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最終章 心に決めた人
10-7
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夕食は食べていけと言われたけれど、断った。
アパートまで彪夏さんが、送ってくれる。
「着いたぞ?」
車が止まっても私に降りる気配がないから、怪訝そうに彪夏さんは私に声をかけた。
「その。
……寄って、行きませんか」
俯いたまま、彼の袖を引っ張る。
彪夏さんとの関係に悩み、仕事も手に着いていない。
プライベートでももう少しで取り返しのつかない失敗をするところだった。
きちんと彼と、今後について話しあうべきだ。
「……わかった」
何事か感じ取ったのか、彼は頷いてくれた。
敷きっぱなしだった布団を雑に畳んで隅に追いやり、お茶を出す。
向かいあって座ったまではいいが、どう切り出していいのかわからない。
彪夏さんも私が話すまで待つ気らしく、なにも言わなかった。
微妙な沈黙が部屋を支配する。
目の前でお茶が、少しずつ冷めていった。
しかし、ずっとこのままでいるわけにはいかない。
「……私は」
ようやく私が口を開いたときには、もうお茶から湯気は上がっていなかった。
「彪夏さんが好き、……です」
怖くて顔は上げられない。
……なのに。
「はぁっ」
呆れるようにため息が落ちてきて、びくりと大きく身体が震える。
「彪夏さんに心に決めた人がいるのはわかっています。
彪夏さんが私を好きになってくれなくたってかまいません。
ただ、私の気持ちを知ってもらえたら……!」
勢いよく顔を上げ、今の気持ちを一気に捲したてた。
しかし彼がさらに、はぁっと短くため息をつき、泣きたくなる。
「清子は莫迦だ」
「莫迦……ですか」
「そうだ。
俺の気持ちを知らず、こんなに必死な清子は莫迦だ」
それはいつか言われたのと、ほぼ同じ言葉だった。
自分でも、滑稽だってわかっている。
なのに、こんなこと言わなくたって。
「俺はずっと前から、清子が好きだよ」
「……え?」
俯きかけていた顔が上がる。
「俺の心に決めた人とは、清子のことだ」
「嘘……」
「嘘じゃない」
眼鏡の奥で目尻を下げ、愛しむように彪夏さんは私を見ている。
その顔に一気に顔が熱くなっていった。
「ずっと清子が好きだった。
でも清子はなにをやっても俺の気持ちに気づいてくれないし。
婚約してなし崩しに結婚に持ち込んでしまえばいい、……とか考えていたと言ったら、怒るか?」
自信なさそうに彼が私をうかがう。
まさか、そんな考えで婚約を言いだしたなんて思わない。
「怒りません……けど。
でも、こんな面倒くさい家庭環境で、嫌にならなかったんですか」
「いや?
素敵な家族で、こんな人たちと家族になれるんだと思ったら、嬉しかったな」
それは本心らしく、嬉しそうに彪夏さんが笑う。
「俺は最初から清子を愛している。
だから俺の気持ちを知らず、清子は無駄な努力をしていたんだ。
でもそうやって家族を思い、必死な清子がさらに愛おしくなった」
私は彼が、私を好きになることはないとばかり思い込み、ずっと空回りしていた。
最初から素直に私が気持ちを伝えていたら、こんなすれ違いはなかったんだろうか。
「清子に好きだと言ってもらえて、これ以上の喜びはない。
……でも」
言葉を切った彼が、テーブルの上に手をついてこちらに身を乗りだしてくる。
「こんなに言ってもわからないほど、清子はどうしようもなく鈍いからな。
この身体にわからせる」
ちゅっと軽く口付けしたあと、ニヤリと右の口端を上げて指先で私の胸を突いた彼を、怯えてみていた。
畳んであった布団を乱雑に広げ、彪夏さんが私を押し倒す。
なにをするか問うより先に、唇を奪われる。
すぐにぬるりと彼が入ってきて、呼吸すらも奪う荒々しいキスに頭がくらくらした。
「もう、遠慮しないからな」
もどかしそうに彼がシャツを脱ぎ去る。
そのまま――。
「あっ、ああー……」
「バカ、大きな声出すな。
清子の可愛い声を隣に聞かれるだろ」
手で口を塞がれ、こくこくと頷く。
この薄いアパートの壁では、お隣に筒抜けだ。
「ん、んんっ、ああっ」
しかし、いくら我慢しようと唇を固く引き結んでも、彪夏さんの責めは激しくて声が漏れてしまう。
「ひゅう、が、さん」
声を抑えるなんて無理。
懇願するように涙目で見上げると、彼は唇を重ねてくれた。
これで声は抑えられたものの、今度は身体の熱を上げていく。
耐えられなくなって腕を伸ばし、きつく彼に抱きついた。
「ん、んんーっ!」
私が絶頂を迎えると同時に、彼も絶頂を迎える。
「清子」
閉じていた瞼を開けたら、うっとりと私を見ている彪夏さんと目があった。
「愛してる」
ちゅっと軽く唇が触れるだけで、幸せなのはなんでだろう?
