人質同然だったのに何故か普通の私が一目惚れされて溺愛されてしまいました

ツヅミツヅ

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99、閑話 -序章6-

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 日を跨いで夜半には風は轟々と鳴り、ポツリと降り始めた雨は次第に地面を叩きつける激しい雨へと変わっていった。
 グリムヒルト軍の言う通り、その嵐はとても激しく、しかもその足は恐ろしく鈍かった。

「……本当に嵐が来たわ……」

 レイティア姫はどうしても寝付くことが出来ず、ガラス越しに外の様子を眺めていた。
 そこにノックが鳴る。
「誰ですか?」
「私です」
「お母様? どうぞ」
 王妃であるエレオノーラは、静かにレイティア姫の部屋に入って来た。
「寝付けないだろうと思ったわ」
「……お母様……。」
「……まさか貴女の縁談が、こんな風に決まってしまうなんて、考えもしなかったわ」
 エレオノーラ王妃は柔かに笑った。
「ええ、私も。グリムヒルトの王家に嫁ぐ事になるなんて思っても見なかった」
 同じ様にレイティア姫は笑う。
 エレオノーラ王妃はレイティア姫の横に並び、肩を抱く。
 そしてその頭に頬を寄せ、呟く様に言った。
「……よく、決断してくれましたね、レイティア。国の為とは言え、厳しい方だとお噂のグリムヒルト王の元へ嫁ぐと決するのは相当な覚悟が必要だったでしょう……」
「……お母様……。私がこの国を出たら、すぐに私を廃嫡してね……。あちらへ行ってしまってからどんな扱いを受けるのかわからない……。もしすぐに婚姻となってしまったら、グリムヒルト王家にいる私に継承権が残ってしまう。それだけは絶対に避けて。必ずベネディクト王にはわかって戴ける様にお話しするから。
 ……もし、モトキスがこの件で何か言ってきたとしても、私が勝手に出奔してしまった事にして」
「……貴女は全てを受け入れたのね……」
「……お母様?私はこれでも王家の人間よ?自分の使い途位わかってるわ」
 エレオノーラ王妃はレイティア姫の肩をぎゅっと強く抱く。
「……嵐が終わらなければいいのに……」
 一言そう言うと、王妃は一筋の涙を流した。
 そしてレイティア姫の方に向き直る。
 向かい合い、肩を掴み、涙を流しながらレイティア姫に微笑んだ。
「貴女を誇りに思うわ、レイティア。貴女はこの国の宝よ。例えグリムヒルトに行ってしまっても、それは変わらないわ」
「お母様……」
 エレオノーラ王妃はレイティア姫をぎゅっと抱きしめた。
 母親に抱きしめられて、レイティア姫もポロポロと涙が溢れ出て来た。
 きっとこの温もりを感じる事は最後だろう。
「お母様ぁ……」
 レイティア姫は母親の背中に腕を回す。
「軍師の仰り様は最初から貴女が目的の様に思うの。だからきっとグリムヒルトに行ってしまっても少なくとも軍師からは無下にされる事はないでしょう」
「……はい……」

 レイティア姫はそのまま母親に抱きしめられて、泣き続ける。

「姉上……」
 そしてその一部始終をテオフィル王子は扉の影から見守っていた。

 ◇◇◇

「ふざけるな!」
 へリュは珍しく声を荒げ、夫を怒鳴りつける。
「……そうしてお前が声を荒げるのも、初めて見たぞ」
 腕を組み、壁に背を預けて、妻の怒声を受け流す。
「当たり前だ! お前は自分のした事がどういう事かわかっているのか!」
 嵐の雨音や風の激しく吹き荒れる風切り音も掻き消える位に大声で夫に詰め寄る。
「ああ。一国の王女の人生を大きく捻じ曲げた」
 夫は飄々と言って退けた。
 そのあまりの態度にへリュは更に激昂する。
「私をダシに、人一人の人生を捻じ曲げる事はお前にとってそこまで軽い事かっ!」
 夫はそれを受けて真面目な顔つきでへリュを見た。
「軽くなどない」
「ならば何故っ!」
 へリュは今にも掴みかからんばかりの勢いで夫に更に詰め寄る。
「あの王女なら、陛下も気にいると思った」
「何故だ! 根拠は!」
「お前は不快に思うだろうが、陛下とお前の気質はよく似ている。そのお前があの王女と穏やかに話すのを見て、思った。陛下の御心にも何かもたらすのではないかと」
「そんな理由であの王女をこの国から取り上げるつもりか! そんなものはマグダラスには一切関係がないだろう!」
「ああ。だがグリムヒルトには必要だ。
 ……近頃特に陛下は玉座に飽いておられる……。政に一切興味を持って下さらない……」
「それが! あの王女に一体どんな関係があるというんだ!」
「正直もう万策尽きた。陛下は何をしても動いて下さらない。即位から2、3年の間はなんとか務めて頂けたが、それ以降は何をどう言っても、冗談めかして我らに謀反を起こしてお前達の内の誰かが王になればいいなどと仰る」
 実際、ベネディクト王は政務に関心がなく、殆どの時間を自室に引きこもり主に読書をし、
 気が向いた様に剣を握り、軽く稽古などをして過ごしている。
 子を残すつもりもないのか、もう何年も前から妾妃の誰の元にも渡ってすらいない。
「私には全てを閉ざし、王である事、それ以前に生きる事すら飽いてしまわれた様に見える」
「……」
 妻は射殺すように夫を睨みつけ、その言葉を黙って聞いている。
「……もうお手上げなんだ。私にはどうする事も出来ない。……何か少しでもきっかけが欲しい。あの王女に賭けてみたい」
「……私があの王女に心を開いたからと言って、あの男が同じ様に感じるとは限らないだろう……」
「そうだな。だからこれは本当に賭けだ」
「そんな下らぬ博打に! あの善良な王女を巻き込むな!」
「お前の怒りは尤もだ。私とて理解している。もしも、あの王女に陛下が何も心を動かされなかった場合、私は陛下の元を去る」
 へリュは言葉に詰まる。
 自分の夫がベネディクト王にどれほど心酔し、どれほど忠義を誓っているかをよく知っている。主の元を去るという事は、軍師の職も辞して領地に篭るという事だ。
「もし王女を他の妾妃同様に扱われたなら、私が後ろ盾になり、即廃妃にして、良い嫁ぎ先を探す。本人が望むならばマグダラスに帰す手筈も整える」
 夫は姿勢を正す。そして真っ直ぐへリュに向き直り、真剣な面持ちで訴えた。
「頼む、へリュ。あの王女に賭けさせてくれ」
 その夫の様子にへリュは気概を削がれた。
「…………せめて、一旦国に戻り、あの男を説得して正式に申し入れるという事は出来ないのか?」
「無理だ。陛下を説得するのも難しければ、マグダラスを頷かせる事も難しい。どちらも受け入れない。……それに良い品はすぐに売れる。これは世の理だ」

 しばしの沈黙の後、へリュは夫を睨んで宣言する。
「……もし、あの男が王女をぞんざいに扱うならば、私もお前と離縁する。国向きがどうだとか関係なく、私がマグダラスに連れ帰る。グリムヒルトにはもう戻らない」
「……わかった。それでいい」

 へリュは慚愧の念に、拳を強く握った。
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