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最終章 心に決めた人
10-8
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「清子。
先方の奥様への出産祝い……」
「もう手配済みです」
彪夏さんが言い終わらないうちに返事をする。
長い足で社内を歩く彼を、後ろから追いかけた。
「ちなみに、なんにしたんだ?」
「親子で使えるマッサージオイルとスキンケア用品、あとはスタイですね」
「上出来」
社長室に戻ってきてふたりきりになった途端、振り返った彪夏さんはキスしてきた。
「……仕事中はキス禁止ですが?」
私の声は冷たかったが、仕方ない。
「可愛い清子が隣にいるのに、キスするなっていうほうが無理だろ?
ここまで我慢してたんだから、許せ」
懲りないのか彪夏さんは笑っている。
彼はちょっとでも嬉しいと、すぐに私にキスしたがった。
さすがに仕事中は困ると禁止にしたのに、これだ。
「もー、諦めましたけどね……」
それでもふたりきりのときだけ、しかも軽く唇を重ねるだけで済ませているので、まあいいかとか思っている私は甘いんだろうか。
あのあと。
私は御子神社長付秘書に復帰した。
彪夏さんと心を通じ合わせて悩みがなくなり、仕事に打ち込めるようになったのもある。
それに。
「台湾のホテルの資料、集めました。
今度フェアをする、抽選会のマスコミ発表も手配済みです」
「やる気満々だな、清子」
私の報告を聞き、面白そうに彪夏さんがニヤリと笑う。
「当然です」
私は、私を支えてくれる彪夏さんを、公私ともに支えたいのだ。
仕事が終わり、私が帰るのは彪夏さんのレジデンスだ。
あのあと、すぐに引っ越した。
家族もこの週末に、引っ越す予定になっている。
「そういや父上、またいなくなったんだってな」
入浴を済ませ、まったりリビングで過ごしながら彪夏さんが聞いてきた。
「そーなんですよ」
ふたりで並んでソファーに座り、ほてりを抑えるようにスパークリングウォーターを飲んでいるだけだが、この時間が一日で一番、好きだったりする。
「突然、『アイスが食べたい!
コンビニ行ってくる!』って出ていって、それっきり」
呆れてしまうというかなんというか。
まあ、それが父らしいところでもあるから、仕方ない。
……と、諦められるくらいにはなった。
「そうか、本当に困った父上だ」
彪夏さんも私と一緒に笑っている。
もう、それしかできないのだ。
週末、実家へ行って荷物を運び出す。
といっても、家具家電はほとんど彪夏さんが新しく揃えてくれたので、持っていくものはさほどない。
「今度はオレの部屋がもらえるんだよな!」
「そーだよー」
真は自分の部屋がもらえるのが嬉しいのか、大興奮だ。
いつもお世話になっている画商の人も来たので、今回、父が残していった絵を整理する。
「全部売るのか?」
「そーですね……」
今まではこれが貴重な生活費だったが、これからは彪夏さんが面倒を見てくれるので残してもいいかな……?
「欲しいのがあったらあげますよ」
「マジか」
彪夏さんは驚いているが、別に、ねぇ。
それに、これからお世話になるお礼としても悪くない。
画商の人と一緒になって彪夏さんも絵を選んでいる。
それにしても、この絵のどこがいいんだろう?
私にはちっとも、父の絵のよさがわからない。
「清子、これ」
呼ばれて、広げられていた絵を見る。
ひときわ大きなそれには父にしては珍しく、人物が描いてあった。
「ねえ。
みんな、これ見て」
私の声で家族全員が寄ってくる。
「これって……」
家族全員、戸惑いを隠せない。
その絵は結婚式の風景で、花嫁と花婿を中心に五人の男性と三人の女性が描かれていた。
「たぶん清ねぇと俺たち、だよな?」
「にしては、女の人がひとり、多くない?」
花嫁と花婿を取り囲み、祝福している男女の大小は、ちょうど家族と一致する。
しかし、大人と思われる女性が花嫁以外にふたりいるのだ。
「もしかして清子の、実の母上じゃないか?」
「あ……」
彪夏さんに指摘されて気づいた。
この女性が着ているピンクのワンピースはきっと、唯一父が買ってくれた服で、母が気に入ってよく着ていたものだ。
「そっか……」
温かいものが胸を満たしていく。
父の中では母も、まだ立派な家族なんだ。
「それにしてもお父さん、こんな絵、描いてたんだ」
私の記憶では、父が家族の絵を描いたのはこれが初めてだ。
どういう心境の変化なんだろう?
