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婚約解消と譲渡
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ヴィンセント公爵家主催の夜会。
王都の貴族たちが一堂に会するその華やかな舞台に、バネッサは父ピエール、そして婚約者のパトリックとともに出席していた。
バネッサの装いは、今日のために叔父ユリウスが用意した、深い森のような翠のドレスだ。余計な飾りを排し、本物の宝石だけを身に纏った彼女の姿は、十五歳とは思えぬ神々しさを放っていた。
その隣には、バネッサに無理を言って同行した十三歳のナタリアがいた。
「わあ……お姉様のドレス、お母様のよりずっと素敵。パトリック様、私にもあんなドレス買ってくれる?」
「もちろん。ナタリアには、もっと明るい色が似合うだろうね」
パトリックは少し前を歩くナタリアに笑いかけ、気軽に頭を撫でる。
その無邪気な態度は、まるでナタリアが婚約者であるかのような錯覚を周囲に与えていた。
( そんなにべったりくっつくなんて……まるで婚約者でもあるかのような振る舞いだわ)
だが、バネッサは表情を変えることなく、ゆったりとした足取りで歩き続ける。
深い森のような翠のドレスが、彼女の背筋の真っ直ぐさを際立たせ、周囲の貴族たちは思わず視線を向けずにはいられなかった。
軽やかに歩く その仕草には、媚びも甘えもなく、ただ静かに品格と存在感だけがあった。パトリックとナタリアがどれほどはしゃごうとも、バネッサの堂々たる佇まいは揺るがない。
宴の最中、バネッサは静かにパトリックに告げた。
「パトリック様、少しお話ししたいことがございます。バルコニーへお越しいただけますか?」
「ああ、いいよ。ナタリア、少し待っていてくれるかい?」
「えー! パトリック様、すぐ戻ってきてね」
夜風が吹き抜けるバルコニーで、バネッサは真っ直ぐにパトリックを見据えた。
「パトリック様。単刀直入に申し上げます。貴方との婚約を、本日限りで解消させていただきたく存じます」
パトリックは一瞬、何を言われたのか分からないという風に目を丸くした。
「……バネッサ、何の冗談だい?」
「冗談ではありません。貴方は私に『寛容』を求めましたが、私は貴方を『信頼』できなくなりました。……それに、貴方の心はもう、あの子に奪われているのでしょう?」
「何を……ナタリアは、ただの義妹じゃないか!」
「義妹と呼ぶには、距離が近すぎます。周囲も皆、そう見ていますわ」
バネッサが冷ややかに微笑んだその時、背後から一人の青年が歩み寄ってきた。
「話は済んだかな、バネッサ嬢」
それは、この夜会の主、ヴィンセント公爵家の嫡男ルカ・ヴィンセントだった。十七歳の彼は、圧倒的な威圧感を持ってパトリックを見下ろした。
「カークランド侯爵令息。バネッサ嬢は、既に我が公爵家が次期公爵夫人として迎え入れる準備を進めている。君が彼女を『譲る』というのなら、円満な婚約解消として処理しよう。不服があるなら、我が公爵家と、背後に控えるハミルトン侯爵家を相手に争うことになるが?」
パトリックの顔から血の気が引いた。公爵家とハミルトン侯爵家の両方を敵に回すなど、侯爵家の次男に過ぎない彼には不可能だ。
「そんな……バネッサ、君はそれでいいのか?」
「ええ。貴方は、自分を頼ってくれるナタリアを愛おしいと思っている。私は、私を対等なパートナーとして扱うルカ様と共に歩みたい。……お互い、望むものを手にするだけですわ」
バネッサはパトリックから離れ、ルカの隣に並んだ。その凛とした姿は、パトリックが知るバネッサではなかった。
そこへ、待ちきれなくなったナタリアがバルコニーへ駆け込んできた。
「パトリック様! 遅いよ、早く戻ろう?」
ナタリアは状況も分からずパトリックの腕を掴む。
パトリックは、呆然としながらも、しがみついてくるナタリアを突き放すことができなかった。
「……分かりました。婚約解消、承諾します」
パトリックが力なく呟くと、バネッサは優雅に会釈した。
「感謝いたします、パトリック様。ナタリア、おめでとう。貴方が欲しがっていた『お姉様のもの』は、これで貴方のものよ」
バネッサの言葉の意味を、ナタリアはまだ理解していなかった。
自分が手に入れたものが、将来のない「愛」という名の重荷であることを、彼女が知るのはもう少し先のことだ。
