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最終章 心に決めた人
10-1
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私にとって最悪の父親でも、真由さんにとっては最愛の夫なわけで。
もしかしたら弟たちも、父の帰りを心待ちにしているのかもしれない。
というわけで次の日、会社帰りに父が帰国していると実家へ報告に行ったら、……本人が、いた。
「……なんでお父さんがいるのよ?」
いけないとわかっていながらつい、不満が口から出てしまう。
「清ちゃんが家に帰れっていうから帰ってきたのに、酷い」
確かもう五十になるはずなのに、可愛い子ぶりっ子で泣かれても気持ち悪いだけだ。
実家へ行くなら持っていけと、彪夏さんが持たせてくれたケーキでお茶する。
当然ながら父の分はない。
しかし。
「祥平さん、あーん」
「あーん」
真由さんがいそいそと、父に自分の分のケーキを食べさせる。
のはいいが、もういい年をした親のいちゃラブぶりを見せられたって、目のやり場に困るだけだ。
「……なあ。
また、弟妹が増えるとかないよな」
「言うな!
それだけは言うな!」
健太の言葉を巧が耳を塞いで拒否する。
それは私も同じ気持ちだった。
帰ってくるたびに弟妹を増やし、無責任に去っていくのは本当にやめてほしい。
「おとうさん、みて!
ひゅうがおにぃちゃんがかってくれたんだよ。
かっこいいでしょ?」
複雑な心境の、上の弟たちとは反対に、望は嬉しくて仕方ないのか父におもちゃを自慢している。
「ひゅうがおにぃちゃんって、あれか。
清ちゃんの婚約者だっていう」
望は父の膝の上にのせてもらい、ご機嫌だ。
「そうなの。
祥平さんがいないのに、勝手に清ちゃんの結婚を決めてごめんなさい」
申し訳なさそうに真由さんが詫びる。
「真由さんが謝る必要なんて全然ないから!
悪いのは帰ってこないお父さんだし」
それに父がいたところで、弟たちほど私のことを考えてくれたかも疑わしい。
「清ちゃん。
祥平さんが帰ってこないは仕方ないの。
だって祥平さんは、泳ぎ続けてないと死んじゃうマグロと一緒なんですもの。
じっと家にいたら、死んじゃうわ」
「マグロ!
上手いこと言うね、真由さんは」
ツボったのか父と真由さんは笑い転げているが、なにが面白いのか私にはまったくわからない。
わかるのは父が、そういう迷惑な人間だってことだ。
しかし、亡くなった母といい、真由さんといい、そういうところに魅力を感じる女性もいるらしい。
「そういえば、安東さんはどうしたのよ?」
今日、彪夏さんが、父の言っていた安東とは実業家のフリをしている詐欺師だと教えてくれた。
父が現在、引っかかっている七色羊のヤツも、もちろん彼の仕業だ。
たった一晩でそこまで調べた彪夏さんも恐ろしいし、もっと恐ろしいのは。
『間接的とはいえ清子を苦しめるヤツは、死ぬより苦しい目に遭わせてやる』
などと言っていたところだ。
前に望がいじめられたとき、本気で弁護士案件にしようとしていたし、今回もなにをする気なのか考えただけで怖い。
「あー、なんか急用ができた?
とかで僕を置いてどこか行っちゃったー」
父は笑っているが、これでようやく家に帰ってきた理由がわかった。
きっと彪夏さんが回したなんらかの手で、逃げざるを得なくなったのだろう。
父はそれで居場所がなくなり、ここに転がり込んできたというのが真実だな、きっと。
「……わかった」
どうして父はこんなに、身勝手なんだろう。
本当に嫌になる。
夜も遅くなったので、自分のアパートに帰る。
「清ちゃん今、一緒に住んでないんだ?」
「前に帰ってきたときからそうだったよね?」
「そうだっけ?」
なにひとつ覚えていない父にイラッとしながら、靴を履く。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみー」
部屋を出ていくらも歩かないうちにすぐ、健太と巧が追いついてきた。
「清ねぇ。
悪いけど、泊めて」
「別にいいけど、どうしたの?」
三人で並んで夜道を歩く。
「親父と一緒に過ごすとか、どうしていいのかわかんねー」
「そうそう。
嫌味とか言いそうだし。
でもそしたら、母さんに叱られるだろ?
