【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬

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 「浅間丸」に着任した乗組員の数は、いまだ定数を満たしてはいない。とはいえ、航行に支障がないだけの人員は確保されていた。

 重油の補給を受け、真水や食料などの物資を積み込んだ「浅間丸」では、公試のための出港に先立ち、艦長室となる部屋の前に設けられた艦内神社に勝見大佐以下の主要な士官が集まり、航海の無事を願って礼拝をおこなった。

 神社の勧請にあたっては、勝見大佐の働きかけで「浅間丸」と名前の所縁がある浅間大社から分祀が行われている。

 いずれ軍艦として鷹のつく名前に改名されることを見越して、元の客船時代の名を艦内神社に残そうとの意図ではないか、厨屋はそんな風に推量している。

 なお、艤装員の間では、「浅間丸」にどのような軍艦名が与えられるのか、賭け事じみた予想が流行っている様子が窺えた。

 漏れ聞くところでは、「朝鷹」「翔鷹」(または「祥鷹」)「天鷹」といった名前が候補としてあがっているようだ。

 予想した当人らが意図したことではないのだろうが、「徴傭」「商用」「転用」と、どれも皮肉めいた単語に通じる名前だというのが、厨屋には妙におかしかった。



 「浅間丸」は勝見大佐の指揮の元、伊予灘まで自ら航行したのち、公試に臨む。

 やや荒れ模様の天候の中、一定間隔で海面に浮かんでいる標柱の間を航行して速力を測定する。

 機関室では、乗組員の他、多数の工員がうなりを上げる蒸気タービンが不具合を起こさないか、点検のために張り付いている。

 計測は、基準速力からはじまり、全力運転まで数度にわたって繰り返される。

「只今の速力、二十三・三ノット」

 最後の測定となる全力運転による計測結果を知らせる報告の声に、艦橋に居合わせた勝見大佐以下の将兵からは、驚きとも嘆息ともつかぬ声が漏れる。

「陽炎型駆逐艦の蒸気タービンに換装すれば、二十五ノットは固いと言っていた技師がいた気がするが、すっかりあてが外れたな」

 厨屋としては残念な思いがして、ついそんな言葉をつぶやいてしまう。

 水中聴音機の設置にあわせて、速力向上を企図して艦首の形状まで加工した効果は、果たしてあったのか、なかったのか。

「いやいや、元々の船体は外板もディーゼル機関もくたびれていて、十八ノットがせいぜいだったと聞きます。改装して、二十三ノットも出るようになったのだから上出来でしょう」

 苦笑しながら首を振るのは、航海長となる田丸少佐だ。

「まあ、それはそうだが」

「どの道、逆立ちしたところで三十ノット出る訳がないのだ。それでも、射出機が計画通りの能力が発揮できるなら、二十三ノットでも充分に役に立てるはずだ」

 前方を見据えたまま、勝見大佐がその場をまとめた。



 その後、舵の利き具合や回頭時の傾斜具合などを確かめたのち、日を改めて高角砲や機銃、また水中聴音機の動作に関する公試が行われ、最後に油圧式射出機の試験稼働が行われた。

 試製の油圧式射出機は、導入にあたって陣頭に立って奔走した松木技師の名前をとって、もっぱら「タイラ式射出機」と操作員からは呼ばれていた。

 名字そのまま「マツキ式」と呼ばないのは、「まるでイタリア製のように聞こえるからだ」などという話を厨屋は耳にしたが、真偽のほどは定かではない。

 射出機は、六トン程度の機体であれば、離陸に必要な速力を与えられると計算されていた。

 もちろん、ぶっつけ本番で人間の乗った航空機を射出する訳にはいかない。

 試験のために作られた、車輪がついた使い捨てのダミーの重量物をセットして射出する試験が連続して繰り返される。

 なお、この重量物を飛行機らしい形にするため、七生報国運動で回収されたスクラップが用いられている。

 元々、十機程度を連続して射出すると性能が維持できなくなることは折り込み済であったが、試験では五機目を射出した直後に、懸念されていた油圧シリンダーからの油漏れが顕著に見られ、課題を残した。

