【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬

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(三)

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 七月。

 ディーゼル機関四基の撤去が終わった「浅間丸」の船内では、蒸気タービンの設置するための空間を確保するとともに、スクリューの軸受を設置する準備が始まっていた。

 一方、船首部では水中聴音機の設置と、船首形状を変更する工事にとりかかっている。

 当初は九三式水中聴音機の設置が予定されていたが、艤装員長である勝見中佐が艦政本部と掛け合って、新型で大型艦用の零式水中聴音機に変更させた経緯がある。

 対潜護衛が「浅間丸」の主な役割になるため、敵潜水艦の動きを探知する水中聴音機に力を入れるべき、という勝見中佐の主張が通った形だ。

 この時、どうせ対潜水艦に注力するのであれば、艦首に8センチ単装砲、艦尾に爆雷投下台を設置する案が艦政本部から出されたというが、こちらは勝見中佐が断っている。


 ――「太平洋の女王」は耳ざとくとも、自ら手を下すことはない。戦うのは女王の臣下たる航空機である。


 いきさつを聞いた厨屋の頭に、そんな言葉が浮かんで消える。

 もっとも、「浅間丸」が搭載する航空機についても、現時点では確かなことは決まっていない。

 「浅間丸」の艦載機の定数自体、まだ確定していない。

 ただし、あくまでも設計図面上ではあるが、おおよそ零戦十機と九七式艦攻が十二機で、合計二十二機。

 そのほか、分解して格納される補用機が四機と見積もられていた。

 現状、九七式艦攻は対潜爆弾の搭載を前提としており、八十番こと八百キロ爆弾や、航空魚雷などを搭載して発艦することは、艦の速力と飛行甲板の短さから最初から断念されている。

 だが、現時点では、それらの定数の見積もりは絵に描いた餅も同然である。

 新型の航空機となれば、正規空母や基地航空隊との取り合いである。

 黙って上層部の指示に従っていたのでは、たかが特設空母と配備が後回しにされ、気づけば零戦と九七式艦攻のつもりが、固定脚の九六式艦戦と複葉の九六式艦攻になっていた、という事態になりかねない。

 いますぐどうこう、という話ではないが、航空隊の準備もまた、頭の痛い話だった。

(いや、先のことばかり考えても仕方ないか)

 厨屋は軽く頭を振り、目の前の現実に意識を戻す。

 そもそも引っ張りだこという点では、航空機同様、腕利きの聴音手もまた、駆逐艦のみならず、どの艦種であっても似たようなものであろう。

 せっかく新型の水中聴音機を備えても、扱う聴音手の技量が確かでなければ宝の持ち腐れである。
 
 果たして、「浅間丸」に、まともな機材や人材を確保できるだろうか。

(航空機はともかくとして、駆逐艦「谷風」の元聴音手に、艤装員長の顔が利くならありがたい話だが、そううまくいくとは限らんか)

 などと、厨屋は思う。

 その勝見中佐は、最大の懸案である昇降機と蒸気タービン確保のため、ディーゼル機関の取り外しが一段落した時点で、腰を落ち着けることなく、再び関係各所への働きかけのために出張中である。

 したがって、今は「浅間丸」改装の暁には副長が内定している厨屋少佐に、留守が任されている。

 艦首近くの作業の進捗を、工員の邪魔にならないように船渠の片隅から見守りつつ、厨屋は自分に勝見中佐のような巧みな折衝ができるのだろうか、と考えてしまう。

(「対米戦争で最初にフネを失った男」の汚名は、交渉において足かせにならないのだろうか。それとも、かえって押し出しが効く勲章なのだろうか)

 船渠の底から見上げると、盤木に支えられた「浅間丸」の船底が頭上からのしかかってくるような迫力がある。

 今、厨屋がいる位置からはわかりづらいが、「浅間丸」の船首を横から見ると、船底側がわずかに前に出たほぼ垂直の形をしており、高速発揮には不利な形状と言えた。

 今回、水線下の船首形状を変更する工事は、零式水中聴音機に設計通りの性能を発揮させることを第一の目的としているが、速力の向上にも寄与すると見込まれている、と厨屋は聞いている。

