3 / 15
(三)
しおりを挟む
七月。
ディーゼル機関四基の撤去が終わった「浅間丸」の船内では、蒸気タービンの設置するための空間を確保するとともに、スクリューの軸受を設置する準備が始まっていた。
一方、船首部では水中聴音機の設置と、船首形状を変更する工事にとりかかっている。
当初は九三式水中聴音機の設置が予定されていたが、艤装員長である勝見中佐が艦政本部と掛け合って、新型で大型艦用の零式水中聴音機に変更させた経緯がある。
対潜護衛が「浅間丸」の主な役割になるため、敵潜水艦の動きを探知する水中聴音機に力を入れるべき、という勝見中佐の主張が通った形だ。
この時、どうせ対潜水艦に注力するのであれば、艦首に8センチ単装砲、艦尾に爆雷投下台を設置する案が艦政本部から出されたというが、こちらは勝見中佐が断っている。
――「太平洋の女王」は耳ざとくとも、自ら手を下すことはない。戦うのは女王の臣下たる航空機である。
いきさつを聞いた厨屋の頭に、そんな言葉が浮かんで消える。
もっとも、「浅間丸」が搭載する航空機についても、現時点では確かなことは決まっていない。
「浅間丸」の艦載機の定数自体、まだ確定していない。
ただし、あくまでも設計図面上ではあるが、おおよそ零戦十機と九七式艦攻が十二機で、合計二十二機。
そのほか、分解して格納される補用機が四機と見積もられていた。
現状、九七式艦攻は対潜爆弾の搭載を前提としており、八十番こと八百キロ爆弾や、航空魚雷などを搭載して発艦することは、艦の速力と飛行甲板の短さから最初から断念されている。
だが、現時点では、それらの定数の見積もりは絵に描いた餅も同然である。
新型の航空機となれば、正規空母や基地航空隊との取り合いである。
黙って上層部の指示に従っていたのでは、たかが特設空母と配備が後回しにされ、気づけば零戦と九七式艦攻のつもりが、固定脚の九六式艦戦と複葉の九六式艦攻になっていた、という事態になりかねない。
いますぐどうこう、という話ではないが、航空隊の準備もまた、頭の痛い話だった。
(いや、先のことばかり考えても仕方ないか)
厨屋は軽く頭を振り、目の前の現実に意識を戻す。
そもそも引っ張りだこという点では、航空機同様、腕利きの聴音手もまた、駆逐艦のみならず、どの艦種であっても似たようなものであろう。
せっかく新型の水中聴音機を備えても、扱う聴音手の技量が確かでなければ宝の持ち腐れである。
果たして、「浅間丸」に、まともな機材や人材を確保できるだろうか。
(航空機はともかくとして、駆逐艦「谷風」の元聴音手に、艤装員長の顔が利くならありがたい話だが、そううまくいくとは限らんか)
などと、厨屋は思う。
その勝見中佐は、最大の懸案である昇降機と蒸気タービン確保のため、ディーゼル機関の取り外しが一段落した時点で、腰を落ち着けることなく、再び関係各所への働きかけのために出張中である。
したがって、今は「浅間丸」改装の暁には副長が内定している厨屋少佐に、留守が任されている。
艦首近くの作業の進捗を、工員の邪魔にならないように船渠の片隅から見守りつつ、厨屋は自分に勝見中佐のような巧みな折衝ができるのだろうか、と考えてしまう。
(「対米戦争で最初にフネを失った男」の汚名は、交渉において足かせにならないのだろうか。それとも、かえって押し出しが効く勲章なのだろうか)
船渠の底から見上げると、盤木に支えられた「浅間丸」の船底が頭上からのしかかってくるような迫力がある。
今、厨屋がいる位置からはわかりづらいが、「浅間丸」の船首を横から見ると、船底側がわずかに前に出たほぼ垂直の形をしており、高速発揮には不利な形状と言えた。
今回、水線下の船首形状を変更する工事は、零式水中聴音機に設計通りの性能を発揮させることを第一の目的としているが、速力の向上にも寄与すると見込まれている、と厨屋は聞いている。
担当の技師に言わせれば高速化といっても気休め程度で、せいぜい0.5ノット程度のものに収まるとの話ではある。
