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98、閑話 -序章5-
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グリムヒルトの軍師は会談に当たり会食を辞退したので、夕食を終え、その後に会う事になっている。
今日の昼間は嵐に備えての総指揮が必要だった為時間が取れず、明日の朝では既に嵐が来るとの予想だったので夕食後の会談となった。
マグダラスはグリムヒルトとは国交が無いとはいえ、賓客としての待遇を決めた。
故にグリムヒルトの軍師との会談には王太子と第一王女を同席させる事にした。
アリスティド王の前にグリムヒルトの軍師が跪く。
「よくぞマグダラスに参られた、軍師殿」
その場には王妃エレオノーラ、王太子テオフィル、第一王女レイティアも控える。
恭しく頭を下げた軍師は口上を述べる。
「此度はご拝謁下さり、恐悦至極に存じます。我が軍の停留をお認め下さった事もまた感謝申し上げます」
「何、グリムヒルトの軍船が耐えきれぬ程の嵐が来るのであれば難儀しておろう。嵐の去るまで、ゆるりとしていかれよ」
「ありがとう存じます……が、それはマグダラスの本意でしょうか?」
ゆっくりと頭を上げて、軍師はアリスティド王を見つめた。
その眼光には厳しさが含まれている。
「……それはどういう意味であるか」
軍師は軽く息を吐くと、レイティア姫の方を見る。
「マグダラス第一王女殿下、昼間我が国の至宝、『炎のセイレーン』とお逢いになられましたね?」
レイティア姫は突然、自分に話が振られて面喰らい、瞬く。
「わ、私ですか? え、あの、剣士の方を神殿までご案内しました……」
「我が国最高峰、至宝の剣士である『炎のセイレーン』に強いのかと、お尋ねになられたと」
「剣を持っておられたので、剣士だとわかっただけで、そんな凄い方だとは知りませんでした」
「そう、しかも王女とは告げずに近づかれたという。マグダラスでは王族が間諜の真似事をなさるのか」
「私は……ただ、一般の方だと仰ったのでご案内しただけです。他意は一切ありません!」
軍師はレイティア姫を見据える。
「一般人? 彼女は我が国の至宝。それを只人と同列に扱われたと、そう仰るのか? それは実に不敬です」
王妃が静かに軍師に訊ねる。
「子供のした事にこの様に目くじらを立てるのはグリムヒルトの流儀ですか?」
「子供? あと一年もすれば成人される、しかも第一王女とのお立場であらせられる方に責任を問う事を目くじら程度の事だとお思いか?」
軍師は涼しい顔で王妃を見た。
そしてまた、アリスティド王に向き直る。
「マグダラスはグリムヒルトに叛意有りと我が陛下にお伝えすべきでしょうか?
第一王女が身分を隠して間諜の真似事をし、我が国の至宝たる『炎のセイレーン』に無礼を働いたのであれば、充分でしょう」
「叛意などある訳がなかろう!」
アリスティド王が激昂し、声を上げる。
玉座から立ち上がり、軍師に言った。
「我が国にはグリムヒルトはもちろん、モトキスにも叛意を持ってはおらん! 我が国は永世中立を貫く」
「そう。マグダラス王国はいつもそう宣言され、我ら隣国とは付き合おうとなさらない。故に疑いある事自体、私としても心苦しいのです。しかし私では判断致しかねます故、疑いある行動をされた王女自身に、我が国に出向き、我が陛下に申し開きを。その後はどうぞ、我が国にご滞在頂きたい。叛意無き証明として」
「……王女に人質になれと、申すか?」
「我が国にお輿入れ頂きましょう。我が陛下の妾妃として」
その場にいる皆が凍りつく。
アリスティド王が震える声を絞り出した。
「…………仮にも一国の王女に、側女になれと……?」
それはマグダラス王家に対する侮辱と言ってもいい。
グリムヒルト王国の王、ベネディクト王には正妃はいない。一国の王女であるレイティア姫は正妃としての輿入れを打診されて然るべきだ。
