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最終章 心に決めた人
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彪夏さんに止められたにもかかわらず、美妃を抱っこ紐で抱き、部屋を出る。
「望、望ー、どこにいるのー!?」
子供の足だ、まだ遠くに行っていないはず。
探しながら家族に電話をかける。
バイト中の健太以外は連絡がついて、すぐに帰ってきてくれるという。
「望ー、望ってば!」
ギャン泣きする美妃を連れて、必死に望を探し回った。
頭の中をぐるぐると、つい一週間前のニュースが回る。
母親が目を離した隙に家を抜け出したその子はそのあと、車に跳ねられて亡くなった。
望が事故にでも遭ったら?
それで、死んでしまったら?
最悪の考えが頭をよぎり、身体が震えた。
しかし、いくら探し回ったところでいない。
「望、どこ……?」
美妃は泣き疲れたのかうとうとしている。
かなり時間が経ったし、もしかしたら家に帰ってきているかも。
そうだ、今帰ってきても誰もないのだ。
慌てて戻ろうとしたところで、道向こうに望がいた気がした。
「望!」
急いでそこへ向かおうとした、が。
「清子!」
後ろから誰かが腕をかけ、私を止める。
その瞬間、けたたましくクラクションを鳴らし、美妃のほんの少し先をトラックが通り過ぎていった。
「莫迦が!
死ぬ気か!」
「……だって……のぞみ……」
もしかして私、美妃ごとトラックに轢かれるところだった?
気づくと、恐怖が身体を支配していく。
「落ち着けって言っただろうが!」
「……でも……のぞみが……」
私を止めた男の人――彪夏さんは、辺りに響き渡る声で私を怒鳴りつけた。
「清子が死んだら俺は、生きていけない……」
ぎゅっと私を抱き締めたその人の手は、心細そうに震えている。
泣いているのは美妃?
それとも私?
それとも――彪夏さん?
「帰ろう」
私の手を引き、彼が歩きだす。
「でも、さっき、望が」
「望ならもう、家に帰ってる。
巧も俺も何度も電話したが、清子、出ないから」
困ったように彼が笑う。
そういえば、携帯が鳴っていた気がする。
けれど私はそれに気を止められないほど、パニックになっていた。
「……ごめんなさい」
片手で美妃をあやし、俯いて歩く。
「まあ、仕方ない。
望がいなくなったんならな。
でも、死ぬような真似だけはやめてくれ」
「……ごめんなさい」
私のせいで望はいなくなり、彪夏さんが止めてくれなければ美妃と一緒に死ぬところだった。
情けなさすぎて彪夏さんとも家族ともあわせる顔がない。
「俺はな」
ちょうど見えてきた公園に、彪夏さんは私を連れていった。
私をベンチに座らせ、目の前にしゃがんで視線をあわせる。
「望には悪いけど、清子が見つからなくて焦った」
レンズの向こうからじっと彼は私を見ている。
黙ってその目を見返した。
「もし、清子になにかあったら?
望と違い、大人なんだから大丈夫だってわかっていても、冷静でいられなかった。
清子があんな様子だっただけに」
さっきから彪夏さんがなにを言いたいのかわからない。
それに電話での彪夏さんは、どこまでも冷静だった。
「トラックが来ているのに道に飛び出そうとしている清子を見つけたときには、肝が冷えたよ。
無我夢中で走っていた。
間に合って、よかった……」
思い出しているのか、まるで涙を堪えるかのように彼の身体が小さく震えた。
「……すみません、でした」
「俺は清子が死んだら、生きていけない」
彼の両手が、私の両手をぎゅっと握る。
「それって、どういう意味ですか」
「言葉どおりの意味。
俺にとって清子は、命より大事な存在なんだ。
俺を好きになってくれなくてもいい。
ただ、清子が幸せなら、俺は幸せなんだ」
彪夏さんの顔が近づいてくる。
しかし、途中で止まった。
「……美妃が邪魔だな」
ふふっと情けなさそうに彼が笑い、それで少し心がほぐれた。
「望、望ー、どこにいるのー!?」
子供の足だ、まだ遠くに行っていないはず。
探しながら家族に電話をかける。
バイト中の健太以外は連絡がついて、すぐに帰ってきてくれるという。
「望ー、望ってば!」
ギャン泣きする美妃を連れて、必死に望を探し回った。
頭の中をぐるぐると、つい一週間前のニュースが回る。
母親が目を離した隙に家を抜け出したその子はそのあと、車に跳ねられて亡くなった。
望が事故にでも遭ったら?
