清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第六章 弟たちのため?私は……

6-3

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その次の週末、朝から巧から実家に呼ばれた。
行くと真の指導の下、望が折り紙で鎖飾りとか作っている。
しかもなんか綺麗に片付けられて襖も取り外さていた。

「……なんでジャージなんだよ」

私の姿を見た途端、巧が顔をしかめる。
なんでって、これが私の普段着じゃない?
いつもと違わない服装なのに、責められても困る。

「まあいい。
どうせ着替えてもらうし」

「はぁ……」

なんだかよくわからないまま部屋に上がった。

「真由さんはー?」

「美妃連れて散歩に行ってもらってる。
いると邪魔になるからね」

母親に邪魔とはなんだとは思うが、真由さんはだいたいほわほわ笑って見ているだけなので、それはわかる。

「なにやってんの?」

「なにって、彪夏兄さんのバースデーパーティの準備だけど」

なにやら台所で作っている巧に声をかけたら、どうして聞かれるのかわからないといった感じで返事された。

「彪夏さんのバースデーパーティ……?」

とはいったい、どういうことなんだろう?

「火曜日、彪夏兄さんの誕生日だろ?
平日の夜は彪夏兄さんも清子姉さんも忙しいだろうから、繰り上げて今日しようって。
え、兄さんから聞いてない?」

「……聞いてない」

火曜日が彪夏さんの誕生日なのは、会社でもささやかなお祝いをするから知っている。
しかし、バースデーパーティは聞いていない。

「もう、兄さん、なにやってるんだよ」

巧はぼやいているが、これはひっじょーにマズい。
マズいですよ、清子さん。
弟たちは張り切って準備しているのに、私はなにもしていないなんて。
 
「さやねぇちゃん、みて!
おたんじょうびプレゼントに、えをかいたんだよ!」

誇らしげに望が見せてくれたのは、カレンダーの裏に赤い飛行機と共に描かれた彪夏さんの似顔絵だった。

「う、うまいねー」

「オレも!
オレも準備した!」

望と争うように、真が段ボール製の箱を見せてくる。

「こんな箱もらっても……開かないんだけど?」

蓋を開けようとするが、なにかに引っかかっているようで開かない。

「暗号が解けないと開かないようになってるんだ!」

ドヤ顔の真の手には、その暗号とやらが書かれているであろう紙が握られていた。

「それで、なにが入ってるの?」

そこが一番問題だ。
彪夏さんの迷惑にならないものじゃなければいいが。

「秘密ー」

真はすました顔で教えてくれそうにない。
振ってみたら中に入っているのは紙っぽかったので、肩叩き券とかであるように祈ろう。
 
「巧は?」

「僕ももちろん、準備したよ。
バイトを紹介してくれたお礼も兼ねて、ちゃんと」

こちらはものについて心配しないでいいが、これはさらにマズい事態になった。
会社ではもちろん、秘書室全員からだが誕生日プレゼントを用意している。
しかし私個人からはなにも準備していないのだ。