皆が絶句する中、凛とした声が上がった。
「私、グリムヒルト王国に参ります!」
「何を言う! レイティア!」
アリスティド王がすぐさま声を上げて留める。
「いいえ、陛下。これは私が蒔いた種です。キチンとグリムヒルトのベネディクト王にお会いして、叛意のない事をわかって戴きます」
「ならん! レイティア!お前は黙っておれ!」
レイティア姫はアリスティド王の方へ向き直る。
「いいえ、黙りません。グリムヒルトの軍師様が私にお疑い有りと見做したのですから、私が参ればきっとわかって頂けます。軍師様? それで宜しいですか?」
軍師はレイティア姫に微笑む。
「ええ、こちらからご提案した事です。問題ない」
「待て!」「陛下」
王妃がアリスティド王の肩にそっと手を置く。そして首を横に降った。
「……レイティアは言い出したらもう聞きません……」
「しかし……っ!」
軍師はレイティア姫に恭しく頭を下げる。
「嵐が過ぎ次第、出立致します。王女におかれましてはどうぞご準備を」
更にアリスティド王にも頭を下げた。
「では、私はこれにて失礼致します」
颯爽と玉座の間を後にした。
「レイティア!」
アリスティド王はそれを見送ると王女を怒鳴る。
「何を勝手な事を申したのだ!」
レイティア姫はにっこりと笑った。
「だって、私が悪いんだもの。お父様の言いつけ通りに誰にも近づかないでいれば、こんな事にはならなかった。自業自得よ。だから、その責任はちゃんと取るわ」
「あんなものは言いがかりだ! 幾らでも突っぱねられた!」
「突っぱねて、もしもグリムヒルトがそこからもっともっと無茶な要求をしてきたら? それこそ、また次の船を停留させろと言ってきたら? それに乗じて軍備を配置させろなんて言ってきたら? ……泥沼に嵌ってしまうだけよ」
レイティア姫はいつもと変わらぬ様子で人差し指を立てる。
「お父様? 可愛い子には旅をさせろと言うし、それに私の嫁ぎ先が決まって良かったではありませんか」
「愚か者! 良い訳がないだろう! ……なんという事を言ってしまったのだ……。側女になどと……そんなものお前とて望んではおらんだろう!」
「側女とは言ってもグリムヒルトの王様の妾妃でしょう? もしかしたらマグダラスで誰かに嫁ぐよりも裕福に暮らせるかもしれないし、……何より、マグダラスの為になる婚姻が決まって良かった。……マグダラスに叛意が無い事は私がグリムヒルトでちゃんと訴え続けます」
「……レイティア……」
レイティア姫はふわりと微笑む。
「ですから、お父様? 私の事はどうか、死んだものとして下さい」
「……‼︎」
アリスティド王は絶句する。
「私に人質としての価値を残さないで下さい。どうぞ不都合が起きた時は、私は捨て置いて下さいね?」
レイティア姫はいつもと変わらぬ笑みで父親に笑いかけた。
その笑顔に父親であるアリスティド王は俯き、小さく呟いた。
「……レイティア……。…………済まん……」
「どうしてお父様が謝るの?私が言いつけを守らなかったのだから、お父様はいつもみたいに私を叱らなきゃ」
「……力無き父を許してくれ……済まん……」
テオフィル王子がポロポロと涙を流しながら言う。
「僕、嫌だよ! 姉上が居なくなるなんて! しかもグリムヒルトなんかに行ったら……もう会えないじゃないか!」
レイティア姫は弟の方を向いてやはりいつもと変わらぬ笑みで答える。
「仕方ないでしょ? もう決まっちゃったもの」
「まだ間に合うよ! 船に乗らなければいいだけでしょ? 理由なんて幾らでも後から付けられるよ!」
「それがグリムヒルトの軍師の狙いなのかもしれないわ。こちらが拒否すればもっと大きな要求を言ってくる。それを飲めば今度はモトキスが黙ってないわ」
「……そうだけど……でもっ!」
「モトキスとグリムヒルトの戦は、必ずマグダラスを挟んだものになる。この両者を争わせる訳にはいかないの。マグダラスの為に。……わかるでしょ?」
「……姉上……」
