7 / 116
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
六話『食事』
しおりを挟む
「まあ、お互いに初対面なんだもの、緊張もしますよね」
二人の間にいた千代が、ふふと笑った。
「す、すみません、私」
「花さんだけでないですよ、まったく、いい歳なのに」
ごほん、と義孝が咳払いをした。彼も緊張していたらしい、誤魔化すように肩をすくめたり、緩めたりしている。
それから一つ息を吐いて、千代と同じ料理に箸を伸ばした。
摘まれた煮物が一つ、義孝の口に運ばれる。底で狙っていたかのように、千代が傍らから声をかけた。
「今日の料理はね、花さんが作ってくれたものですよ」
「美味しいです、味付けも絶妙で調和が感じられます」
「あ、ありがとうございます」
食い気味に言われて、花は紅くなる。箸を運ぶ食事の所作は美しいが、軍人というだけあって、食欲が落ち着く年齢であるはずの義孝も、その食いっぷりは見事なものだった。
苦手な物が思いつかない、千代の言っていた通り、どの皿の料理も綺麗に平らげてしまう。
「すみません、おかわりをいただけますか」
「は、はい」
花はご飯を盛り付け、渡した。
「花さんも、しっかり食べてくださいね。この勢だと、全部一人で食べてしまうかも」
いたずらっぽく、千代が囁く。義孝が肩を竦める。
「人聞きの悪い。若い海兵じゃあるまいし、人の分まで取りませんよ。花さん、心配せずにゆっくり食べてください」
「はい」
頷いて、花も食事を始める。
初めての家の初めて会った人たち、その中でなぜか、花は居心地の良い感覚を覚えた。
緊張で喉を通らないと思っていた夕食も、食べることが出来た。
(ここでなら、生きてゆけるかもしれない・)
花はそう感じた。
優しい千代、穏やかな義孝。そして、自分の三人で――――。
お腹と心を満たした夕食の後、花は義孝から風呂に入るように進められた。
(内風呂があるなんて、贅沢だな)
桐島邸にも内風呂はあるが、花は使うことを禁止され、鹿江達と銭湯に通っていた。
(ゆったり、湯につかれるなんて、最高の贅沢―――って。あ)
ふと、今日は初夜だと気付く。夜もとっぷりと暮れて、人々が眠りにつく時刻になっていた。千代も、もう就寝すると言って、一足先に寝室へ向かった。
一日中いっぱいいっぱいだった花は、この一番緊張する瞬間を忘れていた。
(どうしたら、いいのかしら―――?)
事前に寝室だと案内されていた一室、その入口の襖の前で、花は立ち尽くしていた。
(お風呂にもいれて頂いたのだもの・・・となると)
入浴で温まった体が、廊下の冷気に冷えてゆく。肌寒さを感じながらも、花は寝室に入れずにいた。
(やっぱり、するのかしら?初夜)
同衾、夜の営み、男女の交わり。・・・・そういう言葉が、今まさに花の頭の中を、ぐるぐる回る。
花は男女の婚姻の流れを知らない。貴子には詳しく教えてもらえるわけもなく、頼りの鹿江の知識は四十年近く前に止まる。
花は夫婦には初夜というものがあり、それがどういうものかは、薄っすら知っているが、それは医学的知識でしかない。
(でも確か、初夜は結婚したあと、最初の夜の事よね?私達はまだ、婚約しただけで・・しないはず。でも・・・もしするのだとしたら)
花がモヤモヤと考えていた時だった。
「花さん?」
背後でした声が、花はビクッと硬直する。花と同様に風呂上がりの浴衣に着替えているため、食事の際に見た姿と印象が少し違う。髪がおろしているせいか少し、若々しく見える。
「どうしました?」
「あ・・・ちょっと、ボーッとして」
「今日一日、色々あって疲れているでしょ。でも、ここは冷えますから、中へ」
「そ、そうですね」
気まずさから、目を合わせていられず、花は俯きがちに答えた。
・・・足が、重い。
緊張で身体が強張るのを、何とか花は寝室に足を運んだ。
「では、お休みなさい」
義孝が、襖を閉めた。
「え」
義孝から言われた就寝の挨拶に、反射的に疑問の声を上げた。
・・・・しまった!
