身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻

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身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

プロローグ〜幕開け〜

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「艦長、名取大佐が来て欲しいそうです。なんでも、私と艦長にご相談があるとか」
「分かった」

 今思えば、妙だったと思う。名取大佐は自分を良くは思っていないことは、薄々感じていたのだからもっと・・・・用心すべきだった。

「なんでしょうね?」
「さあな。なあ、杉田」
「はい?」
「妙に、静かじゃないか?」
 杉田中佐が静かに頷いた。
「はい、妙ですよね?人の気配がしません」
「ああ」
 靴音が、やたら響いていた。

 いつもと何か、違う時は用心すべきである。それは良い兆候か、悪い事への序章か・・・。

 ぐらり、と何かが動いた。
 ハッと時東義孝は頭上を見上げる、と同時に―――『杉田中佐』と叫び、動いていた。

 轟音と共に、積荷が落下した。

「――――!」
 必死に杉田中佐が叫び、海兵が駆けてくる。そこで、意識は途絶えた。よかった、無事だった。

 空を映す、蒼い海。
 海猫が鳴いていた。
 太陽が輝き、紺碧の波が煌めく。

 白い波飛沫が飛び、潮騒の音と風が砂を撫でる。
 できることなら、ずっとあの夏にいたかった。

 あの夏まで、桐島 花は幸せだった。優しい父と母がいて、花は二人に愛されていた。

「――――起きなきゃ」
 だけど、朝は来る。
 どれだけ祈っても、目は覚める。

 まだ薄暗い冬の朝。
 花は身支度を整えて、台所に向かう。
(・・・ずっと、あの海に居たかった)
 夢を見るたびに、いつもそう思う。

「おはよう」
 そこには、家族のような使用人達の姿がある。
「おはようございます、お嬢」
「おはようございます。まだ、寝ていていいんですよ」 
 
 釜戸に薪を焚べていると、一人の老婆が来る。彼女の名前は鹿江、花が生まれる前から桐島家で働いている。
 花にとっては、母であり祖母のような大切な存在だ。
「ああ、手が荒れてしまいますよ」
「大丈夫よ、体も温まるし。若い私がやった方がいいもの」
「鹿江はまだ、そこまで老いてはいません」
 二人の間に入るように、下男の太一が口を出す。
「けど鹿江さん?こないだは腰が痛いって」
「これ、太一!」
 朝早くても、台所は笑顔であふれていた。皆が、家族のように強い絆で結ばれていた。

 十年前、父・浩一郎が病没して継母の貴子は、義娘である花を遊郭に売ろうとした。
 鹿江達は必死に花を守り、使用人の子として育てると抗議して難を逃れた。
「けど、お嬢。お嬢こそが、俺達には桐島家の令嬢ですから」
「そうですよ。聡美じゃないッス」
 聡美というのは貴子の連子で、古着ばかり着ている花とは反対に美しい着物を着せられていた。
 貴子の愛情は、すべて聡美に注がれていた。

「ありがとう、みんな」
 両親がいないが、花は淋しくはなかった。

 しかし、その日はやって来た。
「ねえ、ちょっと」
 洗濯物を干し終えた花に、聡美が話しかけたのは久しぶりだった。
「何でしょうか、聡美様」
「お母様がお義姉様に、大切な話があるらしいから。一緒に来て」
 聡美が花に、穏やかに話しかける。普段は井戸水が温く感じるほどに冷たい視線と、鋭い声を喚きながら手当たり次第に物を投げつける聡美が。
(どういう風の吹き回しかしら?)
花は自分の目と耳を疑った。
(というより、今、お義姉様と呼ばれなかった?)

 十年前、初めて会った聡美は純真な、可愛い女の子だったが花は、なぜか相容れないと直感した。
 きっと、ろくなことじゃない。聡美は花の母の形見を、質屋に売り飛ばした。

「何をボーッとしてるのよ」
 苛ついた聡美が、眉を寄せる。
「あ、すみません」
 聡美の後に、花が続いた。

 そして、直感は当たった。
「あなたも、十九歳だったわね。この屋敷で使用人を続けるのも、夢のない話よね」
 珍しく、貴子が優しい。
「それでね、あなたに縁談があります」
 貴子が花の将来や、幸せを考えるなど断じてない。
「え―――私に、縁談でございますか?」
「何度も言わせないでちょうだい」
「も、申し訳ごさいません!」
 苛立ちを顕に語気を強めた継母に、花は慌てて謝罪した。継母は淑やかな口調とは裏腹に、激しい気性の持ち主である。激昂するのは一瞬で、普段ならばここでキセルの灰を落とした筒など、手元にあった物が投げつけられる。
 しかし、今日の継母は聡美と同じだった。

「急な話で驚いたかも知れないけれど、悪い話ではありませんよ。むしろ、あなたには勿体ない話です」
 貴子は詳細を説明した。
「相手は、名のある士族の御子息でご自身も、海軍の大佐と将来有望な御方よ。あちらの親戚筋の方が仲人をして、亡くなられた浩一郎さんと親交があったものだから、年頃の娘が桐島家にいたのを思い出して、連絡を下さったの」
「その娘というのは、私で合っていますか?」
 何度も聞くなと言われるのを覚悟で、花は訊ねた。貴子は淑やかに見えて激昂しやすい性格で、以前は灰皿が飛んできた。
「元々は、私に来た縁談よ」 
 花の質問に答えたのは、聡美だった。二人が並ぶと、似ているのがわかる。四〇歳と十代の違いはあれど、二人とも妖艶な美しさがある。
「その、聡美様の元に来た、縁談をどうして―――私に?」
「相応しくないからよ」
 聡美は、大胆にもそう言った。軍人の中でも大佐は、現場における最高位だ。
「お相手は、今年で四十四歳になられるそうよ。お母様より歳上だし、もういい年のオジサンでしょ。それに、亡くなったお義父様の歳が五十歳、うら若き乙女の私がむさ苦しいオジサンに嫁ぐなんて。将来有望って言っても、軍人なんていつ死ぬかわからないわ」

 相手に対しての、あまりに失礼な発言に花の顔が曇る。

「でも、花には勿体ない相手でしょ、ねえ?お母様」
「ええ、聡美にはもっと若くて、将来性のある相手と結婚させるわ。でも、こんないい話、断るなんて罰が当たるわ。それに婚約が成立すれば、結納金もすぐに頂けるという事だし」

 ああ、そういう事か。

「そういう事だから、すぐに支度して」
 結納金が目当ての、花の幸せなどさんの次の結婚だ。
「承知、いたしました。今まで、お世話になりました」
 一礼して、花は居間を出る。
 途端に、二人の笑い声がする。やっと、顔を見なくて済むと、声が外まで響く。

「何が、いけなかったのかな」
 二人と仲良くなれなかったのは、何が原因だったのか?
 花は青空を見上げた。

 一日後、花は屋敷を出た。
 使用人達が号泣しながら、見送りに出てくる。

 どうか、幸せに。

 昨晩は、使用人達が着物やら懐中時計やらを花に渡した。両親が皆に与えたのを、大事にしていたのだ。
 いつか、せめてもの嫁入り道具として、花に渡せるように。

「ありがとう、みんな」
 花は笑顔を見せた。
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