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(二十)堅田の合戦(前編)
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明智秀満勢があらたに明智勢の陣に合流した事実は、柴田方の忍びの手によって琵琶湖西岸の柴田勝家本陣にもたらされた。
勝家は改めて物見を出して敵陣を確かめさせたところ、やはり水色桔梗の旗印の兵が大幅に増えていた。
およそ五千の秀満勢が加わり、明智勢は二万に膨れ上がったことになる。
「たしかに兵数が増えておるか。忠三郎、しくじったか」
勝家がぼそりとつぶやく。
「我が手勢、間に合ってようござった」
勝家の傍らには、およそ四千の兵を率いて急遽馳せ参じた利家の姿があった。
不穏な国許の情勢にもかかわらず、勝家から送られた早馬を受けて、急ぎ駆けつけてきたのだ。
「おうよ。又左が馳せ参じてくれねば、戦さにならぬところであったわ」
鍾馗髭を振るわせて笑った勝家が、利家の肩をぽんと叩く。
主立った将が小野妹子神社境内の勝家本陣に集まり、軍議が開かれた。
対岸の安土城の方角に視線を向けながら勝家は嘆息した。
こちらも利家が駆けつけてくれたとはいえ、ただでさえ少なかった兵力が、明らかに明智方優位となったことは痛い。
現在、およそ二万の明智方に対し、柴田方は前田利家勢を加えても約一万四千といったところである。
安土城が陥落したのか否か、仔細はまだ伝わってきていないが、どうあれ安土城で引きつけてくれていた筈の明智方の兵がここにきて合流することは計算外だった。
「これでますます動きづらくなりましたな」
佐久間盛政がやれやれと首を振る。
言外に、合流前に叩いておくべきだったとの非難の言葉をにじませている。
「なぁに、これで勢いを得たと断じた明智勢が寄せてくれば、これをしかと受け止めて押しとどめるのみ。陣城は既に堅く作り終えておりますれば、先に手を出したほうが多大な痛手を負うことは必定」
六千ほどの兵差はものの数ではない、と不破光治は意気軒昂だった。
いずれにせよ、敵の兵が増えた段階になって攻めかかったのでは持久策をとった意味がないため、現状維持でにらみ合いを続けることにかわりはない。
苛立ちとも白けともつかない、沈滞した空気が幕内に流れた。
そこへ、自軍の布陣の状況を己の目で確かめてから軍議に参加する、として遅れていた柴田勝政が戻ってきた。
「遅れてあい済みませぬ」
険しい表情で勝家に頭を下げた勝政が、己の床几に腰を下ろす。
「如何であった。我が兵に動揺は見られぬか」
「はっ、敵の数が増えたとの話には動じておりませぬが、浜手の兵が少々騒いでおります。北に向かう船の姿を沖合に幾つもみた、とやらで」
勝政の報告に、勝家は片眉を上げた。
「船? 明智配下の堅田の水軍衆か」
変事により京が明智の手に落ちて以来、琵琶湖周辺の物流は大きく滞っている。
明智方についている堅田衆以外に、大規模な船団が湖内を自由に行き来することは難しい。
「しかし、船を動かしてなんとするというのだ」
「山本山の阿閉貞征あたりとつなぎをつけるためではありませぬか。あるいは長浜城の奪還を狙うといった手もありますが」
不破光治が琵琶湖周辺の絵図を指さしながら推察してみせるが、勝家は得心した様子をみせなかった。
「さりとて、さほど多くの兵は運べぬであろう。亡き上様が作らせた大船でも、千名が乗れると称しておったが、実際にそれだけの人数を載せたことはないでな」
船を用いて思わぬ場所に兵を送りこむ手は、琵琶湖ならではの軍略ではある。
しかし、よほどうまくやらねば少勢で敵中に孤立する恰好になるだけであり、現実的な策とは勝家には思えなかった。
もちろん、賦秀が長浜城から安土城に兵を動かす際に船団を用いたことは伝わってきていない。
仮に知っていたとしても、味方の城の間を移動するのと、敵の城に乗り込むのとでは難度が違いすぎるため、参考にはならなかったであろうが。
結局その場では、船の行方については沙汰やみになった。
勝家は、配下の忍びに対し、船の行方が知れたら即座に報せを寄越すよう命じるに留めた。
半日後。
なおも戦機を待ち続ける勝家の元に早馬が来着して、明智勢の思惑の一端が知れることとなった。
「大溝じゃと!」
勝家はそう応じた後、言葉を失う。
届けられたのは、柴田勢にとって後方の拠点である大溝城が攻められている、という報せだった。
敵と接触する懸念のない位置だけに、目下のところ織田信澄の遺臣を中心に三百名ばかりの城兵が守備に就いているほかは、荷駄をあつかう人足の出入りが行われている程度である。
「確かに人数は少ないが、あの城とて近江の守りの一角を担う堅城である。舟手勢が少々押し寄せたところで、たやすく押し返せよう。光秀も阿呆な手を用いるものよ」