そう思った時には、時すでに遅しである。
「どうか・・・しましたか?」
「いえ、あの・・・・義孝さんは、眠らないのですか?」
「眠りますよ」
「でも、どちらで?」
「隣の部屋ですが?あ、私の隣では眠れませんか?でしたら、母に」
「い、いえ!そうではなく」
言いかけて、花は言い淀む。
義孝は花の意図が分からず、部屋の前で立ち尽くしている。
急かすこともなく、待ってくれている。その姿に、花は腹を括る。
(義孝さんは夫婦になるのだし・・・お義母様にも、何でも気軽に話すようにと言われたじゃない)
すぅと息を吐い、花は勇気を出した。
「しょ、初夜とは、・・・いつなのでしょうか、と思って」
「えっ?」
素っ頓狂な声が響いた。
二人の間にいた千代が、ふふと笑った。
「す、すみません、私」
「花さんだけでないですよ、まったく、いい歳なのに」
ごほん、と義孝が咳払いをした。彼も緊張していたらしい、誤魔化すように肩をすくめたり、緩めたりしている。
それから一つ息を吐いて、千代と同じ料理に箸を伸ばした。
摘まれた煮物が一つ、義孝の口に運ばれる。底で狙っていたかのように、千代が傍らから声をかけた。
「今日の料理はね、花さんが作ってくれたものですよ」
「美味しいです、味付けも絶妙で調和が感じられます」
「あ、ありがとうございます」
食い気味に言われて、花は紅くなる。箸を運ぶ食事の所作は美しいが、軍人というだけあって、食欲が落ち着く年齢であるはずの義孝も、その食いっぷりは見事なものだった。
苦手な物が思いつかない、千代の言っていた通り、どの皿の料理も綺麗に平らげてしまう。
「すみません、おかわりをいただけますか」
「は、はい」
花はご飯を盛り付け、渡した。
「花さんも、しっかり食べてくださいね。この勢だと、全部一人で食べてしまうかも」
いたずらっぽく、千代が囁く。義孝が肩を竦める。
「人聞きの悪い。若い海兵じゃあるまいし、人の分まで取りませんよ。花さん、心配せずにゆっくり食べてください」
「はい」
頷いて、花も食事を始める。
初めての家の初めて会った人たち、その中でなぜか、花は居心地の良い感覚を覚えた。
緊張で喉を通らないと思っていた夕食も、食べることが出来た。
(ここでなら、生きてゆけるかもしれない・)
花はそう感じた。
優しい千代、穏やかな義孝。そして、自分の三人で――――。
お腹と心を満たした夕食の後、花は義孝から風呂に入るように進められた。
(内風呂があるなんて、贅沢だな)
桐島邸にも内風呂はあるが、花は使うことを禁止され、鹿江達と銭湯に通っていた。
(ゆったり、湯につかれるなんて、最高の贅沢―――って。あ)
ふと、今日は初夜だと気付く。夜もとっぷりと暮れて、人々が眠りにつく時刻になっていた。千代も、もう就寝すると言って、一足先に寝室へ向かった。
一日中いっぱいいっぱいだった花は、この一番緊張する瞬間を忘れていた。
(どうしたら、いいのかしら―――?)
事前に寝室だと案内されていた一室、その入口の襖の前で、花は立ち尽くしていた。
(お風呂にもいれて頂いたのだもの・・・となると)
入浴で温まった体が、廊下の冷気に冷えてゆく。肌寒さを感じながらも、花は寝室に入れずにいた。
(やっぱり、するのかしら?初夜)
同衾、夜の営み、男女の交わり。・・・・そういう言葉が、今まさに花の頭の中を、ぐるぐる回る。
花は男女の婚姻の流れを知らない。貴子には詳しく教えてもらえるわけもなく、頼りの鹿江の知識は四十年近く前に止まる。
花は夫婦には初夜というものがあり、それがどういうものかは、薄っすら知っているが、それは医学的知識でしかない。
(でも確か、初夜は結婚したあと、最初の夜の事よね?私達はまだ、婚約しただけで・・しないはず。でも・・・もしするのだとしたら)
花がモヤモヤと考えていた時だった。
「花さん?」
背後でした声が、花はビクッと硬直する。花と同様に風呂上がりの浴衣に着替えているため、食事の際に見た姿と印象が少し違う。髪がおろしているせいか少し、若々しく見える。
「どうしました?」
「あ・・・ちょっと、ボーッとして」
「今日一日、色々あって疲れているでしょ。でも、ここは冷えますから、中へ」
「そ、そうですね」
気まずさから、目を合わせていられず、花は俯きがちに答えた。
・・・足が、重い。
緊張で身体が強張るのを、何とか花は寝室に足を運んだ。
「では、お休みなさい」
義孝が、襖を閉めた。
「え」
義孝から言われた就寝の挨拶に、反射的に疑問の声を上げた。
・・・・しまった!
そう思った時には、時すでに遅しである。
「どうか・・・しましたか?」
「いえ、あの・・・・義孝さんは、眠らないのですか?」
「眠りますよ」
「でも、どちらで?」
「隣の部屋ですが?あ、私の隣では眠れませんか?でしたら、母に」
「い、いえ!そうではなく」
言いかけて、花は言い淀む。
義孝は花の意図が分からず、部屋の前で立ち尽くしている。
急かすこともなく、待ってくれている。その姿に、花は腹を括る。
(義孝さんは夫婦になるのだし・・・お義母様にも、何でも気軽に話すようにと言われたじゃない)
すぅと息を吐い、花は勇気を出した。
「しょ、初夜とは、・・・いつなのでしょうか、と思って」
「えっ?」
素っ頓狂な声が響いた。
204
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
好感度0になるまで終われません。
チョコパイ
恋愛
土屋千鶴子(享年98歳)
子供や孫、ひ孫に囲まれての大往生。
愛され続けて4度目の転生。
そろそろ……愛されるのに疲れたのですが…
登場人物の好感度0にならない限り終わらない溺愛の日々。
5度目の転生先は娘が遊んでいた乙女ゲームの世界。
いつもと違う展開に今度こそ永久の眠りにつける。
そう信じ、好きなことを、好きなようにやりたい放題…
自覚なし愛され公女と執着一途皇太子のすれ違いラブロマンス。
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
『番外編』イケメン彼氏は警察官!初めてのお酒に私の記憶はどこに!?
すずなり。
恋愛
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の身は持たない!?の番外編です。
ある日、美都の元に届いた『同窓会』のご案内。もう目が治ってる美都は参加することに決めた。
要「これ・・・酒が出ると思うけど飲むなよ?」
そう要に言われてたけど、渡されたグラスに口をつける美都。それが『酒』だと気づいたころにはもうだいぶ廻っていて・・・。
要「今日はやたら素直だな・・・。」
美都「早くっ・・入れて欲しいっ・・!あぁっ・・!」
いつもとは違う、乱れた夜に・・・・・。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんら関係ありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる