【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬

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(十二)

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「あれは、明らかに日本軍の艦上機だった。インド洋に日本の空母がいる、という情報は本国の情報部はつかんでいないようだが、たまにはこちらから教えてやるのも良いかもしれないね」

 「インドミタブル」の航海艦橋で、ヴィアン少将の皮肉に笑うものはいなかった。

 英艦隊は、東南東から接近してきた日本軍の艦上機らしき索敵機を取り逃がしていた。

 攻撃隊が帰還する時刻にはまだ早かったが、エンジンの不調で戻ってきた味方機と誤認したため、対処が遅れたのだ。

 味方にしては方位も速度もおかしいことに気づかなかったのは、油断としかいいようがない。

 敵機だと気づき、急いで高角砲が打ち上げられたものの、損傷を与えることはできなかった。

 このタイミングで敵に接触されることは予想外だったうえ、日本軍の主力艦攻である九七式艦攻にしては、思いのほか高速であったことも撃墜出来なかった一因だ。

「シーハリケーンが追撃を求めております」

 直掩にあげていたシーハリケーン三機は、位置関係の悪さもあってあっけなく取り逃がしている。

「無駄だ。敵機はすでに発見した旨を打電しているぞ」

 ヴィアン少将は、通信室から電波を傍受したとの報告を受けていた。

 平文の日本語であったが、英訳された通信文からは、空母二隻発見との言葉が読み取れた。

「後をつけさせては」

 参謀長の進言に、ヴィアン少将は首を横に振る。

「シーハリケーンにやらせるには間が悪い。そろそろ燃料切れだろう」

 シーハリケーンは、航続距離がおよそ四百浬しかないのが泣き所だ。

 たとえ燃料が満タンの状態であっても往復二百浬しか飛べないとなると、送り狼をやらせるのにこれほど不適な機体もない。

 かといって、今から別の機体を発艦させたところで追いつけまい。それよりも、あらためて索敵を出したほうが確実だと思われた。

「偵察機を出す。敵の位置を発見し次第、攻撃隊を出すぞ。準備を急ぐように」

「すぐ、索敵プランを立案します」

 ヴィアン少将の宣言に、航空参謀が緊張した面持ちで応じる。

 問題は日本の空母の位置だが、ヴィアン少将の推理は明確だった。

 まず、一昨日に貨物船二隻が撃沈された位置と、今朝拿捕されたディアマンテ号の位置から推察される攻撃範囲のうち、まさか空母でありながらオーストラリアへの航路上にのこのこ姿を見せるとは考えられない。

 すなわち、航路から外れた南北どちらかということになる。

 加えて、朝一番に周辺に放ったアルバコアが発見していない以上、その索敵範囲の外側にいるはずだ。

「陸上基地からの偵察を避けたいとの意識が働くであろうから、インド亜大陸やセイロン島に近づく北側にいるとは考えづらい。すなわち、いるのはオーストラリア航路の南側。おそらく、このあたりだ」

 ヴィアン少将は、海図の一点を指さす。

「承知しました。南東側を重点的に索敵させます」

「アルバコアでは遅すぎる。遠くまで飛んでもらわねばならんからな。ファイアフライを出せ」 

 多種多様の艦載機の中から、複座戦闘機ファイアフライを偵察機として用いるようヴィアン少将は命じた。

 偵察機としては、三座のアルバコアのほうが手堅いのは確かだ。

 しかし、ファイアフライの最高速力は時速五百キロ超とアルバコアの倍ほども速く、増槽をつけると航続距離でもアルバコアを上回っている。

 艦隊は東進しているとはいえ、朝方のアルバコアの索敵範囲外にまで足を延ばす必要があるとなると、より遠くまで飛べる機体を選択することは必須だった。



 ほどなくして、トライヴァル級駆逐艦二隻のみを船団の護衛に残して、英艦隊は二十ノット以上に増速して東進をはじめた。

 言うまでもなく、まだ見ぬ日本艦隊との間合いを詰めたうえで、攻撃隊を出撃させるためだ。

「こちらから攻撃を仕掛けず、守りに徹する考えもあるかと存じますが」

 参謀長の進言を、ヴィアン少将は言下に否定する。

「何を言う。そのような消極姿勢で本国に顔向けできるものか。日本の空母は我々の手で必ず仕留める。インド洋でわが海軍が正規空母を展開して日本の空母と対峙できる機会など、今後そうそうあるものじゃないぞ」