「それで私は、なにをすれば……?」

準備を弟たちに任せておけるのならば、今からダッシュでなにか調達してきたい。

「清子姉さんはケーキ焼いて。
ほら、僕らの誕生日、いつも焼いてくれるヤツ。
もう材料、買ってあるし」

「あれは彪夏さんのお口にはあわないんじゃないかなー?」

いや、彪夏さんなら私が作ったってだけで喜んで食べそうではあるけれど。
しかし今は、プレゼントを調達する時間を作らねばならないのだ。

「なに言ってんの。
清子姉さんが作ったってだけで、喜んで食べるに決まってるでしょ、あの人」

「うっ」

私の考えとそっくり同じ台詞を巧が口にする。
てか、巧の中ではもうそんなイメージなんだ、彪夏さん。

「はい、さっさと作ってね。
僕はもう、終わったから」

「えっ、ちょっと!」

巧が肩を押し、場所を譲ってくれる。
これはもう、断り切れない。

「はぁーっ、わかったよ」

ため息をつきつつ、作業を開始した。
 
巧が準備してくれていたのはちょっといいホットケーキミックスだったし、クリームも純生だった。
いつもは最安値のホットケーキミックスと植物性の安いクリームなのに。

「どうしたの、これ?」

「んー?
バイト始めて余裕できたから、奮発した。
時給いいし、僕だけでも下手したら、母さんより多いよ」

「そうなんだ」

真由さんは知り合いの小さな会社で、事務のパートをしている。
時給もよくはないし、フルタイムとはいえ調子が悪くて休んだり早退したりが多いので、収入はさほどなかった。
それでも、社長が大家さんの知り合いで、しかも人情派なお陰でこんな勤務状態でも雇い続けてもらえているので文句はない。

「そうそう。
兄さんとも話してたんだけど、もう清子姉さんから家にお金入れてもらうの、やめようかなって」

「……え?」

作業を始めていた手が、止まる。
しかし私の戸惑いを無視して、巧の話は続いていく。

「僕たちのバイト代で、なんとかなりそうだし。
あ、でも、どうしても足りないときは貸してね。
申し訳ないけど」

「あ、……うん。
別に借りなくてもあげるよ」

どうして巧はこんな話をするんだろう。
まるで、私は他人のような。

「もう結婚するんだし、いつまでも清子姉さんに頼るわけにはいかないからね。
今まで迷惑かけてごめん」

「もう!
なに言ってんの!
迷惑だなんて思ってないよ!」

笑い飛ばしながら巧のほうは見られない。
健太だけじゃない、巧も急にどうしちゃったの?
半分しか血の繋がらない私はやはり、家族ではなかったんだろうか。

どんよりとした気分でケーキを焼く。
こんな気分で作ったケーキで誕生日を祝うなんて申し訳なくなってきた。
うん、このあいだ彪夏さんが、いつか健太は本音を話してくれると言っていったし、今は気にしないようにしよう。
 
お昼前にはケーキも焼き上がり、準備は整った。
散歩から帰ってきた真由さんは疲れたのか、美妃に母乳をあげながらうっつらうっつらしてるが、大丈夫だろうか。
そして私はもちろん、プレゼントの用意はできていない。

……もう、ケーキは私からのプレゼントってことにしたらいけないかな。
いや、よくない。

「清子姉さん、これに着替えて」

巧から服と一緒に洗面所に押し込められる。

「ねえ、これどうしたの?」

渡されたのはくすみピンクのオフショルダーブラウスと、チュールレースを重ねてある白のギャザースカートだった。

「兄さんが作って用意した。
絶対清子姉さんジャージで来るからって言ってたけど、正解だったね」

「だってそれは、彪夏さんのバースデーパーティだって聞いてなかったからで」

などと弁明しながらも、知っていてもジャージと遜色ない服装だっただろうというのは否定できない。

「はいはい。
……ほら、彪夏兄さん来たよ」

「もう!?」

手ぐしで髪を整えて出ると同時に、玄関のドアが開いた。
 
「こんにちはー」

「ひゅうがおにいちゃん、おたんじょうびおめでとう!」

「彪夏にぃ、誕生日おめでとう!」

彪夏さんが入ってくるとの当時に弟たちがクラッカーを鳴らす。
美妃が起きないか心配になったが、お腹いっぱいでぐっすり眠っていた。
将来、大物に育ちそうだ。

「え、今日は俺のバースデーパーティなのか?」

状況が把握できないのか、彪夏さんは眼鏡の奥で何度かまばたきをした。

「そ。
ちょっとだけ早いけどね。
もしかして健太兄さんから聞いてない?」

「今日の昼は実家で一緒に食べませんかとしか聞いてないぞ」

戸惑う彪夏さんの手を引き、真と望が部屋の中に招き入れる。
窓を背にした、いわゆるお誕生日席へ彪夏さんを座らせた。

「ったく、兄さんったら」

巧は呆れているが、そこは健太の性格だから諦めるしかない。
それに、もしかしたらサプライズにしたかったのかも。
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