前代未聞のダンジョンメーカー

黛 ちまた

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番外編

帰郷 前編

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 食堂にやってくると、ノエルさんはカウンターに座ることが多い。今日もカウンターに腰かけたんだけど、表情が暗い。どうしたんだろう?
 ラズロさんがコーヒーの入った器を渡す。

「辛気臭い顔してどうした、振られたか?」
「それならどれほどいいか……」

 振られたいってどういうことだろう?

「え、振られたいの? なんで?」

 興味津々なのか、ラズロさんはノエルさんの横に座った。僕もちょっと気になる。

「この前、親に命じられて令嬢と顔合わせをしたんだ」
「あー……なるほどなぁ……」

 ラズロさんは分かったみたいだったけど、僕にはちんぷんかんぷんだった。

「ノエルん家に爵位をって話が上がってんだよ」

 元々別の国で貴族だったというノエルさんの家──オブディアン家は、戦争で色んなものを失ってこの国にきて、平民として暮らしてた。と聞いてたんだけど、貴族になるんだ。

「貴族は政略結婚が当たり前だからな。ただでさえ財力のあるオブディアン家が爵位をもらうってなれば多くの貴族が群がるに決まってる。しかもノエルは未来の魔法師団長候補だからな」

 分かってない僕を見てラズロさんが教えてくれた。
 村の女の人が旦那さんと喧嘩した時に、「この甲斐性なし!」って言ってるのを何回か見たことある。
 ノエルさんはお金持ちの家の出で、しかも格好いいし、魔法使いとしても優秀。甲斐性なしの反対が甲斐性ありっていうのか分からないけど、ノエルさんは間違いなくモテる人。これまでもモテていたのが、もっとモテるようになるってことなんだと思う。
 でも、ノエルさんは嬉しくなさそう。

「気が進まないんですか?」

 尋ねるとノエルさんは頷いた。

「確かにオブディアン家は貴族だったのかもしれないけど、僕は平民として生きてきたんだよ。生活そのものは豊かだから、一般的な平民とは違うって分かってるけど、貴族として生きるなんて無理」

 大きなため息を吐くノエルさん。
 僕も突然、明日から違う生き方をしなさいって言われたら、嫌だなぁ。

「そうは言ってもおまえは殿下の腹心の一人だし、王家としてはオブディアン家をこの国に留めておきたいって思いもあるだろうし、なにより飲み込んだ北の国の奴らに負けない権力ってのは好き嫌いで語れるもんじゃねぇだろうよ」
「……言われなくても分かってるよ」

 頭では分かっても、気持ちがついていかないことってあるもんね。

「ノエルさんは今は結婚したくなくても、いつか結婚したいですか?」
「そう思える人が現れたらね」
「なに、おまえ理想高いの?」

 からかうような顔をラズロさんから向けられて、ノエルさんはムッとした顔になる。
 食堂で休憩してる女の人たちがソワソワしているように見える。二人とも人気あるってリンさんが言ってたから、気になるんだろうなぁ。

「考えたこともないよ」
「嘘つけ! 初恋の相手ぐらいいんだろ!」
「なんでラズロに教えないといけないの!」
「言っても減らねえだろ!」
「減るよ! 僕の心のなにかが!」

 二人のいつものやりとりはそのままにしておこうっと。

「貴族の生活って、どんな感じなんですか?」
「それは現役貴族のクリフやトキア様に聞くのがいいんじゃねぇの?」

 騎士団長も魔法師団長のトキア様も貴族なんだよね。もしかして貴族じゃないと長になれないとかあったり? さっきラズロさんも権力がって言っていたし。

「貴族になるのが嫌なんですか? 貴族の生活が嫌?」
「……どうしたの、アシュリー、随分と追求してくるね」
「もし貴族じゃないと魔法師団長になれないんだと、ノエルさんはなれないのかなって。こんなに頑張ってるのに、貴族じゃないからなれないってなったら、なんか悲しいって思ったんです」

 ラズロさんがノエルさんを突く。

「騎士団長と魔法師団長は、本来貴族がなる。僕は元々そんなものに興味がなかったから、副師団長のままでいいって思ってたんだ。でも、北の国を併呑したからね、そうも言ってられなくなっちゃって」

 ノエルさんはため息を吐きながらコーヒーを飲む。

「で、おまえは貴族が嫌なの? 貴族の生活が嫌なの?」
「どっちも。この国では前のいざこざで腐敗した貴族たちが粛清されたとはいえ、貴族の本質っていうのはあるじゃない」
「陛下も、王太子である殿下も、そういった貴族を排除しようとしてんだろ?」
「そうだけど、力で抑えつけるのは……」

 それだとその貴族たちと同じってノエルさんは言いたいんだろうな。

『愚か者が。必要な時に使うのが力だ』

 どこからか飛んできたパフィが僕の肩にのる。

『それに力を振りかざすのは貴族だけではあるまい』
「魔女様の言うとおりだ。おまえは物事を堅っ苦しく考えすぎなんだよ。そんな貴族が嫌だってんならそうじゃない貴族になればいいだろうが」
「簡単に言うけど、そんな易しいものじゃないんだからね?」

 実際はそんな簡単なことじゃないんだろうなっていうのは、なんとなく分かる。なんでっていうことは今までもいっぱいあったし。

「ノエルさんのお家は貴族になって、ノエルさんはならないっていうのは出来ないんですか?」
「え?」

 ノエルさんとラズロさんが首をかしげる。

「騎士団長の息子さんは家出をして、多分ですけど平民として生きてるんですよね? ノエルさんもこれまでどおり平民として生きていけないんですか?」

 ノエルさんが未来の魔法師団長になってくれたらって思ったけど、ノエルさんはそれを望んでるみたいじゃないし。

「……なんか僕、駄目過ぎて埋まりたい……」

 そう言ってノエルさんはカウンターに突っ伏した。

「諦めろ、アシュリーが眩しいのは今に始まったことじゃねぇよ」

 パフィをチラッと見ると、にやりと笑ってた。

「政略だろうがなんだろうが、気にいらねぇなら結婚しなきゃいいだろ。それでも結婚しなきゃいけないってなったら、大切にしてやればいい。おまえの気持ちが分からんどうしようもない相手なら別れりゃいいんだよ。オブディアン家にとっちゃ痛手にもならねぇんだから気にすんな。繋がりが欲しいのはあちらさんで、おまえの家じゃないからな」

「…………うん」

 突っ伏したまま、ノエルさんは頷いた。






「え、招待ですか?」

 ノエルさんに家に遊びに来ないかと言われた。

「そう、父がアシュリーに礼を言いたいって言っててね」
「ノエルさんの父さんが、僕にですか?」

 少し困った顔になったノエルさんは、「この前、食堂で貴族になりたくないって愚痴ったでしょ?」と言った。

「はい」
「あれからも考えてね、僕なりの結論を父に伝えたんだよ。僕が考えを曲げると思ってなかった父から追求されて、アシュリーのお陰って答えたんだ」
「それならラズロさんじゃないですか?」
「ラズロは僕の家が嫌いだから」

 苦笑いするノエルさん。

「でも僕、言葉遣いとか、行儀とか全然知りません」
「それは伝えてあるから大丈夫。無理しなくていいよ。家が広くて料理がこってるってことぐらいだから」

 料理。貴族の料理って、どんなのだろう?
 食堂もここと、上級官用に分かれているんだし、全然違うんだろうな。
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