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夕闇の断絶、届かぬ咆哮
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放課後の静まり返った廊下。
窓から差し込む斜陽が、真紅の絨毯をさらに深い血の色へと染め上げていた。
ユリウスが歩みを進めると、前方に凛として佇む白い背中が見えた。
「……リリアーナ」
その名を呼ぶ声に、彼女は振り向かない。ただ、低く、透き通った声で言葉を紡いだ。
「……今日も、セシリア嬢に熱心に稽古をつけていらしたのね」
「ああ。彼女は努力家だ。騎士科で唯一の女子という立場で、周囲に馴染めず苦労しているようだからな。……放ってはおけなかった」
「そうですか。……ええ、本当にお二人の光景は、見ていて心が温まりましたわ」
その声音は、どこまでも穏やかで、完璧な淑女のそれだった。
けれど、ユリウスはその声の末尾が、木の葉のように微かに震えているのを聴き逃さなかった。
一歩踏み出し、彼女の横顔を覗き込んだユリウスは、息を呑む。
氷のように澄んでいるはずの青い瞳が、抑えきれない悲痛な光を湛えて潤んでいたからだ。
「……リリアーナ。あのような噂、気にするな。俺と彼女は、君が案ずるような関係ではない」
「誤解……? 私が何を、誤解しているというのです」
「俺がセシリア嬢に手を貸すのは、同じ剣の道を志す者としての敬意だ。それ以上の意味は断じてない。……信じてくれ」
「ええ、信じておりますわ。だって……貴方は“誰にでも”等しくお優しい方ですもの」
その言葉は、鋭い刃となってユリウスの胸を貫いた。
白薔薇と称される令嬢が、その誇り高い双眸に涙を溜め、今にも零れそうなのを必死に堪えている。その姿を、彼は生まれて初めて目にした。
「リリアーナ、それは違う……! 俺が彼女に向けるものと、君に向けるものは――」
「違っても、違わなくても、どちらでも構いませんわ。……所詮わたくしたちは、あの日決まっただけの“政略”による婚約者ですもの」
「……っ!」
決定的な拒絶だった。
いつも冷静沈着なユリウスが、初めて言葉を失い、喉を詰まらせる。
彼は思わず、乱暴なほどの一歩で彼女との距離を詰め、その肩を掴もうとして――止めた。
「俺にとって、君が……他の誰かと同じであるはずがないだろう!」
絞り出すような低い声が、夕闇の廊下に虚しく響く。
その声には、隠しようのない焦燥と、千切れるような切なさが滲んでいた。
リリアーナは一瞬だけ、弾かれたように目を見開いた。
だが、次の瞬間には悲しげに目を伏せ、何も言わずに背を向けて歩き出した。
遠ざかる靴音だけが、二人の間に取り返しのつかない溝を作っていく。
残されたユリウスは、己の無力な拳を握りしめた。
失いたくない。取り戻したい。
家のための義務でも、祖父への信義でもない。
一人の男として、彼女の信頼を、その愛情を、そして誰よりも愛したあの笑顔を。
長く伸びた二人の影は、二度と重なることなく、夜の帳へと溶けていった。
________________________
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窓から差し込む斜陽が、真紅の絨毯をさらに深い血の色へと染め上げていた。
ユリウスが歩みを進めると、前方に凛として佇む白い背中が見えた。
「……リリアーナ」
その名を呼ぶ声に、彼女は振り向かない。ただ、低く、透き通った声で言葉を紡いだ。
「……今日も、セシリア嬢に熱心に稽古をつけていらしたのね」
「ああ。彼女は努力家だ。騎士科で唯一の女子という立場で、周囲に馴染めず苦労しているようだからな。……放ってはおけなかった」
「そうですか。……ええ、本当にお二人の光景は、見ていて心が温まりましたわ」
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けれど、ユリウスはその声の末尾が、木の葉のように微かに震えているのを聴き逃さなかった。
一歩踏み出し、彼女の横顔を覗き込んだユリウスは、息を呑む。
氷のように澄んでいるはずの青い瞳が、抑えきれない悲痛な光を湛えて潤んでいたからだ。
「……リリアーナ。あのような噂、気にするな。俺と彼女は、君が案ずるような関係ではない」
「誤解……? 私が何を、誤解しているというのです」
「俺がセシリア嬢に手を貸すのは、同じ剣の道を志す者としての敬意だ。それ以上の意味は断じてない。……信じてくれ」
「ええ、信じておりますわ。だって……貴方は“誰にでも”等しくお優しい方ですもの」
その言葉は、鋭い刃となってユリウスの胸を貫いた。
白薔薇と称される令嬢が、その誇り高い双眸に涙を溜め、今にも零れそうなのを必死に堪えている。その姿を、彼は生まれて初めて目にした。
「リリアーナ、それは違う……! 俺が彼女に向けるものと、君に向けるものは――」
「違っても、違わなくても、どちらでも構いませんわ。……所詮わたくしたちは、あの日決まっただけの“政略”による婚約者ですもの」
「……っ!」
決定的な拒絶だった。
いつも冷静沈着なユリウスが、初めて言葉を失い、喉を詰まらせる。
彼は思わず、乱暴なほどの一歩で彼女との距離を詰め、その肩を掴もうとして――止めた。
「俺にとって、君が……他の誰かと同じであるはずがないだろう!」
絞り出すような低い声が、夕闇の廊下に虚しく響く。
その声には、隠しようのない焦燥と、千切れるような切なさが滲んでいた。
リリアーナは一瞬だけ、弾かれたように目を見開いた。
だが、次の瞬間には悲しげに目を伏せ、何も言わずに背を向けて歩き出した。
遠ざかる靴音だけが、二人の間に取り返しのつかない溝を作っていく。
残されたユリウスは、己の無力な拳を握りしめた。
失いたくない。取り戻したい。
家のための義務でも、祖父への信義でもない。
一人の男として、彼女の信頼を、その愛情を、そして誰よりも愛したあの笑顔を。
長く伸びた二人の影は、二度と重なることなく、夜の帳へと溶けていった。
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