報せを聞いて駆けつけてきた佐久間盛政は、合点がいかぬとばかりに首をかしげる。
「あるいは、よほどに手詰まりなのでしょうかな」
と、不破光治。
先だっての軍議では船を用いた兵の揚陸について口にしたものの、さすがに大溝城に乗り込んでくることは読みの範囲を超えていたらしく、こちらも思案顔である
「対陣が長引くことは望んでおらぬにしろ、この中入り策は無理筋であろう」
勝家も無謀な策だと感じていたが、胸の中に生まれた引っかかりは消えることがなかった。
そして、続報が届くにつれ、容易ならざる状況が次第に明らかになる。
堅田の水軍衆は、大溝城の湖岸側にある船着き場から強引に上陸を果たしていた。
元々、大溝城は北方から来る敵を想定して琵琶湖の水を用いた水堀を幾重も巡らせた城構えであり、水軍衆は味方であることがいわば前提となっている。
そのため、水上からの上陸には思いがけず苦戦することとなっていた。
現状、船着き場周辺の曲輪が奪われ、それを追い落とせずに手こずっているという。
「敵の兵は多くても二千は越えまい。このような策は奏効すまい」
勝家は強気を示したが、耳ざとい兵の中には不安なそぶりを見せるものも出始めている。
なにしろ湖上を北上する船団を目撃している兵も多い。
後方に敵が上陸したと聞かされて、浮き足立つのも無理からぬことだった。
「これは放置すれば禍根を残すものと思われますぞ。背後を脅かされていると知って、眼前の敵に意識を向け続けることは至難にござる」
勝家が手をこまねいて動けないでいるとみたか、前田利家が苦言を呈した。
「なにも放置するつもりはない。されど、ここで下手に陣立てを崩せば、明智に付け入られる気がしてならぬのじゃ」
勝家は後方に気を取られ、浮足立って隙を見せることを懸念していた。
四千ほどの前田勢は着陣したものの、既に陣城も築き終えた後とあって、そのまま最前線に組み込むことはできず、本陣の後方に兵が止めおかれた状況になっていた。
今まさに、前田勢に雁行陣の一角を担ってもらうべく、陣替えの準備が行われている最中だった。
「親父殿らしゅうもない逡巡にござる。それこそ光秀めの思うつぼというもの。大溝を見捨てては、兵も我らの采配を受けぬようになるのは目に見えておりますぞ」
「……」
利家の指摘に、勝家が腕を組んで黙り込む。
「儂が大溝まで行き、敵兵を蹴散らしてくれる。親父殿、よろしいな」
焦れた利家が胸をそびやかして宣言した。
なおもしばし言葉もなく考え込む様子だった勝家だが、ややあって口を開いた。
「……頼む」
勝家は改めて物見を出して敵陣を確かめさせたところ、やはり水色桔梗の旗印の兵が大幅に増えていた。
およそ五千の秀満勢が加わり、明智勢は二万に膨れ上がったことになる。
「たしかに兵数が増えておるか。忠三郎、しくじったか」
勝家がぼそりとつぶやく。
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勝家の傍らには、およそ四千の兵を率いて急遽馳せ参じた利家の姿があった。
不穏な国許の情勢にもかかわらず、勝家から送られた早馬を受けて、急ぎ駆けつけてきたのだ。
「おうよ。又左が馳せ参じてくれねば、戦さにならぬところであったわ」
鍾馗髭を振るわせて笑った勝家が、利家の肩をぽんと叩く。
主立った将が小野妹子神社境内の勝家本陣に集まり、軍議が開かれた。
対岸の安土城の方角に視線を向けながら勝家は嘆息した。
こちらも利家が駆けつけてくれたとはいえ、ただでさえ少なかった兵力が、明らかに明智方優位となったことは痛い。
現在、およそ二万の明智方に対し、柴田方は前田利家勢を加えても約一万四千といったところである。
安土城が陥落したのか否か、仔細はまだ伝わってきていないが、どうあれ安土城で引きつけてくれていた筈の明智方の兵がここにきて合流することは計算外だった。
「これでますます動きづらくなりましたな」
佐久間盛政がやれやれと首を振る。
言外に、合流前に叩いておくべきだったとの非難の言葉をにじませている。
「なぁに、これで勢いを得たと断じた明智勢が寄せてくれば、これをしかと受け止めて押しとどめるのみ。陣城は既に堅く作り終えておりますれば、先に手を出したほうが多大な痛手を負うことは必定」
六千ほどの兵差はものの数ではない、と不破光治は意気軒昂だった。
いずれにせよ、敵の兵が増えた段階になって攻めかかったのでは持久策をとった意味がないため、現状維持でにらみ合いを続けることにかわりはない。
苛立ちとも白けともつかない、沈滞した空気が幕内に流れた。
そこへ、自軍の布陣の状況を己の目で確かめてから軍議に参加する、として遅れていた柴田勝政が戻ってきた。
「遅れてあい済みませぬ」
険しい表情で勝家に頭を下げた勝政が、己の床几に腰を下ろす。