それで、死んでしまったら?
最悪の考えが頭をよぎり、身体が震えた。
しかし、いくら探し回ったところでいない。
「望、どこ……?」
美妃は泣き疲れたのかうとうとしている。
かなり時間が経ったし、もしかしたら家に帰ってきているかも。
そうだ、今帰ってきても誰もないのだ。
慌てて戻ろうとしたところで、道向こうに望がいた気がした。
「望!」
急いでそこへ向かおうとした、が。
「清子!」
後ろから誰かが腕をかけ、私を止める。
その瞬間、けたたましくクラクションを鳴らし、美妃のほんの少し先をトラックが通り過ぎていった。
「莫迦が!
死ぬ気か!」
「……だって……のぞみ……」
もしかして私、美妃ごとトラックに轢かれるところだった?
気づくと、恐怖が身体を支配していく。
「落ち着けって言っただろうが!」
「……でも……のぞみが……」
私を止めた男の人――彪夏さんは、辺りに響き渡る声で私を怒鳴りつけた。
「清子が死んだら俺は、生きていけない……」
ぎゅっと私を抱き締めたその人の手は、心細そうに震えている。
泣いているのは美妃?
それとも私?
それとも――彪夏さん?
「帰ろう」
私の手を引き、彼が歩きだす。
「でも、さっき、望が」
「望ならもう、家に帰ってる。
巧も俺も何度も電話したが、清子、出ないから」
困ったように彼が笑う。
そういえば、携帯が鳴っていた気がする。
けれど私はそれに気を止められないほど、パニックになっていた。
「……ごめんなさい」
片手で美妃をあやし、俯いて歩く。
「まあ、仕方ない。
望がいなくなったんならな。
でも、死ぬような真似だけはやめてくれ」
「……ごめんなさい」
私のせいで望はいなくなり、彪夏さんが止めてくれなければ美妃と一緒に死ぬところだった。
情けなさすぎて彪夏さんとも家族ともあわせる顔がない。
「俺はな」
ちょうど見えてきた公園に、彪夏さんは私を連れていった。
私をベンチに座らせ、目の前にしゃがんで視線をあわせる。
「望には悪いけど、清子が見つからなくて焦った」
レンズの向こうからじっと彼は私を見ている。
黙ってその目を見返した。
「もし、清子になにかあったら?
望と違い、大人なんだから大丈夫だってわかっていても、冷静でいられなかった。
清子があんな様子だっただけに」
さっきから彪夏さんがなにを言いたいのかわからない。
それに電話での彪夏さんは、どこまでも冷静だった。
「トラックが来ているのに道に飛び出そうとしている清子を見つけたときには、肝が冷えたよ。
無我夢中で走っていた。
間に合って、よかった……」
思い出しているのか、まるで涙を堪えるかのように彼の身体が小さく震えた。
「……すみません、でした」
「俺は清子が死んだら、生きていけない」
彼の両手が、私の両手をぎゅっと握る。
「それって、どういう意味ですか」
「言葉どおりの意味。
俺にとって清子は、命より大事な存在なんだ。
俺を好きになってくれなくてもいい。
ただ、清子が幸せなら、俺は幸せなんだ」
彪夏さんの顔が近づいてくる。
しかし、途中で止まった。
「……美妃が邪魔だな」
ふふっと情けなさそうに彼が笑い、それで少し心がほぐれた。
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