 もちろん、射出機の性能が予定通りにまだ出ていなくても、それだけで「浅間丸」の海軍への引き渡しが拒まれることはなかった。

 油漏れについては、シール材の改良を継続することで対処するしかない。

「あとは、航空隊の仕上がり具合だ」

 発着指揮所から射出機の試験を眺めていた厨屋は、ふと空を見上げ、零戦三二型と九七式四号艦攻が翼を連ねて「浅間丸」の上空を飛んでいく姿を想像した。



 「浅間丸」の航空隊は、初代の飛行隊長に就任予定の小弓大尉の元、大分県の海軍航空隊大村基地にて十二月のはじめに編成された。

 戦闘機隊については零戦三二型が十機、予定通り揃っていたが、再生機である九七式四号艦攻については、まだ十二機分が揃わないままの滑り出しとなった。

 それでも中島飛行機の山口技師は約束を守り、年内には十二機をどうにか確保できた。

 だが、発動機の火星二一型の調達と、歩留まりの悪い大径プロペラの生産が思うに任せず、「浅間丸」に分解して運び込まれる補用機は、通常の九七式三号艦攻とせざるを得なかった。

 同じ九七式でも三号と独自開発の四号では形状が異なる部品が多く、互換性は意外と低い。

 つまり、四号艦攻は損傷しても、すぐには補充は利かないものと考えざるを得ない。

「まあ、なんとかするしかないですな」

 大村基地と艤装事務所を数度往復して状況を聞いている万代大尉は、半ばあきらめ顔だ。
 
 なお、恐るべき高性能を持つ九七式四号艦攻であるが、再生機のために本来の栄エンジンが調達できず、不格好になっているのだと認識されたため、大村基地の他の搭乗員がうらやましがることはなかったという。



 公試を終え、いったん長崎三菱造船所に帰還した「浅間丸」は、こまごまとした措置を受けたのち、正式に海軍へと引き渡された。

 母港に指定された横須賀へと向かう四国沖にて、大村基地から飛び立った航空隊を収容する。

 十二機の九七式四号艦攻に続き、十機の零戦三二型が次々と着艦してくる。

 まだまだ危なっかしい操縦をする搭乗員もおり、寸前で着艦を断念して航過する機体があるなど、緊張を強いられる時間が続く。

 その間にも、前部の昇降機がひっきりなしに上下し、着艦した機体を一段下への格納甲板へと送り出し続ける。

 雑な収容をすると、総数二十二機の機体が格納庫に収まりきらなくなるため、甲板要員はみな必死である。

 幸い、事故を起こすことなく全機が無事に着艦を終える。

「収容、完了しました」

 着艦の様子を見守っていた厨屋は、発着指揮所から艦橋に戻って、艦長席の勝見大佐に報告する。

「うむ。ようやく、航空母艦になったな」

 感慨深げな勝見大佐の呟きに、大きく首肯する厨屋である。



 二月一日。
 特設航空母艦「浅間丸」は、新設間もない第三海上護衛隊の第二航空護衛戦隊に編入された。

 東南アジアと内地の航路の護衛を担当する第一海上護衛隊が南西方面艦隊所属であり、南洋諸島と内地の航路の護衛を担当する第二海上護衛隊が第四艦隊所属であるのに対して、第三海上護衛隊は連合艦隊直属となっており、担当海域も指定されていない。

 なお、第二航空護衛戦隊を構成する軽巡洋艦「天龍」と駆逐艦「澤風」「汐風」は、いずれも今シンガポールに進出しているという。

 第二航空護衛戦隊に合流するため、単独で横須賀を出港した「浅間丸」は、完熟訓練を兼ねて、横浜港を出港してシンガポールに向かう六千総トンの中型貨物船「佐南丸」を護衛する任につくことになった。