「……承知しました」

 参謀長はそれ以上は逆らわずに引き下がる。彼にしても攻撃を厭うている訳ではない。ただ、司令官と異なる視点を提供するのが己の役目と心得ているだけだ。

 日本海軍の艦載機が航続距離に優れ、しばしば米空母機動部隊の攻撃圏外から飛来したとの事例は英海軍にも伝えられている。

 間合いを詰めなければ一方的にたたかれかねないことは参謀長も理解していた。

 やがて、「インドミタブル」と、その右舷側を航行する「フォーミタブル」の飛行甲板から、ファイアフライが合計五機、次々と飛び立っていく。

 そして、ファイアフライの発艦終了と相前後して、先に差し向けていた攻撃隊から、「」ディアマンテ号を撃沈した」との通信が届いた。

 出撃時に指示したとおり、東に向かって遁走しているという駆逐艦についてはあえて攻撃していない。

「もう、そんなに時間が経ったか」

 ヴィアン少将は眉間をもんだ。

「まだ攻撃を終えておらず、爆弾や魚雷を抱えている機体はいかがいたしますか」

 航空参謀がおずおずといった調子で問いかける。

「燃料が多く残っている三機ほどを、逃げる駆逐艦の進路前方を索敵させるように。それ以外は寄り道せず、ただちに帰還するよう伝えてくれたまえ」

 ヴィアン少将は、この駆逐艦は囮であり、本隊は必ず別の海域にいると踏んでいたが、あくまでも推測であり絶対ではない。周辺海域にほかの艦艇がいないことを確かめておく必要があった。

「了解しました」

「頼むぞ」

 ヴィアン少将は航空参謀にうなずき返すものの、いざ日本空母を発見した段になって、実際にどれだけの数の攻撃隊を出すかを思案すると、いささか表情も曇る。

 そもそも「インドミタブル」「フォーミタブル」二隻をあわせて、搭載機数は定数を大きく割り込み、六十機ほどでしかない。

 そのうち二十機は日本が拿捕したディアマンテ号を撃沈するために出撃し、任務を終えて三機以外は帰路についたところだ。

 したがって、残るは約四十機。

 先ほど新たに索敵のためファイアフライ五機を出し、さらに日本側が先手を取って攻撃を仕掛けてくる可能性に備えて戦闘機を十機ほど直掩に残すとなると、出せるのは二十五機ほどにしかならない。

 日本側がインド洋に潜り込ませきた空母は、小型空母が一隻か二隻程度だとヴィアン少将は見込んでいる。

 太平洋における戦況から言って、日本海軍にインド洋に正規空母を回している余裕はない。正規空母はすべて日本本土で修理中か、ソロモン海方面で米海軍とにらみ合っているはずだ。

 だが、もし読みが外れて正規空母と対峙する羽目になったら、攻撃隊が二十五機程度ではいかにも心もとない。

 かといって、帰還した二十機を整備のうえで、攻撃隊に加える時間の余裕はないかもしれない。

(意外と難しい戦いになるかもしれん)