だが、元々の最高速力が20ノットあまりの「浅間丸」にとっては、わずか0.5ノットとはいえ、馬鹿にできるものではない。
ただ、建造から十年以上が経過し、さらに座礁事故により大きく傷ついた経歴を持つ船体は、丁寧な修理はなされているとはいえ、あらためて間近でみると目に見える凹凸があちこちにみられる。
速力にこだわるならば、できることなら外板ごと張り替えたいところだが、工期と工費の問題もあり、そこまでは徹底できない。
牡蠣やフジツボを削り落とし、塗装をしなおすのが精一杯だ。
水線下の状況を一通り見て回った厨屋は、船渠の階段を登って地上に出る。
「浅間丸」の甲板上で、船首側に艦橋、左右舷側に格納庫の支柱を建てるための測量が進められている様子が視界に入った。
「今のところ、作業はおおむね順調だ」
厨屋は呟く。だが、言葉の意味ほどには表情は明るくない。
この数日、工員たちの表情から迷いのようなものを厨屋は感じていたのだ。
理由は明らかだ。
このまま蒸気タービンと昇降機の調達に目途がつかない限り、このまま空母改装のための作業を進めても無駄になるのではないか、との思いが、覇気を奪っているのだ。
「浅間丸」は、このまま解体されるのではないか、という噂話が風に乗って厨屋の耳にも届いていた。
「わかっていても、俺にはどうにもできん。艤装員長の手腕に頼らざるを得ないのか」
無力感に、厨屋はひとり唇をかむ。
だが、空母改装にあたっての最大の問題は、思わぬ形で解消されることになる。
八月。
「我々にとって、良い話と悪い話がある」
横須賀から呉を経由して久々に佐世保の艤装員事務所に姿を見せた勝見中佐は、挨拶もそこそこに、出来の悪い小説のような言い回しで切り出した。
その表情からは、冗談を言っている様子は窺えない。
出迎える厨屋は、あまり気の利いた返しもできないまま、居住まいを正して傾聴の姿勢をとる。
「まず、良い話だが、機関と昇降機の調達のめどがついた」
「それは、なによりです」
厨屋は、思わず声を弾ませた。
艤装員長である勝見自身が、以前に最大の課題としてあげていた二つが一挙に解決するというのだから、大きな前進と言える。
(いったい、艤装員長はどんな手を使ったんだ!?)
だが、朗報をもたらした当の勝見中佐の表情はさえない。
いやな予感がして、厨屋も表情を曇らせる。
「あまり、もろ手を挙げて喜べないような話なのでしょうか。悪い話もある、と仰っておられましたが」
厨屋は恐る恐る尋ねる。
「そうだ。こちらに回ってくる蒸気タービンと昇降機は、元々『ぶらじる丸』の空母化のために用意されたものだ」
これが悪い話だ、と勝見中佐は言葉を付け加えた。
「ぶらじる丸」は、大阪商船が所有している「あるぜんちな丸」級の貨客船の二番船である。
「浅間丸」と同じく、有事には特設空母への改装を前提として、三菱長崎造船所にて昭和十四年(一九三九年)に建造され、日米開戦後は海軍に徴傭後、特設運送船として輸送任務に従事していた。
「浅間丸」にとっては、例えるならば父の異なる妹のような存在である。
全長百六十七メートル、一万二千七百五十五総トンと、「浅間丸」と比べてやや小ぶりであるが、船体が新しいことから空母改装の対象に指定されていた。
「では、『ぶらじる丸』に、何か不具合があったのですか」
「独航中、トラック島沖で潜水艦に撃沈されたそうだ。まさに改装のために横須賀でドック入りするための航海中だったそうだが」
むろん、勝見中佐らに仇敵の名が判るはずもないが、八月五日に「ぶらじる丸」を雷撃して撃沈したのは、米海軍のガトー級潜水艦二番艦の「グリーンリング」であった。
「……それは、確かに素直に喜べませんね」
一瞬、言葉を詰まらせた厨屋も、思わず視線を下に落とす。
「ぶらじる丸」は、空母改造にあたって、基本計画の時点で主機関を蒸気タービンに換装することが盛り込まれていた。
その設計案は、「浅間丸」の機関換装の設計図案を作成するにあたって、大いに参考になったと厨屋は聞いていた。