 独航していて撃沈された「ぶらじる丸」のように護衛がつかないことに、厨屋の胸に一抹の不安もよぎる。

 だが、どこも護衛艦艇の手は足りていないのだ。

「佐南丸」がほとんど非武装で送り出されているのを思えば、あまり文句も言えない。

「自分の身は、自分で守れということだ」
 勝見大佐の言葉に、うなずく他はない。

 なお意外なことに、「浅間丸」の改名については、出港までになんの通知も届かなかった。
「いつまで特設航空母艦の扱いなんだろうな」

 艦橋にて、厨屋は首をひねる。

 なお、「浅間丸」は、零式水中聴音機を有効に活用して敵潜水艦を探知するため、「佐南丸」の前方を航行しており、艦橋からは「佐南丸」の姿を視界に収めることはできない。

「員数外の空母だから、大臣が存在を知らないんじゃないですかね」

 航海長の田丸少佐が皮肉げに笑ってみせる。

「いっそ、このまま『浅間丸』でもいいかもしれん。軍艦っぽくないというのなら、丸をとって、『浅間』とか」

「山の名前を付けると甲巡になってしまいますよ。といいますか、先代の『浅間』がいちおうまだ残ってますし」

 田丸少佐は厨屋の言葉に、笑みを消して応じる。

 日露戦争時の日本海海戦にも参加した一等巡洋艦「浅間」は、昭和十年(一九三五年)に呉への移動中に座礁し、竜骨を損傷するなど大きな損害を負っている。

 なんとか呉にはたどり着いたものの、老朽化が激しく、現在は練習特務艦という名目で係留されている。軍艦籍からは削除されて久しいが、襲名するのは難しいだろう。

「判っているよ。まったく貴官は、自分は冗談ばかり言う割に、他人の軽口には厳しいな」
 厨屋が口をへの字にするが、田丸少佐は軽く肩をすくめただけだった。

 艦名はともかく、航行中も「浅間丸」の対潜護衛任務については試行錯誤の状態が続く。

 実のところ、厨屋は日本海軍には航空母艦を用いて商船を潜水艦から守るための戦術というものが、これほどまでに研究不足だとは思ってもみなかった。

 なにもかもが手探りである。

 例えば、今も上空には四機の零戦が直掩についている。

 まだ日本の勢力圏内であるが、訓練としての意味合いも含め、効率的な防空配置についての研究も兼ねている。

 通常、日本の戦闘機は三機で小隊を組むが、「浅間丸」では二機小隊が採用されている。

 これは戦術的な要請というよりも、搭載機数の都合が大きい。

 なにしろ「浅間丸」に搭載されている零戦は、常用十機しかないのだ。
 単純に三機小隊を組むと、小隊が三つと余りの一機となる。

 三つしかない小隊で、日中の直掩を三交代とした場合は、すべての小隊が毎日同時刻の直で回す形にならざるを得ず、まったく整備の余裕がなくなってしまう。

 そこで、二機小隊を五つ組む形に改めることにより、上空に四機を張り付かせつつ、時間差で二機ずつ交代させるといった運用が可能になる。

 一方、九七式四号艦攻は通常どおり三機ずつ、四つの小隊を組む。

 三角形の編隊を組んで同一目標に対する水平爆撃を行う公算爆撃で、一発の命中を狙うためだ。

 だが、艦攻の運用に試行錯誤がいらない訳ではない。

 爆装、あるいは雷装して対艦攻撃に出撃した場合、残念ながら会敵できずに帰還した際は、抱えた爆弾なり魚雷なりは着艦前に投棄する。

 着艦時の衝撃で暴発でもすれば、機体のみならず空母の船体にまで被害が及ぶためだ。

 一方、対潜哨戒では、敵潜水艦を発見しないまま帰還することを前提に発進させることになる。

 攻撃の機械がなかった場合に、胴体下に吊り下げた対潜爆弾をどうするかが問題となってくる。

 九七式四号艦攻は、対潜用の六番こと六十キロ爆弾であれば、六発を吊って飛ぶことができる。

