身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻

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身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

十四話『お役に立ちたい』

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 今の義孝の言葉は、自分を大切に思ってくれていた浩一郎のそれに似ていた。だからだろか、花の中に反発する心は、微塵も産まれなかった。
「・・・知ることが出来て良かった」
 微笑み、義孝はそう呟くように言った。え?と目を瞬く花に、彼は説明してくれた。
「花さんが心に抱えていたわだかまりが何なのか。何かあるのだろうとは感じていたのです。ご実家には何やら、事情がありそうでしたし、あなたはどこか怯えていたようだったので。ただ、それに触れていいのかも、分からなかった」
「・・・私も、聞いて頂けて、良かっです」
 
 花は胸に手を当て、息を吐き出した。暗く深い海の底に沈めていた心、それを眩しい陽射しが煌めく水面まで引き上げられた様だった。
「もう少し、詳しく聞かせてもらえますか?」
「はい。御迷惑でなければ・・・義孝さんのお話も聞かせて欲しいです」
「花さんが聞きたいことでしたら、何でもお答えします」
「ありがとうございます・・」
 あ、そこで花は気が付く、ちゃぶ台の上に料理を並べてから、すっかり時間が経ってしまったことに。
「す、すみません。夕飯が冷めてしまいました。・・・って、義孝さん?」
 謝罪する花を置いて、義孝がちゃぶ台に向き直る。そして、自分の箸を取り、味噌汁を飲んだ。
「大丈夫、美味しいですよ」
 にこっと笑ったあと、義孝は汁椀の中を覗き込む。
「しかも、茸汁だ」
「茸汁、お好きなんですか?」
 目をぱちくりさせる花に、義孝は「ええ」と頷く。
「艦に乗れば、長い船旅になるので、健康の維持には苦労するんですよね。その点、茸は食べると腹の調子が良くなるので、好んでおります」
「へえ、ということは艦の上でも、茸はよく出るのですか」 
「ええ、ですが。いつも決まった種類の茸ばかりで、ここまで具だくさんの茸汁はまず食えません。毒キノコの見分け方を失敗すれば、悲惨なことになりますから」
「ああ、それは確かに」
 艦上で毒キノコが紛れたときのことを想像し、花は表情を曇らせた。食中毒全般に言えることだが、酷い症状が出るものなら、最悪、多数の命に関わる大変な事態になってしまう。
「ですから、陸でこんなにたくさんの種類が食べられるのは嬉しいんですよ。さあ、花さんも食べましょう。腹も減ったでしょうし、話は食べながら聞かせてください」
「は、はい」
 促されて、花も箸を手に取った。幽庵焼きの魚は、会話の最中にすっかり冷めいた。味噌汁もぬるいし、白飯から立ち上がっていた消えて久しい。
 しかし、義孝は実に美味そうに白飯を頬張っている。それを見つめながら食べる食事は、冷めていても花には温かく感じられた。

 ちゃぶ台を挟んで食事をしながら、二人はこんな話をした。

 今から三十年ほど前。
 義孝は十六歳の時に、海軍兵学校に入る為に故郷の北都を後にした。
 花の十六歳は三年前のことで、女学校に通う義妹の聡美を眩しく横目でみながら屋敷で働きつつ、それ以外の時間は亡き浩一郎の書斎に、ずっと籠もっていた。義孝の三年前は階級もまだ大佐ではなく中佐で、駐在武官として海外にいたり、海軍大学校で教官をしたりと、忙しく過ごしていた。
 二人とも、結婚は一生しないものだと思っていたこと。そこに偶然、縁談が舞い込んだ。
「・・・不思議ですね」
 思わず、花は呟いた。
 隣で、義孝が首を傾げる。
「ええと・・・生まれの差も、二十年命、まったく異なる生き方をしてきたのに、こうして今一緒に過ごしている。それが不思議だなと思いまして」
 広い世界の中で、同じ国、同じ時に生きている。考えてみれば、それだけでも不思議な事だ。
 もしあと五十年も互いの生まれる時が違っていたら、どこか出会える可能性すらなかった。
 しかし、花はこうして義孝と二人きりの時間を過ごしている。
「今は二人の間に『縁があった』ということなのですね」
 義孝はそう言って、微笑んだ。義孝に言われれば、花もそんな気がしてくる。
 目には見えない証明し得ない不確かなものでも、きっとそうなのだと思えてしまう。出逢って、まだたった一日。
 花は義孝を見つめながら思う、この縁が続いて欲しい。もっと、深いものになって欲しいと。

 その為には、自分は何をすべきなのか。叱られないように、これまでは自分を抑えて生きてきた。実家では、何かをすればする度に、『余計な事を』と義妹に詰られ、継母に『勝手なことをするな』と咎められた。

 大人しく、目立たぬように。
 息を詰めて、淡々と、継母や義妹から言われた仕事のみをして暮らす・・・そうすれば、叱られなくて済む。嫌な想いをしなくていい。
 そんな後ろ向きな思考が、長年生きる上での指針だったのだ。

 だけど、花はそんな自分を変えようとしていた。変わろうとしていた。
(この方の妻として、相応しい人間に変わりたい。私は、この方の為に・・・お役に立ちたい)
 そんな風に、久しく忘れていた火が、花の心に灯った。
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