なんかさー」
巧が疲労の濃いため息を落とす。
弟たちの苦労はわかるだけに、苦笑いしてしまった。
「わかった。
好きなだけいな」
「ありがとう、清ねぇ」
我が家にとって父親とは異分子で、理解してからは迷惑な存在でしかないのだ。
狭い我が家に布団を並べ、弟ふたりに挟まれて寝る。
「清ねぇとこうやって三人で寝るの、凄いひさしぶりだな」
「そうだね、真が生まれるんで母さんが入院してたときぶりだっけ」
おかしそうに弟たちが笑う。
「あれから、いろいろあったよね」
「真が生まれて、望が生まれて、美妃が生まれて。
もう、弟妹は増えないでほしいけどな……」
健太の口から嫌そうなため息が落ちていって、苦笑いしかできない。
「姉さんも結婚するしね」
巧の言葉にぴくんと、身体が反応してしまう。
「結婚といえば、さ。
清ねぇは幸せになっていいんだぞ。
親父のことを引け目に思って、俺たちのことを背負う必要はない。
俺も巧ももう高校生なんだ、ちゃんと母さんを支えられる。
だから、さ」
「なに言ってんの!?」
淡々と語る健太に感情が振り切れ、勢いよく起き上がる。
「私にとって、健太も、巧も、真も望も美妃も、真由さんだって大事な家族よ!
家族のことを思って、なにが悪いの!?」
なに、高校生の弟相手に熱くなってんだ、とは思う。
でも、はっきりと健太の口から私は家族じゃないと言われた気がして、胸が張り裂けそうなくらい痛かった。
「あー、ごめん。
言い方、間違えた」
起き上がった健太が、ぼりぼりと後ろ頭を掻く。
「俺らにとっても、清ねぇは大事な家族だよ。
大事な家族だからこそ、俺らが重荷になってるんじゃないかって思ってた。
俺たちなんかいなくて、清ねぇひとりだけでやっていってたら、こんな苦労しなくてよかったんじゃないかっていつも、考えてた」
同意するかのように巧が頷く。
「健太……。
私は重荷だなんて、思ったことないよ。
反対に、感謝したいくらい」
父がまたいなくなって泣き叫ぶ私に、真由さんはどこにも行かない、一緒にいると約束してくれた。
弟たちは半分しか血の繋がらない私を姉と呼び、慕ってくれた。
そして今、こんなにも私の幸せを考えてくれている。
父はあんなだが、こんな家族がいて、私は幸せものだ。
「清ねぇ……」
「姉さん……」
「だから、自分たちが重荷だとか思わなくていいんだよ。
それに彪夏さんならこれくらいの荷物、軽々抱えちゃうもん」
わざと、ふざけるように明るく笑ってみせる。
「そうだな、あの彪夏にぃだもんな」
「僕たちも少しくらい、セレブの生活に慣れたほうがいいかもね」
つられるように弟たちが笑う。
彪夏さんならきっと、私の家族の事情も軽々背負ってくれる。
それは嬉しいけれど、本当に私はこのまま彼と結婚していいのか気になっていた。
もしかしたら弟たちも、父の帰りを心待ちにしているのかもしれない。
というわけで次の日、会社帰りに父が帰国していると実家へ報告に行ったら、……本人が、いた。
「……なんでお父さんがいるのよ?」
いけないとわかっていながらつい、不満が口から出てしまう。
「清ちゃんが家に帰れっていうから帰ってきたのに、酷い」
確かもう五十になるはずなのに、可愛い子ぶりっ子で泣かれても気持ち悪いだけだ。
実家へ行くなら持っていけと、彪夏さんが持たせてくれたケーキでお茶する。
当然ながら父の分はない。
しかし。
「祥平さん、あーん」
「あーん」
真由さんがいそいそと、父に自分の分のケーキを食べさせる。
のはいいが、もういい年をした親のいちゃラブぶりを見せられたって、目のやり場に困るだけだ。
「……なあ。
また、弟妹が増えるとかないよな」
「言うな!
それだけは言うな!」
健太の言葉を巧が耳を塞いで拒否する。
それは私も同じ気持ちだった。
帰ってくるたびに弟妹を増やし、無責任に去っていくのは本当にやめてほしい。
「おとうさん、みて!
ひゅうがおにぃちゃんがかってくれたんだよ。
かっこいいでしょ?」
複雑な心境の、上の弟たちとは反対に、望は嬉しくて仕方ないのか父におもちゃを自慢している。
「ひゅうがおにぃちゃんって、あれか。
清ちゃんの婚約者だっていう」
望は父の膝の上にのせてもらい、ご機嫌だ。
「そうなの。
祥平さんがいないのに、勝手に清ちゃんの結婚を決めてごめんなさい」
申し訳なさそうに真由さんが詫びる。
「真由さんが謝る必要なんて全然ないから!
悪いのは帰ってこないお父さんだし」
それに父がいたところで、弟たちほど私のことを考えてくれたかも疑わしい。
「清ちゃん。
祥平さんが帰ってこないは仕方ないの。
だって祥平さんは、泳ぎ続けてないと死んじゃうマグロと一緒なんですもの。
じっと家にいたら、死んじゃうわ」
「マグロ!