もしかして彪夏さんの言葉が、少しは父の心に届いたのかな……。
「この絵は売れないな」
「そうですね」
笑って、彪夏さんを見上げる。
絵の中で私も彪夏さんも、家族もみんな笑っている。
しかも、ちゃんと父がいて亡くなった母もいる。
こんな素敵な絵、売れるわけがない。
「大事にしないとな」
「はい」
あんな父だが、私たちを思い、結婚を祝福してくれている。
父に対してのわだかまりが、完全になくなった気がした。
先方の奥様への出産祝い……」
「もう手配済みです」
彪夏さんが言い終わらないうちに返事をする。
長い足で社内を歩く彼を、後ろから追いかけた。
「ちなみに、なんにしたんだ?」
「親子で使えるマッサージオイルとスキンケア用品、あとはスタイですね」
「上出来」
社長室に戻ってきてふたりきりになった途端、振り返った彪夏さんはキスしてきた。
「……仕事中はキス禁止ですが?」
私の声は冷たかったが、仕方ない。
「可愛い清子が隣にいるのに、キスするなっていうほうが無理だろ?
ここまで我慢してたんだから、許せ」
懲りないのか彪夏さんは笑っている。
彼はちょっとでも嬉しいと、すぐに私にキスしたがった。
さすがに仕事中は困ると禁止にしたのに、これだ。
「もー、諦めましたけどね……」
それでもふたりきりのときだけ、しかも軽く唇を重ねるだけで済ませているので、まあいいかとか思っている私は甘いんだろうか。
あのあと。
私は御子神社長付秘書に復帰した。
彪夏さんと心を通じ合わせて悩みがなくなり、仕事に打ち込めるようになったのもある。
それに。
「台湾のホテルの資料、集めました。
今度フェアをする、抽選会のマスコミ発表も手配済みです」
「やる気満々だな、清子」
私の報告を聞き、面白そうに彪夏さんがニヤリと笑う。
「当然です」
私は、私を支えてくれる彪夏さんを、公私ともに支えたいのだ。
仕事が終わり、私が帰るのは彪夏さんのレジデンスだ。
あのあと、すぐに引っ越した。
家族もこの週末に、引っ越す予定になっている。
「そういや父上、またいなくなったんだってな」
入浴を済ませ、まったりリビングで過ごしながら彪夏さんが聞いてきた。
「そーなんですよ」
ふたりで並んでソファーに座り、ほてりを抑えるようにスパークリングウォーターを飲んでいるだけだが、この時間が一日で一番、好きだったりする。
「突然、『アイスが食べたい!
コンビニ行ってくる!』って出ていって、それっきり」
呆れてしまうというかなんというか。
まあ、それが父らしいところでもあるから、仕方ない。
……と、諦められるくらいにはなった。
「そうか、本当に困った父上だ」
彪夏さんも私と一緒に笑っている。
もう、それしかできないのだ。
週末、実家へ行って荷物を運び出す。
といっても、家具家電はほとんど彪夏さんが新しく揃えてくれたので、持っていくものはさほどない。
「今度はオレの部屋がもらえるんだよな!」
「そーだよー」
真は自分の部屋がもらえるのが嬉しいのか、大興奮だ。
いつもお世話になっている画商の人も来たので、今回、父が残していった絵を整理する。
「全部売るのか?」
「そーですね……」
今まではこれが貴重な生活費だったが、これからは彪夏さんが面倒を見てくれるので残してもいいかな……?
「欲しいのがあったらあげますよ」
「マジか」
彪夏さんは驚いているが、別に、ねぇ。
それに、これからお世話になるお礼としても悪くない。
画商の人と一緒になって彪夏さんも絵を選んでいる。
それにしても、この絵のどこがいいんだろう?
私にはちっとも、父の絵のよさがわからない。
「清子、これ」
呼ばれて、広げられていた絵を見る。
ひときわ大きなそれには父にしては珍しく、人物が描いてあった。
「ねえ。
みんな、これ見て」
私の声で家族全員が寄ってくる。
「これって……」
家族全員、戸惑いを隠せない。
その絵は結婚式の風景で、花嫁と花婿を中心に五人の男性と三人の女性が描かれていた。
「たぶん清ねぇと俺たち、だよな?」
「にしては、女の人がひとり、多くない?」
花嫁と花婿を取り囲み、祝福している男女の大小は、ちょうど家族と一致する。
しかし、大人と思われる女性が花嫁以外にふたりいるのだ。
「もしかして清子の、実の母上じゃないか?」
「あ……」
彪夏さんに指摘されて気づいた。
この女性が着ているピンクのワンピースはきっと、唯一父が買ってくれた服で、母が気に入ってよく着ていたものだ。
「そっか……」
温かいものが胸を満たしていく。
父の中では母も、まだ立派な家族なんだ。
「それにしてもお父さん、こんな絵、描いてたんだ」
私の記憶では、父が家族の絵を描いたのはこれが初めてだ。
どういう心境の変化なんだろう?
もしかして彪夏さんの言葉が、少しは父の心に届いたのかな……。
「この絵は売れないな」
「そうですね」
笑って、彪夏さんを見上げる。
絵の中で私も彪夏さんも、家族もみんな笑っている。
しかも、ちゃんと父がいて亡くなった母もいる。
こんな素敵な絵、売れるわけがない。
「大事にしないとな」
「はい」
あんな父だが、私たちを思い、結婚を祝福してくれている。
父に対してのわだかまりが、完全になくなった気がした。
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