図らずも、「ぶらじる丸」が失われたことで、空母改装用の資材が宙に浮く形になったのだ。
「しかし、よく『浅間丸』の改装に着手していたものだ。蒸気タービンも昇降機も、無駄に遊ばせずに済むのだからな。だがこれで、いよいよ後戻りはできなくなったぞ」
勝見中佐は自らに言い聞かせるように、声に力を込めた。
厨屋もうなずく。
「はい。『ぶらじる丸』のためにも、計画の遅延は許されません」
それから十日ほどして、勝見中佐の話のとおり、待望の艦本式蒸気タービンが長崎三菱造船所の第三船台に運び込まれた。
実際のところ、昇降機はともかく、この蒸気タービンは「ぶらじる丸」用に用意されていたものと同一ではない。
建造計画の見直しの中で、各工廠や造船所の間で建造に使用する機関を玉突き的に入れ替えた結果、余った二基が「浅間丸」用として届いたのだ。
早速、蒸気タービンの設置と、スクリューおよびスクリュー軸の取付工事に着手すると、事前の準備が整っていたこともあって、工員たちの働きぶりも目に見えてよくなった。
やはり、自分たちのやっていることが無駄に終わるかもしれない、との思いがあると、決してサボタージュをするわけではないが、能率は落ちてしまうものなのだ。
なお、ディーゼル機関を蒸気タービンに乗せ換えたために船体の重心バランスが崩れることから、対策として「浅間丸」の船倉の一部には、バラストとして砂が詰められることになっている。
せっかくの浮力を無駄にするようで、厨屋としては忸怩たる思いがしたが、他に方法はなかった。
想定外の改装である以上、どうしても無駄が出てくるのは避けられなかった。
ともあれ、「浅間丸」の改装工事は一挙に勢いづき、順調に進み始めた。
蒸気タービンとスクリューの取付工事が問題なく終わると、いよいよ何もなかった船体に、艦橋と格納庫を設置する工事が始まる。
大穴が開いていた甲板が元通りに戻されるのにあわせて、左右の舷側からはおよそ五メートルほどの高さの支柱が間隔をあけて立ち上げられた。
この支柱に外板が張られ、上面に飛行甲板を張ることで密閉式の格納庫となるのだ。
艦橋については、舷側に島型艦橋を設置する方式も一度は検討された。
だが、やはり狭い甲板を少しでも広く使えるようにするほうが望ましいとの結論となり、他の客船改装空母同様に、飛行甲板の下に艦橋を設置する平甲板式が採用された。
新たな艦橋が客船時代の船橋よりもかなり前方にせり出した位置にあるのは、格納甲板をより広くとる必要があるためだ。
なお、格納庫と一体化しているため外部からは判りづらいが、艦橋部分の前後の幅はかなり短いものだ。
「頭の上を飛行甲板が覆いかぶさっているというのは、視界が塞がれるようで、不便になる気もしますが」
図面を確認しながら厨屋は危惧する。
「通常の航海には支障ないだろう。駆逐艦と大して変わらんよ」
勝見中佐は、頭上に飛行甲板が張り出す方式を、さほど気にしてはいない様子だった。
ただし、急降下爆撃を回避するための操艦については勝見中佐も留意している。
飛行甲板より低い位置に設置されているものの、舷側にあって上空の視界が開けている離発着指揮所から操舵を指示する仕組みが考えられていた。
(後は、搭載機だ)
厨屋は、「浅間丸」の飛行甲板から、航空機が勇躍発艦していく勇ましい光景を思い描く。
だが、首尾よく零戦と九七式艦攻を確保できるか、使い古しの複葉機を押し付けられる憂き目にあうかは、まだ明らかではない。
ディーゼル機関四基の撤去が終わった「浅間丸」の船内では、蒸気タービンの設置するための空間を確保するとともに、スクリューの軸受を設置する準備が始まっていた。
一方、船首部では水中聴音機の設置と、船首形状を変更する工事にとりかかっている。
当初は九三式水中聴音機の設置が予定されていたが、艤装員長である勝見中佐が艦政本部と掛け合って、新型で大型艦用の零式水中聴音機に変更させた経緯がある。
