清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第五章 恋だの愛だの

5-5

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食べ終わったあとは健太が片付けをしてくれた。

「そういえばバイト、どうなのよ?」

もう勤めはじめて半月になる。
そろそろ慣れてきてもいいだろう。

「すっげーよくしてくれる。
余って廃棄になる料理とか、持ち帰らせてくれるし。
最近、うちの食卓豪華なんだよ」

ニシニシと嬉しそうに健太は笑っている。
だったらみんなが好きなロールキャベツの材料買ってきたけど、余計なお世話だったかな……?

「昨日もさ、着いたところで保育園から呼びだし来て。
でも巧は授業中だし、どうしようかと思ってたら快く帰してくれて、助かった」

健太と巧は同じ学校だが、巧は特進科なので授業数が多いのだ。

「保育園からの呼びだしって……?」

彪夏さんの紹介だけあって、いい職場みたいでそれはよかったと思う。
けれどさらりと言われたそれが引っかかっていた。
もしかして望か美妃、具合が悪かったんだろうか。

「望がお友達を殴ったらしい」

「望が……?
殴った……?」

ありえなさすぎる言葉が出てきて、つい聞き返してしまう。
望は温厚で喧嘩をしたりしない。
それどころかおっとりしすぎて、いじめられないか心配になるくらいなのだ。

「え、それなにかの間違いじゃない?」

「俺もそう思ったよ。
でも行ったら相手の子のほっぺた赤くなってた」

片付けが終わり、手を拭きながら健太が振り返る。

「家庭環境のことめちゃ言われたけど、無心に頭下げといたけどな」

ははっと笑う健太は、傷ついているように見えた。
うちは事情が事情なだけに、よく周りから卑下される。
いくら心を殺して聞き流しても、それは慣れなかった。

「連絡くれたらよかったのに」

「母さんも清ねぇも仕事が忙しいから、そういうわけにはいかないだろ」

私たちが必死になって働かないといけないから、弟たちに負担をかけている。
わかっているが、それが酷く歯痒い。

「いや、そういうときは連絡をくれ。
大事な家族のことだ、仕事は融通する」

それまで望と遊んでいた彪夏さんが話に加わってくる。

「お気遣い、ありがとうございます」

「家族なんだから……いや。
経営者としてそれくらい、当然だろ」

彪夏さんはなんでもないように言っているが、こういうことが言える彼は本当に凄い人なんだと思う。

「それで、なんで望はお友達を殴ったの?」

「それがだんまりで話してくれないんだ。
それからずっと機嫌悪くて、彪夏にぃから飛行機もらってようやく直ったくらい」

「望」

「ぼく、わるくないもん」

怒られると思ったのか、さっきまでご機嫌に遊んでいたのに、一気に不機嫌になって望は彪夏さんの陰に隠れた。

「わるいのは、あきくんだもん」

ぎゅっと彪夏さんにしがみつき、望はいまにも泣きそうだ。
そんな望の頭を、彪夏さんは優しくぽんぽんと軽く叩いた。

「悪いのはあきくんかもしれないが、殴るのはよくないぞ。
それは、わかるよな?」

彪夏さんの声は咎めるでもなく、諭すように優しい。
だからか、うんと素直に望は頷いた。

「……ごめんなさい」

「わかったならいい。
それでなんで、あきくんを殴ったんだ?」

望は黙ったままなにも言わない。
やはり、理由は話してくれないのかと思ったものの。

「……ぼくが、どろぼうだっていったから」

なんで、望が泥棒なんて言われるの?
わけがわからないまま、続く言葉を待つ。

「ひゅうがおにぃちゃんからもっらったひこうこき、ぼくがもってるのおかしい、って。
だれかからとったんだ、どろぼうだって。
ちがうっていったのに、あきくんがどろぼう、わるものだっていうから、……なぐった」

大粒の涙をこぼしながら、ぽつりぽつりと望が説明してくれる。
望のいう飛行機とは、彪夏さんからもらったキーホルダーだ。
あれはお気に入りで、保育園のバッグに付けていた。

「……ねえ。
あきくんの家って、どこ?」

怒りで腹の底がふつふつと煮えくりかえる。
望が泥棒?
なに言ってくれてるんだ?
きっと家で、我が家の悪口を子供に聞かせているんだろう。
そんなヤツ、絶対に許せない。

「清ねぇ、ステーイ。
俺も頭にきてるけど、抗議してもさらに嫌な思いするだけだろ?
無駄だって」

「うっ」

我が弟ながら冷静でびっくりする。

「でも、許せないよ!」

無駄でもひと言、ガツンと言ってやりたい。
うちの優しい弟をこんなに泣かせるなんて、許せるわけがないのだ。

「健太の言うとおりだぞ」

「ああっ?」

落ち着かせるように彪夏さんから肩をぽんぽんと叩かれたが、振り向きざまに凄む。
しかし彼には効いていなかったが、私よりも辛辣な言葉が出てきた。

「そんなヤツに抗議したって、聞くわけないだろ?
ここは弁護士に依頼して名誉毀損で訴え、望が負った精神的被害、きっちり償わせてやる」

フフフフフ……と低く笑う彪夏さんの手には、すでにその気なのか携帯が握られている。

「ちょっ!
彪夏にぃも落ち着いて!
そんなことしたら噂が立って、保育園にいられなくなるから!」

「ま、冗談だけどな」

健太に止められ、笑って彪夏さんは携帯をしまったけれど、あれは絶対に本気だった。
頭の切れるセレブを敵に回してはダメだ、ちょっとしたことで社会的に抹殺されかねない。
覚えておこう……。

「望、つらかったな」

彪夏さんはハンカチを出して、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの望の顔を拭ってくれた。
のはいいが、ハイブランドハンカチで子供の鼻水なんて拭いてもいいんだろうか?

「あと、さっき、相手が悪くてもお友達を殴ってはダメだと言ったが、取り消す。
これは、殴っていい。
望は自分の名誉のために戦ったんだ。
偉いぞ」

「ぼく、もうおこられない?」

くりくりした目で、望がじっと彪夏さんを見上げる。

「ああ。
格好よかった望を怒るヤツなんていない。
そうだ、格好よかった望にはご褒美に、アイスを買ってやろう」

「ほんとに!?」

「ちょっと待ってくださいよ!」

いまにも出ていきそうなふたりを慌てて止めた。

「さっき、あんなにお菓子を買ってもらったんです、なのにさらにアイスなんて!」

「それとこれとは話が別だ。
いくぞ、望」

「うん!」

望に靴を履くように彪夏さんが促す。
こうなった彼にはなにを言っても無駄なのだ。
諦めよう。

「じゃあ、いってくるなー」

「一個!
一個だけですからね!」

「はいはい」

念押ししたが、軽い調子で彪夏さんが答えてドアが閉まる。
おかげでため息が出た。
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