと巻き上がっていった。

「降りないのならこのまま連れて帰るぞ?」

「お、降りますよ!」

今にも彪夏さんはアクセルを踏みそうで、慌ててドアを開けて車から降りる。

「おやすみ、清子」

ひらひらと手を振りながら去っていく彪夏さんを、呆然と見送った。

「……なにが、したかったんだろ」

ふらふらと自分の部屋に入り、腰が抜けたかのようにぺたんと座り込んだ。

「彪夏さんと、キス……」

そっと、自分の唇に触れてみる。
もう三度目、それでも意識してしまうのは私がウブだから?
それに愛とか恋とかあればいいって、あの人は私を落とす気なんだろうか。
でも、心に決めた人がいると言っていたではないか。

「……ん?」

今、僅かに胸の奥がちくんと痛んだ気がしたけれど、なんだったんだろう……?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

自信家CEOは花嫁を略奪する

朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」 そのはずだったのに、 そう言ったはずなのに―― 私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。 それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ? だったら、なぜ? お願いだからもうかまわないで―― 松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。 だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。 璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。 そしてその期間が来てしまった。 半年後、親が決めた相手と結婚する。 退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――

君に恋していいですか?

櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。 仕事の出来すぎる女。 大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。 女としての自信、全くなし。 過去の社内恋愛の苦い経験から、 もう二度と恋愛はしないと決めている。 そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。 志信に惹かれて行く気持ちを否定して 『同期以上の事は期待しないで』と 志信を突き放す薫の前に、 かつての恋人・浩樹が現れて……。 こんな社内恋愛は、アリですか?

シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・ なりませんでした!! 【現代版 シンデレラストーリー】 貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。 はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。 しかしながら、その実態は? 離婚前提の結婚生活。 果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。

FLORAL-敏腕社長が可愛がるのは路地裏の花屋の店主-

さとう涼
恋愛
恋愛を封印し、花屋の店主として一心不乱に仕事に打ち込んでいた咲都。そんなある日、ひとりの男性(社長)が花を買いにくる──。出会いは偶然。だけど咲都を気に入った彼はなにかにつけて咲都と接点を持とうとしてくる。 「お昼ごはんを一緒に食べてくれるだけでいいんだよ。なにも難しいことなんてないだろう?」 「でも……」 「もしつき合ってくれたら、今回の仕事を長期プランに変更してあげるよ」 「はい?」 「とりあえず一年契約でどう?」 穏やかでやさしそうな雰囲気なのに意外に策士。最初は身分差にとまどっていた咲都だが、気づいたらすっかり彼のペースに巻き込まれていた。 ☆第14回恋愛小説大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございました。

続・最後の男

深冬 芽以
恋愛
 彩と智也が付き合い始めて一年。  二人は忙しいながらも時間をやりくりしながら、遠距離恋愛を続けていた。    結婚を意識しつつも、札幌に変えるまでは現状維持と考える智也。  自分の存在が、智也の将来の枷になっているのではと不安になる彩。  順調に見える二人の関係に、少しずつ亀裂が入り始める。  智也は彩の『最後の男』になれるのか。  彩は智也の『最後の女』になれるのか。

美しき造船王は愛の海に彼女を誘う

花里 美佐
恋愛
★神崎 蓮 32歳 神崎造船副社長 『玲瓏皇子』の異名を持つ美しき御曹司。 ノースサイド出身のセレブリティ × ☆清水 さくら 23歳 名取フラワーズ社員 名取フラワーズの社員だが、理由があって 伯父の花屋『ブラッサムフラワー』で今は働いている。 恋愛に不器用な仕事人間のセレブ男性が 花屋の女性の夢を応援し始めた。 最初は喧嘩をしながら、ふたりはお互いを認め合って惹かれていく。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

処理中です...