身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻

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身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

五話『義孝の趣味』

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 明るく朗らかに見えるが、千代は六十過ぎの老齢である。近頃の寿命が平均で四十五歳程度であることを考えれば、壮健な女性であろう。 
「義孝ときたら、もう年齢も年齢だからって、自分は一生結婚とら無縁だって思っていたみたいなんですよ。・・・人生も海と同じで、いい波なんていつ来るかも分からないのに」
 千代の言葉に、花は夢で見るあの海を思い出した。何度も寄せては返す波は、単調に延々と繰り返しているだけに見えた。 
 何も変わらず、時間も進んでいない。そう思ってしまうほど、同じような波が、寄せては引いてを繰り返していた。
 だから、花はずっとあの海にいたいとーーーーあのまま目覚めずにいたいと、夢から覚めるたびに思ったのだ。
 けれど、考えてみれば実際の海は、浩一郎と行った現実の海は、あの海とは違った。海の波は規則的に繰り返しているようで、不規則な律動も混じっている。
「花。海の波はね、何処かで吹いた風なんだよ」
 浩一郎がそう言っていた。風が波を立て、うねりを作る。
 一つとして、同じ波はない。

 時折、普段と明らかに違う波がやって来る。その少しだけ強い波に、幼い頃花はきゃあきゃあと、声を上げた。
 波が引いた後、小さな貝殻や小石など、それまでなかった物が転がり着ていることがあるからだ。

 ーーーー人生も、海と同じ。
 ならば、
(私にとって、今がその波が来た時なのかもしれない)
 この波が、いい波か悪い波だったのか、分かるのはまだ先のこれからだーーーーー。
「花さん。なにか困ったことがあるならば、いつでもこの義母を頼ってくださいね」

 千代はそっと両手で花の手のひらを取り、優しく握りしめた。節くれだったその手は、歳のせいか鹿江に似ていた。
 花は使用人の皆を思い出すのと同時に、ほっとする気持ちになる。

(・・きっと、心細かったのだと思う。受け入れてもらえないではないかと、追い返されてしまうのではないかと)
 花は実家を出てから時東邸に来るまで、ずっと緊張しながら、そんな風に怯え続けていたのだ。
 千代の優しさ、手のひらの温もりが、たしかに花の心に届いた。

 花は千代と一緒に夕食を用意した後、義孝の待つ居間に料理を運んだ。ちゃぶ台に料理を並べ、席に着く。
 『ちゃぶ台』はその名前の由来は諸説あるが、一説によると西洋料理店が『ちゃぶ屋』と呼ばれており、それらの店で使われている丸テーブルを和室用に脚を短くして誂えたものであるため、『ちゃぶ台』という名前になったと言われている。
 花はちゃぶ台で食事をとるのが初めてだった。
 そもそも、人とテーブルを囲む西洋式の食事をすること自体経験がない。
 霧島家では今でも、一人前の食事だけを載せた昔ながらの箱膳を使っていたし、継母も義妹も黒漆で塗られた箱膳でそれぞれ食べることをよしとしていた。
「ハイカラ、ですね・・・」
 料理を並べたちゃぶ台の上を見回し、花は緊張しながら思わず呟いた。ハイカラは、ちゃぶ台だけではない。
 料理に使っている器、箸、今し方ご飯をよそって義孝と千代に渡した茶碗なども、よくよく見れば質の良さそうな物が使われている。
 花は使われることを許されなくなって久しいが、浩一郎が存命の頃には、似たような物を使っていた為、なんとなく分かる。故に、手を滑らせるなどして落とした時のことを考えて、少し恐ろしくなった。
 思い返せば価値ある品は、これらの食器だけではない。
 この家の至る所に、華美ではないが質実剛健という言葉を思わせる花瓶や茶器などが、さり気なく飾られていた。
「焼き物の蒐集が、実は唯一の趣味でしてね」
 どこか照れたように、義孝は手にした茶器を軽く持ち上げて見せた。
 白磁に呉須、藍色の顔料で餌付けされたそれは、南方で作られている有名な焼き物だ。
 いずれも器が良いためか、盛り付けられた料理が一段と華やかになるようだった。
「寄港した先で、掘り出し物を見つけてはこうして、家に持ち帰っているのです」
「義孝さんは目利きが出来るのですね」
「あはは、それが・・価値はとんと分かりません。私は、気に入った物を選ぶだけでして、蒐集とは言っても、日常的に使うものだけで、数は蒐集家のそれに全く及びません。宝の持ち腐れになっては、せっかくの品にも悪いですからね」 
 好きで集めている物でも、むだになるなら増やさない。義孝の姿勢に、花は好感を覚えた。
 無駄遣いをしては不要な物を増やしているばかりの、貴子や聡美を、苦い思いを抱えながら身近で見てきたからだろう。
「花さんには、なにかご趣味はありますか?」
「趣味ですか?・・ええと」
 茶道や生け花、琴やピアノ。
 口にすれば喜ばれる、そんな令嬢らしい趣味が、花には一つもなかった。ない、というより、出来なかった。
 習い事はしていたが、浩一郎が病没後に貴子に辞めさせられた。ずっと、使用人として働き、女学校にも通わせてもらえず。だが、一つだけある。
「読書、でしょうか」
「ほう?どのような書を?」
「その、流行りではなく医学書など」
「医学書を読めるのなら、大したものです」
「いえ、大したものでは」 
 千代と同じで、花は尻すぼみになる。
「あらあら、お見合いみたいな会話」
 千代の言葉に、はっとなる。
 今は食事中だった。
「まあ、初対面では緊張しますよね」
 ふふ、と千代が笑った。
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