 ヴィアン少将は心中ひそかに覚悟を固めた。



「九時方向、黒点一あり!」

 小弓大尉が乗る九七式四号艦攻の操縦士である藤松飛曹長が、めざとく敵影を見つけて報告する。

「相変わらず、いい目をしている。……索敵機のようだな」

 偵察員席に陣取る小弓大佐は、双眼鏡で示された方角を確かめてつぶやく。

 彼が見るところ、偵察機の針路は、攻撃隊と逆方向のようだ。

 つまりそのまま直進されれば、敵の偵察機が第二航空護衛戦隊を発見することは確実だろう。

「奴さん、こちらに気づいているでしょうか」

 言外に撃墜すべきではとの意味をこめて藤松飛曹長が尋ねる。

「数はこちらのほうが多い。そりゃ、こっちから見えるなら、向こうからだって見えるだろうよ」

 小弓大尉は軽く応じながら、考えを巡らせる。

 彼が率いるのは、零戦三二型六機、九七式四号艦攻九機からなるささやかな攻撃隊だ。

 素知らぬ顔で飛び去ろうとしている索敵機らしき機影を見送るべきか。それとも零戦をいくらか分派して撃墜させるべきか。

 迷いは一瞬だった。ただでさえ少ない手数を割くのは得策ではない。

「……こちらからは手を出さん。それより電信員、『浅間丸』に偵察機がそちらに向かうと打電しろ。距離と針路も忘れるな」

「了解しました!」

 最後尾の電信員席で、久和田二飛曹が暗号電文を組み始める。

 九七式四号艦攻の通信機材では傍受できないが、今頃は、敵の偵察機も同じように攻撃隊発見の通信を送っているはずだ。



 「インドミタブル」艦上は、いささか殺気立っていた。

 ディアマンテ号を撃沈して帰還した機体が飛行甲板に次々と降り立つ最中、索敵に出たファイアフライのうち一機から、「日本軍機、約二十機がそちらに向かう。注意されたし」という通信が届いたのだ。

 「浅間丸」から出撃した攻撃隊の実数は十五機なのだが、五機ほど多く見積もっていることにヴィアン少将らが気づく由もない。

 なお、日本の攻撃隊は一機だけの索敵機にちょっかいを出すまでもないと考えたのか、戦闘機が迎撃に向かってくる様子はなかった。

 ただし、敵攻撃隊が暗号で電文を打電したのは傍受されている。

「レーダー手、対空レーダーは問題なく稼働しているな?」

「問題ありません。まもなく、敵編隊が探知圏内に進入するものと思われます」

「よし。航空参謀、機体の収容と攻撃隊の発艦は間に合いそうか」

 ヴィアン少将は気ぜわしげに航空参謀に尋ねる。

 航空参謀は、「少々お待ちください」と断り、海図台に向かって彼我の距離を測り、所要時間を計算しはじめた。

「……どうにか、敵の攻撃隊が姿を見せる前に出し終えられると思われます。ただし、いま収容中の機体については、攻撃隊に加えているだけの時間の余裕はないと思われます」

 元々、米海軍の機体に機種転換することが前提であったため、「インドミタブル」「フォーミタブル」両空母には、搭載機数よりも搭乗員のほうが倍ほども多い。

 そのため、帰還した搭乗員の疲労を考慮する必要はないのだが、燃料補給と点検にとられる時間を考えると、再出撃は現実的ではなかった。

「やむをえまい。索敵機はじきに敵艦隊を見つけ出すだろう。先に、出撃準備の整った機体からまずは出撃させよう」
「司令。消極策と思われるでしょうが、敵が二十機程度であるなら、ここはいったん迎撃に徹するのも手ではないでしょうか」

 参謀長が険しい表情で進言する。

 ヴィアン少将も、参謀長が言わんとすることは理解していた。

 繰り返しになるが、搭載されている寄せ集めの艦戦には、これといって強力な機体はない。

 なかでも最も期待できるのはシーハリケーンだが、空母二隻合わせて六機しかない。

 うち三機はディアマンテ号攻撃の護衛として出撃し、帰還したばかりだ。

 あとは複座戦闘機のフルマーや、複葉機のシーグラディエイターなど、一線級にはほど遠い機体ばかりである。

 迎撃に徹すると言っても、大した事はできないのが本当のところだ。

 こうなると、速度性能を買ってファイアフライ五機を偵察に出してしまったことが悔やまれるが、もちろんヴィアン少将はそのような弱音を口にはしない。

「……いや、やはり攻撃隊は出そう。ここで手を緩めては敵空母を取り逃がす恐れがある。二十機ほどの攻撃であれば、凌ぐことは難しくなかろう」

 しばしの黙考の末、ヴィアン少将は未知の日本空母への警戒心もあり、そう結論付けた。

 この時、「浅間丸」の最大速力がたかだか二十三ノット程度であることを知っていれば、判断は違っていたかもしれない。

 もちろん、ヴィアン少将も空母の装甲だけを頼りにして、迎撃態勢をおろそかにするつもりはない。

 今や虎の子といってよいシーハリケーンについて、攻撃隊に三機つけて送り出す一方、帰還したばかりの三機の機体を最優先で整備し、直掩に加えるように命じていたのだ。

(敵攻撃隊が二十機程度なら、この三機のシーハリケーンの存在は大きいはずだ)

 ヴィアン少将はそう確信していた。
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