「私も、愛してます」
笑って、彼に答える。
心地いい疲れが身体を支配し、このまま眠ってしまいたいと思ったんだけれど……。
「まさか、これで終わりだとか思ってないよな?」
「え?」
右の口端をつり上げて彪夏さんが笑う。
散々彼に求められ、結局眠りについた頃にはもう、夜が明けはじめていた。
アパートまで彪夏さんが、送ってくれる。
「着いたぞ?」
車が止まっても私に降りる気配がないから、怪訝そうに彪夏さんは私に声をかけた。
「その。
……寄って、行きませんか」
俯いたまま、彼の袖を引っ張る。
彪夏さんとの関係に悩み、仕事も手に着いていない。
プライベートでももう少しで取り返しのつかない失敗をするところだった。
きちんと彼と、今後について話しあうべきだ。
「……わかった」
何事か感じ取ったのか、彼は頷いてくれた。
敷きっぱなしだった布団を雑に畳んで隅に追いやり、お茶を出す。
向かいあって座ったまではいいが、どう切り出していいのかわからない。
彪夏さんも私が話すまで待つ気らしく、なにも言わなかった。
微妙な沈黙が部屋を支配する。
目の前でお茶が、少しずつ冷めていった。
しかし、ずっとこのままでいるわけにはいかない。
「……私は」
ようやく私が口を開いたときには、もうお茶から湯気は上がっていなかった。
「彪夏さんが好き、……です」
怖くて顔は上げられない。
……なのに。
「はぁっ」
呆れるようにため息が落ちてきて、びくりと大きく身体が震える。
「彪夏さんに心に決めた人がいるのはわかっています。
彪夏さんが私を好きになってくれなくたってかまいません。
ただ、私の気持ちを知ってもらえたら……!」
勢いよく顔を上げ、今の気持ちを一気に捲したてた。
しかし彼がさらに、はぁっと短くため息をつき、泣きたくなる。
「清子は莫迦だ」
「莫迦……ですか」
「そうだ。
俺の気持ちを知らず、こんなに必死な清子は莫迦だ」
それはいつか言われたのと、ほぼ同じ言葉だった。
自分でも、滑稽だってわかっている。
なのに、こんなこと言わなくたって。
「俺はずっと前から、清子が好きだよ」
「……え?」
俯きかけていた顔が上がる。
「俺の心に決めた人とは、清子のことだ」
「嘘……」
「嘘じゃない」
眼鏡の奥で目尻を下げ、愛しむように彪夏さんは私を見ている。
その顔に一気に顔が熱くなっていった。
「ずっと清子が好きだった。
でも清子はなにをやっても俺の気持ちに気づいてくれないし。
婚約してなし崩しに結婚に持ち込んでしまえばいい、……とか考えていたと言ったら、怒るか?」
自信なさそうに彼が私をうかがう。
まさか、そんな考えで婚約を言いだしたなんて思わない。
「怒りません……けど。
でも、こんな面倒くさい家庭環境で、嫌にならなかったんですか」
「いや?
素敵な家族で、こんな人たちと家族になれるんだと思ったら、嬉しかったな」
それは本心らしく、嬉しそうに彪夏さんが笑う。
「俺は最初から清子を愛している。
だから俺の気持ちを知らず、清子は無駄な努力をしていたんだ。
でもそうやって家族を思い、必死な清子がさらに愛おしくなった」
私は彼が、私を好きになることはないとばかり思い込み、ずっと空回りしていた。
最初から素直に私が気持ちを伝えていたら、こんなすれ違いはなかったんだろうか。
「清子に好きだと言ってもらえて、これ以上の喜びはない。
……でも」
言葉を切った彼が、テーブルの上に手をついてこちらに身を乗りだしてくる。
「こんなに言ってもわからないほど、清子はどうしようもなく鈍いからな。
この身体にわからせる」
ちゅっと軽く口付けしたあと、ニヤリと右の口端を上げて指先で私の胸を突いた彼を、怯えてみていた。
畳んであった布団を乱雑に広げ、彪夏さんが私を押し倒す。
なにをするか問うより先に、唇を奪われる。
すぐにぬるりと彼が入ってきて、呼吸すらも奪う荒々しいキスに頭がくらくらした。
「もう、遠慮しないからな」
もどかしそうに彼がシャツを脱ぎ去る。
そのまま――。
「あっ、ああー……」
「バカ、大きな声出すな。
清子の可愛い声を隣に聞かれるだろ」
手で口を塞がれ、こくこくと頷く。
この薄いアパートの壁では、お隣に筒抜けだ。
「ん、んんっ、ああっ」
しかし、いくら我慢しようと唇を固く引き結んでも、彪夏さんの責めは激しくて声が漏れてしまう。
「ひゅう、が、さん」
声を抑えるなんて無理。
懇願するように涙目で見上げると、彼は唇を重ねてくれた。
これで声は抑えられたものの、今度は身体の熱を上げていく。
耐えられなくなって腕を伸ばし、きつく彼に抱きついた。
「ん、んんーっ!」
私が絶頂を迎えると同時に、彼も絶頂を迎える。
「清子」
閉じていた瞼を開けたら、うっとりと私を見ている彪夏さんと目があった。
「愛してる」
ちゅっと軽く唇が触れるだけで、幸せなのはなんでだろう?
「私も、愛してます」
笑って、彼に答える。
心地いい疲れが身体を支配し、このまま眠ってしまいたいと思ったんだけれど……。
「まさか、これで終わりだとか思ってないよな?」
「え?」
右の口端をつり上げて彪夏さんが笑う。
散々彼に求められ、結局眠りについた頃にはもう、夜が明けはじめていた。
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