「さ、話はこれで終わり。私は国を出る準備をしなくちゃ。嵐が去ったら出航だもの。明日か、明後日ね」
レイティア姫は家族に晴れやかに笑って見せた。
今日の昼間は嵐に備えての総指揮が必要だった為時間が取れず、明日の朝では既に嵐が来るとの予想だったので夕食後の会談となった。
マグダラスはグリムヒルトとは国交が無いとはいえ、賓客としての待遇を決めた。
故にグリムヒルトの軍師との会談には王太子と第一王女を同席させる事にした。
アリスティド王の前にグリムヒルトの軍師が跪く。
「よくぞマグダラスに参られた、軍師殿」
その場には王妃エレオノーラ、王太子テオフィル、第一王女レイティアも控える。
恭しく頭を下げた軍師は口上を述べる。
「此度はご拝謁下さり、恐悦至極に存じます。我が軍の停留をお認め下さった事もまた感謝申し上げます」
「何、グリムヒルトの軍船が耐えきれぬ程の嵐が来るのであれば難儀しておろう。嵐の去るまで、ゆるりとしていかれよ」
「ありがとう存じます……が、それはマグダラスの本意でしょうか?」
ゆっくりと頭を上げて、軍師はアリスティド王を見つめた。
その眼光には厳しさが含まれている。
「……それはどういう意味であるか」
軍師は軽く息を吐くと、レイティア姫の方を見る。
「マグダラス第一王女殿下、昼間我が国の至宝、『炎のセイレーン』とお逢いになられましたね?」
レイティア姫は突然、自分に話が振られて面喰らい、瞬く。
「わ、私ですか? え、あの、剣士の方を神殿までご案内しました……」
「我が国最高峰、至宝の剣士である『炎のセイレーン』に強いのかと、お尋ねになられたと」
「剣を持っておられたので、剣士だとわかっただけで、そんな凄い方だとは知りませんでした」
「そう、しかも王女とは告げずに近づかれたという。マグダラスでは王族が間諜の真似事をなさるのか」
「私は……ただ、一般の方だと仰ったのでご案内しただけです。他意は一切ありません!」
軍師はレイティア姫を見据える。
「一般人? 彼女は我が国の至宝。それを只人と同列に扱われたと、そう仰るのか? それは実に不敬です」
王妃が静かに軍師に訊ねる。
「子供のした事にこの様に目くじらを立てるのはグリムヒルトの流儀ですか?」
「子供? あと一年もすれば成人される、しかも第一王女とのお立場であらせられる方に責任を問う事を目くじら程度の事だとお思いか?」
軍師は涼しい顔で王妃を見た。
そしてまた、アリスティド王に向き直る。
「マグダラスはグリムヒルトに叛意有りと我が陛下にお伝えすべきでしょうか?
第一王女が身分を隠して間諜の真似事をし、我が国の至宝たる『炎のセイレーン』に無礼を働いたのであれば、充分でしょう」
「叛意などある訳がなかろう!」
アリスティド王が激昂し、声を上げる。
玉座から立ち上がり、軍師に言った。
「我が国にはグリムヒルトはもちろん、モトキスにも叛意を持ってはおらん! 我が国は永世中立を貫く」
「そう。マグダラス王国はいつもそう宣言され、我ら隣国とは付き合おうとなさらない。故に疑いある事自体、私としても心苦しいのです。しかし私では判断致しかねます故、疑いある行動をされた王女自身に、我が国に出向き、我が陛下に申し開きを。その後はどうぞ、我が国にご滞在頂きたい。叛意無き証明として」
「……王女に人質になれと、申すか?」
「我が国にお輿入れ頂きましょう。我が陛下の妾妃として」
その場にいる皆が凍りつく。
アリスティド王が震える声を絞り出した。
「…………仮にも一国の王女に、側女になれと……?」
それはマグダラス王家に対する侮辱と言ってもいい。
グリムヒルト王国の王、ベネディクト王には正妃はいない。一国の王女であるレイティア姫は正妃としての輿入れを打診されて然るべきだ。
皆が絶句する中、凛とした声が上がった。
「私、グリムヒルト王国に参ります!」
「何を言う! レイティア!」
アリスティド王がすぐさま声を上げて留める。
「いいえ、陛下。これは私が蒔いた種です。キチンとグリムヒルトのベネディクト王にお会いして、叛意のない事をわかって戴きます」