対潜護衛が「浅間丸」の主な役割になるため、敵潜水艦の動きを探知する水中聴音機に力を入れるべき、という勝見中佐の主張が通った形だ。
この時、どうせ対潜水艦に注力するのであれば、艦首に8センチ単装砲、艦尾に爆雷投下台を設置する案が艦政本部から出されたというが、こちらは勝見中佐が断っている。
――「太平洋の女王」は耳ざとくとも、自ら手を下すことはない。戦うのは女王の臣下たる航空機である。
いきさつを聞いた厨屋の頭に、そんな言葉が浮かんで消える。
もっとも、「浅間丸」が搭載する航空機についても、現時点では確かなことは決まっていない。
「浅間丸」の艦載機の定数自体、まだ確定していない。
ただし、あくまでも設計図面上ではあるが、おおよそ零戦十機と九七式艦攻が十二機で、合計二十二機。
そのほか、分解して格納される補用機が四機と見積もられていた。
現状、九七式艦攻は対潜爆弾の搭載を前提としており、八十番こと八百キロ爆弾や、航空魚雷などを搭載して発艦することは、艦の速力と飛行甲板の短さから最初から断念されている。
だが、現時点では、それらの定数の見積もりは絵に描いた餅も同然である。
新型の航空機となれば、正規空母や基地航空隊との取り合いである。
黙って上層部の指示に従っていたのでは、たかが特設空母と配備が後回しにされ、気づけば零戦と九七式艦攻のつもりが、固定脚の九六式艦戦と複葉の九六式艦攻になっていた、という事態になりかねない。
いますぐどうこう、という話ではないが、航空隊の準備もまた、頭の痛い話だった。
(いや、先のことばかり考えても仕方ないか)
厨屋は軽く頭を振り、目の前の現実に意識を戻す。
そもそも引っ張りだこという点では、航空機同様、腕利きの聴音手もまた、駆逐艦のみならず、どの艦種であっても似たようなものであろう。
せっかく新型の水中聴音機を備えても、扱う聴音手の技量が確かでなければ宝の持ち腐れである。
果たして、「浅間丸」に、まともな機材や人材を確保できるだろうか。
(航空機はともかくとして、駆逐艦「谷風」の元聴音手に、艤装員長の顔が利くならありがたい話だが、そううまくいくとは限らんか)
などと、厨屋は思う。
その勝見中佐は、最大の懸案である昇降機と蒸気タービン確保のため、ディーゼル機関の取り外しが一段落した時点で、腰を落ち着けることなく、再び関係各所への働きかけのために出張中である。
したがって、今は「浅間丸」改装の暁には副長が内定している厨屋少佐に、留守が任されている。
艦首近くの作業の進捗を、工員の邪魔にならないように船渠の片隅から見守りつつ、厨屋は自分に勝見中佐のような巧みな折衝ができるのだろうか、と考えてしまう。
(「対米戦争で最初にフネを失った男」の汚名は、交渉において足かせにならないのだろうか。それとも、かえって押し出しが効く勲章なのだろうか)
船渠の底から見上げると、盤木に支えられた「浅間丸」の船底が頭上からのしかかってくるような迫力がある。
今、厨屋がいる位置からはわかりづらいが、「浅間丸」の船首を横から見ると、船底側がわずかに前に出たほぼ垂直の形をしており、高速発揮には不利な形状と言えた。
今回、水線下の船首形状を変更する工事は、零式水中聴音機に設計通りの性能を発揮させることを第一の目的としているが、速力の向上にも寄与すると見込まれている、と厨屋は聞いている。
担当の技師に言わせれば高速化といっても気休め程度で、せいぜい0.5ノット程度のものに収まるとの話ではある。
だが、元々の最高速力が20ノットあまりの「浅間丸」にとっては、わずか0.5ノットとはいえ、馬鹿にできるものではない。
ただ、建造から十年以上が経過し、さらに座礁事故により大きく傷ついた経歴を持つ船体は、丁寧な修理はなされているとはいえ、あらためて間近でみると目に見える凹凸があちこちにみられる。
速力にこだわるならば、できることなら外板ごと張り替えたいところだが、工期と工費の問題もあり、そこまでは徹底できない。
牡蠣やフジツボを削り落とし、塗装をしなおすのが精一杯だ。
