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第一章 憧れのお兄ちゃんとの再会
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その日は、兄の結婚式だった。
遠く福岡の地なもんで、昨日は終業とともに勤めている銀行を飛び出し、最終の飛行機に飛び乗って大変だった。
朝一でも間に合ったが、準備とかもあるし仕方ない。
「馬子にも衣装だね」
「ぬかせ」
私の軽口に兄がにやりと笑う。
十も年上の、今年三十六になった兄の結婚相手は、六つ年下の元部下だ。
クリエイティブな活動をしている彼女が仕事を辞めて地元糸島にアトリエをかまえることを決め、兄はそれに着いていった形となる。
それなりの会社の、それなりの地位を捨てて愛する人を選んだ兄を私は尊敬していた。
……私もそんな、恋がしてみたい。
しかし、相手もいない私には夢もまた夢だ。
「篤弘」
義姉さんを幸せにしろなどいまさらな話を兄としていたところに声をかけられ、そちらを見る。
そこには精悍という言葉がぴったりな男性が立っていた。
「おお、猪狩。
わるいな、わざわざ福岡まで」
懐かしそうにふたりは肩を叩きあっているが、え、今、猪狩って言った?
改めて彼を見る。
短髪、面長な顔の上には黒メタルのハーフリム眼鏡がのっていた。
その奥の少し細い目は、今は嬉しそうに目尻が下がっている。
今はって、……ああ、そうだ。
彼の目は意志が強そうにつり上がっているのだ。
記憶の中の彼の姿が、ようやく今の彼と重なった。
「猪狩お兄ちゃん?」
「誰かと思ったらひなちゃんか!
綺麗になったな!」
細い目をますます細めて彼が私を眩しそうに見る。
猪狩お兄ちゃん――岡藤猪狩さんは昔、私の家の隣に住んでいて、同じ年なのもあって兄の親友だった。
そして、私の憧れのお兄ちゃんでもある。
「えっ、おひさしぶりです!
今、どうしてるんですか?」
猪狩さんが大学進学を機に家を出て、それからご両親も田舎暮らしで第二の人生を送るとかで引っ越してしまい、今は彼と疎遠になっていた。
「今コイツ、け……」
「んっ、んんっ」
兄がなにか言いかけたところで打ち消すように猪狩さんは咳払いをした。
「あー……」
「公務員だよ、ひなちゃん」
気まずそうな顔をした兄がなにか言うより早く、彼がにっこりと笑って現在のお仕事を教えてくれる。
誤魔化された気がするし、公務員といってもいろいろなので気になるところだが、その笑顔はこれ以上なにも聞くなと押しが強くてスルーしようと決めた。
「ひなちゃんは今、どうしてるの?」
「あ、銀行員してます」
私の職業は隠す必要がないので正直に答える。
「どこの?」
「えっと……」
勤め先の支店まで教えると猪狩さんは少し驚いた顔をした。
「そこ、うちの近くだ」
「え、ほんとですか!?」
まさか、そんな近くに憧れのお兄ちゃんが住んでいるなんて思いもしなかった。
もしかして今まで、すれ違ったりしていたんだろうか。
「そっかー、あそこにひなちゃん、勤めてるんだ。
じゃあ、口座作って給料の振り込みもそこにしようかな」
いたずらっぽく彼が、片目をつぶってみせる。
もうアラフォーだというのに相変わらず格好よくて、頬がほのかに熱くなった。
「いいですよ、そんな」
「んー、ひなちゃんが俺の金、管理してくれてるんだと思うと安心だしさ」
社交辞令だとは思うが、そう言ってくれるのが嬉しかった。
お式の時間が近づき、連絡先を交換して猪狩さんと別れる。
いくら兄の結婚式とはいえ福岡まで行くのは面倒臭いと思っていたが、彼と再会できるなんて来てよかったと考えている現金な私がいた。
兄の結婚式はとてもよいものだった。
周りから祝福されて幸せいっぱいで、そんな彼らを見ているともう塞がったと思っていた胸の傷がつきんと痛んで苦笑いしていた。
……もしかしたら今頃は、私もああだったかもしれないのに。
考えても仕方のないことを考えてしまう。
少し前、私は付き合っていた上司と別れた。
本店の部長の、娘さんとの結婚が決まったそうだ。
ええ、彼にとって私は、ただの遊びだったらしい。
さらに。
『オマエ、正論かましてヤりたいときにヤらせてくれないし』
……とまで言われた。
そりゃ、疲れているときや体調が悪いときに求められて断りましたが、それは私が悪いのか?
