無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !

恋せよ恋

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そのムニエルが、人生を変えた

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「ザック! このローストビーフ最高! 香草を変えてみたのね?
 ほら、まず鼻に抜けるこの爽やかさ……ローズマリーだけじゃなくて、タイムを強めにしてるでしょう。表面は香ばしく焼き締めてあるのに、中はしっとり柔らかくて、噛むたびに肉汁がじゅわっと――んん……!」

 今日も今日とて、ステファニーは“朝から”贅沢な朝食を満喫していた。
 料理長を褒めちぎることも忘れない心優しいステファニーに、熊のような大男の料理長ザックもまた、すっかりメロメロな信奉者の一人であった。

 ザック料理長は――かつてロンデサー伯爵家に仕えていた、筆頭料理長である。

 若い頃から料理人として研鑽を積み、一時は王宮で下働きの料理人として腕を磨いたこともあった。その実力を買われ、ロンデサー伯爵家に迎えられたのだ。

 しかし、賓客を招いたある夜の晩餐で事件は起きた。
 提供したのは、スズキのムニエル。何度となく扱ってきた魚、幾度となく仕上げてきた調理法、そして熟練の自信を込めたソース――完璧であるはずだった。

 それにもかかわらず、その夜の客人であったスペンサー公爵夫人は、その一皿を酷評した。
 これまで「美味い」と褒めてくれていたにもかかわらず、主人であるロンデサー伯爵夫妻は一切の庇い立てをせず、ザックはその場で解雇を言い渡されたのである。




 こうして職を失い、紹介状すら持たないザックがオラニエ侯爵家の門を叩いたのは、まったくの偶然だった。

 それは、街の市場で耳にした噂から始まる。
 屋台で安い昼飯をかき込みながら、ザックの耳に、威勢のいい声が飛び込んできた。

「ステファニーお嬢様のおかげで、新鮮な野菜が手に入るようになって大助かりさ!
 毎日、ちゃんとした値段で買い取ってくれるんだぞ。どこかの貴族家みたいに買い叩いたり、難癖つけたりもしねえ。ありがたいよな!
 おかげで安心して、たくさん収穫できるよ! さあ、新鮮な野菜だ! 安いよ、安いよ!」

(……ふうん。食材の価値がわかる家、ってことか。
 でも、紹介状も持たない得体の知れない平民上がりの調理人を、雇ってくれるわけねえよな……)

 そうは思いながらも、行く当てのないザックの足は、自然とオラニエ侯爵家へと向いていた。

「あの……料理人として、雇ってもらえませんか。……紹介状はありませんが」
 たどたどしい申し出に、門番は意外にも穏やかな笑顔を向けた。

「少し待ってくれ。今、ステファニーお嬢様にお伺いを立てているところだ」

(……おや?)

 その応対に、ザックは目を瞬かせた。
 以前仕えていたロンデサー伯爵家の門番とは、あまりにも違う。

 やがて、屋敷の奥から、トテトテと――まるで丸い小動物のように少女が近づいてくる。
 近くまで来た少女は、七歳ほどだろうか。美しい金色の髪に、紫色のきらきら輝く瞳。ぽっちゃりとした、愛らしい美少女だった。

 その“ぽっちゃり美少女”は、しばらくのあいだ、じっとザックを見つめていた。

(美しい緑色のオーラに……一部、深緑? いや、暗緑色かしら?)

 そして、唐突に問いを投げかける。

「ねえ、あなたは調理人なのでしょう?
 今、新鮮なスズキが一匹あるんだけど、あなたなら何を作ってくれるかしら?」

 七歳とは思えない落ち着いた口調に、ザックは一瞬たじろいだ。
 だが――これは就職がかかった場面だ。真剣に、答えを返す。

「俺だったら……そうだな。
 スズキは、まず皮目の水気を丁寧に取ってから、弱めの火でじっくり焼く。皮はぱりっと、中はふっくらだ。
 骨から取った出汁で軽いソースを引いて、香り付けに白ワインをほんの少し。
 付け合わせは、旬の野菜を素揚げにして、素材の甘みを引き立てる――余計なことはしねえ。主役は、あくまでスズキだからな」

 それを聞いた瞬間、彼女の紫の瞳がきらりと輝き、満面の笑みがこぼれた。

 調理場に案内され、ザックは料理長らしき人物に一礼してから、手早くスズキを下ろし始めた。
 銀色の鱗は無駄なく落とされ、身は丁寧に水気を拭われる。包丁の動きに迷いはなく、まるで何度もこの場で料理してきたかのようだった。

 フライパンを温め、少量のバターを落とす。
 じゅ、と静かな音が立ち、ザックは皮目を下にして、そっとスズキを置いた。火は弱めだ。焦らず、じっくりと。

 皮が反り返らぬよう、軽く押さえながら焼き色を整え、身を返す。
 仕上げに白ワインをひと振り。立ち上る香りに、周囲の空気が一瞬、変わった。
 骨と端材から取った出汁に、バターを少しだけ溶かしたシンプルなソースを添え、最後に刻んだ香草を散らす。

「……できました」

 差し出された一皿を前に、ステファニーは身を乗り出した。

 まず、フォークでそっと皮目を押す。
 ぱりっと小さな音がして、彼女の目が見開かれた。

「……皮が、ちゃんと音を立てたわ」

 一口、口に運ぶ。次の瞬間、ステファニーは目を閉じた。

「……中は、ふわふわ。水っぽさがまったくない……下処理、完璧ね。
 あ、ソースも主張しすぎない。スズキの甘みを邪魔してないわ。バターの量、かなり抑えてるでしょう?」

 もう一口。今度は付け合わせと一緒に。

「野菜は素揚げね。油切れがいいから、魚の後でも重くならない……香草は……うん、主役を引き立てるためだけに使ってる。自己主張、してない」

 フォークを置き、ザックを見る。

「――このムニエル、絶品ね! “自分は調理が上手い”って主張する料理じゃないわ。魚が一番おいしくなる形を、ちゃんと考えてる」

 一拍置いて、にっこりと笑った。

「合格よ、ザック。あなた最高だわ!今日から、うちの調理場に入りなさい」

 ザックは、その一声を信じられない思いで聞いていた。
 身元もはっきりしない自分を採用してくれたこと。
 自分の作った料理を、ただ「美味い」と評価してくれたこと。
 そして、料理長までもが――笑顔で迎え入れてくれる、この環境が。

(ああ……ここは、ロンデサー伯爵家とはまったく違う。俺を、ひとりの料理人として、いや――ひとりの人として見てくれているんだ……ならば、応えなければならない。頑張って、誰よりも美味しい料理を作り続けよう)

 こうして雇われてから、はや五年。前任者が定年して、ザックは料理長に就任していた。
 今の自分の幸せを実感するたび、自然と感謝の気持ちが沸き上がる。そしてその感謝は、いつしか周囲への優しさとなって返ってくる。
 そんな優しさが、オラニエ侯爵家には満ちていた。ザックは、ステファニーを幸運の女神として信奉している。

 ステファニーは満足そうな笑みを浮かべながら、ザックの周囲に漂う明るい緑色のオーラを、静かに見つめていた。




 黒髪黒目の侍従エリオが、ステファニーの耳元で、こそこそと何やら囁く。
 すると――ステファニーのお肉に埋もれた、つぶらな紫の瞳が、キラリと光った……ように見えた。

「ザック、あなたにひとつ、お願いがあるのだけど……いいかしら?」

 そのお願いは――使用人の出産祝いのケーキだった。

「ま、任せてください、お嬢様っ!」

 ザックは張り切り、腕によりをかけて、大きなスポンジケーキを焼き上げた。
 ふわふわに焼き上がったその中央には、誇らしげに――『アン&マイク 赤ちゃん誕生おめでとう』と描かれたチョコレートのプレート。
 生クリームと季節の果物で見事に飾られたケーキは、ほどなくマイクのもとへ届けられた。

 しかしそれだけではない――ステファニーは、産後の体力回復や滋養強壮に役立つ食材を添え、さらに新生児用の柔らかい肌着や小さな毛布などの実用品も用意していた。
 そして、「育児休暇もバッチリですわよ」と、さりげなく書き添えたメッセージカードも添えてあった。

 受け取った二人は、ステファニーの心遣いに感激し、思わず涙を浮かべた。
 ケーキの豪華さだけでなく、赤ちゃんや、侍女のアン、庭師のマイクのことまで考えられた配慮――その全てが、二人の胸をじんわりと温めたのだった。

(……こんな職場、一生働きたい……!)

 オラニエ侯爵家の使用人たちも、ステファニーの心遣いを見て笑顔に包まれる。
 家族だけでなく、使用人たちまで、みんなが笑顔になれる――そんな屋敷の空気を、ステファニーは無自覚のまま作り上げていたのだった。
 もちろん、主役だけでは終わらない。
 使用人たちの分もしっかり用意され、夜には皆で祝うささやかな晩餐が開かれた。

 オラニエ侯爵家では、使用人の誕生日、結婚、そして出産は、全員で祝う――それが当たり前の慣例である。

「さあ、みなさん!今日はお祝いですわよ!」

 ステファニーのひと声に、使用人一同は――「わあああっ!」と、大きな歓声を上げた。

 笑顔が弾け、笑い声が響く。オラニエ侯爵家は、今日もまた、温かな空気に包み込まれていった。

 その光景を、侍従のエリオと侍女のエメリーは、少し眩しそうに見つめていた。

(この家で働けて、本当に良かった……)
(今の幸せは、全部――ステファニーお嬢様のおかげね)

 そう、胸の奥でそっと感謝しながら……。
 自分たちを“見つけてくれた”あの日の出会いに、想いを馳せた――
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エール📣いいね🩷お気に入り⭐️応援とても励みになります💕
最後まで全力で頑張ります💪✨

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