 担当の技師に言わせれば高速化といっても気休め程度で、せいぜい0.5ノット程度のものに収まるとの話ではある。

 だが、元々の最高速力が20ノットあまりの「浅間丸」にとっては、わずか0.5ノットとはいえ、馬鹿にできるものではない。

 ただ、建造から十年以上が経過し、さらに座礁事故により大きく傷ついた経歴を持つ船体は、丁寧な修理はなされているとはいえ、あらためて間近でみると目に見える凹凸があちこちにみられる。

 速力にこだわるならば、できることなら外板ごと張り替えたいところだが、工期と工費の問題もあり、そこまでは徹底できない。

 牡蠣やフジツボを削り落とし、塗装をしなおすのが精一杯だ。

 水線下の状況を一通り見て回った厨屋は、船渠の階段を登って地上に出る。

 「浅間丸」の甲板上で、船首側に艦橋、左右舷側に格納庫の支柱を建てるための測量が進められている様子が視界に入った。

「今のところ、作業はおおむね順調だ」

 厨屋は呟く。だが、言葉の意味ほどには表情は明るくない。

 この数日、工員たちの表情から迷いのようなものを厨屋は感じていたのだ。

 理由は明らかだ。

 このまま蒸気タービンと昇降機の調達に目途がつかない限り、このまま空母改装のための作業を進めても無駄になるのではないか、との思いが、覇気を奪っているのだ。

 「浅間丸」は、このまま解体されるのではないか、という噂話が風に乗って厨屋の耳にも届いていた。

「わかっていても、俺にはどうにもできん。艤装員長の手腕に頼らざるを得ないのか」

 無力感に、厨屋はひとり唇をかむ。

 だが、空母改装にあたっての最大の問題は、思わぬ形で解消されることになる。



 八月。

「我々にとって、良い話と悪い話がある」

 横須賀から呉を経由して久々に佐世保の艤装員事務所に姿を見せた勝見中佐は、挨拶もそこそこに、出来の悪い小説のような言い回しで切り出した。

 その表情からは、冗談を言っている様子は窺えない。

 出迎える厨屋は、あまり気の利いた返しもできないまま、居住まいを正して傾聴の姿勢をとる。

「まず、良い話だが、機関と昇降機の調達のめどがついた」

「それは、なによりです」

 厨屋は、思わず声を弾ませた。

 艤装員長である勝見自身が、以前に最大の課題としてあげていた二つが一挙に解決するというのだから、大きな前進と言える。

(いったい、艤装員長はどんな手を使ったんだ!?)

 だが、朗報をもたらした当の勝見中佐の表情はさえない。

 いやな予感がして、厨屋も表情を曇らせる。

「あまり、もろ手を挙げて喜べないような話なのでしょうか。悪い話もある、と仰っておられましたが」

 厨屋は恐る恐る尋ねる。

「そうだ。こちらに回ってくる蒸気タービンと昇降機は、元々『ぶらじる丸』の空母化のために用意されたものだ」

 これが悪い話だ、と勝見中佐は言葉を付け加えた。

 「ぶらじる丸」は、大阪商船が所有している「あるぜんちな丸」級の貨客船の二番船である。

 「浅間丸」と同じく、有事には特設空母への改装を前提として、三菱長崎造船所にて昭和十四年(一九三九年)に建造され、日米開戦後は海軍に徴傭後、特設運送船として輸送任務に従事していた。