上手いこと言うね、真由さんは」
ツボったのか父と真由さんは笑い転げているが、なにが面白いのか私にはまったくわからない。
わかるのは父が、そういう迷惑な人間だってことだ。
しかし、亡くなった母といい、真由さんといい、そういうところに魅力を感じる女性もいるらしい。
「そういえば、安東さんはどうしたのよ?」
今日、彪夏さんが、父の言っていた安東とは実業家のフリをしている詐欺師だと教えてくれた。
父が現在、引っかかっている七色羊のヤツも、もちろん彼の仕業だ。
たった一晩でそこまで調べた彪夏さんも恐ろしいし、もっと恐ろしいのは。
『間接的とはいえ清子を苦しめるヤツは、死ぬより苦しい目に遭わせてやる』
などと言っていたところだ。
前に望がいじめられたとき、本気で弁護士案件にしようとしていたし、今回もなにをする気なのか考えただけで怖い。
「あー、なんか急用ができた?
とかで僕を置いてどこか行っちゃったー」
父は笑っているが、これでようやく家に帰ってきた理由がわかった。
きっと彪夏さんが回したなんらかの手で、逃げざるを得なくなったのだろう。
父はそれで居場所がなくなり、ここに転がり込んできたというのが真実だな、きっと。
「……わかった」
どうして父はこんなに、身勝手なんだろう。
本当に嫌になる。
夜も遅くなったので、自分のアパートに帰る。
「清ちゃん今、一緒に住んでないんだ?」
「前に帰ってきたときからそうだったよね?」
「そうだっけ?」
なにひとつ覚えていない父にイラッとしながら、靴を履く。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみー」
部屋を出ていくらも歩かないうちにすぐ、健太と巧が追いついてきた。
「清ねぇ。
悪いけど、泊めて」
「別にいいけど、どうしたの?」
三人で並んで夜道を歩く。
「親父と一緒に過ごすとか、どうしていいのかわかんねー」
「そうそう。
嫌味とか言いそうだし。
でもそしたら、母さんに叱られるだろ?
なんかさー」
巧が疲労の濃いため息を落とす。
弟たちの苦労はわかるだけに、苦笑いしてしまった。
「わかった。
好きなだけいな」
「ありがとう、清ねぇ」
我が家にとって父親とは異分子で、理解してからは迷惑な存在でしかないのだ。
狭い我が家に布団を並べ、弟ふたりに挟まれて寝る。
「清ねぇとこうやって三人で寝るの、凄いひさしぶりだな」
「そうだね、真が生まれるんで母さんが入院してたときぶりだっけ」
おかしそうに弟たちが笑う。
「あれから、いろいろあったよね」
「真が生まれて、望が生まれて、美妃が生まれて。
もう、弟妹は増えないでほしいけどな……」
健太の口から嫌そうなため息が落ちていって、苦笑いしかできない。
「姉さんも結婚するしね」
巧の言葉にぴくんと、身体が反応してしまう。
「結婚といえば、さ。
清ねぇは幸せになっていいんだぞ。
親父のことを引け目に思って、俺たちのことを背負う必要はない。
俺も巧ももう高校生なんだ、ちゃんと母さんを支えられる。
だから、さ」
「なに言ってんの!?」
淡々と語る健太に感情が振り切れ、勢いよく起き上がる。
「私にとって、健太も、巧も、真も望も美妃も、真由さんだって大事な家族よ!
家族のことを思って、なにが悪いの!?」
なに、高校生の弟相手に熱くなってんだ、とは思う。
でも、はっきりと健太の口から私は家族じゃないと言われた気がして、胸が張り裂けそうなくらい痛かった。
「あー、ごめん。
言い方、間違えた」
起き上がった健太が、ぼりぼりと後ろ頭を掻く。
「俺らにとっても、清ねぇは大事な家族だよ。
大事な家族だからこそ、俺らが重荷になってるんじゃないかって思ってた。
俺たちなんかいなくて、清ねぇひとりだけでやっていってたら、こんな苦労しなくてよかったんじゃないかっていつも、考えてた」
同意するかのように巧が頷く。
「健太……。
私は重荷だなんて、思ったことないよ。
反対に、感謝したいくらい」
父がまたいなくなって泣き叫ぶ私に、真由さんはどこにも行かない、一緒にいると約束してくれた。
弟たちは半分しか血の繋がらない私を姉と呼び、慕ってくれた。
そして今、こんなにも私の幸せを考えてくれている。
父はあんなだが、こんな家族がいて、私は幸せものだ。
「清ねぇ……」
「姉さん……」
「だから、自分たちが重荷だとか思わなくていいんだよ。
それに彪夏さんならこれくらいの荷物、軽々抱えちゃうもん」
わざと、ふざけるように明るく笑ってみせる。
「そうだな、あの彪夏にぃだもんな」
「僕たちも少しくらい、セレブの生活に慣れたほうがいいかもね」
つられるように弟たちが笑う。
彪夏さんならきっと、私の家族の事情も軽々背負ってくれる。
それは嬉しいけれど、本当に私はこのまま彼と結婚していいのか気になっていた。
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