「ならん! レイティア!お前は黙っておれ!」
レイティア姫はアリスティド王の方へ向き直る。
「いいえ、黙りません。グリムヒルトの軍師様が私にお疑い有りと見做したのですから、私が参ればきっとわかって頂けます。軍師様? それで宜しいですか?」
軍師はレイティア姫に微笑む。
「ええ、こちらからご提案した事です。問題ない」
「待て!」「陛下」
王妃がアリスティド王の肩にそっと手を置く。そして首を横に降った。
「……レイティアは言い出したらもう聞きません……」
「しかし……っ!」
軍師はレイティア姫に恭しく頭を下げる。
「嵐が過ぎ次第、出立致します。王女におかれましてはどうぞご準備を」
更にアリスティド王にも頭を下げた。
「では、私はこれにて失礼致します」
颯爽と玉座の間を後にした。
「レイティア!」
アリスティド王はそれを見送ると王女を怒鳴る。
「何を勝手な事を申したのだ!」
レイティア姫はにっこりと笑った。
「だって、私が悪いんだもの。お父様の言いつけ通りに誰にも近づかないでいれば、こんな事にはならなかった。自業自得よ。だから、その責任はちゃんと取るわ」
「あんなものは言いがかりだ! 幾らでも突っぱねられた!」
「突っぱねて、もしもグリムヒルトがそこからもっともっと無茶な要求をしてきたら? それこそ、また次の船を停留させろと言ってきたら? それに乗じて軍備を配置させろなんて言ってきたら? ……泥沼に嵌ってしまうだけよ」
レイティア姫はいつもと変わらぬ様子で人差し指を立てる。
「お父様? 可愛い子には旅をさせろと言うし、それに私の嫁ぎ先が決まって良かったではありませんか」
「愚か者! 良い訳がないだろう! ……なんという事を言ってしまったのだ……。側女になどと……そんなものお前とて望んではおらんだろう!」
「側女とは言ってもグリムヒルトの王様の妾妃でしょう? もしかしたらマグダラスで誰かに嫁ぐよりも裕福に暮らせるかもしれないし、……何より、マグダラスの為になる婚姻が決まって良かった。……マグダラスに叛意が無い事は私がグリムヒルトでちゃんと訴え続けます」
「……レイティア……」
レイティア姫はふわりと微笑む。
「ですから、お父様? 私の事はどうか、死んだものとして下さい」
「……‼︎」
アリスティド王は絶句する。
「私に人質としての価値を残さないで下さい。どうぞ不都合が起きた時は、私は捨て置いて下さいね?」
レイティア姫はいつもと変わらぬ笑みで父親に笑いかけた。
その笑顔に父親であるアリスティド王は俯き、小さく呟いた。
「……レイティア……。…………済まん……」
「どうしてお父様が謝るの?私が言いつけを守らなかったのだから、お父様はいつもみたいに私を叱らなきゃ」
「……力無き父を許してくれ……済まん……」
テオフィル王子がポロポロと涙を流しながら言う。
「僕、嫌だよ! 姉上が居なくなるなんて! しかもグリムヒルトなんかに行ったら……もう会えないじゃないか!」
レイティア姫は弟の方を向いてやはりいつもと変わらぬ笑みで答える。
「仕方ないでしょ? もう決まっちゃったもの」
「まだ間に合うよ! 船に乗らなければいいだけでしょ? 理由なんて幾らでも後から付けられるよ!」
「それがグリムヒルトの軍師の狙いなのかもしれないわ。こちらが拒否すればもっと大きな要求を言ってくる。それを飲めば今度はモトキスが黙ってないわ」
「……そうだけど……でもっ!」
「モトキスとグリムヒルトの戦は、必ずマグダラスを挟んだものになる。この両者を争わせる訳にはいかないの。マグダラスの為に。……わかるでしょ?」
「……姉上……」
「さ、話はこれで終わり。私は国を出る準備をしなくちゃ。嵐が去ったら出航だもの。明日か、明後日ね」
レイティア姫は家族に晴れやかに笑って見せた。
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