水線下の状況を一通り見て回った厨屋は、船渠の階段を登って地上に出る。
「浅間丸」の甲板上で、船首側に艦橋、左右舷側に格納庫の支柱を建てるための測量が進められている様子が視界に入った。
「今のところ、作業はおおむね順調だ」
厨屋は呟く。だが、言葉の意味ほどには表情は明るくない。
この数日、工員たちの表情から迷いのようなものを厨屋は感じていたのだ。
理由は明らかだ。
このまま蒸気タービンと昇降機の調達に目途がつかない限り、このまま空母改装のための作業を進めても無駄になるのではないか、との思いが、覇気を奪っているのだ。
「浅間丸」は、このまま解体されるのではないか、という噂話が風に乗って厨屋の耳にも届いていた。
「わかっていても、俺にはどうにもできん。艤装員長の手腕に頼らざるを得ないのか」
無力感に、厨屋はひとり唇をかむ。
だが、空母改装にあたっての最大の問題は、思わぬ形で解消されることになる。
八月。
「我々にとって、良い話と悪い話がある」
横須賀から呉を経由して久々に佐世保の艤装員事務所に姿を見せた勝見中佐は、挨拶もそこそこに、出来の悪い小説のような言い回しで切り出した。
その表情からは、冗談を言っている様子は窺えない。
出迎える厨屋は、あまり気の利いた返しもできないまま、居住まいを正して傾聴の姿勢をとる。
「まず、良い話だが、機関と昇降機の調達のめどがついた」
「それは、なによりです」
厨屋は、思わず声を弾ませた。
艤装員長である勝見自身が、以前に最大の課題としてあげていた二つが一挙に解決するというのだから、大きな前進と言える。
(いったい、艤装員長はどんな手を使ったんだ!?)
だが、朗報をもたらした当の勝見中佐の表情はさえない。
いやな予感がして、厨屋も表情を曇らせる。
「あまり、もろ手を挙げて喜べないような話なのでしょうか。悪い話もある、と仰っておられましたが」
厨屋は恐る恐る尋ねる。
「そうだ。こちらに回ってくる蒸気タービンと昇降機は、元々『ぶらじる丸』の空母化のために用意されたものだ」
これが悪い話だ、と勝見中佐は言葉を付け加えた。
「ぶらじる丸」は、大阪商船が所有している「あるぜんちな丸」級の貨客船の二番船である。
「浅間丸」と同じく、有事には特設空母への改装を前提として、三菱長崎造船所にて昭和十四年(一九三九年)に建造され、日米開戦後は海軍に徴傭後、特設運送船として輸送任務に従事していた。
「浅間丸」にとっては、例えるならば父の異なる妹のような存在である。
全長百六十七メートル、一万二千七百五十五総トンと、「浅間丸」と比べてやや小ぶりであるが、船体が新しいことから空母改装の対象に指定されていた。
「では、『ぶらじる丸』に、何か不具合があったのですか」
「独航中、トラック島沖で潜水艦に撃沈されたそうだ。まさに改装のために横須賀でドック入りするための航海中だったそうだが」
むろん、勝見中佐らに仇敵の名が判るはずもないが、八月五日に「ぶらじる丸」を雷撃して撃沈したのは、米海軍のガトー級潜水艦二番艦の「グリーンリング」であった。
「……それは、確かに素直に喜べませんね」
一瞬、言葉を詰まらせた厨屋も、思わず視線を下に落とす。
「ぶらじる丸」は、空母改造にあたって、基本計画の時点で主機関を蒸気タービンに換装することが盛り込まれていた。
その設計案は、「浅間丸」の機関換装の設計図案を作成するにあたって、大いに参考になったと厨屋は聞いていた。
図らずも、「ぶらじる丸」が失われたことで、空母改装用の資材が宙に浮く形になったのだ。
「しかし、よく『浅間丸』の改装に着手していたものだ。蒸気タービンも昇降機も、無駄に遊ばせずに済むのだからな。だがこれで、いよいよ後戻りはできなくなったぞ」
勝見中佐は自らに言い聞かせるように、声に力を込めた。
厨屋もうなずく。
「はい。『ぶらじる丸』のためにも、計画の遅延は許されません」
それから十日ほどして、勝見中佐の話のとおり、待望の艦本式蒸気タービンが長崎三菱造船所の第三船台に運び込まれた。