 八百キロ爆弾などに比べればその威力は限定的とはいえ、危険物であることに違いはない。

 安全を考えるならば投棄すべきだろう。

 だが、毎度毎度、着艦の度に爆弾を捨てていたのでは、いくら「浅間丸」の爆弾庫に対潜爆弾を詰め込んでいたとしても、とても追いつくものではない。

 だからといって、爆弾を積まずに敵潜水艦の捜索にのみあたり、攻撃は呼び寄せた後続の味方に任せる対応では、機を逸する可能性が高くなり、望ましいやり方とも思えない。

 けっきょく、六番爆弾を一発だけ積んで哨戒にあたり、空振りの場合は爆弾を抱えたまま着艦するという取り決めがなされた。

 六番が一発だけなら、着艦時の悪影響は少ないであろうし、万が一着艦時の衝撃に爆弾が懸吊架から外れて爆発したとしても、飛行甲板に大穴があくほどの被害は出ないだろうとの妥協の結果の結論である。

 当然、六号爆弾一発では、仮に潜水艦を発見して投弾に成功しても、仕留めきれる可能性は低い。

 そのため、次の直として準備する九七指揮四号艦攻には六番爆弾を六発積んで待機させることになる。

 苦肉の策であるが、毎回、出撃直前になって五発分の爆弾を外してから飛び立つ手順とならざるをえないため、整備員からは無駄手間だと大変に不評であった。

「毎日この調子では、整備員がへばってしまいますな。もうすこし、スマートなやり方があればよいのでしょうが」

 万代少佐は、飛行隊長の小弓大尉と連日協議を重ねるが、なかなかよい手が浮かばないのが現状だった。

 不評と言えば、油圧式射出機による発艦も、数機飛ばしただけで油漏れを起こすため、整備にかかる要員からは連続動作は嫌がられていた。

 こればかりは、廉度を高めようが気合を入れようが、どうにもならない。

 しかし、いざという時に射出機を使いこなせないのでは困る。面倒でも、訓練は欠かせなかった。

 加えて、航空隊については、発着の訓練だけでは済ませられない。

 潜水艦の襲撃を警戒しながらも、日中は「浅間丸」を直掩する零戦隊による防空戦闘、および艦攻隊による対艦攻撃の訓練が繰り返される。

「こうなると、訓練用に九九式艦爆を一、二機積めればよかったのかな。降爆相手の訓練ができないのは手抜かりだったな」

 ないものねだりを口にしつつ、勝見艦長は、しばしば自ら舵輪を握る。

 九七式艦攻は、「浅間丸」を標的に見立てて襲撃する。

 水平爆撃だけでなく、射出機の性能が安定すれば雷装で出撃させることも可能となるため、雷撃の訓練も行う。

 「浅間丸」の舷側に並ぶ機銃と高角砲が、砲術長の簑島少佐の指揮のもと、砲口を接近する九七式艦攻攻撃隊に指向する。

 だが、勝見艦長は射撃のしやすさを考慮して「浅間丸」を直進などさせない。

 むしろ、限界を試すように鋭く船体を右に左に回頭させ、機関出力についても細かな指示を飛ばす。

 照準を合わせやすいよう直進するつもりの毛頭ない、本気の回避運動である。

 不規則に左右に転舵する艦上にあって、高速で接近する航空機に照準をあわせるのは一苦労だ。

 簑島少佐はきわめて真剣に指揮を執っているのだが、実戦であれば激しく撃ち上げられる高角砲弾の炸裂やや機銃弾の曳光弾の光は当然ない。

 接近する攻撃機を阻止できているのか、発着指揮所で上空を見上げている厨屋には今一つ実感がつかめない。

 このように、もっぱら訓練ばかりで護衛としての意味があるのか判らないような有様ながらも、幸いにして敵潜水艦の発見の警報が出ることもなく、航海自体は平穏であった。
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