人質同然だったのに何故か普通の私が一目惚れされて溺愛されてしまいました

ツヅミツヅ

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100、閑話 -序章7-

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 次の日、嵐はまだマグダラスの王都に停滞している。
 雨は激しく大地に叩きつけられ、風は唸り声を上げて吹き荒れていた。
 嵐が過ぎ去れば、マグダラスを発つ。
 最低限の荷物を木箱に詰めて行く。
 とても一国の王女の嫁入り道具とは言えないものだった。
 ノロノロと絶対に生活する上で必要な物だけを詰めて行く。
 里心を持ってしまうので今までの思い出の品などは持っていかない事に決めた。

 先日弟からもらったハンカチを眺める。
 父からもらったブローチ、母からもらった髪飾り。
 どれも王女への贈答品としては国の体裁に耐えるものではないが、素朴で品が良く、家族の想いが詰まった品だった。
 これらも全て置いて行く。

 ふうと溜め息を吐いたところに部屋の扉のノックが鳴った。
「はい?」
「姉上」
「テオフィル。なぁに? どうしたの?」
「今、いい?」
「いいわよ。どうぞ」

 テオフィル王子は笑顔を湛えてレイティア姫の部屋に入った。
「あ、それはこないだ僕らがあげた誕生日の贈答品プレゼントだね」
 座り込んで荷造りをする姉の横に、テオフィル王子も同じ様に座り込んだ。
「……うん。だけど、置いて行くの」
「そっか……。荷物はそれだけ?」
「そうよ。身軽な方がいいかと思って」
 テオフィル王子は俯く。
 そしてしばらく、沈黙が続く。
 レイティア姫はテオフィル王子の言葉を待った。

 テオフィル王子は意を決して姉に話し始める。
「……僕、姉上はずっと僕の傍にいて、昨日みたいにずっと励ましてくれるものだと思ってたんだ……。だけど、いなくなるんだね」
 レイティア姫はそれに黙って微笑んで応える。
「姉上……。僕、頑張るよ。やっぱり自信は無いけど、でもいっぱい勉強して、剣の稽古も嫌がらずに頑張るよ」
「……うん。そう言ってくれたら、安心してマグダラスを離れられるわ」
「……姉上は……グリムヒルトで無茶しないでね? 絶対生きていてね。王様に食ってかかったりしないでね」
「大丈夫よ。無茶しないから。安心して」
 テオフィル王子は笑いながら言った。
「嘘だぁ~。姉上は絶対無茶するよ。きっと王様を諌めたりするんだ」
「そりゃお諌めはするわよ。臣下になる様なものなのに、お諌めしなかったら居る意味ないじゃない」
「……今までみたいに誰も止めてくれないんだよ? ……殺されてしまったら元も子もないんだからね?」
「……うん、わかったわ。気をつける」
「……うん。姉上。この国は僕が守るから。僕がどんな事をしても守るよ。姉上が守ってくれた様に。だからね、安心してお嫁に行って。グリムヒルトでは自分の幸せを第一に考えて」
「……テオフィル……。……ありがとう……」
 二人は手を繋ぐ。
 そして昨日母が自分にした様にレイティア姫はテオフィル王子の頭に頬を寄せ、二人はしばし、そのまま過ごした。

 その夜は家族で最後の夕食を摂った。
 皆敢えて普段と変わりなくその時を過ごす。
 いつもの様に穏やかに笑い合い、少しずつ雨足が弱まって行くのを感じながら、その時間を大切に大切に過ごした。

 レイティア姫の産まれた時の話を、テオフィル王子が産まれた時の話を、幼い頃のレイティア姫の話を、羊型の幻獣に軽く突き倒されて大泣きに泣いていた話を、父と喧嘩をして山まで家出してしまった話を、レイティア姫の行動力にほとほと困り果てていた幼い頃の思い出を家族で笑い合いながら話した。
 食事を終えて湯浴みをして、いつも通りに眠る。

 いつもと変わらない最後の夜を、レイティア姫は選んで過ごした。

 次の日の天気は快晴だった。
 夜中のうちに嵐は去って、朝には台風一過の清々しさを空は湛えていた。

 グリムヒルト軍の軍師からの使者がやって来る。
 嵐が去り、航海に申し分のない天候になり出航するので、王女を迎えに来たとの事だった。

 レイティア姫は敢えて誰にも見送りを頼まなかった。
 ただ、ロジェが荷物持ちにどうしても船まで同行したいと言ったので、甘える事にした。

 城を出る。

 一歩一歩自分の足で歩きたいとグリムヒルトの使者にお願いして、一足先に船に向かってもらった。

「ありがとうね、ロジェ。ロジェが送ってくれるなら心強いわ」
 レイティア姫はいつもの様に笑いかける。
「……これ位、なんという事はありませんよ」
「この道を歩くのもこれで最後だわ。ロジェによく迎えに来てもらったわね」
「姫様はいつも街においででしたからね」
 無言が続く。
 二人は街に繋がる道を真っ直ぐに歩く。

