鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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最終章 そのときは

6-2

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その日、私は指定された警察署内にある道場に来ていた。
もちろん、猪狩さんも一緒だ。

「絶対、目にもの見せてやる!」

「よしっ、頑張れ!」

鼓舞するように猪狩さんが私の背中をバンバン叩く。
私は今日、――安高を投げ飛ばす。

あれから安高を名誉毀損で、民事で訴えた。
依頼に行った弁護士は私があの銀行立てこもり事件の被害者だと知っており、がっつり慰謝料請求してやりましょうと言ってくれたが、そうじゃないのだ。
私の目的は和解に持ち込み、安高を投げ飛ばすこと。
それを聞いて弁護士は目をまん丸くしたあと、凄い勢いで笑いだした。

『いいですね、それ!』
だいたい、借金まみれの安高に慰謝料を払う能力などない。
それよりもいまだに自分の罪を認めない彼に一泡吹かせてやりたかった。
頼んでおきながら本当にできるのか不安だったが、いろいろ策を弄しないといけないが、やれないことはないと弁護士は約束してくれた。

こうして係争の結果、こちらが和解案で出した投げ飛ばさせてくれれば許すというのに安高は乗ってきた。
きっと私が自分を投げ飛ばすなど無理だと思っているんだろうが、そうはいくか。

それからは猪狩さんの厳しい特訓を受けた。
自分はまだ怪我に響くからと頼みを聞いてくれた部下さんが相手をしてくれたが、本当に猪狩さんの指導は鬼だった。

「遅い、やり直し!」

「はい!」

「位置が違う、やり直し!」

「はい!」

ちょっとでもできないと厳しい叱責が飛ぶ。
そしてできるまで延々やらされる。
部下さんも彼女さん相手なんだからもう少し優しくすれば……と引くほどで、鬼隊長の由縁を見た。

しかしその甲斐もあって、配属されて日の浅い部下さんなら投げ飛ばせるようになった。
といっても私が繰り出せる技は、教えてくれたひとつだけだけれど。

そうして今日を迎えたというわけだ。

私がウォーミングアップをしているうちに、付き添いの人とともに安高がやってきた。
今は保釈されて実家にいるらしいが、保釈させるために親がかなりのお金を積んだという。
この親にしてこの息子ありだなと、さらに軽蔑した。

安高は私を見て、にやにやと馬鹿にするように笑っている。
せいぜい、今は余裕ぶっていればいい。
すぐに吠え面かかせてやる。

「では、はじめっ!」

時間になり、安高と向きあう。

「言ってなかったけどオレ、昔、柔道やってたんだよね」

だからなんだというんだろう?
こっちは話を聞いて面白がった現役機動隊員とだって特訓したんだ。
舐めるなっ!

「ほらこい、こいよ」

手をくいっ、くいっと動かし、ヤツは挑発してきた。
しかしそんなものには乗らず、冷静にタイミングを計る。

「こないのか?
もしかして怖じ気づいたとか?」

にやりと笑ったヤツが気を抜いた瞬間を見逃さずに襟を取る。

「お?」

油断していたせいでヤツの身体がよろめき、すかさず足を引っかけて勢いよく倒す。
すぐに道場内にドーン!と大きな音が響いた。

「よしっ!」

猪狩さんの喜ぶ声が聞こえる。
しかしこれで終わりではなく、わけがわからず畳の上に倒れたままのヤツの首に腕をかけ、さらに絞め技に入った。

「うっ、やめろっ!」

私の腕を振りほどこうとヤツが爪を立ててくるが、かまわずに力を入れて締め続ける。

「今までどれだけ私が、あなたに迷惑をかけられたと思ってるんですか!」

「ひっ!
悪かった、許してくれ!」

ヤツの顔が真っ赤になり、泣きが入ったところでようやく緩めてやった。

「げほっ、げほっげほっ」

畳に這いつくばり、むせ込む安高を立ち上がって見下ろす。

「あなたはこんな小娘に投げ飛ばされる、つまらない人間なんです。
いい加減、身の程をわきまえたらいかがですか」

ジャージの襟を正し、ふん!と馬鹿にするように鼻で笑ってやる。

「す、すみませんでした……」

下に見ていた私などに倒されてプライドは木っ端微塵に砕けたのか、畳に額を擦りつけた安高の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。

シャワーを借りて身支度を調え、猪狩さんと一緒に警察署を出る。

「今までで一番、綺麗に決まってたぞ!
やったな!」

大興奮で彼は私の背中をバシバシ叩いてきた。

「猪狩さんのおかげだよ」

それに苦笑いで返しながら一緒に車に乗り、シートベルトを締める。
上手くいくかどうかは五分五分といったところだった。
けれどダメなときは俺が代わりに投げ飛ばすと猪狩さんが言ってくれたので、落ち着いてやれたというのもある。

「今からマンションの下見、行くんだよね?」

「ああ。
いい加減あのマンション、引っ越さないとひなが危険だからな」

猪狩さんが予約してある不動産屋に向かって車を出す。
結婚の話は少しずつ進めていた。
先週は猪狩さんのご両親に挨拶へいき、大歓迎された。

「素敵なところだといいなー」

猪狩さんは怪我が治り、仕事に復帰した。
私は仕事を辞めて就活中だ。
銀行の仕事に未練がないかといわれれば嘘になるが、あんな事件があってあの支店どころか同じ系列の支店にも勤めづらくなったのもある。
それにカレンダーどおりの休みの私と、シフト制の猪狩さんでは休みがあいづらいのも悩みだった。
それで今は、シフト制で休みがある程度、融通できるところを探している。

それからしばらくして私たちは周りに祝福されて幸せな結婚式を挙げた。
――そして。


「じゃ、俺はいってくるけど、ひなはくれぐれも無理、するなよ?」

「はーい、わかってるって」

慌ただしく出勤の準備をしている猪狩さんに笑って答える。
私は臨月となり、出産予定日を迎えていた。

「今日は生まれないでいてくれるといいんだけどな。
明日なら非番だから立ち会える」

私の大きなお腹を彼が、愛おしそうに撫でる。

「じゃあ、お願いしないとね」

「まだ生まれてくるなよー。
俺が帰ってくるまで待ってろよー」

真剣な彼がおかしくてつい、くすくすと笑っていた。

「いってきます」

「いってらっしゃい」

私にキスし、家を出ていく彼を笑顔で手を振って見送った。
どんなときも笑顔で送り出し、笑顔で迎える。
結婚したとき、そう決めた。

ベランダに出て下を見るとちょうど、猪狩さんが出てきたところだった。
私の視線に気づいたのか、彼がこちらを見上げる。

「怪我しないようにねー」

「おー!」

ぶんぶんと彼が手を振り、私も振り返す。
姿が見えなくなって、その方向へと手をあわせた。

「今日も何事もなく、無事に過ごせますように」

事件が起きないように祈るのは、もう日課のようになっていた。
なにか起きれば猪狩さんの出番となり、その身に危険が及ぶ可能性がある。
祈るしかできない私はもどかしいが、どんなときも彼を支え、もしそのときがきたときは取り乱さず、しっかり彼を見送ると決めたのだ。

「さてと。
洗濯して……ん?」

なんとなく今、お腹に痛みを感じた気がした。

「あー……」

これはそんな予感がある。
帰ってきたらパパになっていて猪狩さん、驚くかな?
とりあえず、母にきてほしいと連絡だ。


【終】
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