 「浅間丸」にとっては、例えるならば父の異なる妹のような存在である。

 全長百六十七メートル、一万二千七百五十五総トンと、「浅間丸」と比べてやや小ぶりであるが、船体が新しいことから空母改装の対象に指定されていた。

「では、『ぶらじる丸』に、何か不具合があったのですか」

「独航中、トラック島沖で潜水艦に撃沈されたそうだ。まさに改装のために横須賀でドック入りするための航海中だったそうだが」

 むろん、勝見中佐らに仇敵の名が判るはずもないが、八月五日に「ぶらじる丸」を雷撃して撃沈したのは、米海軍のガトー級潜水艦二番艦の「グリーンリング」であった。

「……それは、確かに素直に喜べませんね」

 一瞬、言葉を詰まらせた厨屋も、思わず視線を下に落とす。

 「ぶらじる丸」は、空母改造にあたって、基本計画の時点で主機関を蒸気タービンに換装することが盛り込まれていた。

 その設計案は、「浅間丸」の機関換装の設計図案を作成するにあたって、大いに参考になったと厨屋は聞いていた。

 図らずも、「ぶらじる丸」が失われたことで、空母改装用の資材が宙に浮く形になったのだ。

「しかし、よく『浅間丸』の改装に着手していたものだ。蒸気タービンも昇降機も、無駄に遊ばせずに済むのだからな。だがこれで、いよいよ後戻りはできなくなったぞ」

 勝見中佐は自らに言い聞かせるように、声に力を込めた。

 厨屋もうなずく。

「はい。『ぶらじる丸』のためにも、計画の遅延は許されません」



 それから十日ほどして、勝見中佐の話のとおり、待望の艦本式蒸気タービンが長崎三菱造船所の第三船台に運び込まれた。

 実際のところ、昇降機はともかく、この蒸気タービンは「ぶらじる丸」用に用意されていたものと同一ではない。

 建造計画の見直しの中で、各工廠や造船所の間で建造に使用する機関を玉突き的に入れ替えた結果、余った二基が「浅間丸」用として届いたのだ。

 早速、蒸気タービンの設置と、スクリューおよびスクリュー軸の取付工事に着手すると、事前の準備が整っていたこともあって、工員たちの働きぶりも目に見えてよくなった。

 やはり、自分たちのやっていることが無駄に終わるかもしれない、との思いがあると、決してサボタージュをするわけではないが、能率は落ちてしまうものなのだ。

 なお、ディーゼル機関を蒸気タービンに乗せ換えたために船体の重心バランスが崩れることから、対策として「浅間丸」の船倉の一部には、バラストとして砂が詰められることになっている。

 せっかくの浮力を無駄にするようで、厨屋としては忸怩たる思いがしたが、他に方法はなかった。

 想定外の改装である以上、どうしても無駄が出てくるのは避けられなかった。



 ともあれ、「浅間丸」の改装工事は一挙に勢いづき、順調に進み始めた。

 蒸気タービンとスクリューの取付工事が問題なく終わると、いよいよ何もなかった船体に、艦橋と格納庫を設置する工事が始まる。

 大穴が開いていた甲板が元通りに戻されるのにあわせて、左右の舷側からはおよそ五メートルほどの高さの支柱が間隔をあけて立ち上げられた。

 この支柱に外板が張られ、上面に飛行甲板を張ることで密閉式の格納庫となるのだ。

 艦橋については、舷側に島型艦橋を設置する方式も一度は検討された。

 だが、やはり狭い甲板を少しでも広く使えるようにするほうが望ましいとの結論となり、他の客船改装空母同様に、飛行甲板の下に艦橋を設置する平甲板式が採用された。

 新たな艦橋が客船時代の船橋よりもかなり前方にせり出した位置にあるのは、格納甲板をより広くとる必要があるためだ。

 なお、格納庫と一体化しているため外部からは判りづらいが、艦橋部分の前後の幅はかなり短いものだ。

「頭の上を飛行甲板が覆いかぶさっているというのは、視界が塞がれるようで、不便になる気もしますが」

 図面を確認しながら厨屋は危惧する。

「通常の航海には支障ないだろう。駆逐艦と大して変わらんよ」

 勝見中佐は、頭上に飛行甲板が張り出す方式を、さほど気にしてはいない様子だった。

 ただし、急降下爆撃を回避するための操艦については勝見中佐も留意している。

 飛行甲板より低い位置に設置されているものの、舷側にあって上空の視界が開けている離発着指揮所から操舵を指示する仕組みが考えられていた。

(後は、搭載機だ)

 厨屋は、「浅間丸」の飛行甲板から、航空機が勇躍発艦していく勇ましい光景を思い描く。

 だが、首尾よく零戦と九七式艦攻を確保できるか、使い古しの複葉機を押し付けられる憂き目にあうかは、まだ明らかではない。
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