実際のところ、昇降機はともかく、この蒸気タービンは「ぶらじる丸」用に用意されていたものと同一ではない。
建造計画の見直しの中で、各工廠や造船所の間で建造に使用する機関を玉突き的に入れ替えた結果、余った二基が「浅間丸」用として届いたのだ。
早速、蒸気タービンの設置と、スクリューおよびスクリュー軸の取付工事に着手すると、事前の準備が整っていたこともあって、工員たちの働きぶりも目に見えてよくなった。
やはり、自分たちのやっていることが無駄に終わるかもしれない、との思いがあると、決してサボタージュをするわけではないが、能率は落ちてしまうものなのだ。
なお、ディーゼル機関を蒸気タービンに乗せ換えたために船体の重心バランスが崩れることから、対策として「浅間丸」の船倉の一部には、バラストとして砂が詰められることになっている。
せっかくの浮力を無駄にするようで、厨屋としては忸怩たる思いがしたが、他に方法はなかった。
想定外の改装である以上、どうしても無駄が出てくるのは避けられなかった。
ともあれ、「浅間丸」の改装工事は一挙に勢いづき、順調に進み始めた。
蒸気タービンとスクリューの取付工事が問題なく終わると、いよいよ何もなかった船体に、艦橋と格納庫を設置する工事が始まる。
大穴が開いていた甲板が元通りに戻されるのにあわせて、左右の舷側からはおよそ五メートルほどの高さの支柱が間隔をあけて立ち上げられた。
この支柱に外板が張られ、上面に飛行甲板を張ることで密閉式の格納庫となるのだ。
艦橋については、舷側に島型艦橋を設置する方式も一度は検討された。
だが、やはり狭い甲板を少しでも広く使えるようにするほうが望ましいとの結論となり、他の客船改装空母同様に、飛行甲板の下に艦橋を設置する平甲板式が採用された。
新たな艦橋が客船時代の船橋よりもかなり前方にせり出した位置にあるのは、格納甲板をより広くとる必要があるためだ。
なお、格納庫と一体化しているため外部からは判りづらいが、艦橋部分の前後の幅はかなり短いものだ。
「頭の上を飛行甲板が覆いかぶさっているというのは、視界が塞がれるようで、不便になる気もしますが」
図面を確認しながら厨屋は危惧する。
「通常の航海には支障ないだろう。駆逐艦と大して変わらんよ」
勝見中佐は、頭上に飛行甲板が張り出す方式を、さほど気にしてはいない様子だった。
ただし、急降下爆撃を回避するための操艦については勝見中佐も留意している。
飛行甲板より低い位置に設置されているものの、舷側にあって上空の視界が開けている離発着指揮所から操舵を指示する仕組みが考えられていた。
(後は、搭載機だ)
厨屋は、「浅間丸」の飛行甲板から、航空機が勇躍発艦していく勇ましい光景を思い描く。
だが、首尾よく零戦と九七式艦攻を確保できるか、使い古しの複葉機を押し付けられる憂き目にあうかは、まだ明らかではない。
43
あなたにおすすめの小説
征空決戦艦隊 ~多載空母打撃群 出撃!~
蒼 飛雲
歴史・時代
ワシントン軍縮条約、さらにそれに続くロンドン軍縮条約によって帝国海軍は米英に対して砲戦力ならびに水雷戦力において、決定的とも言える劣勢に立たされてしまう。
その差を補うため、帝国海軍は航空戦力にその活路を見出す。
そして、昭和一六年一二月八日。
日本は米英蘭に対して宣戦を布告。
未曾有の国難を救うべく、帝国海軍の艨艟たちは抜錨。
多数の艦上機を搭載した新鋭空母群もまた、強大な敵に立ち向かっていく。
皇国の栄光
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年に起こった世界恐慌。
日本はこの影響で不況に陥るが、大々的な植民地の開発や産業の重工業化によっていち早く不況から抜け出した。この功績を受け犬養毅首相は国民から熱烈に支持されていた。そして彼は社会改革と並行して秘密裏に軍備の拡張を開始していた。
激動の昭和時代。
皇国の行く末は旭日が輝く朝だろうか?