彼はどうも従順に自分に従ってくれる女が欲しかったようだが、それで私を選ぶ時点で間違っている。
たぶん彼は、私の見た目しか見ていなかったのだろう。
大多数の人が私の見た目の印象として、大人気着せ替え人形を思い浮かべる。
少し色素の薄い長い髪、つぶらな目に赤くて小さな唇。
まさしく、あの人形そのものだ。
この容姿のおかげで言い寄る男は数多くいるが、なぜか別れた上司のようにまともな人間がいないのが悩みだった。
遠く福岡の地なもんで、昨日は終業とともに勤めている銀行を飛び出し、最終の飛行機に飛び乗って大変だった。
朝一でも間に合ったが、準備とかもあるし仕方ない。
「馬子にも衣装だね」
「ぬかせ」
私の軽口に兄がにやりと笑う。
十も年上の、今年三十六になった兄の結婚相手は、六つ年下の元部下だ。
クリエイティブな活動をしている彼女が仕事を辞めて地元糸島にアトリエをかまえることを決め、兄はそれに着いていった形となる。
それなりの会社の、それなりの地位を捨てて愛する人を選んだ兄を私は尊敬していた。
……私もそんな、恋がしてみたい。
しかし、相手もいない私には夢もまた夢だ。
「篤弘」
義姉さんを幸せにしろなどいまさらな話を兄としていたところに声をかけられ、そちらを見る。
そこには精悍という言葉がぴったりな男性が立っていた。
「おお、猪狩。
わるいな、わざわざ福岡まで」
懐かしそうにふたりは肩を叩きあっているが、え、今、猪狩って言った?
改めて彼を見る。
短髪、面長な顔の上には黒メタルのハーフリム眼鏡がのっていた。
その奥の少し細い目は、今は嬉しそうに目尻が下がっている。
今はって、……ああ、そうだ。
彼の目は意志が強そうにつり上がっているのだ。
記憶の中の彼の姿が、ようやく今の彼と重なった。
「猪狩お兄ちゃん?」
「誰かと思ったらひなちゃんか!
綺麗になったな!」
細い目をますます細めて彼が私を眩しそうに見る。
猪狩お兄ちゃん――岡藤猪狩さんは昔、私の家の隣に住んでいて、同じ年なのもあって兄の親友だった。
そして、私の憧れのお兄ちゃんでもある。
「えっ、おひさしぶりです!
今、どうしてるんですか?」
猪狩さんが大学進学を機に家を出て、それからご両親も田舎暮らしで第二の人生を送るとかで引っ越してしまい、今は彼と疎遠になっていた。
「今コイツ、け……」
「んっ、んんっ」
兄がなにか言いかけたところで打ち消すように猪狩さんは咳払いをした。
「あー……」
「公務員だよ、ひなちゃん」
気まずそうな顔をした兄がなにか言うより早く、彼がにっこりと笑って現在のお仕事を教えてくれる。
誤魔化された気がするし、公務員といってもいろいろなので気になるところだが、その笑顔はこれ以上なにも聞くなと押しが強くてスルーしようと決めた。
「ひなちゃんは今、どうしてるの?」
「あ、銀行員してます」
私の職業は隠す必要がないので正直に答える。
「どこの?」
「えっと……」
勤め先の支店まで教えると猪狩さんは少し驚いた顔をした。
「そこ、うちの近くだ」
「え、ほんとですか!?」
まさか、そんな近くに憧れのお兄ちゃんが住んでいるなんて思いもしなかった。
もしかして今まで、すれ違ったりしていたんだろうか。
「そっかー、あそこにひなちゃん、勤めてるんだ。
じゃあ、口座作って給料の振り込みもそこにしようかな」
いたずらっぽく彼が、片目をつぶってみせる。
もうアラフォーだというのに相変わらず格好よくて、頬がほのかに熱くなった。
「いいですよ、そんな」
「んー、ひなちゃんが俺の金、管理してくれてるんだと思うと安心だしさ」
社交辞令だとは思うが、そう言ってくれるのが嬉しかった。
お式の時間が近づき、連絡先を交換して猪狩さんと別れる。
いくら兄の結婚式とはいえ福岡まで行くのは面倒臭いと思っていたが、彼と再会できるなんて来てよかったと考えている現金な私がいた。
兄の結婚式はとてもよいものだった。
周りから祝福されて幸せいっぱいで、そんな彼らを見ているともう塞がったと思っていた胸の傷がつきんと痛んで苦笑いしていた。
……もしかしたら今頃は、私もああだったかもしれないのに。
考えても仕方のないことを考えてしまう。
少し前、私は付き合っていた上司と別れた。
本店の部長の、娘さんとの結婚が決まったそうだ。
ええ、彼にとって私は、ただの遊びだったらしい。
さらに。
『オマエ、正論かましてヤりたいときにヤらせてくれないし』
……とまで言われた。
そりゃ、疲れているときや体調が悪いときに求められて断りましたが、それは私が悪いのか?
彼はどうも従順に自分に従ってくれる女が欲しかったようだが、それで私を選ぶ時点で間違っている。
たぶん彼は、私の見た目しか見ていなかったのだろう。
大多数の人が私の見た目の印象として、大人気着せ替え人形を思い浮かべる。
少し色素の薄い長い髪、つぶらな目に赤くて小さな唇。
まさしく、あの人形そのものだ。
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