「如何であった。我が兵に動揺は見られぬか」
「はっ、敵の数が増えたとの話には動じておりませぬが、浜手の兵が少々騒いでおります。北に向かう船の姿を沖合に幾つもみた、とやらで」
勝政の報告に、勝家は片眉を上げた。
「船? 明智配下の堅田の水軍衆か」
変事により京が明智の手に落ちて以来、琵琶湖周辺の物流は大きく滞っている。
明智方についている堅田衆以外に、大規模な船団が湖内を自由に行き来することは難しい。
「しかし、船を動かしてなんとするというのだ」
「山本山の阿閉貞征あたりとつなぎをつけるためではありませぬか。あるいは長浜城の奪還を狙うといった手もありますが」
不破光治が琵琶湖周辺の絵図を指さしながら推察してみせるが、勝家は得心した様子をみせなかった。
「さりとて、さほど多くの兵は運べぬであろう。亡き上様が作らせた大船でも、千名が乗れると称しておったが、実際にそれだけの人数を載せたことはないでな」
船を用いて思わぬ場所に兵を送りこむ手は、琵琶湖ならではの軍略ではある。
しかし、よほどうまくやらねば少勢で敵中に孤立する恰好になるだけであり、現実的な策とは勝家には思えなかった。
もちろん、賦秀が長浜城から安土城に兵を動かす際に船団を用いたことは伝わってきていない。
仮に知っていたとしても、味方の城の間を移動するのと、敵の城に乗り込むのとでは難度が違いすぎるため、参考にはならなかったであろうが。
結局その場では、船の行方については沙汰やみになった。
勝家は、配下の忍びに対し、船の行方が知れたら即座に報せを寄越すよう命じるに留めた。
半日後。
なおも戦機を待ち続ける勝家の元に早馬が来着して、明智勢の思惑の一端が知れることとなった。
「大溝じゃと!」
勝家はそう応じた後、言葉を失う。
届けられたのは、柴田勢にとって後方の拠点である大溝城が攻められている、という報せだった。
敵と接触する懸念のない位置だけに、目下のところ織田信澄の遺臣を中心に三百名ばかりの城兵が守備に就いているほかは、荷駄をあつかう人足の出入りが行われている程度である。
「確かに人数は少ないが、あの城とて近江の守りの一角を担う堅城である。舟手勢が少々押し寄せたところで、たやすく押し返せよう。光秀も阿呆な手を用いるものよ」
報せを聞いて駆けつけてきた佐久間盛政は、合点がいかぬとばかりに首をかしげる。
「あるいは、よほどに手詰まりなのでしょうかな」
と、不破光治。
先だっての軍議では船を用いた兵の揚陸について口にしたものの、さすがに大溝城に乗り込んでくることは読みの範囲を超えていたらしく、こちらも思案顔である
「対陣が長引くことは望んでおらぬにしろ、この中入り策は無理筋であろう」
勝家も無謀な策だと感じていたが、胸の中に生まれた引っかかりは消えることがなかった。
そして、続報が届くにつれ、容易ならざる状況が次第に明らかになる。
堅田の水軍衆は、大溝城の湖岸側にある船着き場から強引に上陸を果たしていた。
元々、大溝城は北方から来る敵を想定して琵琶湖の水を用いた水堀を幾重も巡らせた城構えであり、水軍衆は味方であることがいわば前提となっている。
そのため、水上からの上陸には思いがけず苦戦することとなっていた。
現状、船着き場周辺の曲輪が奪われ、それを追い落とせずに手こずっているという。
「敵の兵は多くても二千は越えまい。このような策は奏効すまい」
勝家は強気を示したが、耳ざとい兵の中には不安なそぶりを見せるものも出始めている。
なにしろ湖上を北上する船団を目撃している兵も多い。
後方に敵が上陸したと聞かされて、浮き足立つのも無理からぬことだった。
「これは放置すれば禍根を残すものと思われますぞ。背後を脅かされていると知って、眼前の敵に意識を向け続けることは至難にござる」
勝家が手をこまねいて動けないでいるとみたか、前田利家が苦言を呈した。
「なにも放置するつもりはない。されど、ここで下手に陣立てを崩せば、明智に付け入られる気がしてならぬのじゃ」
勝家は後方に気を取られ、浮足立って隙を見せることを懸念していた。
四千ほどの前田勢は着陣したものの、既に陣城も築き終えた後とあって、そのまま最前線に組み込むことはできず、本陣の後方に兵が止めおかれた状況になっていた。
今まさに、前田勢に雁行陣の一角を担ってもらうべく、陣替えの準備が行われている最中だった。
「親父殿らしゅうもない逡巡にござる。それこそ光秀めの思うつぼというもの。大溝を見捨てては、兵も我らの采配を受けぬようになるのは目に見えておりますぞ」
「……」
利家の指摘に、勝家が腕を組んで黙り込む。
「儂が大溝まで行き、敵兵を蹴散らしてくれる。親父殿、よろしいな」
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