それとも47の星が照らす夜だろうか?
趣味の範囲で書いているので違うところもあると思います。
こんなことがあったらいいな程度で見ていただくと幸いです
大和型重装甲空母
ypaaaaaaa
歴史・時代
1937年10月にアメリカ海軍は日本海軍が”60000トンを超す巨大戦艦”を”4隻”建造しているという情報を掴んだ。海軍はすぐに対抗策を講じてサウスダコタ級戦艦に続いてアイオワ級戦艦を4隻建造することとした。そして1941年12月。日米は戦端を開いたが戦列に加わっていたのは巨大戦艦ではなく、”巨大空母”であった。
九九式双発艦上攻撃機
ypaaaaaaa
歴史・時代
欧米列強に比べて生産量に劣る日本にとって、爆撃機と雷撃機の統合は至上命題であった。だが、これを実現するためにはエンジンの馬力が足らない。そこで海軍航空技術廠は”双発の”艦上攻撃機の開発を開始。これをものにしして、日本海軍は太平洋に荒波を疾走していく。
万能艦隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
第一次世界大戦において国家総力戦の恐ろしさを痛感した日本海軍は、ドレットノート竣工以来続いてきた大艦巨砲主義を早々に放棄し、個艦万能主義へ転換した。世界の海軍通はこれを”愚かな判断”としたが、この個艦万能主義は1940年代に置いてその真価を発揮することになる…
山本五十六の逆襲
ypaaaaaaa
歴史・時代
ミッドウェー海戦において飛龍を除く3隻の空母を一挙に失った日本海軍であったが、当の連合艦隊司令長官である山本五十六の闘志は消えることは無かった。山本は新たに、連合艦隊の参謀長に大西瀧次郎、そして第一航空艦隊司令長官に山口多聞を任命しアメリカ軍に対して”逆襲”を実行していく…
小沢機動部隊
ypaaaaaaa
歴史・時代
1941年4月10日に世界初の本格的な機動部隊である第1航空艦隊の司令長官が任命された。
名は小沢治三郎。
年功序列で任命予定だった南雲忠一中将は”自分には不適任”として望んで第2艦隊司令長官に就いた。
ただ時局は引き返すことが出来ないほど悪化しており、小沢は戦いに身を投じていくことになる。
毎度同じようにこんなことがあったらなという願望を書き綴ったものです。
楽しんで頂ければ幸いです!
仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか
サクラ近衛将監
ファンタジー
レブナントとは、フランス語で「帰る」、「戻る」、「再び来る」という意味のレヴニール(Revenir)に由来し、ここでは「死から戻って来たりし者」のこと。
昭和11年、広島市内で瀬戸物店を営む中年のオヤジが、唐突に転生者の記憶を呼び覚ます。
記憶のひとつは、百年も未来の科学者であり、無謀な者が引き起こした自動車事故により唐突に三十代の半ばで死んだ男の記憶だが、今ひとつは、その未来の男が異世界屈指の錬金術師に転生して百有余年を生きた記憶だった。
二つの記憶は、中年男の中で覚醒し、自分の住む日本が、この町が、空襲に遭って焦土に変わる未来を知っってしまった。
男はその未来を変えるべく立ち上がる。
この物語は、戦前に生きたオヤジが自ら持つ知識と能力を最大限に駆使して、焦土と化す未来を変えようとする物語である。
この物語は飽くまで仮想戦記であり、登場する人物や団体・組織によく似た人物や団体が過去にあったにしても、当該実在の人物もしくは団体とは関りが無いことをご承知おきください。
投稿は不定期ですが、一応毎週火曜日午後8時を予定しており、「アルファポリス」様、「カクヨム」様、「小説を読もう」様に同時投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる