身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻

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身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

七話『海軍大臣の承認』

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(今、花さんは何と?)

 義孝は『初夜』という言葉が花の口から出た事に、「えっ」と素っ頓狂な返事を返した。
(初夜とは、つまり・・・結婚して、最初の夜の事を花さんは訊いているのだから)

「えーと、初夜とはつまり・・結婚した男女が、初めて過ごす夜のことを言っているのでしょうか?」
「は、はいっ、そうです」
「では、なぜ・・・その事を」
「実は、失礼ながら・・・結婚やその他の作法や流れを、殆ど知らないのです。どのような流れで、どのように行なわれるのか。無作法にも」
 なるほど、と義孝は合点がいく。
「謝ることはありませんよ。なるほど、そういう事か」

 部屋の前での花の様子が、少し違うとは思ったのだが。理由が分からず、訊ねなかったが理由が分かれば、納得である。

「・・・花さん。すみません、何もしないと誓うので、一度、中へ入っても宜しいですか?少し、話をさせてください」
「は、はいっ。どうぞ」
 失礼します、と断りを入れて義孝は室内に、足を踏み入れた。そして、襖を閉めると花を怯えさせないようにと配慮からか、二人の間に物理的に距離を置くように、襖のすぐ前に座った。
「さて」
 武道家のように姿勢を正し、義孝は切り出した。
「まずは最初に言っておきますが、今夜は初夜には当たりません」
「そ、そうなのですか?」
「ええ。今し方申し上げましたが、初夜というのは新婚夫婦が初めて迎える夜のこと・・・つまり、それが行われるとしたら、結婚したあと。今夜ではない」
「な、なるほど」
「加えて申し上げますと、私があなたに婚前交渉を求めることは、けしてありません。ですから、今夜は安心して眠ってください」
 義孝は、視線を落とす。
 そこには三角巾で吊るされた腕がある。
「安静にしていなければいけませんからね」
「そう・・・ですね」
 言い切った義孝に、花はホッと胸をなでおろす。今夜かもしれないと、そうじゃないかもしれない・・・そう悩まずによくなったことで、花は安堵した。だが、その反応は、義孝には別の意味にも取れたようだった。
「花さん、先に伝えておきますが、私との初夜については、考えなくとも構いません」
「え」
 どうして、と問うことは出来たはずだ。しかし、この時の花には訊ねることが出来なかった。花の方が、義孝に拒否されることを恐れていたからだ。
「そもそも、婚約自体がまだ正式なものではありませんしね」
「え?そ、それは・・どういうことですか?」
 驚愕に花は初夜の話など忘れ、前のめりで訊ねた。
 
 ・・・やはり、追い返されてしまうの?

 ふるふると、花が震える。その様子に、義孝はただならぬ事を感じ、慌てて補足した。
「『海軍現役軍人結婚条例』というものがありまして、正式な婚約には海軍大臣の許可を得る必要があるのです。急に決まった縁談だったので、その許可がまだ下りていないのですよ」
 花は目をぱちくりさせる。だが、すぐに納得した。相手は海軍の大佐なのだ、ただの口約束で婚約関係とはならないことなど、考えたら当然のことである。もし、結婚相手が敵国のスパイであれば、軍事機密などがバレてしまう。
「そうですか」
「許可が下りるまでは、凡そ三ヶ月はかかると聞いています。書類の提出など手続きは済ませてあるのですが、何分・・・大臣の元に届くまでは、大勢の目を通り、全員が承認印を押してくれなければ・・・。少々先になりますが、待っていただけますか」
「も、もちろんです」
 花は、コクコクと頷いた。
 その前向きな様子に、義孝は安堵した。
「婚約については、以上です。他に気になることはありますか?何でも、お答えします」
「気になること」
 花は真剣に考える。色々と聞いてみたいことはあった。彼自身のことや、今の義孝の生活について。義孝のこれまでのこと――――色々な義孝について、興味があった。
 それについて訊ねるなど、自分には権利がないかもしれない。詮索するなと叱る貴子のように、煙たがるかもしれない。
 だけど、義孝には聞かれることを煙たがる様子はない。
 花の、旦那様になる人なのだ。そう思うと、花は湧き上がる好奇心を、興味に蓋など出来なかった。
 しかし、全てを聞くには、時間が足りない。
「・・・・あの、大丈夫なのですか?骨折していると伺いましたが」
 花の視線を追って、義孝が自身の左腕を見た。昼間からずっと、三角巾で吊られている。
「ああ、これは大人しくしていれば、大丈夫です。きれいに折れたので、軍医からも治りが早いだろうと言われていますし・・・早ければ三ヶ月程度、半年もすれば完治するだろうとの事です」
「そうですか。その、やはり仕事中のお怪我で?」
「ええ、船の上でやらかしましてね。落下物を避けきれなかったのです」
「やはり、危険なお仕事なのですね・・・・」
 軍人はいつ死ぬか分からない。
 だから、良家の子女相手だと結婚を断られる事も少なくないという。そう言う意味では義妹は普通の感覚の持ち主だとも言える。
「とはいえ、この腕では、しばらく海には出られません」
 花の不安を感じ取ったのだろう、義孝は軽い口調でそう言った。
「最低でも完治するまでは、陸上で勤務することになっています。それで、勤務場所の近くに住むのが良いと、近くに邸宅がある上官がこの家を貸してくれました。勤務先が変われば、また家も変わるかもしれませんが・・・布団など生活に入り用の品も、上官の本邸から借り受けております」
「あ、それで昼間」
「ええ、そうです」
 はは、昼間の件を思い出して、二人で笑い合う。
「上官から色々と融通していただいている訳ですが、けして生活に困窮しているわけではありません。安心してください」
「は、はい、承知しております」
「断っても、施して下さる情の厚い方でして・・・多分、日中にまた。ま、何かあれば、母に聴いてください」
「はい、ふふ」
「どうかしましたか?」
「お義母様も、同じことを言われたんです」
 なるほど、と義孝が微笑んだ。

「義孝さん。夕食の準備をしている時、お義母様が船がないから陸の勤務だと仰っていましたが」
「はい。戦争により、帝国艦隊は完膚なきまで、沈みましたから」
「―――次の船が出来たら、義孝さんは何の業務に就くんですか。えと、話せる範囲で構いませんから」
 危険な任務でなければいい、命懸けで戦った海兵が二度と危険な目に合わなければいい。
「次の業務は――――」
 果たして、なんと答えたものか、花の不安そうな顔に、義孝は答えに迷う。
「花さん。戦争により、帝国の艦隊は全て沈められましたが、その残骸は手付かずで放置したままです」
「――――はい」
「おそらくは、その一掃作業と、沈んだ機雷の回収、あとは――――捕虜の引き揚げ」
「――――危険は、ありませんか?」
 ふるふると、花が震えだす。その姿は、母と逸れた子犬のようで・・・。

「危険は―――ないとは、いいきれません。機雷は一歩間違えれば、大惨事です」
「!」
「捕虜を引き揚げるのも」
 不安そうに、目が潤んでいた。それでも、花はまっすぐに義孝を見ていた。
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