 道端には小さな花が昨晩の雨にしっとりと濡れ、風に揺れている。

「……ねえ、ロジェ。あのね、私、お願いがあるの」
 ロジェは静かにレイティア姫の方を見て真剣な顔で答えた。
「なんなりと」
「……テオフィルはね、とても賢いけど、少し気が小さい所があるの。誰かがしっかり後ろから支えてあげなきゃいけない子なの」
 ロジェは一語一句聴き逃すまいとレイティア姫の顔をじっと見つめる。
「……いつか騎士団長になって、私の代わりにテオフィルを支えてあげて」
「はい。必ず」
 キッパリとロジェは答える。
「……ふふ。ロジェには何度も『一生のお願い』って言ってきたけど、これが正真正銘、本当に最後の『一生のお願い』ね」
 レイティア姫は悪戯に笑った。
「……レイティア姫様のお願いであれば、何でも、何度でも叶えて差し上げます」
 ロジェは真剣な眼差しでレイティア姫を見つめる。
「……王家を守ってね。貴方の忠義と剣で」
「はい。私の生涯を捧げます」
「やだ、お嫁さんはもらってよ? ロジェのお嫁さん見てみたかったわ」
 ロジェはキッパリと宣言する。
「私は誰も娶りません」
「そこまで忠義立てしなくてもいいわよ。ロジェにも幸せになって欲しいわ」
「……はい。私の幸せはレイティア姫様とのこの約束と共に生きる事です」
 ロジェは笑う。まるで今日のこの空の様な晴れやかな笑顔だ。
「……ロジェ……」

 街に着く。
 今日も街は穏やかに人々が行き交う。
 街の人々がレイティア姫に声をかける。
「レイティア様、今日はお手伝いに来て下さらないのですか?」
「ごめんね、今日は港に用事があって来られないの」
「王様のお使いか何かで? 珍しいですね」
「ええ、そんな様なものよ」

「レイティア様! 嵐で遊べなかったから、今日こそ遊んでよ!」
 子供達が群がってレイティア姫を囲む。
「ごめんね。用事があって無理なのよ」
「大切な用事? 終わったら遊んで!」
「そうね、終わったら、ね」
 いつもと変わらぬ笑顔で皆に応える。
 ロジェはそれを複雑な想いで見つめていた。

 レイティア姫がグリムヒルトに行く事は嵐だった為に、街には全く伝わっていなかった。

 レイティア姫は敢えて知らせずいつも通りに皆と接した。

 街を通り抜け、港に着くとレイティア姫は初めてそこで振り返った。
 街の向こうに王城があり、その隣には神殿が並んでいる。
 この景色はもう、生涯眺める事はないだろうと、しっかり目に焼き付けた。

 ロジェが横から呟く様に訊ねた。
「街の者達には知らせないのですか?」
 レイティア姫はその景色を眺めながら、ロジェに答えた。
「……ええ。これでいいの。いつも通りで」

 春になったばかりの王都に一陣の風が吹き抜けた。
 その風は港から街へ駆け、レイティア姫の髪を揺らした。
 レイティア姫はその風を見送る様に街並みを見つめ、愛おしそうに微笑む。

 大好きな生まれ育った国。
 何も無いけど、自分にとっては全てが詰まった国だった。


 もう二度と戻る事は無い。


 そう覚悟して港の方に向き直る。
 グリムヒルトの立派な巡洋船がレイティア姫の搭乗を待ち構えていた。

 甲板には軍師と先日案内をした剣士が並んで立っている。

 ロジェはグリムヒルトの軍人にレイティア姫の荷物を手渡す。
 荷物は運び込まれ、あとはレイティア姫が乗り込むだけだ。


 レイティア姫はロジェを振り返っていつもと同じ様に笑った。
「じゃあ、ロジェ。行ってくるわ」
 ロジェもいつもと同じ愛おしさを込めた微笑みを返す。
「……はい。どうかお気をつけて」

 騎士の礼をとって、レイティア姫を見送る。

 桟橋を渡って、船に乗り込むと軍師とヘリュを見て笑いかけた。
「どうぞ道中、よろしくお願いします」
「こちらこそ。出航致しますがよろしいですか?」
「はい。行きましょう」

 軍師が合図をすると、
 出航の準備が進められ、重々しい鎖の音が響き渡り、錨が上がる。

 船は緩やかに陸を離れ、徐々にその大きな船影は遠く沖の彼方へと、やがてはもう目視できないほど小さな影になり、消えた。


 ロジェはいつまでも海の彼方を眺めて、

 そして

 崩れ落ち、声を上げて泣いた。
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