「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります

恋せよ恋

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雪解けの朝に

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 数年の月日が流れ、王国に美しい冬が訪れた。
 ヴィンセント公爵邸の庭園は、真っ白な雪に覆われ、静謐な美しさに包まれている。

 そのバルコニーに立つ一人の女性がいた。バネッサ・ヴィンセント公爵夫人。
 かつての硬い表情は消え、今の彼女は自信と慈愛に満ちた、社交界で最も尊敬される「北の薔薇」と称えられている。

「バネッサ、あまり外にいると体が冷えるよ」
 背後から、夫のルカが毛織のショールを彼女の肩にかけた。彼は今や公爵家の当主として、王の右腕を務める多忙な身だが、バネッサへの敬愛と関心を一日たりとも欠かしたことはない。

「ありがとう、ルカ様。……空がとても澄んでいたので、つい」

 ルカはバネッサの手をとり、愛おしそうに指先に触れた。彼はバネッサの知性を愛し、領地経営や慈善事業においても彼女の意見を尊重している。バネッサにとって、ここは「我慢する場所」ではなく、自分の力が誰かのために輝く「居場所」だった。

 一方、ロイス伯爵家では、少し違う冬の景色が広がっていた。

 父ピエールと義母イザベルの間には、健やかに育った嫡男ルイがおり、三人は慎ましくも温かな家庭を築いている。バネッサは、自分を「家」という呪縛から解き放ってくれた弟の存在に、今では心から感謝していた。

 だが、その幸せな輪の中に、ナタリアとパトリックの姿はない。

 二人はすでに結婚していたが、その生活は理想とは程遠いものだった。
 パトリックは侯爵家のわずかな給金で暮らす閑職に甘んじ、ナタリアはかつてのバネッサのような贅沢ができない不満を、毎日パトリックにぶつけている。

「お姉様は今頃、公爵様と豪華な晩餐を楽しんでいるんでしょうね。それに引き換え、あなたって人は……!」
「黙れ! 君がバネッサのような淑女だったら、僕の人生も違っていたはずだ!」

 狭い借家で繰り返される罵り合い。ナタリアはバネッサから「婚約者」を奪ったつもりだったが、実際に手に入れたのは、自分を愛でるだけで守る力のない、ひ弱な男のプライドだけだった。

 バネッサの元には、時折アンドレから便りが届く。
「ナタリアたちがまた騒動を起こしたらしい。自業自得だが、あそこまで堕ちるとはな」という皮肉混じりの報告に、バネッサはただ静かに微笑むだけだ。

 復讐をしたいわけではない。
 ただ、自分が大切にされなかった場所に執着せず、自分の価値を認める場所へ歩き出した結果が、この違いを生んだだけのこと。

「ルカ様。春になったら、ハミルトン叔父様やアンドレを招いて、お茶会を開きませんか?」
「名案だ。……ロイスの弟君も呼ぶかい?」
「ええ。あの子は、私の大切な弟ですから」

 バネッサは空を見上げた。
 かつて三歳の時に亡くした母エメリアが、空から微笑んでいるような気がした。
 甘え方も知らず、ただ「しっかり者」でいようと背伸びしていた十歳の少女は、もうどこにもいない。

 愛する夫に寄り添い、自らの足で立つ。
 バネッサの手元にあるのは、雪解けの朝に咲く花のような、確かな幸福だった。


 ヴィンセント公爵領は、今年も豊かな収穫の時期を迎えていた。
 領民たちが歌い踊る祭りの喧騒を、バネッサは公爵邸のテラスから、愛おしそうに眺めている。

「お母様、見てください! 騎士団の皆さんが、僕にこの木剣をくださったのです!」
 駆け寄ってきたのは、バネッサとルカの間に生まれた長男、エドワードだった。バネッサによく似た金の髪を揺らす少年を、バネッサは優しく抱きとめる。

「まあ、素敵な贈り物ね。でも、剣は人を守るために振るうものだと、お父様から教わったでしょう?」
「はい! お母様のような、大切な人を守れる強い男になります!」

 その光景を、執務を終えたルカが目を細めて見ていた。
「エドワードは筋が良い。だが、君の聡明さも受け継いでくれないと、将来私の秘書官が務まらないから困るよ」

 ルカの冗談に、バネッサはふふっと声を立てて笑った。かつては笑うことさえどこか義務的だった彼女が、今は心から柔らかな表情を見せている。

 そこへ、一人の青年が案内されてやってきた。
「バネッサ姉様、ルカ公爵閣下。お久しぶりです」
 成長したルイ・ロイスだった。

 ロイス家の嫡子として、今やアンドレの元で騎士見習いをしている彼は、真っ直ぐな瞳をバネッサに向ける。
「今日は父……ピエールからの伝言を持ってまいりました。バネッサ姉様が贈ってくださった新種の種で、ロイスの領地もかつてない豊作だそうです」

「それは良かった。ルイ、あなたもしっかりお父様を支えて差し上げてね」

「はい。……それから、その……ナタリア姉様のことですが」
 ルイが少しだけ、言いにくそうに視線を落とした。

 バネッサの耳にも、噂は届いている。
 パトリックは、ナタリアの止まらない浪費と我が儘に耐えかね、ついには実家の侯爵家から「これ以上の支援はできない」と縁を切られたという。

 今では地方の小さな役所に勤めているが、ナタリアはそこでも「私は伯爵令嬢なのよ!」と騒ぎを起こし、近隣からも孤立しているらしい。
 かつてのパトリックの「優しさ」は今や完全に枯れ果て、二人は顔を合わせれば罵り合うか、無言で背を向け合うだけの冷え切った関係になっていた。

「パトリック様は、仕事帰りに酒場に寄るのが日課だそうです。ナタリア姉様は、母上に毎日泣き言の手紙を送っているようですが……母上は『バネッサ様に甘えを許された時のツケが回ってきたのです。自分で責任を取りなさい』と、一度も返事を出していません」

 バネッサは静かに、手元の紅茶を口にした。

 イザベルは最後まで、ロイス家とバネッサへの恩義を忘れていなかったのだろう。
 実の娘を切り捨ててでも、バネッサが守りたかった「父の平穏」を汚させないという彼女なりの覚悟を感じた。

「そう……。皆、自分が蒔いた種を刈り取っているだけなのね」

 バネッサに、ナタリアへの憎しみはもうない。
 ただ、彼女が欲しがった「自分以外の誰かのもの」は、決して自分の血肉にはならないという、当たり前の真理を思っていた。

 ルイを送り出した後、ルカがバネッサの肩に手を置いた。
「バネッサ。君が蒔いた種は、この領地にも、私の心にも、こうして美しい花を咲かせているよ」
 バネッサは夫の胸にそっと頭を預けた。
 かつて「甘えること」を知らなかった少女は、今、自分を心から必要としてくれる人たちの温もりに包まれている。

 遠くで響く祭りの鐘の音は、まるで彼女の新しい人生を祝福するように、どこまでも高く鳴り響いていた。

ハッピーエンド
______________
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📢 新連載スタート!【「義姉が気の毒だ」は? 彼女は泥棒猫な従姉ですわ、婚約者様】 💢💄
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