バネッサはルカにエスコートされ、光り輝く広間へと戻っていった。
その背中に、もはや迷いも孤独もなかった。
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王都の貴族たちが一堂に会するその華やかな舞台に、バネッサは父ピエール、そして婚約者のパトリックとともに出席していた。
バネッサの装いは、今日のために叔父ユリウスが用意した、深い森のような翠のドレスだ。余計な飾りを排し、本物の宝石だけを身に纏った彼女の姿は、十五歳とは思えぬ神々しさを放っていた。
その隣には、バネッサに無理を言って同行した十三歳のナタリアがいた。
「わあ……お姉様のドレス、お母様のよりずっと素敵。パトリック様、私にもあんなドレス買ってくれる?」
「もちろん。ナタリアには、もっと明るい色が似合うだろうね」
パトリックは少し前を歩くナタリアに笑いかけ、気軽に頭を撫でる。
その無邪気な態度は、まるでナタリアが婚約者であるかのような錯覚を周囲に与えていた。
( そんなにべったりくっつくなんて……まるで婚約者でもあるかのような振る舞いだわ)
だが、バネッサは表情を変えることなく、ゆったりとした足取りで歩き続ける。
深い森のような翠のドレスが、彼女の背筋の真っ直ぐさを際立たせ、周囲の貴族たちは思わず視線を向けずにはいられなかった。
軽やかに歩く その仕草には、媚びも甘えもなく、ただ静かに品格と存在感だけがあった。パトリックとナタリアがどれほどはしゃごうとも、バネッサの堂々たる佇まいは揺るがない。
宴の最中、バネッサは静かにパトリックに告げた。
「パトリック様、少しお話ししたいことがございます。バルコニーへお越しいただけますか?」
「ああ、いいよ。ナタリア、少し待っていてくれるかい?」
「えー! パトリック様、すぐ戻ってきてね」
夜風が吹き抜けるバルコニーで、バネッサは真っ直ぐにパトリックを見据えた。
「パトリック様。単刀直入に申し上げます。貴方との婚約を、本日限りで解消させていただきたく存じます」
パトリックは一瞬、何を言われたのか分からないという風に目を丸くした。
「……バネッサ、何の冗談だい?」
「冗談ではありません。貴方は私に『寛容』を求めましたが、私は貴方を『信頼』できなくなりました。……それに、貴方の心はもう、あの子に奪われているのでしょう?」
「何を……ナタリアは、ただの義妹じゃないか!」
「義妹と呼ぶには、距離が近すぎます。周囲も皆、そう見ていますわ」
バネッサが冷ややかに微笑んだその時、背後から一人の青年が歩み寄ってきた。
「話は済んだかな、バネッサ嬢」
それは、この夜会の主、ヴィンセント公爵家の嫡男ルカ・ヴィンセントだった。十七歳の彼は、圧倒的な威圧感を持ってパトリックを見下ろした。
「カークランド侯爵令息。バネッサ嬢は、既に我が公爵家が次期公爵夫人として迎え入れる準備を進めている。君が彼女を『譲る』というのなら、円満な婚約解消として処理しよう。不服があるなら、我が公爵家と、背後に控えるハミルトン侯爵家を相手に争うことになるが?」
パトリックの顔から血の気が引いた。公爵家とハミルトン侯爵家の両方を敵に回すなど、侯爵家の次男に過ぎない彼には不可能だ。
「そんな……バネッサ、君はそれでいいのか?」
「ええ。貴方は、自分を頼ってくれるナタリアを愛おしいと思っている。私は、私を対等なパートナーとして扱うルカ様と共に歩みたい。……お互い、望むものを手にするだけですわ」
バネッサはパトリックから離れ、ルカの隣に並んだ。その凛とした姿は、パトリックが知るバネッサではなかった。
そこへ、待ちきれなくなったナタリアがバルコニーへ駆け込んできた。
「パトリック様! 遅いよ、早く戻ろう?」
ナタリアは状況も分からずパトリックの腕を掴む。
パトリックは、呆然としながらも、しがみついてくるナタリアを突き放すことができなかった。
「……分かりました。婚約解消、承諾します」
パトリックが力なく呟くと、バネッサは優雅に会釈した。
「感謝いたします、パトリック様。ナタリア、おめでとう。貴方が欲しがっていた『お姉様のもの』は、これで貴方のものよ」
バネッサの言葉の意味を、ナタリアはまだ理解していなかった。
自分が手に入れたものが、将来のない「愛」という名の重荷であることを、彼女が知るのはもう少し先のことだ。
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